政策提言「新しい勤勉(KINBEN)宣言―幸せと活力ある未来をつくる働き方とは―」【2】

磯山友幸(経済ジャーナリスト)×小林庸平(三菱UFJリサーチ・アンド・コンサルティング副主任研究員)×鈴木崇弘(PHP総研客員研究員)

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小林庸平氏(三菱UFJリサーチ・アンド・コンサルティング副主任研究員)

3.「生活の中で働く」際に求められるマネジメント・自律力
 
鈴木 本提言のもう1つの重要なポイントは、生活全体の中から働き方を見るという「ワーク・イン・ソサエティ(WIS)」や「ワーク・イン・ライフ(WIL)」の視点です。
 ワーク・ライフ・バランス(WLB)も、本来は全ての人にかかわる話なのですが、特定の属性の人たちの問題になりがちです。
 
磯山 働き方の考え方が大きく変わり、仕事は自己実現の手段の一つになってきています。女性の社会参加の議論は、最初は男女同権や平等性などの社会問題から始まりましたが、いまでは自己実現のために働きたいという考え方が当たり前になっています。
 
鈴木 現実に、大企業の女性は辞めなくなってきています。
 
磯山 「女は家庭を守る」という旧来の価値観の人は、経営者も含めてほぼ絶滅してきている(笑)。
 
小林 自分の時間の使い方を振り返ると、仕事の時間や暮らしの時間も、遊びの時間や勉強時間もあるが、それらの時間は互いに無関係なのではありません。その時間の区別がなくなるということが、WISやWILの言葉に込められているのでしょう。
 例えば私は今年の夏休みに、福島第一原発の事故で立入禁止の双葉町に行きましたが、現地は震災の日で時間が止まっていて衝撃的でした。その一方で、双葉町の皆さんは複数の場所に分散して避難生活をされていて、若い人ほど仮設住宅を離れ新生活をスタートしている傾向があり、増田レポート(注3)が指摘した人口減少・地方消滅的な光景が加速度的に広がっていました。そこで見たり感じたことは仕事にもフィードバックされますし、自分の生き方を振り返るきっかけにもなります。それが、私にとってのWILであり、生き方や仕事を豊かにしてくれていると感じます。
 
鈴木 多様な人々を組織や企業の中でマネジメントすることが重要になると本提言にも書かれています。他方で、仕事とプライベートが渾然一体になると、しかも組織との関係性を考えると、自律力が重要とも書かれています。
 
磯山 自律はキーワードです。従来の働き方の根源は「働かねばならない」という外からの拘束だった。今後は、それが小さくなり、自分で知恵を出し社会に働きかけるのが「働くこと」になる。その場合、自分をセルフコントロールするしかない。
 
小林 私は数年前に半年間ほど自分の研究に自由に打ち込める機会をもらったことがあります。好きな研究に自由に打ち込めて幸せでしたが、その一方で自律の難しさを感じました。組織に属していない磯山さんはどうコントロールされていますか。
 
磯山 自由に見えて、実は締め切りがあります。月20本の原稿締切があり、追われている。でも、締切なしでこんなに仕事しないでしょうね。
 
鈴木 それは磯山さんが自律できてないからでは(笑)。締切を守らないと、今度は食べられないわけでしょう。
 
磯山 お金から完全に切り離されたら、働くモチベーションの一つがなくなりますね。
 
小林 自律のない自由では、生活のリズムも崩れたりして、ダメなわけですね。
 それに関して、ヒアリングした伊藤忠の「朝残業」(注4)の例を挙げたい。同社は、はじめはフレックス制を実施した。柔軟な働き方のはずが、みんな結局コアタイム開始の10時に出社し、夜遅くまで勤務する状況が生まれた。それを変えるために、夜の勤務を原則禁止にし、朝早く来て早く終わる時間にした。これは、働き手の自律力に期待していないとも考えることもできます。
 この取り組みの示唆は重要で、新しい働き方を進める上で自律力をどう身に付けるかは難問題だと思います。
 
鈴木 自律的な働き方は、雇用契約締結などの時に自分を絶えず振り返らないと、回わらない仕組みです。それは、今までの日本社会の組織に依存してきた人には、大変な方向性だといえます。そこで、組織のマネジメントも重要になります。
 その一方で、日本全体のこの20年の傾向は、以前より民主主義的でより自律的に国民が自分の社会を考えて、社会に関わらないとダメだというものです。その傾向とこの働き方の方向性は連動していると思います。
 
(注3)増田レポートとは、日本創生会議(座長:増田寛也元総務大臣)が2014年5月に発表した報告書で、「2040年までに896の自治体が消滅する」と予測し、社会的に大きな反響を生んできている。
(注4)これは、伊藤忠商事が、本社と国内拠点の社員を対象に働き方を見直すために実施する制度で、深夜10時以降の残業禁止と早朝5時からの朝勤務に割増金制度などを導入を指す。
 

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