拡大フェーズの混乱と代表の交代を迎えて
――12か国から半分の6か国まで絞られたということですが、どのような基準で取捨選択されたのですか?
三輪:まず、しっかりと僕らの目が届く範囲でプロジェクトを回さないといけないということで、アフリカと南米、中東のプロジェクトを一旦中止することに決めました。さらに3つの条件を設けました。ひとつは今後の中期計画がある程度練られていること。ふたつめは現地に信頼できるパートナーをすでに獲得していること。三つ目はそのパートナーと一緒にプロジェクトの目標を達成するための資金獲得の目処が立っていること。
これまでがんばってくれた学生メンバーにとってかなり厳しい条件だったと思いますが、これらが揃っていない状態でプロジェクトを走らせるというのは、経営者としてやってはいけないことだと思ったので、条件が満たせていない国は、一旦中止する。ただし、こうして絞った国で成果が上がったら必ず戻ってくると約束しました。
いまでこそ変わってきましたが、当初は私自身も、複数の国で展開していること自体がある種の正義というか、社会的インパクトの拡大だと考えていました。ですがやはり、継続的に回せるモデルというものがなければプロジェクトの未来はないと思ったので、非常に悔しいことではあったんですが、中期ビジョンの見えない国は一旦中止するということで、スリランカ、ベトナム、カンボジアの3か国も止めました。中には現地パートナーがずっと頑張ってきてくれていた活動もあったのですが、資金の目処が立っていなかったので、私からプロジェクトを止める説明し、謝罪しました。もう二度と繰り返したくない悔しい経験です。
そうして絞ったのが、バングラデシュ、フィリピン、インドネシア、ミャンマー、ネパール、ラオスの6か国です。
――その6か国には、それぞれ、現地スタッフと日本からの駐在スタッフがついているんです?
三輪:日本人スタッフはついている国とついていない国があります。
――各国でプロジェクトが自立的に回るようになったら、e-Educationは将来的には手を離すようなイメージも持たれていますか?
三輪:完全に手が離れることはないと思っています。たとえば、いまいちばん早く独立できそうなのはバングラデシュです。バングラデシュではすでに会社ができていて、彼らだけで年間数百万円の売上を上げられる組織になってきています。同時に彼らはその資金をもとにe-Educationのプロジェクトを回し始めているので、あと数年もすれば、彼らは自走できる段階になると思います。
ただ、私たちにとってはそこがスタートで、そこから全国に広げるために、彼らと一緒になにができるかを考えたい。これは2015年に始めた試みですが、ミャンマーのプロジェクトリーダーをバングラデシュに送って、インターンとしてe-Educationのノウハウを叩き込むというトレーニングをやっているんです。ミャンマーのプロジェクトはまだ本当に始まったばかりで、彼からすると、2年後、3年後、プロジェクトや組織がどんなふうになっているか、イメージがつかないと思うんですが、活動6年目を迎えたバングラデシュだともう有給職員が9人、アルバイトが4人いました。10人を超えた組織を一度見てもらうことで、自国に帰ったときに、どうしたら自分たちもそういう組織をつくれるか、イメージしやすくなるんじゃないか、というのが研修の狙いです。そうした国を越えた研修・交流プログラムを今度増やしていきたいと考えています。
――そうした取り組みから、さらに新しい知恵が生まれてきそうですね。
(第三回「大学合格者数のその先に、e-Educationが目指すもの」へ続く)
三輪 開人(みわ かいと)*e-Education代表理事
1986年生まれ。早稲田大学在学中にバングラデシュにて税所篤快氏と共にNPO法人e-Educationの前身となる活動を開始。予備校に通うことのできない高校生に映像教育を提供し、大学受験を支援した。大学卒業後はJICA(国際協力機構)に勤務しながら、NGOの海外事業総括を担当。2013年10月にJICAを退職し、e-Educationの活動に専念。14年7月同団体の代表理事就任。