地政学的要衝研究会
朝鮮半島、他地域と連動する有事

ゲスト報告者:磯部晃一(第37代東部方面総監、元陸将、元ハーバード大学上席研究員)&鈴来洋志(偕行社安全保障研究委員会研究員、元韓国防衛駐在官、元陸将補)

本稿は『Voice』2022年5月号に掲載されたものです。

地政学的要衝研究会」は、日本の対外政策や日本企業のグローバル戦略の前提となる情勢判断の質を向上し、平和と繁栄を考えるうえで不可欠の知的社会基盤を形成することをめざして、鹿島平和研究所と政策シンクタンクPHP総研が共同で組織した研究会です。第一級のゲスト報告者による発表をもとに、軍事や地理をはじめとする多角的な観点から主要な地政学的要衝に関する事例研究を行ない、その成果を広く社会に公表していきます。

今年3月5日午前8時48分ごろ、北朝鮮は日本海に向けて弾道ミサイル1発を発射。首都平壌の順安付近から発射され、最高高度550km、飛距離約300kmで日本の排他的経済水域(EEZ)外の北朝鮮東岸付近に落下したと報じられた。北朝鮮の弾道ミサイル発射は2月27日に続いて行なわれ、巡航ミサイルを含めると今年は9回目となった。

国際社会がロシアによるウクライナ侵略に対応している最中、間隙を縫って行なわれたかのような北朝鮮によるミサイル発射に、北東アジアの独裁者の危険性とこの地域の安全保障に関する懸念が強まった。

連載第5回目は、朝鮮半島を軍事地政学的な観点から見直すことを通じ、北朝鮮や韓国がめざす国家の進路や、朝鮮半島に利害を有する大国の思惑や複雑な関係を整理・分析し、我が国の進むべき道を考察していきたい。

中国と朝鮮半島の関係は「歯と唇」

朝鮮半島の国土は、韓国と北朝鮮を合わせて日本の約60%、南北の距離は近い所で700km、遠い所で1000km、東西は200~600kmの台形上の小さな地域である。半島の南西部は平野で、東側には山脈が連なる。河川は東西に流れ、気候は温帯から亜寒帯に属し、「亜寒帯」である点が軍事的には重要だ。韓国は温暖で河川が凍ることはないが、北朝鮮では冬季には河川が凍る。これによって冬季の軍隊の機動が容易になるため、朝鮮半島では「北朝鮮の軍事侵攻には冬季が有利」と評価されている。加えて朝鮮戦争(1950~53年)の教訓から「米軍は冬に弱い」と信じられており、北朝鮮軍の主要な訓練は冬季に行なわれている。

また朝鮮半島は歴史的に多くの侵略を受けており、中国の冊封体制の下で生きてきた経験から、”強い者からの圧政に耐えながらも自分たちのほうが正しい”という民族意識がきわめて強い。こうした意識が、韓国の「正しい歴史認識」へのこだわりや「恨の思想」に表れているとされる。

人口は両国併せて日本の約64%に当たる約7700万人。政治体制は、北朝鮮が労働党一党支配で、韓国は直接選挙による大統領制。制度は異なるが、一人の絶対的な権力者が中央集権的に政治を行なう点は共通している。経済や天然資源に関しては、北朝鮮が多くの鉱物資源を有しているのに対し、韓国にはなく、90%近くを輸入に依存している。

朝鮮半島は、北京から海洋への出口である渤海湾と黄海を包み込むような形で伸びており、中国の海洋進出を阻むような地形になっている(図1)。この地形について、かつて毛沢東は「唇滅びて歯寒し」という言葉を残している。毛沢東が中国と朝鮮半島の地理的な配置「形」から「歯と唇」と称したかは不明だが、遼東半島と山東半島が上下の歯だとすれば、これを朝鮮半島の唇が覆うように見える。言うまでもなく、唇がないと「歯寒し」、つまり中国は脆弱になることを意味する。

歴史的経緯を振り返れば、中国は何度も朝鮮に兵を送ったが、この半島の制圧には幾度も失敗し、最終的には朝鮮と冊封体制を維持することによってこの土地を支配した。よって中国の政治指導者は、”朝鮮は一地方政府”という認識をもつ傾向が強く、少なくともそのような認識を国家的に定着させようとしている。

朝鮮戦争が勃発したとき、中国は建国後間もなかったにもかかわらず、北朝鮮を助けるために参戦した。その理由はいまだに歴史家の研究テーマの一つだが、基本的には、中国国境まで米軍の進軍を許すことはできないという点だったと考えられている。

朝鮮戦争に参戦した中国は、この戦争の休戦協定の当事国である。また1961年に締結された中朝友好協力相互援助条約によって、北朝鮮が攻撃される場合には防衛のため参戦する旨が明記されている(自動参戦条項)。

現在中国は、朝鮮半島政策について、(1)朝鮮半島の非核化、(2)朝鮮半島の平和と安定、(3)対話と協議を通じた問題解決という3つの基本方針を謳っている。

一方で、北朝鮮の中国に対する感情は複雑である。故金正日氏の遺訓には、「歴史的に我々を最も苦しめた国は中国。中国は現在我々と最も近い国だが、今後最も警戒すべき国となる可能性がある」という中国への根深い警戒心が含まれているとされる。

中国軍は、朝鮮半島の北部地域に第78集団軍と第79集団軍、山東半島に第80集団軍を置いている。また青島には北海艦隊司令部があり、中国の最初の空母である「遼寧」や漢級原子力潜水艦、そして駆逐艦「南昌」の部隊がある。渤海湾は戦略的にきわめて重要であり、中国のもつ射程800km、アラスカまで到達可能な潜水艦発射弾道ミサイル「JL-2」を搭載する潜水艦を沈めておく海域の一つとされている。

さらなる「核武力」の増強に邁進する北朝鮮

次に、北朝鮮の軍事戦略や態勢を見ていきたい。北朝鮮は、自国主導の半島統一、いわゆる「赤化統一」を目標としている。短期に勝敗を決する「速戦即決」を基本方針とし、特殊作戦やミサイル・核戦力を軸とした「非対称戦」を重視している。

地上戦力は110万人で、兵力の約3分の2を非武装地帯(DMZ)付近に展開。4軍団、2軍団、5軍団と1軍団をDMZに張りつけておき、首都防衛のための首都防衛司令部が平壌一帯を防御するという部隊配置は、基本的に冷戦時代から変わっていない。

海軍は約800隻の艦艇を有しているが、前方に兵力を浸透させるためのホバークラフト、小型潜水艦の他、ミサイル艇、魚雷艇など米艦隊の接近を阻止するための機能を整え、長い海岸の防衛のために配置している。もっとも海軍が東西に分かれていることは、戦力を合一できない弱点とも捉えられる。

空軍の戦闘機は平壌から元山ラインの南に40%を配置し、防空部隊は各種対空兵器の特性に応じて重層に配備されている。とくに、平壌地域には地対空ミサイルと高射砲を集中配置し、複数の対空防御網を形成している。また10万人規模の特殊作戦軍や新たに戦略軍が創設されている。

さらに北朝鮮のサイバー部隊は、偵察総局隷下に2009年に再編され、数千人の人員が、情報収集、破壊工作、情報工作、外貨獲得等に従事しているとされる。

昨年の朝鮮労働党第8回党大会では、核抑止力のさらなる強化を図ることが謳われ、(1)戦術核の開発、(2)超大型核弾頭の生産、(3)極超音速核兵器滑空飛行戦闘部の開発導入、(4)水中・地上固体燃料エンジン大陸間弾道ロケットの開発、(5)原子力潜水艦の開発といった戦力を増強する方針が打ち出された。

2016年、北朝鮮人民軍最高司令部は重大声明を発表した。そのなかで第一次打撃目標は「(韓国の)青瓦台と反動統治機関」で、第2次打撃目標は「アジア太平洋地域の米帝侵略軍の対朝鮮侵略基地」と米本土だとされた。韓国全土を同時制圧できる圧倒的火力と半島南部まで到達できる機動戦力により短時間で韓国を占領できる戦力と、核戦力を含む打撃力で在韓・在日米軍そして米国本土を射程内に置き、米国の朝鮮半島への関与を拒否する能力を確保することが、北朝鮮の目標である。

最近、北朝鮮は盛んにミサイル発射実験を行なっているが、これは昨年の党大会で定められた目標を達成するために計画に沿って着実に実験が進められているものと思われる。北朝鮮は今年1月30日、中距離弾道ミサイルの「火星12号」を、通常より角度をつけて高く打ち上げる「ロフテッド軌道」で発射する実験を実施。米国のグアムや日本全土を射程に収める射程約5000kmのミサイル開発を継続的に進めている。

経済制裁下に長年置かれていたため苦しいとされる経済状況のなか、北朝鮮が核及びミサイル開発については確実に前進させていることは驚異的だが、サイバー攻撃を含めたさまざまな違法活動などで獲得した資金をこの分野に集中的に投入することで、目標に突き進んでいるものと考えられる。

金正恩氏は当初、経済建設と核武力建設の「並進路線」を推進していたが、並進路線とは言いながらも、同氏の究極的な狙いは核武力を建設して国家の基盤を固めたのちに経済建設を図ることであろう。

2017年11月には大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15号」の発射に成功し、これにより北朝鮮は核武力が完成し経済建設に集中する路線に移行しようと考えた。そして金正恩氏は2018年6月、金日成氏も金正日氏も成し遂げることのできなかった米朝会談を実現。これこそ核武力建設の成果と考えられたのだが、結果は上手くいかなかった。

そして2019年の米朝ハノイ会談の挫折を受けて金正恩氏は、さらに強力な軍事力をもって米国に挑まなければならないと考え、「正面突破戦」を宣言。主体的に状況を好転させるべく、一層の軍事力の増強を図り、長期的な闘争に突き進む決意を表明している。金日成氏は「思想強国」、金正日氏は「軍事強国」としての北朝鮮建設に努めたが、金正恩氏が最終的にめざしているのは核武力を背景にした「経済強国」だと思われる。

着実に戦略兵器の開発を進める韓国

一方の韓国軍は歴史的に北朝鮮の脅威に対する防衛を主任務とし、DMZへの軍の配備を最重要視してきたが、現在の韓国は「全方位の安保体制」をとっており、「韓国の主権、国土、国民、財産を脅かし、侵害する勢力を我々の敵と見なす」としている。つまり、北朝鮮だけでなく、強大化する中国や、竹島をめぐって対立する日本も潜在的な脅威に含まれていると考えられる。

また韓国は、全方位的な安保体制の戦力強化のなかで、「先進国として侮られない軍事力」を保持したうえで、「作戦統制権を移管する条件」を整備して自主国防を推進している。明示してはいないものの、拡大する中国の力への備えも重視していると思われる。

実際、韓国は近年戦略兵器の開発を進めており、玄武-2A、玄武-2B、玄武-2Cと次々にミサイルを開発し、射程を延ばすことに成功(図3)。もともと1979年の米韓ミサイル指針により、韓国軍が保有できるミサイルの射程は180km、弾頭500kgに制限されていた。平壌への距離が200kmであり、韓国が暴走して平壌に手を出さない程度のミサイルの保有にとどめるよう米国がコントロールしていた。

しかし北朝鮮が軍事力を増強していくなか、韓国の要求に応える形で米韓は同指針を4回にわたり改訂し、昨年5月には同指針を全廃することが決定された。米国は、この地域におけるミサイル能力の不足を補う目的で、韓国の能力向上を容認する方向に切り替えたものと考えられる。文在寅大統領が登場したのち、韓国は2019年に「国防改革2・0」を打ち出し、軍事力の増強を強力に推し進めており、ドル換算での実質的な軍事費はすでに日本を抜いているとの評価もある。

昨年9月には潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験に初めて成功したことも発表し、2030年には原子力潜水艦の建造も報道されている。北朝鮮の核やミサイル開発にばかり目がいきがちだが、じつは韓国も着実に戦略兵器の開発を進めているのである。保守と革新の政治的分断が根深いにもかかわらず、長い時間をかけて着実に軍事力増強に努めてきた韓国の姿勢に注目すべき点は多い。

今年3月9日、第20代韓国大統領に保守派の尹錫悦氏が当選した。新大統領は文在寅政権で傷ついた米韓同盟の再構築を図ると思われる。一方で、中国との安全保障上の摩擦は高まると思われ、そうした摩擦を緩和する巧みな外交が求められる。

在韓米軍の役割は韓国の防衛にとどまらない

次に、米軍の北東アジア地域における展開状況を確認しておきたい。この地域を管轄するのは、米軍のなかで最も広範囲の領域をカバーし、文字どおり最大の軍事力を誇るインド太平洋軍である。総兵力は約12.9万人で、陸軍が約3.5万人、海軍は約3.8万人、空軍と海兵隊はそれぞれ約2.9万人と約2.8万人。陸軍はハワイの第25歩兵師団と日本の第1軍団前方司令部に合わせて1.5万人ほどが駐留しているが、約2万人規模の地上兵力を韓国の第8軍が占めている。

海兵隊は沖縄にある第3海兵遠征軍が主力で、朝鮮半島には大きな部隊を置いていない。海軍は、横須賀(神奈川県)と佐世保(長崎県)を本拠とする第7艦隊が中心となっており、韓国には大きな海軍の部隊は配置されていない。空軍は、横田基地(東京都)をベースにする第5空軍と(韓国の)キャンプオサンを本拠地とする第7空軍があり、この下に2個の戦闘航空団が群山と光州に配置されるなど、実戦部隊を朝鮮半島に置いている。

在韓米軍の配置を見ると、2004年に在韓米軍を再編して全国80カ所の米軍基地を韓国に返還する動きが始まり、最終的には平沢と南の大邱に基地を集約する流れが完成段階に近づいている。2022年にはいよいよ米韓連合軍司令部が平沢のキャンプハンフリーズに移ると言われている。

キャンプハンフリーズは在外駐留米陸軍基地のなかで最大級を誇り、2000m級の滑走路がある。北にはキャンプオサン、西には韓国の第2艦隊の港もあり、地理的に中国とも近いことから、中国を意識した配置ではないかと考えられている。

こうした部隊の運用については、北朝鮮の全面南進攻撃を受けてから反撃する従来の「作戦計画5027」から、2015年に「作戦計画5015」を策定。米韓連合軍が北朝鮮によるミサイル発射の兆候をつかんだのち、30分以内に北朝鮮内にあるミサイル発射拠点や司令部、レーダー基地など約700カ所の戦略目標を攻撃する方針が盛り込まれた。報復をベースにした「5027」から先制攻撃を含めた「5015」へと作戦計画が改訂された。

昨年12月の米韓定例安保会議では、こうした方針を補完するために新たな戦略企画指針をつくることで合意した。その中身は公表されていないが、北朝鮮の高度化するミサイルの脅威への対応や米国の核アセットを共有するための計画の必要性、さらに台湾海峡の平和と安全など、中国への対応案を作戦計画に含めることが協議されたという。

歴史的に見て、朝鮮半島情勢は、近隣の他地域における紛争と連動して拡大する可能性があることにも留意が必要だ。朝鮮戦争は1950年6月25日に勃発し、直ちに朝鮮国連軍16カ国が参戦したが、米国は第7艦隊を台湾海峡に派遣。同時に情勢が不安定だったインドネシアにも軍事顧問団を派遣して、戦火のドミノを阻止しようとした。ベトナム戦争でも、同戦争の大きな変換点となった1968年1月30日のテト攻勢と合わせるように、北朝鮮は1月21日に青瓦台襲撃事件、1月23日プエブロ号事件を起こしていた。また同年11月には、東海岸に120人のゲリラを投入してベトナム戦争の第2戦線を韓国で展開した。韓国は米国の要請を受けて師団規模の部隊をベトナムへ派遣していたので、韓国の兵力の間隙を北朝鮮が狙ったという側面もあったと考えられる。最近の台湾海峡をめぐる状況からも、この地域における有事が朝鮮半島を巻き込む可能性が高いことを認識する必要があろう。

在韓米軍は、陸軍第8軍と第7空軍を主力に総勢2万8500人の兵力になるが、すでに在韓米軍の偵察機は中国大陸に対する偵察飛行を実施している。2020年11月10日には、米空軍の偵察機1機が中国の防空識別圏(ADIZ)を通過し、中国東部の沿岸地帯から 51海里以内に進入したことが報告された。また、高高度偵察機U-2が韓国のソウルを出発し、台湾海峡に進入するといったこともたびたび報じられている。

さらに昨年の新型コロナウイルスの感染に際して、在韓米軍基地から飛び立った輸送機が台湾に(ワクチンを)輸送する活動を行なったことも話題になった。

現在在韓米軍司令官を務めるポール・ラカメラ氏は就任前の米上院の人事聴聞会で、「私は在韓米軍の部隊と能力をインド太平洋陸軍司令部の緊急時対応計画と運用計画に含めることを推奨する」と述べており、在韓米軍の役割がたんに韓国の防衛にとどまらず、インド太平洋軍のなかの戦力の1つとして運用されることを物語っている。これは今後、台湾海峡をめぐり緊張が高まれば、それを見越して北朝鮮が朝鮮半島のなかで在韓米軍を牽制・抑留するような動きをとる可能性があることを意味している。

そして朝鮮半島有事においては、かつての朝鮮戦争と同じように、我が国が後方支援の基地としての役割を担うことになる。対馬と韓国の距離は約50km。陸上自衛隊は第4師団の4個連隊を北部九州に張りつけており、対馬には対馬警備隊を置く。海上自衛隊は佐世保基地に3つの護衛隊、航空自衛隊は新田原(宮崎県)に第5航空団、築城(福岡県)に第8航空団が配置されている(図4)。米軍は佐世保に強襲揚陸艦アメリカをはじめとする揚陸艦隊がおり、針尾島弾薬集積所や赤崎貯油所やドライドックのような兵站拠点が置かれている。

万が一朝鮮半島で有事が発生したときは、韓国の大邱にあるキャンプキャロル一帯が在韓米軍にとって最大の集積地域になっているため、ここから兵站連絡線がキャンプハンフリーズ、そして空軍基地のキャンプオサンへとつながる。そしてキャンプキャロルを支援するために対馬海峡を渡り、日本から釜山港に兵站物資が送られることになる。

こうした点から自衛隊西部方面隊の前面、九州北部の対馬海峡は、朝鮮半島有事においてはきわめて重要な役割を担う地域になることを認識しておくべきだろう。

日本は朝鮮半島有事の最前線に

ここまで見てきたように、米国は、在韓米軍を朝鮮半島限定の作戦運用から中国との競争戦略のなかで活用することを考えている。実際、2022年の米国防予算審議でも、「中国との戦略的な競争において、相対的な優越を獲得するために在韓米軍のプレゼンスを含むインド太平洋における緊密な同盟とパートナーシップの役割」を米議会として支持すると記載されている。また、議会の法案にも在韓米軍2万8500人の兵力を維持することが明確にされている。

在韓米軍は朝鮮半島有事のために現地に張りつけておくという従来の限定運用の考え方から、米政府や議会の認識に変化が見られている。しかしその一方で、米国で今後バイデン政権が交代して共和党政権が誕生した際には、再び「限定運用」の考え方に戻ってしまう可能性も排除できない。

トランプ前政権では従来型の考え方が強かったように、政権が変わるたびに朝鮮半島の防衛ライン、在韓米軍の位置づけが変化する可能性がある。こうした不確定要因があることにも留意すべきであろう。

ここで、昨今世界が重視している気候変動問題が、朝鮮半島の戦略的な位置づけを変化させる可能性がある点にも触れておきたい。今後温暖化の影響で北極海の氷が解け、北極圏航路が活用される可能性が高くなるとすれば、中国にとって欧州地域との交易ルートとして北極圏ルートの重要性がきわめて大きくなる。上海からスエズ運河経由で欧州までおよそ40日ほど要するとされているが、北極圏ルートだと半分の20日程度に短縮される。

また北極圏ルートを使うためには、上海から出発するよりも豆満江を出発すればさらに3~4日短縮することができるため、今後中国は北極圏ルートへの進出港として豆満江一帯の開発を進めることが予想される。東シナ海、南シナ海に続き、中国にとって日本海の重要性がより高まれば、安全保障面での緊張が高まる可能性も想定される。

こう考えていくと、米国と中国がいずれも、北朝鮮と韓国を自らの勢力下に置くことが得策だと考える可能性がある。こうした将来の大きな戦略構図を描きながら、我が国の安全保障戦略を考える必要がある。

「朝鮮半島が南北に分断されていれば韓国が緩衝地帯となり、日本の国益も守られる」という考え方はすでに過去の話になりつつある。北朝鮮の核及びミサイルは、直接的に日本に脅威を与えており、韓国もすでに全方位からの脅威に備えて着々と軍備増強を進めている。

もはや日本は朝鮮半島有事の際の安全な後方地域ではなく、脅威の最前線に立たされている。韓国では米国の核抑止力維持のための施策に対する深い関心と国内での真剣な議論がなされている。また朝鮮半島だけでなく、台湾海峡を含めて北東アジア全体の情勢が複雑に絡み合って脅威を増大させていることを念頭に、我が国の安全保障のあり方を問い直すべきである。

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ゲスト報告者
磯部晃一(元陸将、ハーバード大学元上席研究員)
磯部晃一(元陸将、ハーバード大学元上席研究員)
鈴来洋志(偕行社安全保障研究委員会研究員、元韓国防衛駐在官、陸将補)
鈴来洋志(偕行社安全保障研究委員会研究員、元韓国防衛駐在官、陸将補)

地政学的要衝研究会メンバー

大澤 淳
(中曽根康弘世界平和研究所主任研究員、鹿島平和研究所理事)

折木 良一
(第3代統合幕僚長)

金子 将史
(PHP総研代表・研究主幹)

菅原 出
(グローバルリスク・アドバイザリー代表、PHP総研特任フェロー)

髙見澤 將林
(東京大学公共政策大学院客員教授、元国家安全保障局次長)

平泉 信之
(鹿島平和研究所会長)

掲載号Voiceのご紹介

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