デジタル社会における憲法のあり方を考える(後編)

宍戸常寿(東京大学大学院法学政治学研究科教授)&山本龍彦(慶應義塾大学法科大学院教授)&亀井善太郎(政策シンクタンクPHP総研主席研究員)

2.読者にも考えて欲しいところは?
 
■欠かせぬ国際政治と一体的な憲法論議

宍戸 ドイツの連立政権が昨年10月に出した『連立協定書』はまさに、私たちが提言した「憲法論3.0」のような内容になっています。デジタル時代の「民主主義」と「人権」をパワーアップさせていくために、政府はどうデジタル改革していくべきかという話になっています。「ドイツがこれをやったら、日本でもきちんと受け止めなければだめですよね」ということは、デジタル臨調でも申し上げてきました。
 
そして、それがダイレクトに出てきたのが、第48回G7(2022年6月)での「2022 Resilient Democracies Statement」(強靭な民主主義声明)2です。これは、明らかに議長国であるドイツの強力なイニシアチブの下で書かれたものですが、そのなかの「Global Responsibility」(グローバルな責任)では、ウクライナ問題も踏まえ、信頼できるパートナーとしての民主主義国の連帯が述べられています。また、「Information Environment」(情報環境)で、「オープンで多元的な議論を民主主義国として擁護していく」とあり、まさに山本さんが指摘された論点が述べられています。さらに、「Civil Society」(市民社会)で、「オープンで多元的な市民空間、市民の空間と市民社会を推進していく」こと、そして、「Inclusion and Equality」(包摂及び平等)が掲げられています。
 
日本政府はこれにサインしています。今後、日本国内のデジタル政策を含むいろいろな政治、社会経済や憲法論議においても、このような「憲法論3.0」の論点について国際合意したことを抜きに、論議はできません。「憲法論1.0」のなかにもきちんと議論すべき点はあると思いますが、こうした国際合意を無視した「憲法論1.0」は、どうしようもない話になります。
 
亀井 まさにそこですね。そこを通った上で「憲法論1.0」をやるのは良いけど、という話ですよね。
 
宍戸 そうです。まさに自国の主権を維持して、デジタルデモクラシーズのなかで、自国が尊厳をもって世界に貢献していく、そのためにわが国の文化を見直して、それをきちんと普遍的な言語で制度化するという議論であれば、健全だと思います。けれども、そうではない話になってしまっているとどうにもならないわけです。だから、我々の「憲法論3.0」とは、「憲法論1.0」や「憲法論2.0」といった狭い制度的な話を超えて、構成主義3的に、「外」の環境の部分へ目を向けていくことが大切でしょう。
 
このPHP「憲法」研究会はそういう議論をしましたし、逆に言えば、それは、憲法学者の専売特許ではなくて、公共政策学や行政学の人、CivicTech4の人たちとも一緒に議論していくことが大切です。なまじ「憲法論」と掲げてしまうと、「また、あの人たちが何かつまらないことをやっている」というように受け取られ、逆に、人々から敬遠されてしまう部分が生じかねません。ですから、この「憲法論3.0」をさらに外へ開いて行って、良識のある人たちが、みんなでワイワイと議論して、何かを生み出していく方向に発展していくと良いと思います。
 
山本 G7の話は、とても重要ですね。政府として、情報環境の再構築をどの部局で、どう受け止めて体系化していくのか。現在、総務省の「プラットフォーム研」と「放送制度検討会」では、健全な言論空間の再構築という点において、問題意識をある程度共有しているように思います。宍戸さんや曽我部さん等がこうした検討会をいわば属人的に架橋しているわけですが、もう少しメタなレベルで「言論空間をどうするの?」という課題を議論した方が良いと思います。それを受けて、各検討会で、放送はこうする、プラットフォームはこうする、という具体的な議論を重ねていった方が体系的なように思います。これは個人情報保護法制でも同じです。国際的な合意を受けて、それをわが国の法制度・法体系にどう浸透させていくのかをしっかり議論していかねばなりません。
 
亀井 これは、本当に大事ですね。
 
宍戸 そうですね。しかも、そもそも一役所がやることなのかという気もしますね。
 
亀井 これは、一役所のレベルではないですよね。まさにメタなところですからね。
 
山本 デジタル庁にどこまで期待できるのかも正直良く分かりません。最近面白いなと思っているのが憲法審査会です。意外にも、と言ったらお叱りを受けるかもしれませんが、衆議院の憲法審査会では、割と積極的にデジタルや情報環境のあり方について議論されています。オンライン国会が論点になった時もかなり実質的な議論がなされましたが、国民投票法の改正との関連で、フェイクニュースや政治的マイクロターゲティングの話もかなり活発に議論されています。憲法審査会のそういう側面を報じないメディアもまた大問題なのですが。私は、憲法審査会が、まさに「憲法論3.0」として、そのようなメタ的な議論を引き受けても良いのではないかと思います。改憲に向けたストラテジーだという誤解を解くために、憲法審査会に、たとえば「デジタル小委員会」のようなものを作って、そこで議論することを考えても良いかもしれません。
 
亀井 憲法論議の話はメディアが追い付いていないように感じます。憲法論議は、国際政治の枠組みと密接に繋がっていることを理解しながら、一つひとつ具体的に取り組まないといけないという大原則を理解しておくことも求められます。そうした共通理解が永田町、霞が関、その周辺でも拡がっていません。
 
ここには、霞が関の人材育成の問題もあるように思います。相変わらず箇所づけだけをしている国内の人と、「君、英語を喋れるよね、ワシントン行って来て」というような国際交渉を担う人が分かれてしまっていて、そこが人事でも統合されていません。両者を自由に行き来しているのはごく一部の役所に留まっています。国際政治と一つひとつの国内政治を繋げることの重要性を理解できている人材が永田町、霞が関に圧倒的に少ない状況に危機感を感じます。
 
宍戸 1つは、OECD等の国際機関に派遣された人材を、内政、外交両方に跨るようなところに大胆に配置ができれば、非常にポジティブな戦略ができるでしょう。
 
亀井 仰る通りですね。統治機構の中核である官邸では補室の問題もあります。補室において内政部門と外政部門を統合させる力、繋げる力も、より求められるようになるでしょう。
 
こうした問題は、先ほど、宍戸さんがお話されたG7にも繋がってきます。来年は、日本が議長国として広島で開催することが決まっていますが、その内容も、内政と外政の統合次第となってきます。
 
内政と外交を分けて考えるという発想自体がそもそも時代遅れになっています。補室の問題は統治機構における極めて重要な問題です。
 
宍戸 統治機構改革研究会の折に、牧原出さん(東京大学先端科学技術研究センター教授)が政府内に内政審議会のようなものを作ることを提言されていました。これは結構、ポジティブな戦略だと思います。外交、国際的な合意や立ち位置を内政に落として、国政のさまざまな課題を横断的に見て、国際社会に発信、転換していく装置が政府内のどこにもありません。これが大きな問題なのです。
 
亀井 まさに、そうですね。
 
宍戸 しっかりした大臣がいる状況があれば、内政と外交の接続ができるでしょう。これを小さく、デジタルから始めようとすれば、その役割はデジタル臨調やデジタル庁が担うことも考えられます。
 
亀井 来年のG7が1つの試金石となりますが、内政と外交を一気通貫で繋いでいく論議の行方は、海外からも見られているのではないでしょうか。その自覚を永田町、霞が関は持たねばなりません。そうなれば、「憲法論3.0」をしっかりと展望しつつ、「憲法論1.0」の議論、憲法1条や9条についても、地に足が付いた議論が可能となってくると思います。
 
宍戸 それで最後に収斂するのは、『統治機構改革1.5&2.0』で述べた執政論だろうと思います。「憲法論3.0」で執政の問題はスキップしたわけですが、それは『統治機構改革1.5&2.0』で一通り論じているからです。読者の皆さんにはぜひ、それらと『憲法論3.0』を合わせて読んでいただけるとありがたいですね。
 
亀井 そうですね。そのようなイントロダクションを私の論考で書きましたが、宍戸さんがご指摘されたところまでカバーできたかどうか…。そういう意味でも、政党はきちんとデジタル化をやってほしいし、人材育成してほしいし、内外を一気通貫でやって欲しいですね。
 
山本さん、宍戸さんは、内政と外交を一気通貫で考えていらっしゃいますよね。その考えはいわゆる、G7体制にも繋がっていきますし、新しい国際秩序にも直結します。そうした自覚を政治や行政を担う人たちはもちろんですが、私たち国民にもあるのでしょうか、というのは個人的には大変不安に思うところです。逆に言えば、その問題意識を持って、読者の皆さんにこの『憲法論3.0』を読んでいただけると、憲法に対する見方がずいぶん違ってくるのではないかと思います。
 
宍戸 そうなんですよね。内政と外交の繋がりに対する意識なく、単に憲法改正する/しないだけで提言報告書を読まれると困りますね。
 
亀井 「憲法論1.0」、つまり、改憲/護憲だけで読まれてしまうと、なかなかしんどくなります。「憲法論3.0」の意図を正しく読者に伝えていく工夫は、引き続き考えていかねばなりませんが、いずれにせよ、これは極めて大事な議論だと思います。
 

2G7エルマウ・サミット個別声明「強靱な民主主義声明」(外務省、2022年6月28日)
3国際関係理論の1つ。国家利益が国家間の無政府状態(Anarchy)の影響から生まれるのではなく、むしろ国家のアイデンティティー、規範から生まれ、国家間の関係が社会的な制度や歴史的な文化によって形成されていくという理論。
4シビックテック(CivicTech)とは、シビック(Civic:市民)とテック(Tech:テクノロジー)をかけあわせた造語。市民自身が、テクノロジーを活用して、行政サービスの問題や社会課題を解決する取り組みを言う。

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