子どもたちがまち中の人と出会える環境を

ナチュラルスマイルジャパン 代表取締役 松本理寿輝

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――そうした「まちぐるみの保育」のかたちを考える上で、なにか参考にされたモデルはありますか?
 
松本:もっとも大きな影響を受けたのは、レッジョ・エミリア・アプローチです。
 
 私が保育を志すようになったきっかけは、学生時代に児童養護施設でボランティアをしたことですが、そこで「子どもってすごい」と驚かされるようないろいろな気づきがあり、子どもが育つのに理想的な環境を自分でつくりたいと思うようになりました。
 
 では、自分がどんな保育園をつくりたいのかと考えたときに、子どもが地域のいろんな大人と出会える「まちぐるみの保育」を思い描いたんです。それでまちぐるみの保育を実践している例などを調べていたときに、レッジョ・エミリア・アプローチを知りました。
 
 レッジョ・エミリア・アプローチは、イタリアのレッジョ・エミリアという市で始まった教育方法で、子どもたち一人ひとりの意思や個性、感性、学ぶ力や可能性を尊重し、生かすことがもっとも重要であるという価値観の下、子どもの想像力や創造力を最大限に引き出せるように考えられたコミュニケーションや教育環境の整備を行っています。
 
 実際にレッジョ・エミリア市を訪れてみて感じたのは、一人ひとりのプライベートが集合し合って、パブリックな社会とか地域といったものになっているということ。それがすごくおもしろいなと思ったんです。子どもを中心に考えてはいるんですが、大人も好きなことをやって楽しんでいる感じなんですよね。子どものために意味のある環境をつくるためには、子どものためにやってあげていることではなくて、大人が自然に楽しんでいることこそが大切なんだと。その思想がすばらしいと思いました。
 
 中でもとくに感銘を受けたのは、子どもを対等な一市民としてとらえて、いろいろ意見を求めることです。「子どもだから、大人が○○してあげないと」とか「あなたはまだ子どもなんだから、黙って聞いていなさい」みたいな感じが、全然ない。子どもを信じて、社会の一員として迎え入れているので、ディスカッションにもどんどん参加を求めるし、本当に対等に、「あなたはどう思う?」といったやり取りをしているんです。
 
 そうやって、子どもを「○○できない存在」ではなくて、「○○できる存在」と認めたときに、子どもの豊かな可能性や創造性が見えてくるんだと、彼らはよく言っています。既成概念に捉われていない子どもの発想って、自由でおもしろいですよね。子どものユニークな発想から、新しい見方に気づかされたりすることもあって、大人にとってもいい刺激になるわけです。
 
――「教える」「与える」ではなく、対等な立場での「対話」が大切にされているんですね。
 
松本:イタリアの人たちは本当におしゃべりが好きなので(笑)。レッジョ・エミリアのまちには、保育園の中にも「ピアッツァ」があります。「ピアッツァ」はもともとはまちの中にある大きな広場で、市庁舎や教会があったりして、人が集まっていろいろな話をする場所のことです。レッジョ・エミリアでは、保育園の中にもそういう場所をつくっていて、保育園が終わる時間になると、ワインやチーズを持った人々が集まってきて、いろんな話をするんです。哲学的な話をしていることもあれば、好きなサッカーチームの話をしていることもあるんですが、そこに自然と子どもが参加している。
 
 また、子どもたちの成長過程を記した「ドキュメンテーション」という記録があって、それを保育者が保護者やまちの人たちと共有して、いろいろなディスカッションをしていくという仕掛けもあります。
 
 つまり、保育園というものが、子どもを預かる、育てるという「保育」の枠組みを超えて、地域づくり、まちづくりのインフラになっているようなところもあって、保育園が仕掛けたり働きかけたりすることによって、まちごと子どもが育つ場になっているんです。
 
 レッジョ・エミリアのそうした特徴には影響を受けましたが、それがうまくいっているのは、もともとの国民性や文化によるところもあるので、日本で「まちの保育園」をつくるときには、レッジョ・エミリアの仕組みをそのまま持ち込むのではなく、子どもの捉え方とか、市民文化をつくるという価値観の部分を参考にするようにしました。
 
 たとえば、レッジョ・エミリアにはコミュニティコーディネーターはいないんです。みんなが自然と関わり合えるから。ですが、日本人の場合は、他人との積極的なコミュニケーションを生み出すためには、最初は共通の知人がつないでくれるなど、ある程度の環境を整える必要があると思いました。
 
 また、日本人は、多目的な場所を与えられて「自由に使ってください」と言われても、遠慮したり、躊躇したりする人が多いと思うんです。その点でも、プライベートの集合体がパブリックになるという環境をつくるには、日本の場合は一人ひとりのプライベートをある程度つなぎ合わせる人がいたほうがいいんじゃないかと感じて、コミュニティコーディネーターを置くことにしたんです。
 
(第二回「保育園からつながる地域コミュニティ」へ続く)
 
松本 理寿輝(まつもと りずき)*1980年生まれ。大学でブランドマネジメントを専攻する傍ら、児童福祉施設でのボランティアをきっかけに、幼児教育、保育の実践研究を始める。卒業後、博報堂へ入社。教育関連企業のブランディングに携わる。同社退社後、フィル・カンパニー副社長を経て、2009年に独立。国内外の幼児教育・保育視察、保育園での修行を積み、2010年、ナチュラルスマイルジャパンを創業。代表取締役を務める。

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