2020年は「選択する寄付」元年になる

日本ファンドレイジング協会 代表理事 鵜尾雅隆 (聞き手:PHP総研 山田花菜)

鵜尾さんのインタビュー第一回はこちら「コロナ危機が寄付と投資に与える影響」
 
1、選ばなければ寄付ができない
 
――この5年間で起きた大きな変化の3つめの軸、子どもの社会貢献教育の拡大についてはいかがですか?
 
鵜尾:社会貢献教育については、実は6月1日に新しいキャンペーンを始めたのですが、これがまさに寄付教育の話なんです。
 
 阪神淡路大震災が起きた1995年はボランティア元年と言われて、東日本大震災が起きた2011年は日本で初めて個人寄付が1兆円を超え、寄付元年といわれました。東日本大震災のときは、津波被害が大きく、ボランティアは現地に入れなかったので、代わりにみんな寄付をしたんですね。68%の方が寄付をされて、ものの寄付も入れると76.8%もの方が寄付を行いました。それで2011年は寄付元年といわれたのですが、コロナ危機の起きた2020年は「選択する寄付元年」になると思っています。
 
 どういうことかというと、ボランティアができないという意味では、東日本大震災と同じなんです。病院にボランティアに行くと、拡散源になってしまうかもしれない。現場でのボランティアができない中で、何かやろうと思ったら寄付しかない。そういう意味では東日本大震災と同じなんですが、最大の違いは義援金がないということなんです。
 
 東日本大震災のときは義援金があった。義援金は厚生労働省が管轄していて、集まったお金を被災者に均等にお見舞金として渡してくれるという、きわめて公平で安心感のある寄付の仕組みなんです。この義援金制度は災害のときには必ずあります。
 
 ところが、今回は義援金がないんです。ということは、寄付したいと思っても、それがお医者さんの支援なのか、子どもの貧困の支援なのか、シングルマザーの支援なのか、考えて選ばない限り寄付ができないんです。ということで、「選択する寄付」が今回のテーマになっていて、どうやって選ぶんだ、ということが問題になっている。
 
 この一か月間に受けた取材でもほとんどで聞かれたのは、「どうやって寄付先を選んだらいいんですか」ということ。大きく分けると2つの選択肢があって、ひとつはREADY FORのようなクラウドファンディングのサイトで探すこと。クラウドファンディングのサイトを見ると、たくさんのプロジェクトが立ち上がっているので、それを見るとみんなが応援しているプロジェクトもわかる。たくさんの人が応援していることで安心感を得られるプロジェクトを選んで寄付する、というのもひとつの選び方です。
 
 もうひとつは、Yahoo!などが連携してつくった寄付のプラットフォームで、分野を指定して寄付すること。医療支援、貧困支援とか。集まった寄付の分だけNPOを審査してお金を助成するというものです。これは、「分野を決めて、あとは託す」というモデルです。
 
 大きく分けてこの二つのモデルがあるんですが、第三の軸をこの社会に提案したいと思って、50名ほどの発起人の皆さんと一緒に、キャンペーンを立ち上げました。「子どもたちが決める」というモデルです。
 
 遺贈寄付と同じで、「給付金をもらいましたが、私は別に困っていません。でも困っている人はたくさんいるから、彼らのために何かしたい。だけどどこに寄付したらいいのかわからない」という人がたくさんいます。そこで、「あなたが寄付してくださったら、その寄付の行き先を子どもたちが調べて考えて決めます」というのが今回提案する第三の軸です。「社会にはこんな課題がある。こんな団体がある」ということを子どもたちが自分で調べて、グループで議論して、寄付先を決める。Learning by Givingというプログラムがアメリカにあって、世界的に有名な投資家であるウォーレン・バフェットのファミリーが始めて、いま全米の大学に広がっているものなんですが、これをこの機会に日本でも広げませんか、というクラウドファンディングのキャンペーンを6月1日にキックオフしました。

2、あなたの寄付が3倍の力を生む
 
――アメリカだと大学生ということですが、日本では?
 
鵜尾:中高生をターゲットにしています。ボランティア部がある中高とか、いままで私たちも1万人近い中高生に「寄付の教室」などの社会貢献教育プログラムをやってきたので、そのつながりでやれそうなところと組んでやっていこうと思っていく部分と、全国どこからでも個人単位で参加できるオンラインでの主催企画なども考えています。
 
 私はこれに「あなたの寄付が3倍の力を生む」というサブキャッチをつけています。寄付すると、子どもたちが議論してその寄付先を決めます。真剣に議論することで、子どもたちにもすごく学びがありますよね。そうして選ばれる現場の団体にとっては、寄付者の思いだけでなく、考えてくれた子どもたちの思いも現場に届くので、倍の力が出るわけです。寄付者にしてみれば、団体からも報告がきますが、子どもたちからも「こういうふうに議論して、こういうふうに決めました」という手紙がきて、倍の達成感がある。そういう意味で、3倍の力を生む、というキャンペーンです。
 
 お金を集めるという目標以上に、選択する寄付、寄付文化が進むためには、選択するということに慣れている寄付者がいる必要があります。選択することを怖がらない寄付者というか。税金ではないので、国に任せたのであとはよろしく、というものではない。とはいっても選択するのは大変なので、子どもたちに選択を託すという方法があるんだなということを日本社会で認知させ、定着させる、大きなチャンスだと思っています。この機会に社会貢献教育の大切さへの理解も広げていきたいと思います。
 
――まさにいまの社会に必要な体験だと思いますが、コロナに関係なく動いていた計画だったのでしょうか?
 
鵜尾:Learning by Givingを日本でも広げていこうという話自体は、前々から動いていましたが、この世相の中で、非常に重要なタイミングだなと思っています。ボランティア部の子どもたちの話を聞いていても、部活もできないし、学校も行けていないしという中で、一生忘れられない体験を2020年にできたなという感じにしたいという思いも出てきて、それならキャンペーンを仕掛けようという話になったんです。
 
 5月半ば頃に取材を受けていて、やはりいまは選択する寄付がテーマで、でも選択先を分野で選ぶとかクラウドファンディングで探すといっても、それも難しいと感じる人がいますよね、という話になって、「子どもに託す寄付ってどうですか」と聞いてみたら、「それ絶対いいですよ」ということになって。取材などを受ける中で、社会の温度感など、私の側にも気が付くことがあって助かっています。
 
――子どもたちというのはこの先の未来をつくっていく当事者で、彼らが思い描く生きたい未来は、大人たちが考えるものとは違うかもしれない。だけどいま彼らには経済力がない、ということを考えると、子どもたちが選択するというのは、とてもいいことですね。
 
鵜尾:いいですよね。ちょうどいまの世相に合っているというか、改めてこのプログラムの価値を感じています。今高齢者の方からも遺贈寄付の相談を年間数百件受けますが、やっぱりどこに寄付したらいいのか悩まれている方が多い。「どんな体験をされてきましたか」「どんなことに心を動かされますか」といろいろ聞いていくのですが、どうも最後腑に落ちない、という方も少なくありません。
 
 たとえば、「遺贈寄付で1,000万円寄付します。だけど特定の団体を思いつきません」という方がいたとき、基金にするという選択肢もありますが、毎年どこかの学校の子どもたちが議論してその年の寄付先を決めるという選択肢もあります、と提案すれば、子どもたちが選ぶほうがいいという人もいると思うんです。
 
 これまでも寄付の教室のプログラムをやってきましたが、子どもたちは本当に真剣に取り組みます。NPOの現場を訪問したりもして、お互い調べた活動を発表しあって、ディスカッションに熱が入ります。彼らの真剣に取り組む姿を見ていると、社会貢献のことを考えることで、人が育つことを実感できます。
 
 疑似体験でもこれだけ真剣になるのに、そこに実際のお金がついてくるとなると、真剣さは比べ物にならないはずです。
 
――毎年選択が行われることで、その時々の世相や社会状況を反映した課題も選んでいけるでしょうし、生きた教育と言えますね。

 
3、誰もが社会貢献の先生になれる
 
 
鵜尾:ファンドレイジング協会で8月頃に向けて準備している話もあって、社会貢献のアクションポータルサイトを立ち上げようと思っています。たとえば、子どもたちがクラスメイトや自分より年下の子たちに社会貢献教育をすることになったら、自分ならこうやって教えるといったアイデアを考えたり、Youtube用に映像を創ったりしてもらって、それを投稿してもらう。そこにほかの学校の子たちから「いいね」がつくと、ランクが上がるとか。つまり、みんなが先生になるような感じです。
 
 あるいは自分たちが考えた社会貢献活動をアップできるとか。私たちが「これが正解です」と教えるんじゃなくて、みんなが考えた答えをどんどんアップして共有しあえるサイトをつくろうというプロジェクトを準備しています。そのための原資も確保できたので、8月立ち上げ予定です。
 
 子どもたちはみんな本当にクリエイティブで、たとえば高校生が「ファースト寄付」というタイトルで寄付の体験を高校生同士が語るイベントがありました。「初めての寄付」だから「ファースト寄付」なんですが、なんとなくやわらかいニュアンスになりますよね。寄付を語るお芝居をやってみたり、4コマ漫画で表現するワークショップをやってみたり。そういうクリエイティブな活動をどんどんオンラインで共有して、全国の各学校のボランティア部の子たちが自分たちの学校でやったことをアップして、といった連鎖をつくっていくことができれば、勝手に誘発されていくような気がしています。
 
――教える、教えられる、ではなく、学び合いの場をつくるという感じですね。
 
鵜尾:誰もが先生になれるのがおもしろい。そこにゲーミフィケーションの理論で、ある種の競争性も取り入れていこうと思っています。「いいね」やコメントをほかの学校の生徒ができるような仕組みにして、誰がいちばん閲覧されているか、どのプロジェクトがいちばん人気があるかというランキングをつけると、みんな宣伝したり拡散したりするので、そういった仕掛けもしていこうと思っています。その中に他の団体で取り組んでいるプログラムも挙げてもらって、いろんなところのいろんな動きをワンストップで見られる場にしたいと思っています。
 
 Learning by Givingの子どもたちに託すモデルも、たとえば10校で実施したら、そのときの子どもたちの体験を映像にまとめて子どもたちにアップしてもらうとか、子どもたちに記事を書いてもらってアップしてもらうというのもこのサイトでやろうと思っています。
 
――自分たちはこんな議論を経てこんな風に考えて、ここを選びましたということが共有されるのはいいですね。
 
鵜尾:そうした能動的な発信をするというか、それを思いついたのもコロナでボランティア部の子たちが部活が全然できていないという話を聞いてからです。2019年の自分たちの社会貢献の活動をオンラインでおもしろく発信するということはできるわけですから、それに対していろんな人から問い合わせを受けたり、評価されたりすることを競ってもらうのも面白いんじゃないかなと思ったんです。「オンラインで社会貢献教育を競う」といった、コロナ時代ならでチャレンジができないかなと思っています。

4、危機を経て社会は進化する
 
――そうした体験を経て成長した子どもたちが、どんな社会貢献の循環をつくっていくのか楽しみですね。
この数年間で、ソーシャルセクター全体の人材の働き方に変化や大きな傾向はありますか? 5年以上前だと、結婚して家族を持つと経済的な理由で転職してしまうという男性の寿退社が課題になったりしていましたが、キャリア形成の変化などはあるでしょうか。
 
鵜尾:トレンドとして間違いなくあるのは、優秀な人たちが入ってくるようになったことです。時間軸としては2011年の震災があって、あのときに人生感が変わった人、自分の人生を考え直した人というのが多くいるので、それが実際に行動に移すまでに何年か経って、起業や転職をする人が2010年代の後半、2015年頃からいまくらいまでの間で増えたのではないかと思います。
 
 その中で、働く人々の待遇の改善もかなり図られているのはいい傾向だと思います。新公益連盟で一年ほど前に、新公益連盟加盟団体の給与サーベイをやったんです。事務局長などを除いた職員の給与を調査したら、一般的な中小企業の平均給与よりも高かった。新公益連盟の加盟団体は経営がしっかりしているところが多いということはもちろんあるんですが、上場企業ほどではないかもしれないけれど、中小企業よりはいいという給与水準にみなさんなってきているんです。いいトレンドだと思います。
 
――そうですね。人材のサステナビリティも保てると思います。
 
鵜尾:団体自体の資金繰りがなってきているというのもあるんですが、なんとなくそうした合意が形成されてきているというか。10年前だと、年間予算20億円の団体でも、スタッフの給与を上げることに理事会が反対するということも平気でありましたから。「NPOは給料なんて」とか「哲学として給料は上げない」とか。でもいまはそんな感じの団体はほとんど聞かなくなりました。お金さえあるなら、給与もしっかり払いましょうという感じになってきているので、そこはとても大きな認識上の変化だと思います。
 
――この数年間、ソーシャルセクターと営利セクターの融合が進んでいるというか、距離が縮まっていると感じています。NPOのスタッフの方たちも、受益者の方のことを考えればこそ、活動のサステナビリティを保つために、自分たちの生活を支えられるくらいの収入を得ながら働けるようにしていかなければならないという意識が高まっていますよね。一方の営利セクターの側も稼げばいいということではなくて、社会貢献や社会全体のシステムの改善にしっかり目配りをしないと、長い目で見たときに自分たちのためにもならないということを考えるようになっているように思います。
 
鵜尾:2015年からSDGsということが言われるようになったので、それが後押しをしている部分があります。もうひとつ、同じく2015年に日本最大の年金基金であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、国連の責任投資原則責(PRI: Principles for Responsible Investment)に署名して、ESG投資を始めたのが非常に大きいと思います。これは日本でSDGsがブームになったひとつの理由でもあって、私がこのことがいまの働き方や組織の状況の変化につながっていると思うんです。 
 
 GPIFがESG投資をやると表明するまで、日本の大企業は三方よしを掲げてESGなんて気にもしていなくて、国際的なESG格付けでも軒並みCCCがついていました。CCCは最低格付けですから、ESG投資では選ばれないということです。ところが、GPIFがESG投資を始めるという。日本最大の機関投資家が、120兆円の投資資金のうち、20兆円から30兆円をESG投資に回すと表明したことで、みんな危機感を持ったわけです。世界最大手の投資機関であるブラックロックも、基本的にESG格付けの悪い企業には投資しないと宣言し始めたので、「社会貢献を意識しないと投資家が離れる、株価が下がる」ということで、みんながSDGsに取り組む動機付けにもなりました。
 
 SDGsって、ある意味できれいごとを言っているわけですよね。それまでの日本社会には、きれいごととビジネスは別物だという発想があったように思います。でも、今求められているのは、きれいごとをビジネス化させるスキルだと思うんですよ。あるいは、ビジネスをきれいごと化させるスキル。
 
 このふたつを両立しないとESG時代を生き残れないということで、自分たちのビジネスをいかに社会に役立てるものとしてカスタマイズしていくかというスキルが、すべての企業で求められるようになってきました。その流れの中で、営利セクターで使われる用語や議論がソーシャルセクターと近くなってきていて、さらには「いっそスピンオフして自分で全力で社会的インパクトを考えたい」と思う人も出やすくなっているという状況だと思います。セクター間の垣根が本当に低くなっていて、そのうちNPOのスタッフがヘッドハントされて企業の社会的インパクトのデザイン設計に入るといったことはあってもおかしくないし、海外ではすでにそういうことは起こっています。
 
――営利企業からソーシャルセクターへの人材の移動は珍しくなくなりましたが、逆はまだあまり見ないような気がします。
 
鵜尾:まだないですね。だから社外取締役のようなかたちで、NPOの人が営利セクターに入るということがもう少し増えたらいいんじゃないかなと思います。垣根が低くなってきたとは言っても、まだまだ人材交流は十分ではありません。チャレンジとして行政とNPOの交流は徐々に始まっていますし、企業とNPOの人材交流みたいなことがもう少し起こるといいんじゃないかなと思います。
 
 新型コロナウイルス感染症で社会が一段階進化したなという前向きなところを仕掛けていきたいですね。
 
――本日はありがとうございました。
 
鵜尾 雅隆(うお まさたか)*認定特定非営利活動法人日本ファンドレイジング協会代表理事。
GSG 社会インパクト投資タスクフォース日本諮問委員会副委員長、(株)ファンドレックス代表取締役、全国レガシーギフト協会副理事長、寄付月間推進委員会事務局長、非営利組織評価センター理事、JICAイノベーションアドバイザー、大学院大学至善館特任教授なども務める。JICA、外務省、NPOなどを経て2008年NPO向け戦略コンサルティング企業(株)ファンドレックス創業、2009年、課題解決先進国を目指して、社会のお金の流れを変えるため、日本ファンドレイジング協会を創設し、2012年から現職。認定ファンドレイザー資格の創設、アジア最大のファンドレイジングの祭典「ファンドレイジング日本」の開催や寄付白書・社会投資市場形成に向けたロードマップの発行、子供向けの社会貢献教育の全国展開など、寄付・社会的投資促進への取り組みなどを進める。
2004年米国ケース大学Mandel Center for Nonprofit Organizationsにて非営利組織修士取得。同年、インディアナ大学The Fundraising School修了。
著書に「寄付をしようと思ったら読む本(共著)」「ファンドレイジングが社会を変える」「NPO実践マネジメント入門(共著)」「Global Fundraising(共著)」「寄付白書(共著)」「社会投資市場形成に向けたロードマップ(共著)」「社会的インパクトとは何か(監訳)」などがある。

関連記事