社会保障の視点からライフスタイルを問い直す

PHP総研コンサルティングフェロー・関西学院大学経済学部教授 上村敏之

 少子高齢化や人口減少が進む日本で社会保障を維持していくためには、「社会保障と税の一体改革」が目指すように、財源を確保すると同時に、社会保障の効率化を図っていかなければならない。
 
 社会保障の効率化は、年金や医療の制度を見直して歳出を減らすことにとどまってはいけない。定年を迎えた高齢者や女性の活躍の場を整えたり、雇用を流動化して働き甲斐を高めたりして、個々人に生きがいを与えていくことが、結果的に社会保障の効率化につながっていくのである。
 
 
 
 
▼ここが論点▼
1.今回の増税が効果を発揮するのはもって3年
2.社会保障費の増大と社会状況の変化に即した自己負担の見直しが必要
3.コミュニティごとに最適な住民同士の関係づくり
4.定年制を廃止して雇用の流動化と再教育機会を確保

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◆増税の賞味期限は長くて3年
 
 消費税の増税が決まった。反対意見も根強いが、現在の社会保障制度の状況からすれば、仕方のないことである。これは何年もかけて与野党が「社会保障と税の一体改革」として検討してきた結果であり、ここで引っ繰り返すことはあり得ない。
 
 ただし、この増税によって問題がすべて解決するわけではない。現在、毎年、基礎年金の財源として約2.5兆円、さらに他の社会保障のために約7兆円を、国債発行など借金によって賄っている。かりに消費税率を5%引き上げると、年間に約13兆円の財源が確保できるが、この借金9.5兆円と増税による物価対策費用1兆円を差し引くと、残る財源は2.5兆円ほどにしかならない。すなわち、消費税の税率を5%上げたとしても実質的には2.5兆円ほどしか社会保障の強化には使えないのである。
 
 その一方で、高齢化の進展などにより、社会保障費は毎年ほぼ1兆円ずつ増えていく。この状況を踏まえると、今回の消費税の税率引き上げの賞味期限はせいぜい2~3年であり、それが過ぎると再び借金で社会保障を賄う状態に陥る。我々はまず、この社会保障制度の現状を理解する必要がある。
 
 したがって、社会保障を持続可能にするためには、財源を確保しつつ、社会保障の効率化をはかっていかなければならない。ところが社会保障の効率化には、決定打がないのも現状である。

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後発医薬品(ジェネリック医薬品)の使用促進について(厚生労働省サイト)

◆高額資産保有者から低所得者への再分配を
 
 たとえば医療の面では、ジェネリック医薬品の利用や、風邪などの軽い病気は地域の開業医が受け持ち、専門的な対応が必要な病気は大きな病院が受け持つという役割分担を促進する取り組みが進められている。介護でいえば、要介護度が低い方々を施設サービスから居宅サービスへと移行する取り組みなども行われている。しかし、こうした対策は、それなりの効率化にはつながっているものの、それによる歳出抑制の規模はいまだ限定的である。
 
 医療と介護を持続可能にするには、高所得者はもとより、高額資産をもつ高齢者の自己負担を上げるなどして、需要の抑制をはかっていくという方法が王道であろう。そのためには、個人の所得のみならず、資産を把握する制度を確立する必要がある。ようは、資産を流動化させ、自身に対する社会保障サービスに使ってもらうということである。導入が決まったマイナンバー制も、この点に重点を置くように改善すべきである。
 
 年金については、デフレ状態が続き、マクロ経済スライドをうまく機能させることができず、年金財政が厳しくなった。その見直しは、年金受給額の減額をもたらすことになるが、政治的理由からか時間がかかっている。また、年金制度のあり方を抜本的に効率化するには、高齢者の中の高所得者や高額資産保有者に対する給付を抑制したり、年金収入の額に応じて課税し、低年金の方に再分配するといった方法も考えられる。しかし、これらには年金保険料を拠出するインセンティブが低くなるという欠点もあり、大胆な改革ほど導入は難しい。
 
 構造的な年金改革を行うべきという議論もある。たとえば積立方式への移行が主張されることもあるが、完全積立方式を実現するには短期的に大量の国債を発行しなければならず、現在の政府の財政状態はそれに耐えられない。一方で基礎年金を税方式にするという議論もあるが、これまでの仕組みからの転換に時間がかかり、もはや現実的ではない。年金制度の構造的な改革を行うには、もう時機を逸している。したがって、現在のマクロ経済スライドを改良しながら、年金加入者の適用範囲を拡大しつつ、持続可能性をもたせるというのが、現実的な解決方法ということになる。

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◆単独高齢世帯が生き生きと暮らせるモデル地区を
 
 このように、消費税の税率引き上げの効果が短期的にしか期待できず、また社会保障の効率化にも決定打がない中で検討すべきことは、我々のこれまでの生活様式を根本的に考え直すことである。つまり、ライフスタイルを変えるということである。
 
 現在、「国土強靭化」という名目で、巨大な防潮堤など大規模な社会資本整備が行われようとしているが、これに大規模な予算を投入するのは合理的とはいえない。社会資本整備は、将来の人口減少を想定しながら取捨選択し、さらに将来的な社会資本の維持管理費などを含めたトータルコストを計算してから行うべきである。必要以上の社会資本整備を避け、その分の予算を持続可能な社会保障の実現のために使わなければならない。
 
 具体的には、コンパクトシティのように、高齢者の行動範囲で効率的に社会保障サービスを受けられる「まちづくり」「コミュニティづくり」を行うことである。といっても、各地域にはそれぞれ固有の特性があるため、全国一律の「まちづくり」「コミュニティづくり」はできない。まずは地域を指定して特区として集中的に投資を行い、高齢者が元気に生活できるモデル地区をつくっていく。短期的にはコストがかかるかもしれないが、中長期的に見れば、社会保障にかかる費用は下げられるので、トータルコストは安く抑えられるようになる。
 
 このとき留意すべきは、将来は単独世帯が激増するので、家族だけではなく、他人ともうまく共存できる社会をつくっていくということである。ソーシャルメディアの発達などによって、バーチャルなつながりは広まっているが、バーチャルな世界とリアルな世界は違うものである。リアルな世界で他人同士でもある程度のコミュニケーションがとれ、しかも、お互いの健康を確認し合える社会をつくることを考えなければならない。

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◆自立しつつ助け合えるコミュニティ
 
 それには、住宅のあり方から考え直す必要もある。たとえば現在、シェアハウスと呼ばれる共同住宅ができつつあるが、他人同士が共同生活を送れる住宅をつくることを提案したい。各人にそれぞれ部屋を用意しつつ、台所やリビングのようなユーティリティ設備は共同のものにし、住民になにかあったらお互いにすぐに訪問できるようなかたちにする。「自助」、「共助」、「公助」という観点からみれば、すぐに「公助」に頼らず、「共助」から住まいやコミュニティのあり方を工夫してつくるということである。そして、この時に重要なのは、こうした住まいづくりやまちづくりが、民間のビジネスとして成立できるよう、政府が政策的にうまく誘導することである。
 
 そのためには、地方分権をさらに進めていく必要がある。社会保障サービスは日本国内のどこに住んでいても、等しく得られるべきものであり、基本的な部分においては、全国一律の制度によって、国が国民に等しく提供していくべきものであろう。しかし、「共助」の「まちづくり」には、地域それぞれ固有の特性に合わせて、地方自治体が独自に展開していくほうが効果的である。その意味において、地方分権、さらに進んで道州制といったかたちで、国から地方への権限移譲を行うことを検討していかなければならない。

女性の年齢階級別労働力率(内閣府男女弓道参画局
【女性の年齢階級別労働力率(国際比較)】内閣府男女共同参画局

◆定年制を廃止し、雇用の流動性で生産性と競争力を高める
 
 「まちづくり」のソフトの面で組み入れていきたいのは、新たな雇用形態である。現在、生活保護を受ける方が増えているが、その多くは、もともと年金制度に入ってこなかった高齢者である。これから彼らが職を得て働くことは極めて難しく、彼らに対する生活の保障は止むを得ないといえる。問題は、労働可能かつ意欲もある若年層で生活保護を受けている方が増加傾向にあることだ。その問題の本質は、財政を逼迫すること以上に、個人の社会参加を閉ざし、社会全体のあり方を不健全なものにするというところにある。
 
 この問題を解決するためには、社会全体で適材適所が行えるように、雇用のあり方をより流動的にすることである。勤労者だれもがいつでも学び直しができるよう教育・再教育の場を充実させ、人生のさまざまなライフステージや環境に応じて、ふさわしい働き場所が得られるようにする。
 
 たとえば、誤解を恐れずに言えば、現在の定年制を廃止して、有期の雇用契約を通じた労働移転の円滑化をはかるとともに、企業には、社員に再教育機会を保障する義務を課すといった方法が考えられる。また、その間の生活を保障する保険の仕組みも整える必要もあろう。肝心なのは、何歳でもその適性に応じて雇用が確保され、元気であれば、70歳を超えても活躍の場が与えられる社会的なしくみをつくることである。こうした雇用の流動化は、個々人に働き甲斐を提供すると同時に、能力活用の生産性を高め、企業の競争力を上げることになる。
 
 特に女性の就業の促進は重要である。日本は、他のOECD諸国と比べると、女性の「活躍度」がきわめて低い状態にある。これを高めることは、女性の自己実現の機会を増やすことにつながるばかりか、社会や経済の活性化をもたらす可能性がある。保育サービスの充実、社会保険制度や税制の控除制度の見直し、就労形態の柔軟化など、女性が働きやすい環境を早急に充実させねばならない。同時に、ワークライフバランスのあり方を見直し、男性も家庭内の仕事に今以上の時間を割けるように、勤労形態の変革を促進することも求められる。

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◆ライフスタイル特区で未来のかたちを切り開く
 
 現在、「成長」をスローガンとして、東京をはじめとした大都市を中心に「国家戦略特区」という構想が検討されている。これは、アベノミクスを成功に導く一つの具体的な方策として評価することは可能だが、単にそれらが海外からの企業誘致や新たな投資のためのイコールフッティングを目的とした規制緩和に留まってはならない。急激かつ本格的な少子高齢化に対応する社会保障を実現するため、我々日本人の働き方や社会参加も含めた暮らし全体の変革を目指した「ライフスタイル特区」のようなものに発展させてゆくべきである。
 
 今後、少子高齢化が進んでいくと、我々一人ひとりがこれまでとは異なる生活を営んでいかなければ、日本社会全体を持続することができなくなるのではないか。にもかかわらず、我々はその将来像をまだ描き切れていない。その将来像をこの「ライフスタイル特区」で描いてみてはどうだろうか。
 
 その特区の中には、いままでとは異なる価値観にもとづいた生活があり、若者も高齢者も生き生きと生活している。そういうモデルづくりを特区で行うということである。そのモデルを、日本各地の地域の特性に合わせながら、全国に波及させることこそが、持続可能な社会保障の確立につながるのではないだろうか。

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