バブル崩壊以降の政治・行財政改革を解剖する

曽根泰教(慶應義塾大学大学院教授)×中里透(上智大学准教授)×永久寿夫(PHP総研代表)

 5月11日、政策シンクタンクPHP総研は、<検証報告書>『「日本国」の経営診断-バブル崩壊以降の政治・行財政改革を解剖する-』を発表した。わが国はバブル崩壊以降、さまざまな改革を実施し、国の経営の立て直しをはかってきた。しかし、それらの努力には一定の効果は認められるものの、一見、問題がなさそうな経営の持続可能性には大きなリスクが宿っている。日本には、みずからの体質を変えるべく、新たな経営ビジョンとモデルの構築が必要である。
 「変える力」特集No.41では同報告書に携わったPHP総研「新・国家経営研究会」の座長である曽根泰教・慶應義塾大学大学院教授、およびメンバーである中里透・上智大学准教授、PHP総研代表の永久寿夫が同報告書の内容と今後の展望について話し合った。

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1.30兆円の剰余どころか30兆円の赤字
 
永久 松下幸之助は「政治は経営だ」と言っておりました。政治とは国の運営全体の意味で、1970年代から、赤字国債をこのまま発行し続けていったら国の経営はどうなるのかとずっと懸念していました。
 実際、バブルが崩壊すると赤字国債の発行がさらに増えるとともに、財政の改善を目的に様々な改革が行われてきました。それらの改革を通じて、現在、わが国の経営はどうなっているのか、一度それを確認してみたいと思い、このプロジェクトを始めました。
 1996年にPHPの「無税国家プロジェクト」から、「日本再編計画」という財政の恒常的赤字の改善を一つの目的として、省庁再編と州府制(道州制)の提言を行いました。「新・国家経営研究会」はその延長線上のプロジェクトという位置づけにもなります。今回の座長をお願いした曽根さんはそのときのプロジェクトメンバーでしたね。
 
曽根 あれから約20年が経ちました。当時のプロジェクトの名前である「無税国家」というのは、財政で国が20兆円、地方が10兆円の剰余金を出して、それを毎年積み立てていき、いずれはその運用益で国の経営を行うというものでした。もともとは松下さんの発想ですが、それを実現する具体的方法を提言しました。
 そのあと、中央省庁再編や市町村合併があり、選挙制度改革、公職選挙法改正、マニフェスト選挙、首相を中心とする内閣のリーダーシップの強化、事業仕分けなど、構造改革を含むたくさんの改革が行われましたが、現在は、逆に毎年約30兆円の赤字が出るという状態です。
 このまま行くと赤字はまだ積み上がるでしょうね。それでもかまわないというグループもあるけれども、年間3%の赤字、累積で60%というEU基準くらいがやはり国際的にはスタンダードではないのかと思います。現在の中国もそのEU基準に合わせようとしていますね。日本でその道筋が見えているのかというと、プライマリーバランスの回復も当分無理ですよね。今回のプロジェクトは解決策を提示するというものではないけれど、その必要性を改めて気づかせたというところに価値があると思います。
 

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2.リフレ派と増税派の両極端で真ん中の議論がない
 
永久 曽根さんは報告書の序章で、日本とイギリスの累積債務の話をされていて、対GDP比200%というのは、これまでは戦時の時にしかない、現在の日本は戦時と同じだ、と書かれていました。なぜそのような状況が続いているのか。どうやって収束させていくのか、出口が全然見えませんね。
 
曽根 まさしく、日本はいま戦争をしていて、それを賄うために戦時国債を発行しているようなものです。具体的に何に使っているかといえば、主に社会保障費です。だから、敵は誰かと探していくと、自分ということになってしまいますね。その自覚をもつことが、この戦争を終わらせるカギだと思うんです。
 
永久 中里さん、これから累積債務はどこまで大きくなって、社会はどうなるのでしょうか。
 
中里 財政に対する見方は二分しています。「敵」はデフレであって、金融緩和の足を引っ張らないように消費増税の実施は慎重にすべき、というリフレ派と呼ばれるグループがある一方で、「敵」は社会保障費の肥大化で、増税しないともう立ち行かないというグループもあります。それぞれの立場によって将来の財政収支の予想も異なっています。問題は、議論が両極端になってしまい、真ん中の議論がなくなっていることだと思います。
 将来の予測はなかなか難しいですが、急にデフォルトが起きることはないと思います。ただこのままだと、為替が円安の方向に振れて、輸入物価の上昇を通じて物価が高騰し、生活が苦しくなるといったことは起こるかもしれません。それはある意味では、インフレという形の税負担で財政を支えていくということになります。
 果たしてそういう姿がよいのか、あるいは、消費税の増税などの通常の措置で財政を改善させていくほうがよいのか。そこのところの議論がなかなか収束しないまま、両極端の議論が続いています。
 

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3.払拭しきれない政治への不信感
 
永久 実際、松下幸之助が警鐘を鳴らしてもう何十年も経っていますが、急に何かは起こらないだろうからということで、ずっとこういう状態を続けている。ですが、この状況を未来永劫続けられるわけではないという点では認識は共有されているようにも思われます。
 世論調査をみると、国民も財政は解決しなければいけない重要課題だと認識している。けれど、具体的に消費税を上げるとか、社会保障のレベルを下げるとなると否定的になってしまう。極めて自然な反応と言えばそうなのですが、これではなかなか状況は変わりませんね。
 
曽根 まずは、日本の財政状況をきっちり説明する必要がありますよね。累積債務はこれだけあるけれど、対外資産も外貨準備高も潤沢だし、簡単にはデフォルトしないですよ、だけど将来的にはこういうリスクがあります、ということを分かりやすく示さなければならない。それを行ったうえで、社会保障制度の転換や増税のメリットとデメリットを示して、選挙をする。それがなくて、選挙の時に社会保障費を削減するとか増税すると言ったら、その政党は負けてしまいます。
 いや、そうした説明があったとしても、政治家の立場に立てば、負担をお願いする政策を示すのは恐いですね。ノーを突きつけられる恐怖感がある。だからきついことは言えなくて、重要なことなのに先送りしていくという、悪循環が起きています。
 この循環を逆に回転させるにはどうしたらいいのか。選挙の時に堂々と負担のことを訴える人こそ信用できる、そういう人じゃないと、そういう政党じゃないと政権を任せられない、というふうに国民が思ってくれるためにはどうすべきかが課題ですね。
 
永久 そうですね。いわゆるマニフェスト選挙が2000年代前半から始まりました。政権を取った政党のマニフェストを見ると「財政再建」ってみんな書いてあるんですよね。さらに細かいところを見ると、消費税増税何%みたいなことも書いてあるものもあります。選挙に勝ったら、一応それが裏書きされたということですが、実際としてはなかなか実行できない。なぜそうなるのか、政治的な理由のほかに、政策的な問題があるとも思われますが、いかがですか。
 
中里 財政が非常に厳しいということ、また、財政再建を行う際には歳出削減、増税、経済成長による増収という三つのツールがあって、それぞれを使うことが大事ということも主要政党の中で共有されていると思います。ただ、財政再建の具体的な進め方については、いろんな意見があるでしょう。
 恐らくマニフェストを忠実に実現したのは小泉総理なのではないかと思います。「構造改革なくして成長なし」と言って歳出をカットしていったわけですが、きちんと筋が通っていて論理的に将来の姿が描ければ、国民は自分に少し痛みを伴うものであっても賛成してくれるところはあるのだと思います。
消費税については、自分の負担が増えるから増税に反対というのもあるけれど、政治が本来やるべきことをきちんとやってないという不信感があって、そのことが増税になかなか理解が得られない原因になっているのではないかという印象を受けますね。
 

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4.リーダーシップは強化されたが揺り戻しが起きている
 
永久 選挙制度改革や行政組織の改革などで首相のリーダーシップが強くなった。それを始めてうまく使ったのが小泉首相で財政を緊縮的な方向に進めた。現在の安倍政権も強いリーダーシップを発揮していますが、小泉さんとは逆で、歳出を拡大して経済成長をはかり、財政の問題も解決しようという方向です。リーダーの考え方一つで政策がかなり左右されるようになったという感じがしますね。
 
曽根 小泉さんは、勘の鋭い人だった。小選挙区比例代表制に猛烈に反対していたのに、いざできると、それをうまく使った。橋本行革の時には郵政民営化しか言っていなかったのに、経済財政諮問会議という橋本さんの業績も、自分がリーダーシップを発揮する場として活用した。安倍さんもそれらが使えることに気がついているはずです。ただ、現在と小泉時代が違うのは、自民党の中に、新自由主義はもうごめんだ、構造改革はもう嫌だ、という揺り戻しがあることでしょう。安倍さんはその力の上に乗っている。反対の人は、与野党含めて、それを牽制するノウハウを蓄積していない。
 
永久 政策をみると、歳出の効率化ということで、民主党が「事業仕分け」を大々的に行いました。あの、成果って何だったんだろうと思うのですが、今回、現政権が行っている「行政事業レビュー」も含めて成果を確かめてみました。もちろん一定のコスト削減はあるのですが、最初の思惑とは全然違う数字ですね。
 
曽根 「特別会計を含む予算の組み替え」「埋蔵金」「無駄をはぶく」「事業仕分け」などで16.8兆円の剰余金が出てくるはずだったんですよ。結果は、3兆円程度。事前のフィージビリティーチェックが欠けていました。
 
中里 そうですね、16.8兆円を捻出するのはなかなか難しかったと思いますね。「事業仕分け」は、政策の決定過程をオープンにしてみんなで議論していく枠組みとしては非常に意味があると思います。ただ、仕分けの対象事業が細分化されてしまって、点検で得られた知見を同様の事業にも広げていく、横串を刺すというところまでにはなかなか至らなかったことが残念です。
 それから、地方交付税の改革など非常に大きな制度改革も仕分けの対象になったと思いますが、そこがやはりやりきれなかったのではないかと。例えば、小泉内閣の時には三位一体改革、橋本内閣の時は財政投融資改革、もっとさかのぼって中曽根内閣の時は国鉄改革などが行われましたが、最近は大きな制度改革で大きな効率化に取り組むことがだんだんなくなってきたような気がします。
 

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5.難しい地方分権と消費税増税
 
永久 前の自民党政権の時から地方分権の話が進んでいました。地方分権による財政、日本全体の経営に対する効果はどのように見ますか。
 
中里 地方分権、つまり権限と財源の移譲は非常に重要だと思います。市くらいのレベルであれば、行政を効率化するとその結果が自分の税負担の軽減という形で戻ってくることが実際に見えますよね。だからお金を大事に使うようになる。ただ、今の地方分権は、首長さんの立場からすると、財源は国で手当てしてください、使い方は自分たちの自由にさせてくださいというものになっています。これでは分権が進むと、かえって支出が増えてしまうということになりかねません。住民と向き合ってどうやって税負担をお願いするか、そういうところまでいかないと、効果はあらわれませんね。
 
曽根 よく例えに出すのですが、イギリスのゴルフクラブでは、前年にかかった費用を会員の頭数で割って翌年会費でチャージします。これをやると、会員は簡単に、あれして、これして、とは言わなくなります。結局、自分の負担も大きくなるわけですから。けれども、日本のゴルフクラブは高い会員権を買っているから、ああでもない、こうでもないと、支出が多くなるようなことを平気で言っちゃうと。つまり、地方分権でも、何か要求すると自分の負担になるという関係をつくらなければ財政的な効果は出ません。
 
永久 三位一体の改革のところまでは、課題を抱えながらも、そうした分権の方向に進んでいって、国全体の歳出も圧縮されましたが、その後、リーマンショックと東日本大震災対策で国から地方への財政移転が大きくなり、国の財政が肥大化し、その状態が続いています。最近は地方分権の議論もされなくなってしまった印象ですね。
 歳出が増えていく状況で、消費税増税が先送りになっていますが、報告書にもあるように、消費税自体が経済に負の影響を与えることもあり得るし、与えない場合もあるし、さらに外生的な要因で影響が出たりとか、複雑ですよね。歳入を確保するために消費税を上げるという議論はどう考えていくべきでしょうか。
 
中里 消費税そのものは安定的に財源が確保できる基幹的な財源なので、それを徐々に引き上げていくことは、今の財政状況を考えればやはり必要なことでしょう。ただ、2014年の春以降の経過をたどってみると分かるように、消費税の増税は消費を落ち込ませ、物価を押し下げる要因になるため、デフレ脱却という目標とは相反するところがあります。
 今後の展開を考えると、財政のことが非常に心配なので増税はやむなしということであれば、消費税は予定通り19年10月に引き上げようということになるでしょうし、債務を返すには緩やかなインフレの方が実質的な負担が軽減できると考えれば、デフレ脱却を優先させて、増税の時期は決めうちせず柔軟に考えるという議論も出てくるでしょう。
 ここで大事なのは、増税をすれば全部解決というわけではなく、増税をしても、それをよいことにまた安易に支出を増やしてしまうと、結局、いたちごっこになってしまうということです。
 足元、リーマンショック以前の水準を上回るところまで税収は戻ってきているわけですが、支出が大きく増えてしまっているために、ワニの口にしばしば喩えられる税収と支出の差額、つまり財政収支は「開いた口がふさがらない」状態になってしまっています。それをどう閉じていくのかを順序立てて考えないといけないということになります。
 

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6.赤字国債はいつまで発行できるのか
 
永久 借金が増えるから、それを返すために消費税を上げて、それで景気が悪くなるとまた財政を使い、それで借金を増やすといった負のスパイラルになっているような気もしますが、それが可能なのは国債を発行して、それを日銀が買っている状況があるからですよね。それはいつまで続けられるのでしょうか。
 
中里 「わかりません」と答えるのが一番的確だと思いますが(笑)、当面は大きく問題が生じることはないと思います。別の言い方をすると、マネタリーベースを大幅に増やしてもマネーストックがなかなか増えなくて、しかも、物価も上がらない。その状態であれば、現在の非常に大きなバランスシートを抱えた中央銀行と、非常に大きな債務を抱えた政府のもとでも経済と財政はうまく回っていくということになります。
 ただ、物価が実際に上がり始めて、金利が上がっていく局面になると、財政にも利払費やその他の負担が生じるし、日本銀行についても超過準備に対する付利のコストが生じて、財務の点で問題が生じる可能性もあります。そこをどう考えていくかということになります。
 
曽根 増税派とリフレ派の双方に欠陥があるんですよ。増税によって国民にいいことがあるかと言えば、その分は借金の返済に回るだけです。社会保障の充実だとか何か新しい手当てをするためには、また借金をせざるを得なくなる。これは増税派の議論の問題です。リフレ派のほうは、物価が上がると駆け込み需要のようなかたちで消費が増えると言うけれど、消費が旺盛になるためには、賃金が増えなければいけない。では、賃金を上げるためにどうするかというと、企業に「上げろ」と言う意外に手立てがないし、実際にはなかなか上がらない。両方とも行き詰っていますね。
 
永久 「今のようなやり方を、とりあえずは続けているけれど、ずっと続けられる保証はない、これではまずいよね」という認識はみんな無意識に持っているのではないかと思います。それを改めて明らかにして、だから、国の「経営モデル」を変えなければいけないし、いまその転換期にあるのではないか、という問題意識の提示が今回の報告書の結論ですね。
 同じような問題意識は、「日本再編計画」を出した時にもあって、その解決策が道州制でした。でも道州制ができなかったどころか、地方分権も「お金も自由もください」みたいなところで留まっている。大騒ぎしたけれど、結局、国の経営モデルは変わっていない。今後はどうしたらよいのか、科学技術などの進歩を考えたら、新たな、しかもこれなら実現できるという方法もあるのではないかと思いますけれど、どうお考えですか。
 

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7.新しい国の経営ビジョンとモデルの構築が必要
 
曽根 そう考えた時にヒントになるのが、地方分権論とコンピュータのネットワークの進展が対応してきたことです。つまり、中央管理型から自律・分散型に。それで現在、コンピュータの方はクラウド型になっているのだけれども、政治や行政の方にはそうした議論はまだほとんど生まれていませんね。国の「経営モデル」にもクラウドコンピューテンィグに相当するものを考え出したらいいいと思います。文書処理とか行政処理などはすぐにでもできそうですよね。
 
中里 「機能の共有化」ということですよね。
 
永久 マイナンバーとか住基ネットなどは、発想としてはそれに近いものがありますが、期待通りの成果を上げているようには思えませんね。 
 
曽根 エストニアやシンガポールあたりだといきなりできるのは、国が小さいからということでしょうか。日本は、システム転換しようとすると、いろんなところから抵抗が出てきますね。
 
中里 中央集権とよくいいますが、「霞が関」、つまり中央省庁自体はむしろ過度に分権化されていて、お互いの棲み分けができている。ある部局が他の部局の所掌に係るようなことをやろうとすると、その部局が抵抗するというようなことがあるわけです。一方、権限を渡されてもなかなか自立して自分の意思で動けない自治体もあるわけで、この関係をうまく整理していかないといけませんね。
 
永久 縦割りの分権になっている中央官庁に横串を刺すという目的でできたのが内閣府であり、また官邸主導ですが、ただ大きな組織が一つ増えただけとか、官邸は興味のあることしかやらないとか、さまざまな批判もありますね。
 
中里 それからもう一つ、日本は格差に対して非常に敏感です。分権化は地方自治体の行財政運営の規制緩和ですから、分権で多少の格差が出ても、それはやむを得ません。このことをきちんと受け入れられないと、分権というのは絵にかいた餅になってしまうんですね。
 
曽根 日本は老人になっているんですよ。だから、「がん」を見つけて、それを治すためにどうするかという議論よりも、老人である日本をどうするか、そういう議論が必要ですね。
 一つは、70歳までしか生きないと思っていたら、100歳まで生きる。この30年分をどうするかというモデルはまだできていないんですよ。
 
永久 いや、今やっていることがそんな感じですよね。抗がん剤を打ちながら、頑張っているような。そうではなくて、何か新しい形になって生き返るというか、国自体のトランスフォーメーションというか、そういう発想で取り組むべき時なのだろうと思いますけどね。
 
曽根 たしかに、そうかもしれない。今まで100歳まで生きる国はなかったんですよ。その間に戦争や革命とかいろんなものがあって、国が変容していくわけです。ただ、それを自発的にやっていくには同じように大きなエネルギーがいるわけです。
 
永久 次のプロジェクトでは処方箋を検討することにして、その実現に向けて、どこかの自治体や企業やNPOなどと一緒になって、「やってみる」というところまで進むことも視野に入れたいと思います。今日はありがとうございました。
 
 

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