子どもたちの未来に、たくさんの選択肢を
NPOカタリバ 代表理事 今村久美
つまらない日常を変えるのは自分自身
コラボ・スクールにめぐり会えたことで、吉田くんの世界観は大きく動き始めた。それは、今村さんがNPOカタリバを立ち上げた思いに重なるところがある。岐阜県高山市に生まれ育ち、故郷を離れて進学した慶應義塾大学環境情報学部。彼女のキャンパスでの日々は、驚きと刺激にあふれていた。
「留学経験のある人がとても多かった。私の故郷で帰国子女なんていったら、ちょっとした有名人。駐車場にはBMWとかベンツとか、外車もたくさん停まっていたりして。いままで自分が生きてきた生活圏とは、ちょっと違う世界に来てしまったと、素直に思いました。でも、良い先生や先輩、友人にめぐり会えて、いろんなことにチャレンジさせてもらって、本当に楽しい大学生活でした」
だが、一歩大学を離れると、「大学がつまらない」「早く卒業して働きたい」という友人が少なくなかった。誰かがこの日常を何とかしてくれないか、そんな雰囲気に以前の自分を感じたという。
「私も、先生への不満とか親への不満とか、高校生までは当たり前のように持っていました。高山を出たかったのも、“出る杭は打たれる”ような環境がつまらなく思えて。私が悪いんじゃない、この場所が悪いんだって、どこかで思っていたのでしょうね」
大学で出会った、意識が高く意欲的な人たち。彼らとの間にある温度差は何なのだろうと思うほどに、違和感を覚えた。日本中を見渡したら、決してお金があって教育環境に恵まれる人ばかりではない。「なんか不条理だ」。そう思ったところに、気づきが生まれる。
「日常を自分で変えるなんて、そんな選択肢すら知らないまま、大人になっていく人が多いと思うんです。だけど、私は大学でチャレンジすることの大切さを知りました。そういうチャンスがあることのありがたさも。だから、“実は、日常を変えるのは自分自身なんだ”ということを実感できる機会をつくっていきたい、と考えるようになりました」
生まれ育った環境のせいで、選択肢にこんなに差が生まれるなんておかしい。でも、もしかすると「日常ってつまらない」という感覚も知っていることが、むしろ強みになるかもしれない。地方に住んでいることの不便さや苦労も、だからこその経験を武器にする、ピンチをチャンスに変えていける、そんな人材を生み出す機会になるかもしれない。そんな思いがカタリバを立ち上げるきっかけとなったという。
「対話を通じて、“こんな大人になれるんだ”“こんなチャレンジ自分もしてみたい”と思えるような、将来のことを主体的に考える機会を学校教育の中につくりたかった。自分の中にあったコンプレックスをバネに、自分自身が感じてきたことをどうしても授業に置き置き換えていきたかった。その思いが、いまにつながっています。カタリバにも、コラボ・スクールにも」
コラボ・スクールに通う子どもたちに、今村さんは希望を感じているという。厳しい環境におかれているからこその気づき、挑戦、そしてたゆまぬ努力。彼女が女川町や大槌町に足を運んだのは、運命だったのかもしれない。