競争的相互浸透秩序の可能性
―北東アジアの安全保障環境をめぐって―

山本吉宣 (新潟県立大学大学院国際地域学研究科長、政策研究センター教授 PHP総研研究顧問)

はじめに

 本稿は、北東アジアの安全保障環境の現状と趨勢に関して、若干広い視野から検討し、日中韓の関係や安全保障政策を考察し、北東アジアにおいてより安定した安全保障環境を作っていく方策を模索しようとするものである。まずI においては、北東アジアを巻き込んで広く展開する米中をめぐるパワー・トランジッションを検討する。そこでは、パワー・トランジッションの行く先として、4 つのシナリオが示される。①(擬似)戦争、②平和的
移行、③並存/ 並行(棲み分け)、という3 つのシナリオを示したあとで、④さまざまな利益や規範が相互作用、相互影響する相互浸透秩序とでもいうべきものを提示する。そしてこの第4 のシナリオは、実際の秩序として出現してくるだけではなく、意外と望ましい秩序ではないか、という議論がなされる。I の議論は、北東アジア(東アジア)をこえたものであるが、II においては、北東アジアの国家間関係が安全保障と経済の2つの分野の
相互関係のなかで検討される。そして、日本、韓国、中国が外交、安全保障政策においてそれぞれ異なる優先順位を持って相互作用しているがゆえに、北東アジアの安全保障はきわめて複雑であることが示される。
 現在の北東アジアを考えると、(狭義の)安全保障と経済だけではとらえきれないところがあり、規範とか、歴史問題が大きな役割を果たしている。これらの非物質的な側面を取り扱うのがIII である。そして、最後のIV で、北東アジアにおいて、紛争をコントロールし、協力を進めるための諸方策が検討される。

 

Talking Points


1. 米中関係に関して、①厳しい抗争が起きる、②中国が既存の国際秩序に参加し、平和的に秩序が維持される、③既存の秩序と並行する「西側抜きの世界」が形成される、という3つのシナリオが示されてきた。

 

2. 既存のシステムと中国が作ろうとするシステムは、相互に深く浸透しあい、そのなかで競争しつつ、新しいルールや規範が形成されている。競争的な相互浸透秩序である。

 

3. 北東アジアを構成するアメリカ、日本、韓国、中国は、経済面では密なる相互依存によって結ばれている。しかし、日米が、TPP のメンバーである一方で、中韓はその外にあり、互いにFTA を結び、ともにAIIB のメンバーである。

 

4. 安全保障面では、日米韓の間には、北朝鮮への脅威に対しては一致しているが、中国に関しては、大きな温度差がある。韓国にとっては、主たる関心事は北朝鮮であり、中国に対する脅威感は小さい。中国から見れば、アメリカは新しい大国間関係を作る相手であり、韓国は周辺外交の優等生であり、日本は、大国と周辺の境であろう。

 

5. 競争的な相互浸透システムにおいて、紛争的な要素を抑制するには、間接的には、経済や環境などの協力を得やすい分野での交流を深めることとAPEC やEAS などの包摂的制度を活用すること、直接的には、軍事的な信頼醸成措置を手厚く構成し、関係諸国間の透明性を高め、政治的な信頼を高める具体的な措置を蓄積していくことである。

 

6. 急激に変化していく力関係に対応して、関係諸国が自制を働かせるためには必要最小限の力のバランスを維持することが必要であり、その上で協力へのインセンティブを培っていくことが肝要と思われる。

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