「人が動く」雇用の規制改革の現場から

慶應義塾大学教授 鶴光太郎 (聞き手:政策シンクタンクPHP総研 熊谷哲)

DSC03039

正社員改革に踏み込む
 
−−−雇用WGは「人が動く」というのを大きな柱として、具体案づくりに取り組まれてきました。人材の流動性を高めて雇用の総量を拡大していくというのは、いみじくも民主党政権の成長戦略から引き継がれているかたちですが。
 
 安倍総理は、規制改革は成長戦略の一丁目一番地だと、その一環としてやるんだと最初に位置づけられました。そこで「人が動く」と、労働移動の拡大というねらいの下に課題を寄せて、雇用改革のひとつの組み立てを行ったんです。
 
−−−その大きな柱のもとで、正社員改革や民間人材ビジネスの見直し、セーフティネットの構築という三本の矢を掲げていました。
 
 日本の働き方、労働市場、雇用の問題って、いま本当にいろんな課題が山積しています。ワークライフバランスや女性の活用、非正規の問題などなど、今日の深刻な問題は、すべて正社員のあり方そのものに端を発していると私は思います。とりわけ、正社員の無限定性(将来の職務、勤務地、労働時間が定められていないこと)というところに、あらゆる問題が潜んでいる。ですので、この問題について国民的な理解を広げていかなければと正社員改革を打ち出して、無限定のところを限定化する「限定正社員」というものを提起したわけです。
 
−−−無期雇用だけれども労働条件に限定があるという、正規と非正規の中間のような雇用形態ですね。
 
 いわゆる正社員とは処遇に差があるかもしれないけれど、安定的な雇用が期待できる。加えて、女性の就業機会の拡大であるとか、地域活動への参画がしやすくなるとか、転勤する必要がないとか、いろんなメリットがあるわけです。
 
 ところが、限定正社員というのは、労働の流動化を進めるということだよね、ということは解雇されやすい人たちをつくることなんだよねと、そういう風に受け取られてしまったわけですね。ここは、ちょっと残念な部分でした。
 
−−−限定正社員という雇用形態は、地域限定社員のような形ですでに存在しているのに、「今なぜ、これを規制改革で取り上げるのか」という声も聞かれました。
 
 それは、有期雇用の上限5年という制度と密接に関係しています。この制度は、非正規の人が5年間勤務して本人が希望したらいわゆる正社員に転換する、というわけではないんですね。雇用契約の期間が有期から無期に変わるというだけなんです。
 
−−−他の条件のところは必ずしも変わるわけではない。
 
 無期になるけれども労働時間が限定的であったり、勤務地を限定であったりする。いわば限定正社員を生み出していくひとつのプロセスが、すでに今の制度の中に埋め込まれているわけです。当然、こういう雇用形態の人は増えていくことが予想されるのに、労働契約や就業規則などの手当てが十分かというと、現状は必ずしもそうとは言えない。そこを穴埋めしようとするだけでは、継ぎはぎだらけで複雑なものとなってしまい、これまでの失敗を繰り返すことになりかねません。ですから、限定正社員という新たな概念で定義づけて、多様な働き方に則した制度をしっかり整えていくことが、地味なように見えて実はとても重要です。規制改革で取り上げたのも、限定正社員のあり方の議論を深めていくのはもちろん、その認知を広げていかなくてはいけないと考えたからです。
 
−−−非正規からの転換を促す、ひとつの受け皿になるわけですね。
 
 それと、雇い止めを抑止することもありますね。無限定の正社員という古い雇用慣行にしがみついているばかりでは、いまの正規・非正規の問題を解決することなんてできませんから。雇用の仕組み全体で考えて、変えていかなくてはいけないんです。
 
−−−限定正社員は、日本型正社員というあり方そのものを抜本的に考え直す、いわば第一球を投げ込んだと。
 
 そうですね。「正社員ならいい」と思考停止するのではなく、いろんな議論がわき起こって、働き方自体を考えるきっかけができたのではないかな、と思います。多様な働き方を実現するための、いわば第一歩ですね。
 
−−−雇用の問題を考えるときに、最後の鍵は均等処遇だというところも指摘されていましたが。
 
 労働契約法の中に、合理的に説明できる処遇の差は認めるけれども、どうしても説明できない不合理な取り扱いは許されないということが明記されました。ヨーロッパではこういう考え方が基本ですが、こういう部分は労働契約法の改正の中で評価できるところです。
 
−−−20条ですね。
 
 これは、正規・非正規のみならず、多様な正社員や多様な働き方という中で、必要以上に処遇の格差が拡大することに待ったをかける、抑止力になる仕組みだと思います。ただ、これが法律として、あるいは仕組みとして機能するにはある程度事例が出てこないといけなくて、それまでは少し時間もかかるかと思います。
 
−−−そのあたりは現場の状況や実態を捉えながら、あるいはガイドラインのようなものを考えていくのでしょうか。
 
 そういうものも、今の段階ではまだ具体的なところまではいってない部分です。ですので、そこを現場で、より予測可能性があってわかりやすい仕組みというか、コンセンサスを得ていくことが大事ですね。

関連記事