コロナ危機が寄付と投資に与える影響

日本ファンドレイジング協会 代表理事 鵜尾雅隆 (聞き手:PHP総研 山田花菜)

――前回の取材から約5年が経ちました。2015年当時、「善意の資金10兆円規模を目指して、2020年までに必要なインフラを設計する」と伺っていましたが、この5年間でソーシャルセクターのお金の様子はどのように変わりましたか?
 
鵜尾:この5年間で、3つの軸で大きな変化がありました。一つ目は、遺贈寄付が伸びていること。二つ目は、社会的インパクト投資が伸びていること。三つ目は子どもたちへの社会貢献教育が拡大していることです。
 
 一つ目の遺贈寄付ですが、去年、一昨年はほとんどの主要雑誌や新聞で、遺贈寄付の特集企画が組まれました。かつては、相続の話自体がタブーのように扱われていましたが、相続税法の改正にともない、「終活」を取り上げる媒体が増え、ありとあらゆるメディアで、「相続」は売れる企画になったという流れがあります。相続税法改正により、きちんと対策をしていないと、相続税率が高くなってしまうので、真剣に考える人が増えたんですね。相続税対策を行う上で、2割くらいの方は遺贈寄付を選択肢として考えるという数字があるので、相続税について考える人が増える流れの中で、遺贈寄付に関する関心も高まっています。
 
 二つ目のインパクト投資は、社会的リターンと経済的リターンの両方を追いかける投資です。これも伸びてきていて、日本でも4,000億円を越え、早晩一兆円を越えていくだろうと見ています。投資家の行動変容が起きているということです。
 
 三つ目の軸は、子どもたちへの社会貢献教育ですが、今年度から高校で、SDGsの教育が始まります。今年からSDGs教育が入り、2022年からは「公共」という授業が高校で必修化されます。これは地域貢献などさまざまな社会貢献を教えるもので、2年ほど前に中教審で決まった流れです。
 
 このように、お年寄りの行動変容、投資家の行動変容、子どもの教育という3つの軸で変化が起きています。
 
――遺贈寄付を選択される方は、相続人のいない方が多いのでしょうか。
 
鵜尾:いわゆる法定相続人が全くいないというケースが多いわけではありません。子どもはいなくても、兄弟や甥、姪はいるなど、なんらかの相続人はいるケースが多いのですが、生涯未婚率が20-25%に達している中、引き継ぐ相手、より正確に言えば、「引き継ぎたいと思える相手」がいないという方は増えています。自身の遺産が会ったこともないような親戚に渡るということに対して、それでいいのかな、と思うんですね。兄弟や親せきと疎遠になっているような人だと、「あの人には渡したくない」というケースも少なくないです(笑)。お子さんがいらっしゃって、基本はお子さんが相続するけれども、1割は社会貢献に充てたいという方ももちろんいらっしゃいます。
 
 核家族化などで引き継ぎたいと思える人がいないという人が増えていることに加え、社会貢献意識の高まりの中で、自分の人生の意味を考えて、なにか次世代に残していこうと思ったという方が増えてきた、ということだと思います。
 
――寄付先はどのようなところが多いですか?応援している活動団体を指定されるのか、あるいは基金や財団に寄付したりされる方もいるのでしょうか。
 
鵜尾:いまのところは団体を指定される方が多いと思いますが、基金のようにされる方もいらっしゃいます。「子どもの貧困の解決を支援したいのだけど、10年くらいかけて継続的に活動を支援してほしい」など、どこかの団体というよりも、特定の課題に対して高い関心をお持ちの方は、基金を選択されることがあります。
 
――団体を指定される場合は、やはりもともと応援している団体があるのでしょうか。それとも、「こういう分野で活動している団体に寄付したいけれど、どの団体がいいですか」といった相談があるんですか?
 
鵜尾:海外では大半の人が人生の中で自分が応援している団体、ここが好きだという団体があるので、遺贈寄付の先もだいたいそうなるのですが、日本の場合は違っていて、自分が応援したいという心に決めた団体がない状態で、自分が死んだあとのこと考えて、寄付したくなって情報を探すケースが多いですね。大手の団体で、年間何百件という寄付を受けている団体でも、そのうちの半分くらいが、はじめての寄付として遺贈寄付を受けているというケースもあるんです。「ネットで見て」とか、「名前を見たことがあったので、調べてみて」といったかたちです。
 
 日本ではこの状態がおそらくあと5年ほどは続くと思うのですが、世界的には非常に珍しい現象で、海外の人に話すと「そんなことがあるんだ」とびっくりされます。人生の集大成としての社会貢献ですから、一見さんのところに支援しようとは普通思わないだろう、人生の初めての寄付が遺贈寄付なんてことがあるんだ、と。そのくらい急速に遺贈寄付への関心が高まっているということでもあります。寄付体験を積む前に、関心のほうが先に高まって、寄付経験がいきなり遺贈寄付になるということですね。
 
 寄付経験があっても、共同募金会や赤十字といった仕組みの出来上がった団体に寄付されてきた方が多いと思いますが、人生の集大成を考えるときに、「それでいいんだっけ?」と思って、いろいろ考え始めるということですね。
 
――寄付先は認証NPOではなく認定NPOが多いのでしょうか。
 
鵜尾:その傾向はありますが、実は認定NPOであろうと認証NPOであろうと、遺贈寄付を遺言でやる分には、寄付者のご家族にとっては税法上まったく扱いが変わらないんです。遺言で寄付が決まっていると、寄付分は相続財産から切り離されることになりますから。ですから、寄付金の行き先が認定NPOだろうが認証NPOだろうが、企業だろうが個人だろうが、相続財産から切り離されるので、相続税もかからないんです。相続人が、いったん相続したお金を、被相続人の遺志に従って寄付するということになると、10か月以内に寄付すれば相続税から切り離されるんですが、その場合は認定NPOでないと税制優遇の対象にはなりません。
 
 基本的に認定NPOのほうが信頼度が高いと思われているので、公益社団・財団や認定NPOが寄付先として選ばれやすいということはあると思います。その最大の理由は、永続的、あるいは長期的に活動してくれる組織でないと心配だということです。せっかく遺言状を書いて寄付の意思を示したのに、亡くなる頃には解散していたなんてことがあると残念ですから。
 
――末期がんなどの場合、自分の死期も予想しやすくなると思いますが、そういうケースでは、寄付先にあらかじめ知らせておくんですか?
 
鵜尾:受け取る側に事前に知らせているということは実はそれほど多くないと思いますが、受け取ってもらえるかどうかの確認や相談があるケースもあるようですね。
 
 以前ある団体から聞いた話では、末期がんでお亡くなりになる直前の方から遺贈寄付のお申し出があり、通常は寄付を受け取ってから出す感謝状を、その方の生前に出されたそうです。そうすると「自分の生きた意味があった」と涙を流して喜んでくださったそうで、人生の集大成で誰かのために何かするということが、やはり人間の幸せとつながるんだなという感じがします。

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