すべての人が、思いを自分の仕事に込められるように
写真提供:クロスフィールズ
――留職ではアジアの新興国に数か月滞在することになるわけですが、外からやってきた人間が現地に溶け込むのは、とても難しいことだと思うんです。言葉の壁、文化の壁、価値観の壁、いろいろな困難があると思いますが、小沼さんご自身もシリアで経験されたと思いますが、なにがいちばん大変でしたか?
小沼:僕自身のシリアの経験でいちばん大変だったというか、落ち込んだのは、こちらがよかれと思ってやったことが、現地の価値観にそぐわなかったときです。
シリアにいたとき、選挙監視のような仕事をしていて、村の自治体の組合員を決める選挙に立ち会ったんですが、日本の常識からは考えられないくらい不正をするんです。一人で10票投じたりするので注意すると、「家族が10人いるんだ」なんてことを言う。「じゃあ連れて来てください」と言うと、「病気だから来られない」と。僕はそうした不正を認めない姿勢で厳格に監視していたんですが、終わってからすごく怒られたんですよ。「これは結果がすでに決まっていたものなんだ。7つの議席をこういうふうに分け合うと現地に調和が生まれるということはもともと決まっていて、選挙は儀式みたいなもの。それをお前が壊してくれた。これからどうしてくれるんだ」と。
民主主義に対する一種のアンチテーゼなのですが、確かにそうだなと納得させられたんです。日本の常識や先進国の一般論で言うと、民主的で公正な選挙のあり方が理想的ということになるのでしょうが、そうではない地域はやはりあるし、自分の中では常識だと思っていたことが通じない世界があるということを学ばせていただきました。
自分がなんの疑いもなく肯定してきたことが、否定的に捉えられることもある。そのことを事実として突きつけられたことは、僕に中では大きなことだったと思っています。
その経験がいまどう生きているかははっきりとはわからないですが、NPOの経営にも似たような難しさがあるように感じています。メンバー1人1人がさまざまな想いやモチベーションを持って働いているので、経営をしていく上では、株式会社とはまた違う特色があると思っています。
たとえば「売上1億円を目指します」のような目標ならば、1億円を稼ぐためになにをやっていくかを考えればいいと思いますが、僕らの場合はおぼろげな世界に向けて走って行くようなところがあって、なにが我々の事業が進むべき道なのか、それは一体なにを目的としているのか、それぞれの思いと思いがぶつかり合うし、そこにはなにが正しいとか正しくないとか、決して規定できないものがある。そういう場所で自分が是と思うことが是でないというところを、どうやって考えていくか。
とは言え、やはりみんなで力を合わせてひとつの方向に進んで行くためには、どこかでリーダーとして決断を下さなければならない。それにはすごく痛みも伴うので、その難しさを日々感じながら、ひとつひとつの仕事に取り組んでいます。
――留職プログラムを提供する事業体として、NPO法人を選ばれたのは、なぜでしょう?
小沼:NPOでなければうまくいかないだろうと思ったことがいちばん大きな理由です。留職プログラムを提供することでお金を儲けたいのではなく、世の中をよくしていきたいと思っているので、そういう思いを伝えるためには、株式会社で取り組むよりも、NPOとして取り組むほうが、いまの日本では応援してもらいやすい。世の中から応援されやすいというNPOの特長を使って、いろいろな方の応援を力に変えて世の中を動かしていきたい。そう考えてNPOを選びました。