真の課題は世代間の負担と給付の格差

島澤諭(中部圏社会経済研究所)×小黒一正(法政大学教授)×亀井善太郎(PHP総研主席研究員)

 3月下旬、小泉進次郎議員を中心とする自民党の若手議員が、「こども保険」創設に関する提言をまとめた。「こども保険」という名称のもと、既存の年金制度の中に組み入れることで、子どもが教育を受けられないリスクに社会保険として対応しようとする仕組みである。具体的には、子どもの幼児教育や保育の無償化を目指し、その財源は保険料の引き上げで確保するという政策である。
 「変える力」特集No.40では、自民党で検討が進む「こども保険」を取り上げ、こうした政策提案から見えてくる意義と課題について、財政や社会保障政策に詳しい中部圏社会経済研究所の島澤諭氏、法政大学教授の小黒一正氏、政策シンクタンクPHP総研主席研究員の亀井善太郎が鼎談を行った。

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1、こども保険とは何か
 
亀井 まずは、具体的に提案された第一段階と第二段階について、負担と受益の関係を見てみましょう。負担するのは現役世代と企業(保険料は折半)、受益があるのは乳幼児を持つ家庭です。第一段階では、厚生年金や国民年金の保険料の料率を0.1%引き上げ(国民年金の場合、160円/月)、それを原資に、就学前の乳幼児を抱える家庭に給付する児童手当を5000円引き上げます。第二段階では、さらに保険料率を0.5%引き上げ(国民年金の場合、830円/月)、児童手当を25,000円引き上げます。25,000円給付できれば、幼児教育と保育の実質無料化が達成できるという政策です。規模としては、第一段階で3,400億円、第二段階で1.7兆円の見込み。なお、財源については、第二段階において医療や介護の給付抑制にも取り組むとありますが、具体策は記載されていません。
 幼児教育と保育の実質無料化の趣旨は、少子高齢化が叫ばれるものの、政府の歳出の多くが高齢者向けに偏る中、将来世代に目配りした政策を打ち出していこうというものです。これを前提とすれば、財源としては、新しいサービスに伴う増税という選択肢があり、中身としては、消費税、所得税、あるいは法人税等が考えられます。また、少し前には「教育国債」というアイデアが示されました。ご存じのとおり、国債には、赤字国債と建設国債があるわけですが、教育国債という概念を出してきたわけです。
 もう一つ、普通に考えれば、新しく出るものがあれば、別の出るものを減らします。家計だったら当たり前の考え方ですが、こういった議論は聞こえてきません。これは残念なところで、今日の議論の一つの話題にもなろうかと思います。
 さて、では、議論を始めようと思いますが、まずは、この提案の意義、評価できる点について、小黒さんからご意見いただけますでしょうか。
 
子育て支援を全世代で賄うことには意義がある
 
小黒 これからの時代を考えれば、日本社会にとって最も重い政策課題は人口減少です。2100年までに人口が現在の半分ぐらいになると見込まれています。出生率が直ちに2に近づいたとしても、人口減少がとまるのは2090年頃です。人口問題を何とかしたいならば、子育てを社会全体で支援していくのは当然のことであり、大きな方向性として、子育て支援にさらに積極的に取り組むことはまず支持できると思います。
 そうなると財源が問題になるのですが、全世代で負担するならば、もっとも適しているのが消費税であり、本件もそれで賄うのが筋論でしょう。しかし、税率の引き上げを先送りしている中、これを持ち出すことは政治的に通りません。
そういう認識の下、次善の策として出て来たのが「こども保険」なのだと思います。消費税と同じ効果を持たせるような財源調達方法として考えられたのでしょう。まず、世代別に見れば、現役世代に負担を求めるのが所得税や社会保険料です。では、消費税と同じ効果を持たせるにはどうすればいいのでしょうか。これは引退世代にも負担を求める、つまり、年金への課税、医療や介護の給付を抑制すればよいということで、「こども保険」の提言では、そう書いてあります。具体策は示されていませんけどね。
 同時に、社会保険料というのは、おもしろい効果を持っていて、個人の負担はもちろんありますが、法人の折半の負担もあります。これは法人税による負担と同じ意味を持つわけです。あらゆる世代と事業主も負担する、そこから財源を調達してきて子育て支援をするという意味では、考え方としては悪くないのではないかと思っています。
 
今の年金制度の歪みを是正する役割も期待
 
小黒 もう一つの意義として挙げられるのが、現在の人口の推移や年金制度を前提とした場合、子供を産み育てるという選択をしないほうが得だという各人の判断を是正する役割です。
 年金制度は、寿命の不確実性、つまり長生きをヘッジするという意味ではすばらしい制度ですが、今の年金制度は賦課方式なので、現役世代と将来世代が今の高齢者にその時点、その時点で仕送りして支える制度なのです。
 そうすると、経済学的にいうと、もし自分が子供を持たなければ、現役の時に子育てをしない、コストをかけないで、高齢者になった時にそれなりの年金給付を受けることができると考える人たちが出てきます。つまり、フリーライド、もらい逃げができるわけで、結果として、制度が少子化を加速させてしまうのです。これを外部性と呼びますが、それを相殺するため、ヨーロッパを中心に議論が発展していて、二つの政策オプションがあると言われています。一つは、児童手当や子育て支援の拡充による出生率の押し上げ、もう一つは、子供を育てた人には老後に年金を加算してあげるというやり方です。
 これらは同等命題で、先にあげてしまうか、後であげるか、という違いだけなのです。つまり、「こども保険」と言いながら、これは年金制度の一部で先渡しなのです。
 

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