真の課題は世代間の負担と給付の格差

島澤諭(中部圏社会経済研究所)×小黒一正(法政大学教授)×亀井善太郎(PHP総研主席研究員)

 3月下旬、小泉進次郎議員を中心とする自民党の若手議員が、「こども保険」創設に関する提言をまとめた。「こども保険」という名称のもと、既存の年金制度の中に組み入れることで、子どもが教育を受けられないリスクに社会保険として対応しようとする仕組みである。具体的には、子どもの幼児教育や保育の無償化を目指し、その財源は保険料の引き上げで確保するという政策である。
 「変える力」特集No.40では、自民党で検討が進む「こども保険」を取り上げ、こうした政策提案から見えてくる意義と課題について、財政や社会保障政策に詳しい中部圏社会経済研究所の島澤諭氏、法政大学教授の小黒一正氏、政策シンクタンクPHP総研主席研究員の亀井善太郎が鼎談を行った。

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1、こども保険とは何か
 
亀井 まずは、具体的に提案された第一段階と第二段階について、負担と受益の関係を見てみましょう。負担するのは現役世代と企業(保険料は折半)、受益があるのは乳幼児を持つ家庭です。第一段階では、厚生年金や国民年金の保険料の料率を0.1%引き上げ(国民年金の場合、160円/月)、それを原資に、就学前の乳幼児を抱える家庭に給付する児童手当を5000円引き上げます。第二段階では、さらに保険料率を0.5%引き上げ(国民年金の場合、830円/月)、児童手当を25,000円引き上げます。25,000円給付できれば、幼児教育と保育の実質無料化が達成できるという政策です。規模としては、第一段階で3,400億円、第二段階で1.7兆円の見込み。なお、財源については、第二段階において医療や介護の給付抑制にも取り組むとありますが、具体策は記載されていません。
 幼児教育と保育の実質無料化の趣旨は、少子高齢化が叫ばれるものの、政府の歳出の多くが高齢者向けに偏る中、将来世代に目配りした政策を打ち出していこうというものです。これを前提とすれば、財源としては、新しいサービスに伴う増税という選択肢があり、中身としては、消費税、所得税、あるいは法人税等が考えられます。また、少し前には「教育国債」というアイデアが示されました。ご存じのとおり、国債には、赤字国債と建設国債があるわけですが、教育国債という概念を出してきたわけです。
 もう一つ、普通に考えれば、新しく出るものがあれば、別の出るものを減らします。家計だったら当たり前の考え方ですが、こういった議論は聞こえてきません。これは残念なところで、今日の議論の一つの話題にもなろうかと思います。
 さて、では、議論を始めようと思いますが、まずは、この提案の意義、評価できる点について、小黒さんからご意見いただけますでしょうか。
 
子育て支援を全世代で賄うことには意義がある
 
小黒 これからの時代を考えれば、日本社会にとって最も重い政策課題は人口減少です。2100年までに人口が現在の半分ぐらいになると見込まれています。出生率が直ちに2に近づいたとしても、人口減少がとまるのは2090年頃です。人口問題を何とかしたいならば、子育てを社会全体で支援していくのは当然のことであり、大きな方向性として、子育て支援にさらに積極的に取り組むことはまず支持できると思います。
 そうなると財源が問題になるのですが、全世代で負担するならば、もっとも適しているのが消費税であり、本件もそれで賄うのが筋論でしょう。しかし、税率の引き上げを先送りしている中、これを持ち出すことは政治的に通りません。
そういう認識の下、次善の策として出て来たのが「こども保険」なのだと思います。消費税と同じ効果を持たせるような財源調達方法として考えられたのでしょう。まず、世代別に見れば、現役世代に負担を求めるのが所得税や社会保険料です。では、消費税と同じ効果を持たせるにはどうすればいいのでしょうか。これは引退世代にも負担を求める、つまり、年金への課税、医療や介護の給付を抑制すればよいということで、「こども保険」の提言では、そう書いてあります。具体策は示されていませんけどね。
 同時に、社会保険料というのは、おもしろい効果を持っていて、個人の負担はもちろんありますが、法人の折半の負担もあります。これは法人税による負担と同じ意味を持つわけです。あらゆる世代と事業主も負担する、そこから財源を調達してきて子育て支援をするという意味では、考え方としては悪くないのではないかと思っています。
 
今の年金制度の歪みを是正する役割も期待
 
小黒 もう一つの意義として挙げられるのが、現在の人口の推移や年金制度を前提とした場合、子供を産み育てるという選択をしないほうが得だという各人の判断を是正する役割です。
 年金制度は、寿命の不確実性、つまり長生きをヘッジするという意味ではすばらしい制度ですが、今の年金制度は賦課方式なので、現役世代と将来世代が今の高齢者にその時点、その時点で仕送りして支える制度なのです。
 そうすると、経済学的にいうと、もし自分が子供を持たなければ、現役の時に子育てをしない、コストをかけないで、高齢者になった時にそれなりの年金給付を受けることができると考える人たちが出てきます。つまり、フリーライド、もらい逃げができるわけで、結果として、制度が少子化を加速させてしまうのです。これを外部性と呼びますが、それを相殺するため、ヨーロッパを中心に議論が発展していて、二つの政策オプションがあると言われています。一つは、児童手当や子育て支援の拡充による出生率の押し上げ、もう一つは、子供を育てた人には老後に年金を加算してあげるというやり方です。
 これらは同等命題で、先にあげてしまうか、後であげるか、という違いだけなのです。つまり、「こども保険」と言いながら、これは年金制度の一部で先渡しなのです。
 

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2、制度設計の原則を外れた「こども保険」は、制度への信頼を損ない、問題ばかり
 
亀井 なるほど。「こども保険」の意義が見えてきました。その方向性は評価できますが、実際の政策として考えるといろいろ課題がありそうです。島澤さん、いかがでしょうか。
 
島澤 私は「こども保険」には問題しかないと思っています。
 先ほど、フリーライドという指摘がありましたが、フリーライダーに対しては、経済学では、対処法が非常に明快です。子供が将来の社会を支える存在である、安全保障や外交、司法と同じように公共財だと考えるならば、税金で対応すべしというのが基本原則です。何もわざわざ保険を使ってやる必要は全くありません。正面切って、負担が必要であれば税金で負担をお願いすべきなのです。
 政府の歳出の規模の推移を見ますと、リーマンショックを契機にその規模は急拡大し、その後も規模はほぼその水準を維持しています。国がまず身を切るんだという話も提言の中に出てはきますが、そもそも、リーマンショック級の危機が去った後も財政規模は変わっていないわけですから、本当に全く空しいばかりの表現です。まずやるべきは、リーマンショック時に10兆円以上水ぶくれした財政をもう一度見直すことです。そうすれば、児童手当の加算くらいの規模は簡単に捻出できるのではないでしょうか。
 今回の提案ですが、既に「子ども・子育て拠出金」が厚生年金に上乗せされていて、これは全額事業者負担なのですが、結局、その流れの中でこの手のものを安易に思いついたのではないかなと感じています。
 全世代型で子育てを応援するという話ですが、先ほど法人税的な効果はあるとの指摘がありましたが、日本企業の国際競争力を考えると、これ以上負担を増やせば、雇用の拠点を失うことにもつながりかねません。法人税減税に取り組んでいる中、保険を上乗せしていくのは、国全体の施策として見れば、真逆のことを平気でやっていることにもなります。
 なにより深刻なのは、こうした辻褄合わせの政策は、制度への信頼を失わせるという問題です。保険と言いながら、その制度設計の基本であるリスクの存在が明らかでなく、歪んだ財源調達手段として保険制度を用いるのは、社会保障制度への信頼を失わせることにもつながります。人口減少の問題にしても、課題ばかりの現行制度を前提として解決策を示すのも問題でしょう。
 

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3、保険として対応すべきリスクが曖昧で、解決手段としても整合性がない
 
亀井 いくつか問題提起がありましたので、整理したいのですが、まず伺いたいのは、保険の設計において前提として考えなければならないリスクが何かという問題です。提言では、「こども保険」は「子供が必要な保育・教育等を受けられないリスク」に対応するとありますが、この点、いかがでしょうか。
 
小黒 保険というのは名ばかりで、この提案に、保険としてのリスクは存在しません。主に保険料として現役世代が負担を担うわけですが、子育てを終えた人や子供を持たない人も担い手となります。保険というのは、将来のリスクを想定して保険料を払うものです。例えば、年金は、引退後の収入がない期間が長寿によって長引き貯蓄が足りなくなるリスクが対象です。労災ならば、仕事中のケガ、雇用保険ならば、職場を失うリスクです。こうしたリスクには全員が直面しています。だから社会保険でプールして、いざと言う時に保険金の給付で対応するのです。
 しかし、「こども保険」が想定しているリスクである、きちんとした保育や教育が受けられないというのは、あくまでも乳幼児がいる人等、特定の状況に直面している人だけが対象であって、それ以外の現役世代の人は対象ではありません。もし、この設計通りであれば、子供が一定の年齢になったらリスクがなくなります。それでも、「あなたは現役だから保険料を払ってください」、「でも、私たちには将来そんなリスクないと思うんですけど。もう子供産まないですし、つくらないですし」となった時に説明ができません。
 現在の提言では「こども保険」という名称ですが、例えば「こども基金」という名前にして、現在の年金制度に組み込めば、それなりの論理的整合性が取れるのではないかと思います。
 
島澤 小黒さんが今お話されたとおり、提言に示されたリスクは、リスクでは全くありません。小黒さんご指摘のリスクの捉え方もあるのかもしれませんが、そもそも子育てをリスクとして捉えること自体、おかしな話だと思います。
 彼らが示したリスクに関連して申し上げれば、保育や教育が受けられないリスクに対して児童手当の増額という形で現金給付しようというのは、リスクの解消策になっていません。保育の場合、サービス供給量が絶対的に足りないのが問題です。そこにお金を出せば、供給量がない中で需要だけ出てきて、問題は解決せず、むしろ深刻化するだけです。彼らの言うリスクがさらに顕在化していくだけです。目的と実際の手段が全く嚙み合っていません。地域によるばらつきも含めて、課題に対する認識が間違っています。
 
小黒 その通りです。供給量が限られている中で、公的補助を入れると価格が下がるから、需要が増えます。需要が増えるのですが、供給量は限られているから、ますます事態は悪化します。
 

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4、社会全体に負担を求められない弥縫策としての「こども保険」
 
亀井 そうした課題の現実感や原因に関する真剣な検討がなされたプロセスが感じられないのも、今回の提言の問題だと感じますね。
 ここでお二人にお伺いしたいのは、引退世代の負担の問題です。すでにご指摘のとおり、高齢者の負担についての具体策はまったく書いていませんね。
 
島澤 全世代型と言いながら、高齢者の負担を後回しにしています。結局、実際は現役世代だけで支えましょうということではないでしょうか。全世代と言いながら、引退世代、高齢世代を負担から外しているんですよね。これでは連帯になりません。
 実際、問題は、高齢者に負担をお願いすると票が減るとか、いろいろな問題があるのだと思いますが、全世代型で対応というのであれば、その名に恥じぬように、当然、初めから高齢者にも負担をお願いするのが筋でしょう。
 
亀井 もう少し突っ込んで伺いたいのですが、社会全体で負担するべきならば、財源としては、税で対応すべきところ、なぜ、保険料という手段に至ったのでしょうか。
 
小黒 繰り返しになりますが、本来は税金で取るべきというのが筋論です。ただ、現在は、消費税を先送りしているため、それは提案できないという政治の事情があるのでしょう。加えて、予定されている衆議院選挙が念頭にあると思います。前回の総選挙が2014年12月ですから、遅くとも2018年末までに次の総選挙があります。そうした状況の中、政策を打ち出していくとすれば、この政策を一つの目玉として選挙を戦っていくということも考えられる。その時に、消費税や高齢者に痛みを伴うような負担を求めるということを前面に出すと選挙は難しくなってしまいます。これは政治的な解釈ですね。
 経済学的に言うと、今の社会保険が強制徴収であることを踏まえれば、税金か保険料かというところでどれぐらい違うかというのもあるのが率直なところです。島澤さんとよく一緒に研究させていただいていますが、世代間の負担と受益を比較してみれば、より若い世代になればなるほど負担超過になっているわけです。負担超過とは、リスク以上に負担しているということなので、世代間所得移転で見ると、完全に税の性質を持っているわけです。そう考えると、保険料という名前がついているから保険制度の中のものであって、税ではないのかというと、そうとも限らない。そこはよく考えておく必要はあると思います。
 法人税の最終的な負担の帰着もそうです。いろいろ実証分析はありますが、100%ではないけれども、従業員が負担していると見ると、事業主負担分も実は現役世代の負担なのです。直感的には、結局、給与がその分減っているということですね。やはり、そう考えていくと、ここを本当に上げていいのかという疑問は残ります。
 
島澤 年金もそうですし、保険もそうだと思いますが、やはり世代間の負担と受益がアンバランスだという問題は、最近はよく指摘されていることです。ただ、それはそうとして、ある程度の信頼感はあると思います。それは、どのぐらいかはわからないけれども、払った分は、それなりにしっかり戻ってくるという安心感があって、年金でも医療でも同じです。
 ただ、そこに「こども保険」という原則が外れたものが入ってくると、受益と負担のリンクがどんどん希薄化していく、見えにくくなってしまいます。ひいては、制度に対する信頼を失わせることにつながります。
 加えて、問題なのは、保険料の逆進性です。所得税はもちろん、消費税であっても、生涯で見れば、これは所得に比例していますので、負担能力に応じた負担になります。しかし、保険料の場合、上限が決まっていたりしますので、これは実は非常に逆進性が強い。とくに国民年金保険料は定額なので逆進性が高いですよね。
 自民党では、給付に所得制限をつけるかどうか現在検討が進められていると伝えられていますが、これもまた、保険としての受益と負担のリンクを希薄化させます。
 

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5、安易に財源を求めれば、社会保障制度ばかりではなく、政治への信頼も崩れていく
 
亀井 厚生年金と国民年金の保険料率は、本人も事業主負担も、これまで毎年上げられてきました。2017年で予定していた引き上げを終えるのですが、そこに安易に上乗せしようという発想はないのでしょうか。もっと言えば、これまで毎年引き上げをしてきても、源泉徴収、天引きで負担が見えにくく、投票行動に影響しないようだから、現役世代と事業主に負担させればよいと政治家が考えたということはないのでしょうか。
 
小黒 確かにそのとおりで、保険料の天引きというのは、非常に巧妙に設計されています。他方、消費税であれば、何かを買う時に、子供も含めてあらゆる世代が痛税感を感じるわけです。それは欧州の付加価値税と違っていて、内税方式と外税方式とありますが、日本はどれぐらい税金払っているかと明示することになっています。欧州ではインボイス等の制度があるため、それが見えないわけで、そのあたりも全く政治的なフリクションが異なります。だから、政治家、とくに政権を担っている与党の政治家は、消費税を上げるというと国民全員を敵にする、そういう形になるわけです。
 でも、それがゆえに、現役世代や若い世代の負担が上がってしまうのは、彼らをより厳しい状態に置いてしまうことを忘れてはなりません。
 
島澤 その通りです。安易に保険料を使っています。消費税引き上げと言えばものすごい反対が起きるのですが、年金保険料や医療は毎年上がっても、誰も何も言いません。
 政治家として、やはり国民の反対が少ないところからお金を取る、要は取りやすいところから取るというのが鉄則ですから、そういう意識が働いているんでしょう。
 ただ、それはやはり安易に過ぎまして、先ほども申し上げましたが、保険の受益と負担のリンクが、さらに弱くなっていくと、やがては保険料の引き上げ自体も困難になっていくと思います。
 取りやすいところから取るんだということを、しかも若い政治家が安易に考える、提案することは、ひいては、財政ばかりでなく、社会保障制度を容易に崩壊させてしまうことは是非とも気付いてほしいところです。結局、政治への信頼に直結するんですけどね。
 
保険料によってガバナンスが利かなくなるおそれも
 
小黒 社会保険の場合、特別会計になり、一般会計と比べて国民や議会のチェックが利きにくくなるという問題もあります。厚労省でも旧労働省では雇用保険の特別会計があります。かつてもやりましたが、雇用情勢が改善すると雇用保険のお金が余るので、いろいろな制度を創設するんです。雇用保険のお金で社会人の大学院進学や英会話学校の補助を配布するという制度がまさにそうです。本来、税でやるべきものを保険料でやってしまうわけで。
 
島澤 特別会計の改革を進めて減らしていこうという時に、新たに別会計をつくるようなもですから、あらゆる面で今回の「こども保険」というのは、これまでの政治の方針に逆行しているのだと思います。それが果たして、今後、日本を多分担っていくことになる政治家、若い政治家が、そんな態度というか、心持ちでいいのかなと、非常に心配になります。

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6、膨張主義を止め、将来世代を展望した政治への転換を
 
亀井 特別会計は膨張の温床になりますね。ガバナンスから遠くなった資金はいつのまにか何かの財布になり、財源があるなら使えばいいではないかという途上国型の政治を継続させてしまいます。やはり、成熟国家として、「そのお金があったら、次の世代の負担ないように返そう」という話が出てくる政治に転換しなければならないと思います。ただ、なぜ、それができないのでしょうか。
 
島澤 国債の存在が大きいと思います。赤字国債の特例が、特例でなく恒常化している現状からも明らかなように、歳出を実際の歳入で負担している部分というのはまあ6~7割程度で、あとは国債の負担で賄っています。そうなると、そもそも税のところで監視が働きません。
 本来、痛税感があれば、税の使い道への関心は高くなり、監視が行き届くようになります。しかし、これは保険で逃げるのと同じ構造で、自分たちの負担は7割しかなくて、残りの3割は姿の見えない将来世代の負担ともなれば、その分に関して、自分たちの負担ではないので、まあどうでもいいやという形になってしまいます。
 税率が高い北欧などですと、その一方で、税が様々な場面で返ってくるのが見える。それで、政府に対する信頼というのが高いわけです。それは、税金が高いからではなくて、きちんと戻ってくると自分たちが実感できているからです。それは、税の使われ方が監視されているからでもあります。
 翻って、日本を見ると、税の負担はそんなに多くない。ほとんど借金で賄っていますね。その結果、国民自身の税の使われ方への関心や監視が緩んでいるのだということです。
 
小黒 その通りです。今の話に続ければ、では、なぜ国債発行ができるのかという質問につながります。その答えはとても単純で、金利が低いからです。たくさん国債を出せば、本来、金利が上がっていくはずなのですが、そうならないのは日本銀行が大量に国債を買っているからです。では、それでよいのかといえば、最終的には、インフレや通貨の信認を失わせるという深刻なリスクの代償のもとにあるわけです。いまの日本銀行ではインフレを制御できなくなる可能性もあります。
 また、円安は日本経済にプラスと言われますが、それは加工貿易型の時代の主張であって、日本経済の構造が転換してきている現在、必ずしもプラスとは言い切れません。むしろ、優良企業の株式や事業や生活に必要な土地や建物、国家や国民にとって重要な資産が安く買われてしまうといった問題も抱えるのです。そうした問題先送り型の政策が潜在化させているリスクに私たちは目を向けなければなりません。
 
島澤 その通りです。アベノミクスというのは、守るべきものを失いかねないわけですから、長期的に考えて、保守政権が取るべき政策ではないように思います。
 今回の「こども保険」もそうですが、今の財政と社会保障の世代間のアンバランスが続く中、少子化対策をするというのは、結局、今の高齢世代の逃げ切りを許すのと、財政と社会保障の構造改革が行われない、あるいは、それを延命させるためのものだと思っています。逆に言うと、今のままで少子化対策が行われると、生まれてくる子供たちは非常に不幸なんです。
 そうした中、若い政治家が、この程度のことしか提案できないのは、たいへん情けないことだと思います。今の社会保障給付の構造的な課題を直視せず、また、その見直しも言わずに、こうした提案が出てくるのは本当に無責任なことだと思います。
 

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7、若い世代こそ政治に声を出していこう
 
島澤 若い政治家が耳を傾け、注視すべきは、同世代であり、これからの世代です。
 しかし、それができないのは、しばしば、世代別の頭数が多く投票率が高いからだ、シルバーデモクラシーだからだと言われます。これはいわゆる中位投票者モデルの背景があると思いますが、もう一つ、確率的投票モデルによれば、別に頭数というのは実はそんなに大切ではなく、どのぐらい特定の集団の中で意見がまとまっているかが重要なのです。
 なぜ高齢者が重視されるか。それは「見える声」として固まっているからです。彼らは、ほとんど同じようなバックグラウンドを持ち、まとまれる可能性が非常に高い世代なのです。ほとんどが引退世代で、年金をもらい、医療・介護を受け取るという、構造的には同じ人たちです。高度経済成長の総中流の名残かもしれません。
 一方、若い世代を見れば、どういう仕事に就いているか、結婚しているかしていないか、あるいは、子供がいるかいないかということで、全然ばらばら、ばらつきが非常に大きいのです。そうすると、意見がまとまらないので、まとまった票が絶対入ってこない。一方、高齢者はまとまった票が入ってくるわけです。
 そうすると、高齢者が重視されるのは当たり前、若者が軽視されるのは当たり前。これは頭数ではないんです。どれだけまとまるか。まとまった固まりとして見えるかが重要なのです。
 最近、「保育園落ちた。日本死ね」で、あれ以来、若干流れが変わっているのは、保育園落ちたという人たちがある程度見えてきているからです。声を出しているので、見える声で投票しているのと同じわけですね。実際の投票ではないですが、見える化しています。「こども保険」もまさにその流れの一つなのかもしれません、やり方は全然だめですけどね。
 そう考えると、必ずしも頭数が少ないとか投票に行かないからというところが問題ではなくて、大同小異でどれだけ若い世代がまとまれるか。そこが肝心です。一点突破主義で、それぞれの若い人たちが固まって声を上げていけば、政治も振り向かざるを得ないので、変わってくると思うんですよね。いつまでもシルバーデモクラシーだとか何とかといってあきらめるのではなくて、若い人たちも何か問題があればそれなりに固まって、行動を起こせばよいのですよ。
 
小黒 今の指摘はたいへん重要だと思います。その文脈でいうと、今回の「こども保険」は、子育てのリスク、保育や幼児教育を受けられないリスクを対象にするとしていますが、本当の問題は、世代間の負担と給付の格差の是正にこそあると思うのです。高齢者への給付よりもむしろ現役世代への給付にもう少しシフトしていきましょう、財政の健全化も含めて、将来世代の負担やリスクを小さくしていきましょうと大くくりで言ったほうが、支持は得られるし、票も取れるはずなんですよね。ところが、では、どうやって改革するかとか、社会保障の何を給付カットするとか、増税もどのタイミングでやるかというふうになると、今すぐよりはあと3年後とか、それはカットできないとか、明示した瞬間から、みんなずれて、分断させられるんです。
 
亀井 そこを説得するのが本来の政治の役割なのだと思います。勘違いされることが多いのですが、政治の仕事は解決策の提示ではなく、リーダーとして、まず、国民と課題を共有することにあります。大枠の方向性は認められるものの、そこが抜けたまま安易な解決策として示されたのが、今回の「こども保険」であり、多くの弊害を孕んだものだということが今日の議論ではっきりしました。
 本日のご指摘は、これからの政治を見ていく上で重要な点ばかりでした。今後、政治の場でどのような議論が進むかわかりませんが、専門家として、お互いにあるべき政策論をしっかりと展開していきたいと思います。引き続きどうぞよろしくお願い致します。今日はありがとうございました。

島澤 諭(しまさわ まなぶ)*中部圏社会経済研究所経済分析・応用チームリーダー
1970年富山県生まれ。東京大学経済学部卒業。1994年、経済企画庁(現内閣府)入庁。2001年内閣府退官。秋田大学教育文化学部准教授等を経て、2015年4月より現職。財務省財務総合政策研究所客員研究員、法政大学兼任講師等を兼任。専門は財政学。主な著書に『世代会計入門』(日本評論社、2013年)。
 

小黒一正(おぐろ かずまさ)*法政大学経済学部教授
1974年東京都生まれ。京都大学理学部卒、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。1997 年大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2015 年4 月から現職。鹿島平和研究所理事。専門は公共経済学。著書に『預金封鎖に備えよ――マイナス金利の先にある危機』(朝日新聞出版、2016年)、『財政危機の深間』(NHK 出版、2014 年)、『2025 年、高齢者が難民になる日』(共著、日本経済新聞出版社 、2016 年)等。

 
亀井善太郎(かめい ぜんたろう)*政策シンクタンクPHP総研主席研究員、立教大学大学院特任教授
慶応義塾大学経済学部卒業。日本興業銀行、ボストン・コンサルティング・グループ、衆議院議員等を経て現職。みずほ総合研究所アドバイザーも務める。シンクタンカー、大学教員、NPOマネジメントとして民間からの政策の発案、社会変革の担い手人材の育成、そして、自らその実践にも取り組む。
衆議院決算行政監視委員会参考人、内閣官房行政改革推進会議年次公開検証評価者、自治体における行政改革等に関する各種審議会委員長や委員等を務める。

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