漁業のやり方を変えるところから始めよう
震災以前に戻るなら、私はやらない
「水産業復興特区」は、震災復興のための選択肢の一つとして、漁協に対して優先的に与えられてきた漁業権を、民間企業と連携した地元漁業者主体の法人に与えることを構想していた。民間企業との連携によって投資や経営能力を漁業の現場に呼び込み、競争力を高め、復興とともに漁業の再興を促すことが狙いだ。
「直感的に、これだったら何かできるんじゃないかって。そしたら、知事が講演するというので、チケットも3枚残っているというので、話を聞きに出かけたんです」
村井知事の講演を聞いた大山さんは、知事との直談判に臨んだ。
「桃浦はこの特区制度を使って復興したい、って申し入れたんですよ」
故郷を取り戻すためには藁にもすがりたい、という思いがあったのかもしれない。
「知事が言うように、会社になって一歩も二歩も先に行ける。工場を建てて、生産から販売から加工までを一手にやれるようになる。そういう考え方で復興できるんだったら、一緒にやりたいと言ったんです」
桃浦復興のためとはいえ、これまでと違った取り組みを始めることに、躊躇や懸念を示すメンバーも少なくはなかった。だが大山さんは、特区の活用によって桃浦に新しい価値が生まれることに期待を寄せていた。
「震災が起きる前から、いまの漁業のやり方は変えなきゃいけないと思っていて、仲間ともそういう話をしていたんですよ。だから、震災前と同じ状況に戻すだけだったら私はやらないよ、と」
遅れている水産業を建て直すところから始めなくてはいけない。廃業を決意した彼らを漁業に踏みとどまらせたのは、故郷復興への思いと、漁業再興のためタブーに踏み込んだ知事の覚悟だった。