「人が動く」雇用の規制改革の現場から

慶應義塾大学教授 鶴光太郎 (聞き手:政策シンクタンクPHP総研 熊谷哲)

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雇用のセーフティネットを整備する
 
−−−雇用改革の三本目の矢として、セーフティネットの整備や職業訓練の強化を挙げていました。これは、規制改革に直接結びつくのでしょうか。
 
 雇用改革の議論をしていると、どうしても流動化とか、人を押し出すところに集中してしまう嫌いがあります。それだけではバランスが悪くて、やはり仕事に必要な能力を身につけて労働移動していくという視点が欠かせません。職業訓練とか能力開発とか、そういうサポートをするところの大事さも忘れない、ということですね。
 
−−−いまの公的職業訓練がどれだけ効果を上げているか、疑問を呈される方もいらっしゃいます。
 
 教育訓練の対象となるのは若年者、未熟練の人たち、そして失業者ですよね。実は、世界各国の取り組みについて経済学的に厳密に効果分析すると、非常に残念な結果が多いわけです。一旦失業すると、どんどんその失業が延びて長期失業になってしまう人が多い。これがヨーロッパでも、深刻な長期失業や若年失業の問題になっているわけです。
 
−−−それは、単に職業訓練や就業支援の問題にとどまらない、深い根があるということなのでしょうか。
 
 シカゴ大学のヘッグマン教授が、例えば粘り強くやるとか真面目さであるとか、テストで測ることのできない非認知能力が労働市場での成果や健康などの幅広い人生の結果に影響を与えることを明らかにしています。教授はこの非認知能力を性格スキルと呼んで、「ビッグファイブ」という5つの分類を行っています。最近の論文では、仕事に就いた後でも、そうした性格スキルを身につけることが社会人としてとても重要だと指摘しています。
 
−−−仕事をやりながら身につける機会をつくる、ということでしょうか。
 
 これまでの場合は、新卒一括採用で企業に入ったら、そこで徹底的に鍛えられたわけですね。中小企業でも、熟練工として一人前になるプロセスがあった。それが弱くなってきている。加えて、非正規の人は外部労働市場の存在だから、そこは企業頼みにはできないので公的なサポートが必要となってくる。そこで、効果的な仕組みを再構築するときに、こうした性格スキルというものが重要な鍵になると思います。
 
 例えば、失業者への効果の高いやり方として、企業に補助金を出して求職者を雇い入れてもらい、職場のメンバーのひとりとして厳しい仕事、責任ある仕事を受け持ってやる。そこで性格スキルも含めていろんなものが身につけば、違うところに就職しても一人前に働ける、ということが期待できるのではないかと思います。
 
−−−とても興味深いところですが、性格的なところに関係するスキルというと難しさもあると思いますが。
 
 一歩間違うと、「俺はお前の非認知スキルを徹底的に鍛えてやっているんだ」ということで、なんでも正当化されてしまうかもしれない。ただでさえ一筋縄ではなかなかいかないところにブラック企業というのが出てきたし、パワハラの問題もあります。そういうものと混同されることによって、自分を鍛える機会を見逃してしまってはいないか、というところが難しさですよね。
 
−−−そのあたりを、規制改革のフィールドにとどまらず、取り上げてやっていかなくてはいけないということでしょうか。
 
 なかなか明確な解が見出しにくいことは事実ですが、スキルといってもいろいろな次元がありますから。そういうことも含めて、丁寧に考えていかなくてはいけないなと思いますね。

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