大学合格者数のその先に、e-Educationが目指すもの

NPO法人 e-Education 代表 三輪開人

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――それが出来上がったら、日本にもまた逆輸入できそうですね。日本では目的もなく流れに乗るかたちで大学に進学する人が多いと思うんですが、なんのために大学に行ってなにを学ぶのか、もう一度見直す機会が必要なように感じています。
 
三輪:実はここ一年ほど、できる限り日本の地域にも足を運ぶようにしています。その中で、島根県の吉賀町という限界集落を訪れました。吉賀町は過疎化が進んでいて子どもが少なく、高校は複式学級という形式をとっています。複式学級というのは、2つ以上の学年をひとつにまとめて編成したクラスのことです。いま日本でどんどん増えているんですが、実際行ってみるまで、どんな授業をしているのか想像がつかず、なんで私に声をかけていただいたのかも、実はわかりませんでした。
 
 ところが、行ってみると案外シンプルで、つまりは自習形式になっていたんです。全校生徒16人がひとつのパソコンルームにいて、子どもたちはインターネットで学びたい授業を見て各自勉強する。先生はそれをモニターしている。なるほど、と思いました。学校の予算は生徒の人数に比例して割り当てられているので、全校生徒数が16人という学校では、各教科の教員どころか、各学年ごとに担任をつけることもできないんですね。
 
 ということで、実はいま、少人数の教員でも複式学級や地方の学校をサポートできる仕組みをつくることが、喫緊の課題なんです。高校1年生と3年生では、学ぶ内容が全然違いますよね。体育とかならいいんでしょうが、たとえば数学を、ひとつの教室でひとりの先生が3学年にまとめて教えることはまず不可能です。そうした状況の中で、私たちが途上国でやっているような、インターネットやDVDを介した動画授業の活用は、個々の進路に合わせて勉強していくひとつの手段となります。
 
 島根では、複式学級で学んでいる子どもたちにいい教育を与えたいということで、外部からどんどん積極的に人を入れています。そのうちのひとつが私たちe-Educationだったんですが、実はここでおもしろい発見がありました。
 
 バングラデシュからマヒンを呼んで一緒に島根に行ったんですが、開口一番、「みんな本当にうらやましい環境で勉強しているね」って言うんですよ。あんまり嬉しそうに言うので、私もびっくりして、「え?マヒン?ここはいろいろ大変なんだよ?」って言ったんですが、「そうかい?だって僕が住んでいるバングラデシュでは、ひとつの教室に100人以上の生徒がいて、パソコンなんて一台もない。当然年齢もバラバラ。年齢がバラバラというところはバングラデシュと同じだけど、それ以外は全部ここのほうが恵まれてるじゃないか。教材もあるし、先生もいて、一人ひとり面倒を見てもらえる。これで一体なにが不満なんだ?」と。そう言われて、子どもたちも開いた口がふさがらない。「あれ?自分たちって恵まれてるんでしたっけ?」と。そしたらマヒンが「当たり前だ!君たちにどうしても言いたいことがある」と、e-Educationのストーリーを話したんですね。そして、「君たちは、ここが田舎だと言うけれど、僕が住んでいた村のほうがもっともっと田舎だ。それでも僕の村からは、日本でいう東大にあたる大学に、毎年合格者が出ているんだ。そもそもなんで君たちは東大を目指していないんだ」と。
 
 一瞬教室の空気がピシっと凍ったのを感じましたが、その後、生徒たちがすごく丁寧な手紙を書いてくれて、中には「自分はもっと挑戦できるんじゃないかと思って、大学受験に向けて勉強し始めました」という子もいました。この経験から、もしかするといま私たちが途上国でやっていることは、日本の地方の可能性を引き出すというところと、すごく接点があるんじゃないかなということを、最近思うようになりました。e-Educationのミッションは「世界の果てまで最高の授業を届ける」ということ。これは途上国に絞っているわけではありません。できることなら、日本の地方の可能性も引き出せるような教育プログラムを、途上国の人たちと一緒につくっていくことができれば、これはおもしろいですよね。そのために、いま一手ずつ準備を進めています。具体的には、e-Educationを通して大学に合格した途上国の子たち、マヒンはもう20代半ばなので、大学に合格したばかりの、日本の高校生と年齢の変わらない子たちを、日本の地域に送り込んでやろうと。
 
 バングラデシュの子たちのほうが、勉強時間で言えば桁違いに努力していますが、どんなに田舎でも、日本の子たちのほうが、絶対に恵まれています。インフラだって全然違うし、日本だと明日のごはんの心配をすることなんてほぼない。だから、日本の地方で、自分たちの可能性に気づいていない子どもたちに、本当はどれだけ恵まれていて、チャンスに満ち溢れているのかっていうことを伝えられるのは、私たち大人ではなくて、途上国でより厳しい状況でがんばっている同世代の子たちなんじゃないか、彼らこそが目指すべきロールモデルとなりうるんじゃないか、と考えています。

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