「人が動く」雇用の規制改革の現場から

慶應義塾大学教授 鶴光太郎 (聞き手:政策シンクタンクPHP総研 熊谷哲)

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安倍政権下における雇用の規制改革
 
−−−規制改革会議の当初を振り返りたいのですが。最初の頃は、解雇の自由化とか、裁量労働制(実際に働いた労働時間とは関係なく、あらかじめ定めた時間働いたものとみなされる制度)の拡充とか、昔の嫌な記憶を思い出させるようなものもありましたが。
 
 まだ組織としての体をなさないときに、産業競争力会議の方から出てきていましたね。私たちは、それらを最初からやるつもりだったわけではなかったんです。ただ、日本の解雇ルールを国際比較してみると、整理しなくてはいけない課題がやはり出てくる。ですので、とても敏感で難しいけれども、解雇ルールの在り方を取り上げることにしたんです。その時、言葉が一人歩きしないように、全体像を示すペーパーを提示しました。
 
 −−−労使双方の納得感とメリットを生む改革であるとか、雇用改革を行うに当たっての7原則を明示した、いわゆる鶴座長ペーパーですね。
 
 昔の嫌な記憶と言われましたが、過去を振り返ってみると、規制改革会議や経済財政諮問会議から大胆な意見が出てくるんだけれど、ほとんど殴り合いのケンカみたいになってしまっていました。事業活動の柔軟性を高めるための雇用改革に期待する経営側と、労働者の保護や雇用の安定を重視する労働側との強烈な対立があったわけです。「経営サイドからがんがん攻め込むのが規制改革だ」という固定観念が先に立って、衝突を解消できず改革もなかなか前に進まない。今回はもう少しがっぷり四つでしっかりした議論できるように、ということで原則を立てたんです。
 
 ただ、労使双方の納得感と言っても、ただ合意すればいいわけじゃない。これまでを見ても、自分の取り分にだけ目を向けて、お互いに取引をしたりすることが往々にしてあったわけです。結果として、制度としては非常に複雑で一貫性がない、お互いに満足感がありメンツは守られたかもしれないけれども、出来上がったものは非常に不完全である、というようなものになってしまった。それは何としても避けなくてはいけません。
 
 −−−先ほどの常用代替防止の話にも通じるような気もしますが。悪い意味での妥協ではなく、制度をつくったことによってお互いにウインウインの結果がもたらされるという、いわば最適解を見つけるということでしょうか。
 
 そういうところを認識し合って、お互いがハッピーになる大きな改革をめざしていく、ということですよね。ですので、労使双方が納得とか、デメリットの解消とか、そういうことをキーワードとして出させていただいたわけです。
 
−−−ところが、やはり解雇の自由化とか、解雇の金銭的解決とか、言葉が一人歩きして国会で大騒ぎになりました。
 
 みなさん想像力がたくましいというか、何というか。以前の経緯もあって恐怖心が相当強いんですね。規制改革を目指す彼らは、またとんでもないことをやるはずだ、と。一方で、かつては厚労省でも検討して建議を出したこともあるので、それは検討課題だと答えるしかないわけですね。総理がそうはっきり言われたので、まだ何も具体的な議論はしていないのに、結果として「検討」の二文字が政府文書に残ることができたわけです。ですので、いま粛々と検討を始めているところです。
 
−−−民主党政権当時から事後的金銭的解決などは検討していたわけですが、お金を払って自由にクビを切れるようにするんだ、という飛躍した議論も見受けられました。
 
 裁判で不当な解雇と認められたときに、具体的にどのような解決策、補償の仕方があるかという中での金銭的解決の問題ですよね。目の前にお金を積むから自由にクビにするということは基本的に考えていないし、それを正当化している国はどこにもない。希望退職の時に退職金を積み増すということとは、似ているようで根本的に違うわけです。
 
−−−ほかの国にも例はないわけですか。
 
 区別が難しいかもしれませんが、正当な解雇の場合でもちゃんとお金を払いなさいと、そういう法律を作っているところは結構あります。問題なのは、わが国ではそのあたりのことが制度として確立していないことです。一方では、個別労働紛争の処理などで、金銭的な解決が図られるようになってきているんですね。ところが、裁判費用であるとか、労働組合のサポートであるとか、置かれている状況によって解決金の額に大きな差が生まれていて、泣き寝入りしている人も少なくない。そのあたりをタブー視せずに、大いに議論するべきなんですよ。
 
−−−得てして情緒的な反応ばかりが際だって、海外の実例や雇用の現場で起きていることを冷静に分析して議論しなくてはいけないのに、むしろ遠ざけるようなこともしばしばですよね。
 
 本来は厚労省がエビデンス(科学的根拠)を積み上げて検討していくべきだと思いますが、政治的に敏感な部分は手をつけにくいところが、やっぱりあるんですよ。そこは規制改革会議が悪者になって、叩かれても議論を続けていく。そこで、厚労省と協議を少しずつ進めていったり、あるいは世の中の理解も広がり出すというような、畑の土を耕すようなことが必要だと思いますね。

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