株式会社アバンティ 代表取締役 渡邊智惠子 (聞き手:PHP総研 山田花菜)

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「変える人」No.31では、オーガニックコットン事業を手掛ける株式会社アバンティの代表取締役社長・渡邊智惠子氏をご紹介します。
 
――まずはオーガニックコットンについてお伺いします。オーガニックコットンは、ふつうのコットンとは何が違うのでしょうか。
 
渡邊:オーガニックコットンとは、農薬や化学肥料を3年以上使用していない土壌で、農薬や化学肥料を使用せずに栽培された、遺伝子組み換えではないコットンのことです。
 ふつうのコットンの栽培には、膨大な量の農薬が使われています。コットン畑が世界の耕作地面積に占める割合は約2.5%なのですが、そこに使われる薬剤の量は、世界で消費される薬剤の約16%にもなると言われています。それらが環境に与える影響は深刻です。
 私がオーガニックコットンの事業を始めたのは28年前になるのですが、当初の問題意識はコットンの栽培にあたってできるだけ環境破壊をなくしたいということだったんです。ところが、事業を進めるうちに、インドやウズベキスタンといった途上国においては、児童労働や安全が守られていない労働環境など、労働者の搾取という問題もあることが分かってきました。そこで、オーガニックコットンを標榜するには、環境への配慮だけでは不十分で、児童労働や労働者への搾取を行っていないという人道的な条件もクリアしている必要があるということになりました。
 さらに、遺伝子組み換えの種という問題が出てきました。綿花の栽培地の総面積の約70%で遺伝子組み換えのコットンが栽培されていると言います。遺伝子組み換えのコットンは、農薬を使っていなくても、オーガニックコットンとは認められない。
 こんなふうに、ひとくちにオーガニックコットンといっても、20数年に間にさまざまな変遷をたどってきて、いろんな要素が加味されてきました。
 
――いま、オーガニックコットンのシェアはどのくらいなんですか?
 
渡邊:0.7%です。3年ほど前には1.2%だったんですが、0.5%は遺伝子組み換えの種を使っていたことが分かり、それはオーガニックコットンとは認められないということで、下がってしまったんです。遺伝子組み換えの種で有機栽培されたそれらのコットンは、いまではベターコットンとして、一つのカテゴリーができています。
 オーガニックコットンのシェアを増やしていくためには、「そういうものを優先的に使いたい」というアパレルさんのコミットメントが必要です。もうひとつは消費者にコットン栽培の背景を知ってもらって、環境にも優しく、労働者を搾取しない、持続可能な農業をしているオーガニックコットンを、私たちの未来をつくるものとして選択してもらうこと。
 そのために私たちは、啓蒙的な活動というか、正しい情報を発信して皆さんに伝えて、オーガニックコットンという選択肢を提供していくことを徹底していくことが大事だと思っています。
 

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――事業を始められた28年前はさらにシェアも知名度も低かったと思いますが、渡邊さんがオーガニックコットンに出合われたきっかけはなんですか?
 
渡邊:環境問題に高い関心を持っていたイギリス人の知り合いから、輸入商材のひとつとして、オーガニックコットンの輸入を頼まれたことです。その頃はオーガニックコットンのことなんてまったく知らなかったのですが、会社の業績拡大につながるのならと、やってみることにしました。現在は原綿を輸入して、糸から生地、最終製品まで作っていますが、最初はオーガニックコットンを原料にした生地の輸入から始めました。1993年からは、テキサスのオーガニックコットン農家と契約を結んで、原綿を仕入れています。
 
――オーガニックコットンとして認証されるためには、3年以上農薬を使用していない土壌で栽培されていなければならないですよね? 環境への負荷などを考えて、農薬を使った栽培からオーガニックコットンの栽培に切り替えることにした場合、土壌がクリーンになるまでの3年間は農家の方はどうされているのでしょうか。
 
渡邊:オーガニックコットンへの移行期間ということで、うちで買っていました。「トランジショナル」という扱いにしていましたが、オーガニックコットンの基準には達していないので、通常のコットンとして売るわけです。
 
――なるほど。3年間コットンの栽培ができなくて無収入になるとしたら相当ハードルが高いと思ったのですが、移行期もサポートされてきたのですね。
 

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――遺伝子組み換えの種をつかったコットンは、有機栽培でもオーガニックコットンとは認められないということですが、遺伝子組み換えの種では、なぜいけないのでしょうか。
 
渡邊:たとえば除草剤や殺虫剤を撒いても枯れないように遺伝子組み換えを行ったコットンの種を、対応した除草剤や殺虫剤などの化学薬剤と組み合わせて売ります。ですが、雑草にもだんだん耐性ができて来て、効き目がなくなってくるので、薬剤の量を増やしたり、もっと強い薬剤を使うようになったりと、結局エスカレートしていって、環境破壊につながります。
 また、遺伝子組み換えの種は翌年発芽しない、あるいは発芽したとしても発芽率が非常に悪いので、コットン農家の人は毎年種を買うことになります。これでは、持続可能な農業になりえません。
 そういったことが問題視され、遺伝子組み換えのものはオーガニックコットンとは認められていません。
 
――オーガニックコットンの収穫の状況は安定しているのですか? 
 
渡邊:悪くはないです。通常のコットンと比べても、オーガニックだからだめなんてことは全然ない。収穫量が厳しくなったことはありますが、供給できないほどになったことはないですし、収穫量にかかわらず一定の価格を維持しているので、通常のコットンが不作で市場価値が上がって、オーガニックコットンのほうがむしろ安くなっていた年もあります。
 私は、じっくり育まれてきたその土地に根差したものと、即席でつくられたものとでは、強さが違うような気がしています。干ばつや病気や害虫には、むしろオーガニックコットンのほうが強い。やはり、原種、固有種というのか、その土地でずっと循環してきた種というのは、養分の取り方とかその土地の特徴に合ったものになってきていると思うんです。

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――渡邊さんは最初は環境問題から入って、労働者の搾取、とくに児童労働の問題などにも気が付かれたということでしたが、オーガニックコットンの事業を行うことによって、そうした課題が改善されている実感はありますか?
 
渡邊:テキサスではもともと児童労働の課題はなかったんですが、インドに関しては児童労働の撤廃と予防に取り組むACEというNGOの活動を支援し、定期的に情報交換をしています。インドの現地にも2年に一度くらい様子を見に行っていますし、私たちが取り扱っているオーガニックコットンについては、児童労働は行われていないものと信頼しています。
 テキサスもインドも、原綿も供給してくれる方々の顔が見えていますし、みんな有機栽培認証の第三者認証をクリアしていますが、認証条件には児童労働や労働者への搾取がないというものも含まれていますから、その点でも安心しています。
 さらに原綿から最終製品に至るまでの生産工程にもGOTS(グローバル・オーガニック・テキスタイル・スタンダード)という基準を設けています。
 たとえば原綿がいくらオーガニックでも、糸や生地をつくるとき、漂白・染色したり柔軟剤や防縮剤を入れたりすると、それを洗い流す過程で水を汚染して環境にダメージを与えることになります。GOTSでは使用する漂白剤や染料の基準も定めていますが、環境にいちばん影響を与えないのは、生成りの糸や生地です。また、そうして最終製品が出来上がるまでのすべての過程で児童労働や労働搾取がないことも条件のひとつに定められています。
 そうした基準をすべてクリアした製品だけがオーガニックコットン製品としてGOTSの認証が得られます。いま、日本、イギリス、ドイツ、アメリカの4カ国でこのグローバルスタンダードをつくっているのですが、毎年会合を開いて、この基準の見直しもしています。
 
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――栽培だけではなく、さまざまな工程に基準があるのですね。オーガニックコットン事業に長く携わってきて、なにか変化を感じる部分はありますか?
 
渡邊: 私はPRISTINEというブランドで20年間オーガニックコットンの製品を扱っていますが、アパレル業界全体が伸び悩んでいる中で、うちは着実に伸びているんです。リピーターのお客様が多いんですね。
 それから、私がどうしてもやりたいのは、布おむつの普及です。いまは紙おむつを使っている家庭が圧倒的に多いんですが、紙おむつってすごく性能が良くて、3回くらいおしっこしても、あんまり気持ちが悪くない。一方で、布おむつは一度おしっこをすると冷たくて気持ちが悪いから、「ママおしっこ」って言いますよね。そうしたらママはきれいなおむつに取り換えてくれる。お母さんのほうも気を付けて、こまめに見ますよね。そうすると、子どもに、お母さんはいつも自分を見ててくれる、気持ち悪くなったらすぐに気持ちいいものに取り換えてくれるって安心感と信頼が芽生えて、親子の絆になっていくと思うんです。
 生理用のナプキンも同じです。紙ナプキンより布ナプキンを使ったほうがいい。紙ナプキンも布ナプキンも、おしっこや血がゼリー状に固まって身体を冷やしてしまうんです。だから私は布おむつと布ナプキンをもっと使ってほしいですね。
 

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――東日本大震災で被災された地域でも、活動されていますね。
 
渡邊:東北グランマの仕事づくりですね。2011年からいままでずっと続けています。岩手県の陸前高田市や久慈市、南三陸といった地域の女性に、オーガニックコットンを使った製品を手作りしてもらっています。福島県南相馬市の小高区ではオーガニックコットンの栽培も始めたんですが、岩手は寒すぎて綿の栽培はできないんですよね。
 
――手内職で製品をつくって、工賃を払われているということですが、ビジネスとして成立しているんですか?
 
渡邊:成り立っています。オーガニックコットンの製品だけではなくて、着物地の小物とかも作っているんですが、数珠袋を毎月500個くらいつくって宗教法人に卸したり、社員が1万人ほどいる給食会社では、社員のお誕生日にグランマたちのつくったトートバックなどをプレゼントとして活用していただいています。
 
――東日本大震災の発生から6年が経ち、支援をうたった現地製品の売上などはやはり時間が経つにつれ厳しくなっていると聞きます。そんな中で、東北グランマがビジネスとして成立している秘訣はどこにあるのでしょうか。
 
渡邊:ものづくりの母体があったことだと思います。プロのデザイナーをつけて、プロの目で品質管理をして、製品化も値付けも販売もシビアにやりました。
 「これを買うことが被災地の支援になるから買ってください」だけでは、やっぱり1年で終わってしまうと思うんです。私たちはプロの仕事として、お金を取れるかどうかをシビアに考えてやっています。
 
――PRISTINEの製品も、オーガニックコットンだからというのではなくて、デザインがおしゃれだし、肌触りもとてもいいですもんね。
 
渡邊:お金を取るものを、プロの意識でつくっていますから。お金は共通言語なんですよ。
 社会問題をビジネスの手法で解決する人を、社会起業家といいますよね。私もいつからか社会起業家と呼んでいただけるようになりました。社会起業家の名に恥じないよう、ビジネスとしてきちんと利益を生み出しながら、社会課題を解決するものとして、オーガニックコットンの啓発・普及にこれからも尽力していきたいと思います。
 
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渡邊智惠子(わたなべ ちえこ)*1952年北海道生まれ。1975年株式会社タスコジャパン入社。1983年同取締役副社長に就任。1985年株式会社アバンティ設立、代表取締役就任。2000年NPO法人日本オーガニックコットン協会(JOCA)を設立、副理事長就任。国内外問わずオーガニック・コットンの啓蒙普及活動に携わる。2008年「第26回毎日ファッション大賞」大賞受賞。2009年経済産業省「ソーシャルビジネス55選」に選出。日経ウーマン主催ウーマン・オブ・ザ・イヤー2010総合7位受賞。同年、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」に取り上げられる。2011年一般社団法人小諸エコビレッジ設立、代表理事就任。2014年一般社団法人わくわくのびのびえこども塾設立、代表理事就任。2016年 ラジオ番組「22世紀に残すもの」パーソナリティとして始動。2016年 一般財団法人森から海へ設立、代表理事就任。2017年 一般財団法人22世紀に残すもの設立、評議員就任。
 
【撮影:長谷川博一】

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