事実上の意思決定の場になるかが成功のカギ

政策シンクタンクPHP総研 主席研究員 金子将史

 2013年11月27日、国家安全保障会議設置法案が成立し、国家安全保障会議(以下日本版NSC)が誕生することになった。遠からず日本版NSCを支えるスタッフ組織である国家安全保障局の体制も整う予定である。
 
 日本版NSCの創設は第一次安倍政権でも試みられ、民主党政権時にも党内で議論されていたものであり、7年の歳月を経てようやく実現にいたったことになる。紆余曲折を経て誕生した日本版NSCだが、それにより一体何が変わるのか。また何をどう変えるべきなのだろうか。

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参照:内閣官房 国家安全保障会議設置準備室「国家安全保障会議」説明資料

 
日本版NSCの目指すもの
 
 最大の変化は、首相、官房長官、外務大臣、防衛大臣の四大臣(政権によっては更に副首相なども参加)の会合が定期的に開催され、戦略的な課題を検討するようになることである。これまでも九大臣からなる安全保障会議が存在していたが、これはどちらかというとシビリアン・コントロールを確保するための枠組みであり、長らく形骸化が指摘されてきた。実質的な議論は、官房長官、外務大臣、防衛大臣による三大臣会合、さらに首相が加わった四大臣会合で行われることが多かったが、これも防衛大綱の策定や自衛隊の海外派遣といった案件がある場合にアドホックに開催されるものであり、戦略的な課題について日常的に検討し、意思決定していく枠組みではなかった。それを支える内閣官房の体制も十分ではなかった。
 
 今回「国家安全保障に関する外交政策及び防衛政策の基本方針並びにこれらの政策に関する重要事項」を検討する定例の枠組みとして四大臣会合が創設されたことで、何か問題が発生してから受動的に対応策を考えるばかりではなく、より能動的な対外関与について検討を行う場として機能することが期待される。何よりも、日本版NSCは、国家安全保障分野に特に関連性の深い外務省、防衛省をはじめ、関係省庁の政策統合、政策調整を行うメカニズムとして機能しなければならない。自衛隊の活動が海外にも広がり、外交と軍事の統合的な連携が必要な局面は増大している。また、日本防衛についても、喫緊の課題である島嶼防衛など、外交、軍事、さらには法執行を、事態の推移に応じて有機的かつシームレスに連携させることが不可欠になっている。残念ながら、省庁間の横の協力に任せておくだけではなかなか進まないので、首相のリーダーシップのもと、官邸が関与する日本版NSCの枠組みで調整を行うことが現実的だろう。先般筆者は英国政府の招聘で訪英し、2010年に創設された英国版NSCや関連組織についてヒアリングを行う機会を得たが、NSCスタッフ組織(National Security Secretariat)でも、外務連邦省、国防省でも、英国版NSCを創設したメリットとして、省庁間の意見を統一できることや個別省庁の主導では十分推進できない政策への強力なバックアップを得られることを挙げていた。
 
 能動的な政策検討や省庁間の調整をパワフルに行う上ではスタッフ組織の役割が決定的に重要である。実は第一次安倍政権時の法案では、スタッフ組織は内閣官房の外に置かれることになっていた。この案では、スタッフ組織は内閣官房の総合調整機能を持たない、会議回しを行うだけの存在になる可能性が高く、陣容も少数精鋭の美名の下に小規模にする動きがあった模様である。日本版NSCに権限を奪われることをおそれた組織からの強い抵抗の結果といわれる。

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日本版NSCの成否を分けるもの
 
 これに対して、今回は内閣法の改正により内閣官房にスタッフ組織である国家安全保障局を置くことを明記した。人員的にも、安倍首相が60名規模でスタートするとの見通しを示しており、実質的な総合調整や企画立案を行いうる体制になる見込みである。軍事的専門性が不可欠であることから、制服組の積極的な起用も予定されている。国家安全保障局長に就任するといわれる谷内正太郎内閣官房参与はもちろん、次長を兼務する安全保障・危機管理担当の高見澤官房副長官補と外政担当の兼原官房副長官補も、霞ヶ関を代表する戦略家であり、相当強力なスタッフ組織になることは確実だろう。米国や英国など、他国の国家安全保障担当補佐官やNSCスタッフ組織と密接に連携していく上でも、国家安全保障局長をはじめ国家安全保障局にしかるべき人材をあて、権限やリソースを付与することが肝心である。
 
 実効的な総合調整を可能にするには、国家安全保障局を軸に関係各省庁が参加する事務レベル会合を設置し、閣僚レベル会合のアジェンダや政策オプションについて準備すると同時に、閣僚レベル会合での決定事項の実行状況をチェックすることが不可欠である。米国のNSCでは閣僚レベル会合とは別に、副長官級、次官補級の省庁間調整メカニズムが存在しているし、英国においてはNSC(O)と称される事務レベル会合が閣僚レベル会合の前に開催されている。日本版NSCでも局長級からなる幹事会が置かれる模様である。
 
 こうした事務レベルの調整を機能させる上で最も肝心なことは、日本版NSCを単なる話し合いや情報交換の場にせず、事実上の意思決定の場にすることである。日本版NSCも従来の安全保障会議同様、法的には諮問機関という位置づけだが、小泉政権時代の経済財政諮問会議のように、重要な決定が事実上その場で行われるようになるかどうかが、日本版NSCの成否を分けるだろう。事実上の決定機関であるからこそ、省庁間の調整もそのゴールを目指して行われるし、最も重要で機微な情報を提供し、事務局に優秀な人材を送り込むインセンティブも生まれる。逆に、国家安全保障局や事務レベルでの調整メカニズムは、意思決定に直結するようなアジェンダを設定し、しかるべき政策オプションを用意するようにしなければならない。さる英国のNSCスタッフ組織高官も、議論だけに終始しないよう会合の焦点を保ち、意思決定に資するようにすることが重要と力説していた。

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「積極的平和主義」をいかに実践するか
 
 日本初の国家安全保障戦略(NSS)をとりまとめ、防衛大綱を策定することが日本版NSCの初仕事になるだろう。2010年に創設された英国版NSCの最初の仕事もNSSの策定と戦略防衛・安全保障見直し(SDSR)だった。英国の場合、NSC創設後にNSSやSDSRの起草プロセスが始まったのに対し、日本の場合、正式にNSCが立ち上がる前から策定作業がスタートしており、日本版NSCの事実上の役割は出来上がったNSSを承認することになりそうである。とはいえ、四大臣会合のメンバーになる安倍首相、菅官房長官、岸田外相、小野寺防衛相、さらに麻生副首相による会合でNSSを策定する方針を決め、NSSを検討する有識者会議「安全保障と防衛力に関する懇談会」にも節目節目でこれらの閣僚が出席しており、国家安全保障局長に就任予定の谷内氏が同懇談会メンバーであるなど、事実上日本版NSCが策定過程に関与するかたちになっている。
 
 英国ではブラウン政権の2008年に最初のNSSが策定されており、2010年のNSS策定も全くはじめての経験ではなかったが、日本では本邦初の試みである。また、スタッフ組織である国家安全保障局の体制が整わない段階での作業となったこともあり、関係省庁間でどれだけ綿密な調整を行っているか、また、安全保障上の情勢見積もりや脅威やリスクの評価をどのくらい体系的に行っているか疑問なしとはしない。
 
 2010年の英国NSSとSDSRでは、NSSでは戦略的文脈(strategic context)と「目標(ends)=何を達成しようとしているか」を示し、SDSRでは「手法(ways) =いかに達成するか」と「手段(means) =いかに資源を割くか」を示すものと整理された。日本初のNSSも、情勢認識と日本が何を目指すのかを明示することがボトムラインである。それに加えて、具体的な手法や手段をどのくらい規律しうるか、また体系的な情勢見積もり、脅威・リスク評価をどの程度行えたかが評価のポイントになるだろう。
 
 日本が何を目指すかについては、安倍首相が各種のスピーチや有識者懇談会の冒頭発言で語っているように、「積極的平和主義」というコンセプトが打ち出されるのであろう。ただし、安倍首相の発言は「『国際協調主義に基づく積極的平和主義』の立場から、世界の平和と安定、そして繁栄の確保に、これまで以上に積極的に寄与していく(2013年10月21日安全保障と防衛力に関する懇談会での冒頭発言)」といった抽象的なものにとどまっており、12月に発表する予定のNSSにおいて、それが具体的に何を意味するのか、どのような政策体系を成すのかを明確にする必要がある。
 
 NSSのような文書は、国としての立ち位置を示し、また策定作業を通じて各省庁を方向づけていく意味を持つが、そうした文書をまとめることと国家安全保障政策を戦略的に展開していくことは必ずしも同じではない。ある英国政府高官が、「新しい事態が発生することにより、Strategic Momentが訪れる」と述べていたように、状況の変化をいち早く把捉してその中長期的な含意を吟味し、また普段から様々なシナリオを検討して、いざStrategic Momentが訪れたときにそれを適切に捉えることが重要であり、それこそが日本版NSCやそれを支える補佐機構の果たすべき役割といえる。

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日本版NSCは万能薬ではない
 
 日本版NSCについては国家安全保障に関する戦略的な検討を行うだけでなく、危機管理全般の司令塔としての機能を期待する声もあり、そのように報道する向きもある。今回の法改正でも、重大緊急事態への対処について、事態の種類に応じてあらかじめ指定された閣僚が検討を行う枠組みが設けられた。
 
 しかし、たとえば今年1月に発生したアルジェリア人質事件のような事態で日本版NSCが危機管理の司令塔の役割を果たすべきかというとそうではないのではないだろうか。英国も、自国民が同事件に巻き込まれているが、実際の対応は外務連邦省が中心になって行い、政府全体としての危機管理面での調整はCOBR(Cabinet Office Briefing Room)の枠組みで行われている。これに対し、英国版NSCでは、アルジェリアとの二国間関係、石油供給への影響、地域情勢への影響について、長期的、戦略的観点からの検討が行われた。
 
 日本においても、NSCで危機管理全般を扱ってしまうと首相をはじめとする関係閣僚への負荷が過大になるおそれがあり、アルジェリア人質事件のような事例での危機管理は、緊急参集チームから対策本部にいたる既存の危機管理体制の強化をまず考えるべきであろう。NSCを万能薬のようにみなすことは適切ではなく、その役割や焦点が拡散しないよう留意すべきである。重大緊急事態に関するNSC閣僚会合も、本当に必要な場合に絞って開催するようにすべきであり、蓋然性の高いシナリオについて本格的なシミュレーションを実施するなどして備えを充実する枠組みとしての活用を考えるべきだろう。他方で、自衛隊の海外展開や尖閣有事など国内での防衛出動を含むような事態については、NSCが作戦面も含めて大まかな方向性を決める必要がある。英国版NSCにおいても2011年のリビア介入では、戦略面だけでなく戦術面も含めての方針決定が行われた。
 
 また、戦略面にしても、何から何までNSCで決めるということではなく、関係省庁との適切な役割分担をはかる必要がある。日本版NSCは、最高レベルの重要課題についての意思決定や省庁間調整に貴重な時間や労力を割くべきであり、マイクロマネジメントに追われるようであってはならない。日本版NSCや国家安全保障局が主導する部分と、各省庁に任せるべき部分との効果的な役割分担を見出していく必要がある。
 
 与党内での調整や野党との協議といった、政治的な側面を扱うことも日本版NSCの役割の範囲を超える。日本版NSCでの意思決定のプロセスと政治的なプロセスの歯車をうまく噛み合わせていくための何らかの工夫が必要になるだろう。たとえば、英国では、場合によっては野党にNSCへの出席を求めるなど、与野党が安全保障政策をめぐって過度に対立的にならないような措置がとられているようである。
 
 四大臣会合を定期的に開催したり、関係閣僚がインテリジェンス・ブリーフィングを受けたりする時間を確保するには、閣僚を国会審議に過剰に縛り付けるこれまでの慣行を見直すことが不可欠になる。日本版NSCを形骸化させないためにも、現在与野党間で協議がされている国会改革を前に進めることがぜひとも必要である。

 
次の課題はインテリジェンス機能強化
 
 日本版NSCの創設により、省庁間の政策を統合し、能動的、戦略的に外交、安全保障政策を展開する司令塔機能はある程度強化されると期待できる。無論、いかなる制度も生き物であり、実際の運用の中で改善をはかっていく必要がある。米国のNSC、そしてそのスタッフ組織も、歴史的に大きな変質を経験しており、大統領によってその活用の仕方には相当な幅がある。日本版NSCも、様々な経験に学びながら、柔軟にそのあり方を見直していくべきだろう。常設されることに決まった国家安全保障担当の総理補佐官の位置づけも、国家安全保障局長とのコンフリクトを生まないよう、試行錯誤の中で明確にすることが不可欠である。特に、他国の国家安全保障担当補佐官とのカウンターパートは、日本の場合ラインの要である国家安全保障局長であるべきであり、その点について誤解を生じないようにする必要がある。
 
 我が国の安全保障体制の改革は日本版NSCだけが争点ではない。国家安全保障にかかわるコミュニケーションなども重要な課題だろう。しかし、何と言っても、国家安全保障に関して戦略部門とともに車の両輪をなすインテリジェンス部門の改革が次なるテーマである。
 
 NSC法案とともに審議されている特定秘密保護法の制定はその第一歩である。インテリジェンスは、その内容はもちろん、収集の方法も含めて高度な機密に属するものであり、その漏洩は、自国の優位性を失わせるとともに、情報源を危険にさらし、相手側に対抗措置をとらせるなどきわめて大きな負の影響をもたらす。秘密保護が十分でなければ、他国は貴重なインテリジェンスを共有することを避けるだろうし、国内の情報機関同士での情報共有、あるいは情報部門からNSC等の政策部門、戦略部門への情報提供も十分には行われない。実際、こうした事態は我が国のインテリジェンス・コミュニティの問題として長らく指摘されてきたところであり、今回特定秘密保護法が成立すれば、状況の改善に貢献するものと期待される。
 
 特定秘密保護法について公務員が萎縮して取材が抑制されるとの懸念もあるが、旺盛なジャーナリズムが存在する国々に、今回の特定秘密保護法以上に厳しい罰則を伴う秘密保護法制が存在することを考えれば説得力に乏しい。他方で、政府の側も特定秘密の指定は、最高レベルの機密情報、収集方法の詳細や情報源などに限定して行うべきである。いたずらに特定秘密指定を増やしてしまうと、有資格者以外との情報共有ができなくなり、そもそもの使い勝手が悪くなる。政府の情報活動の行き過ぎや過度な秘密主義への懸念をうけて、与野党協議の結果、秘密指定を監視する第三者機関の設置が検討されることになったが、有識者による委員会よりも内部監察や告発者保護の仕組みを強化すべきだろう。米国には政府の行き過ぎ等についての内部告発者を保護する法律があり、各組織の監察官、さらには議会の情報委員会への告発が認められている。米国内における監視活動の可否を判断する外国情報活動監視裁判所(FISA Court)も置かれている。さらに、今回の法案審議過程でも重視されていたように、一定期間を経て秘匿する合理的な必要性がなくなった場合には秘密指定を解除し、歴史的な検証を受けるようにすることが肝心である。

 
NSC創設をインテリジェンス体制再構築のきっかけに
 
 秘密保護の法制が整えば、情報共有を阻害していた要因が一つ取り除かれることになるが、これにより実際どのくらい情報共有が進み、インテリジェンス体制の改善につながるかはまた別問題である。日本では内閣官房に内閣情報調査室が置かれ、情報コミュニティの代表者が集まる内閣情報会議、合同情報会議という枠組みがあり、内調に情報評価書を起案する内閣情報分析官が置かれているが、各情報機関が有する機微な情報を集約し、最高レベルの意思決定に資する質量ともに十分なインテリジェンスを生産し、提供ができてきたとは言いがたい。
 
 それは、情報漏えいの懸念から情報共有が十全に行われてこなかったためでもあるが、もう一つの要因として、事実上の意思決定の多くが省庁レベルで行われており、安全保障会議なり官邸なりに体系的に情報を提供する必要性があまりなく、秘書官を通じて首相や官房長官にアドホックに重要情報を上げていればよかったという事情もある。
 
 日本版NSCの創設、そしてそれを支える国家安全保障局の設置は、こうした状況を大きく変える機会になりうる。日本版NSCが重要事項についての事実上の意思決定機関となり、国家安全保障局が省庁間調整の要となるのであれば、その機能を果たすためのインテリジェンスが不可欠になる。日本版NSCからの情報要求はより具体的かつ頻繁なものになり、常設の国家安全保障局はインテリジェンス部門が情報要求に応えているかを厳しく精査することになるだろう。内調にしても他の情報コミュニティのメンバーにしても、日本版NSCの要請に応えるためには相応の変革が求められるはずである。各組織が有する情報を集約、評価して、国家インテリジェンスを作り出すにはどうしたらいいか。一部メディアは、国家安全保障局が情報の集約・分析を行うと報じているが、私の知る限り、政策と情報の分離については関係者の間でコンセンサスがある。現在の収集能力で足りない部分をどのように強化していくか、インテリジェンス組織やその活動をいかに民主的に統制していくか、政治サイド、政策サイドのインテリジェンス・リテラシーをいかに向上するかも大きな課題である。日本版NSCの必要に応えられる、強力で、しかも民主主義国家にふさわしいインテリジェンス体制を築いていくことが、安全保障体制改革の第二ラウンドであるべきだろう。

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