2020年は「選択する寄付」元年になる

日本ファンドレイジング協会 代表理事 鵜尾雅隆 (聞き手:PHP総研 山田花菜)

4、危機を経て社会は進化する
 
――そうした体験を経て成長した子どもたちが、どんな社会貢献の循環をつくっていくのか楽しみですね。
この数年間で、ソーシャルセクター全体の人材の働き方に変化や大きな傾向はありますか? 5年以上前だと、結婚して家族を持つと経済的な理由で転職してしまうという男性の寿退社が課題になったりしていましたが、キャリア形成の変化などはあるでしょうか。
 
鵜尾:トレンドとして間違いなくあるのは、優秀な人たちが入ってくるようになったことです。時間軸としては2011年の震災があって、あのときに人生感が変わった人、自分の人生を考え直した人というのが多くいるので、それが実際に行動に移すまでに何年か経って、起業や転職をする人が2010年代の後半、2015年頃からいまくらいまでの間で増えたのではないかと思います。
 
 その中で、働く人々の待遇の改善もかなり図られているのはいい傾向だと思います。新公益連盟で一年ほど前に、新公益連盟加盟団体の給与サーベイをやったんです。事務局長などを除いた職員の給与を調査したら、一般的な中小企業の平均給与よりも高かった。新公益連盟の加盟団体は経営がしっかりしているところが多いということはもちろんあるんですが、上場企業ほどではないかもしれないけれど、中小企業よりはいいという給与水準にみなさんなってきているんです。いいトレンドだと思います。
 
――そうですね。人材のサステナビリティも保てると思います。
 
鵜尾:団体自体の資金繰りがなってきているというのもあるんですが、なんとなくそうした合意が形成されてきているというか。10年前だと、年間予算20億円の団体でも、スタッフの給与を上げることに理事会が反対するということも平気でありましたから。「NPOは給料なんて」とか「哲学として給料は上げない」とか。でもいまはそんな感じの団体はほとんど聞かなくなりました。お金さえあるなら、給与もしっかり払いましょうという感じになってきているので、そこはとても大きな認識上の変化だと思います。
 
――この数年間、ソーシャルセクターと営利セクターの融合が進んでいるというか、距離が縮まっていると感じています。NPOのスタッフの方たちも、受益者の方のことを考えればこそ、活動のサステナビリティを保つために、自分たちの生活を支えられるくらいの収入を得ながら働けるようにしていかなければならないという意識が高まっていますよね。一方の営利セクターの側も稼げばいいということではなくて、社会貢献や社会全体のシステムの改善にしっかり目配りをしないと、長い目で見たときに自分たちのためにもならないということを考えるようになっているように思います。
 
鵜尾:2015年からSDGsということが言われるようになったので、それが後押しをしている部分があります。もうひとつ、同じく2015年に日本最大の年金基金であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、国連の責任投資原則責(PRI: Principles for Responsible Investment)に署名して、ESG投資を始めたのが非常に大きいと思います。これは日本でSDGsがブームになったひとつの理由でもあって、私がこのことがいまの働き方や組織の状況の変化につながっていると思うんです。 
 
 GPIFがESG投資をやると表明するまで、日本の大企業は三方よしを掲げてESGなんて気にもしていなくて、国際的なESG格付けでも軒並みCCCがついていました。CCCは最低格付けですから、ESG投資では選ばれないということです。ところが、GPIFがESG投資を始めるという。日本最大の機関投資家が、120兆円の投資資金のうち、20兆円から30兆円をESG投資に回すと表明したことで、みんな危機感を持ったわけです。世界最大手の投資機関であるブラックロックも、基本的にESG格付けの悪い企業には投資しないと宣言し始めたので、「社会貢献を意識しないと投資家が離れる、株価が下がる」ということで、みんながSDGsに取り組む動機付けにもなりました。
 
 SDGsって、ある意味できれいごとを言っているわけですよね。それまでの日本社会には、きれいごととビジネスは別物だという発想があったように思います。でも、今求められているのは、きれいごとをビジネス化させるスキルだと思うんですよ。あるいは、ビジネスをきれいごと化させるスキル。
 
 このふたつを両立しないとESG時代を生き残れないということで、自分たちのビジネスをいかに社会に役立てるものとしてカスタマイズしていくかというスキルが、すべての企業で求められるようになってきました。その流れの中で、営利セクターで使われる用語や議論がソーシャルセクターと近くなってきていて、さらには「いっそスピンオフして自分で全力で社会的インパクトを考えたい」と思う人も出やすくなっているという状況だと思います。セクター間の垣根が本当に低くなっていて、そのうちNPOのスタッフがヘッドハントされて企業の社会的インパクトのデザイン設計に入るといったことはあってもおかしくないし、海外ではすでにそういうことは起こっています。
 
――営利企業からソーシャルセクターへの人材の移動は珍しくなくなりましたが、逆はまだあまり見ないような気がします。
 
鵜尾:まだないですね。だから社外取締役のようなかたちで、NPOの人が営利セクターに入るということがもう少し増えたらいいんじゃないかなと思います。垣根が低くなってきたとは言っても、まだまだ人材交流は十分ではありません。チャレンジとして行政とNPOの交流は徐々に始まっていますし、企業とNPOの人材交流みたいなことがもう少し起こるといいんじゃないかなと思います。
 
 新型コロナウイルス感染症で社会が一段階進化したなという前向きなところを仕掛けていきたいですね。
 
――本日はありがとうございました。
 
鵜尾 雅隆(うお まさたか)*認定特定非営利活動法人日本ファンドレイジング協会代表理事。
GSG 社会インパクト投資タスクフォース日本諮問委員会副委員長、(株)ファンドレックス代表取締役、全国レガシーギフト協会副理事長、寄付月間推進委員会事務局長、非営利組織評価センター理事、JICAイノベーションアドバイザー、大学院大学至善館特任教授なども務める。JICA、外務省、NPOなどを経て2008年NPO向け戦略コンサルティング企業(株)ファンドレックス創業、2009年、課題解決先進国を目指して、社会のお金の流れを変えるため、日本ファンドレイジング協会を創設し、2012年から現職。認定ファンドレイザー資格の創設、アジア最大のファンドレイジングの祭典「ファンドレイジング日本」の開催や寄付白書・社会投資市場形成に向けたロードマップの発行、子供向けの社会貢献教育の全国展開など、寄付・社会的投資促進への取り組みなどを進める。
2004年米国ケース大学Mandel Center for Nonprofit Organizationsにて非営利組織修士取得。同年、インディアナ大学The Fundraising School修了。
著書に「寄付をしようと思ったら読む本(共著)」「ファンドレイジングが社会を変える」「NPO実践マネジメント入門(共著)」「Global Fundraising(共著)」「寄付白書(共著)」「社会投資市場形成に向けたロードマップ(共著)」「社会的インパクトとは何か(監訳)」などがある。

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