制度と現場の全体像を知る強みを活かした貢献

認定NPO法人 Living in Peace 理事長 慎泰俊 (聞き手:PHP総研 山田花菜)

トリミング170818_MG_0051

慎さんのインタビュー第一回はこちら:「社会の変化と見直される役割
 
――ご著書『ルポ 児童相談所』では、児童相談所の課題についても解決策を提言されています。
 
:児童相談所については、国による外部監査の仕組みをつくれたらと思っています。
 
 「新しい社会的養育ビジョン」の中で私が貢献したことがあるとすれば一時保護の分野で、この検討委員会でも全2回を一時保護の議論に割いています。殆どの人が実態を知らない一時保護についてこのように議論がされたのは、社会的養護に関する議論の歴史で初めてのことなんです。里親や施設に関する議論はずっとされてきましたが、一時保護についてはそうではなかった。
 
 
――私はそもそも一時保護所というものの存在を知りませんでした。
 
 親元での養育が最善でないと判断された子どもは、まず児童相談所によって保護されますね。そうした子どもたちが、自宅に戻ったり、施設や里親に委託されたりするまでの間滞在するのが、児童相談所に併設された一時保護所であると。
 
 一時保護所での滞在期間は平均して1か月ほどということですが、その間の生活は自由が大きく制限され、学校にも行けないというのは驚きでした。また、保護所間格差が大きく、そこでの経験がトラウマになるような、子どもの意思や権利に配慮がされてない保護所も少なくないということですね。
 
 
:一時保護所とともに、一時保護をつかさどっている児童相談所の情報が社会に対してより開かれたものになれば、状況は変わっていくと思っています。
 
 具体的に私が必要だと思っているのは、児童相談所が厚生労働省に対して提出しているデータの項目を増やすこと。それによって、その児童相談所のパフォーマンスが分かるようになります。
 
 もうひとつが、第三者による監査の仕組みをつくること。格付けみたいものですね。上場会社に格付や時価総額のようなものがついて、それによって世の中の人々は会社の状況を知り、投資の判断材料にしたりしますよね。それと同じような、外から状況が見える仕組みをつくりたいんです。
 
 
――となると、監査を行う第三者は外部の機関が望ましいということですね。
 
 
:私が強く申し上げているのは、監査は絶対に国直下の組織でやってほしいということです。実は、児童相談所や児童養護施設には第三者による監査が既に存在していますが、監査を行っているのは民間の団体なんです。地元の児童相談所から監査報酬を受け取って監査をするのでは、厳しいことを言うのが難しくなりがちです。そういう活動は国がやるべきです。
 
 児童相談所の第三者評価機構を、地方自治体ではなく、厚生労働省の直下組織として設立する。そうしたもののデザインや組織の分析は仕事でずっとやってきたことですから、私が役に立てる分野でもあると思っています。

170818_MG_0103

――社会的養護の課題へのアプローチが、児童養護施設の建て替え支援というところから、少し上流にシフトしているように感じられますが、いかがでしょうか。
 
 
:やはり、そもそも子どもは家庭で育ったほうがハッピーなので、本当に問題とすべきは子どもの貧困だと思っています。それは日本の経済が十分に強くないといったところとも関連しているんですが、だからこそ、その分野での課題解決がすごく大切です。
 
 たとえば、宮崎県の日南市で行われた子どもの貧困の実態調査にLiving in Paeceは関わりました。その反響がかなり大きくて、全国でも取り上げられたりしたのですが、これはやってよかったと思っています。調査で見えた実態に対応して、子どもの貧困に取り組む部署など、行政の組織づくりが変わりました。
 
 
――「日南市子どもの貧困対策支援アンケート結果分析に基づく考察について」ですね。今後もほかの地域でも実施されるんですか?
 
 
:声はかけていただいていますが、けっこう組織リソースを費やす仕事なので、どうしようかと思っているところです。
 
 リサーチというものは、仮説をきちんと立てられる人がいないと、ただデータを取っただけでおしまいになってしまいます。仮説を立てて、データを集めて、そこから考えられることを見出して、何らかの洞察と課題解決案を策定できる人がいないといけないのですが、それが得意な人は、ビジネスセクターを含め世の中にそんなに多くはないんですよね。
 
 
――そうした人材はそもそも世の中全体に少ないという課題がありますが、社会的養護に関する関心が世間的に高まってきた現在でも、児童相談所や児童養護施設で職員として勤めるハードルは依然として高いですよね。熱意ある優秀な人材を現場に呼び込むことは、課題の解決のために重要なことだと思いますが、児童福祉士のような職業を学生にとって魅力的なものとしていくためには、どのような対策が考えられるでしょうか。
 
 
:本質的には給料を上げることだと思います。日本の公務員の給料は低すぎると思います。
 
 給料というものは、本来「それをやる人にいくらの値段がつくべきか」という理屈で決まるはずですが、公務員に関してはそうではない。民間企業の仕事にもそういう部分はありますが、民間セクターは同じ業務であっても会社を変えれば給料が変わりますし、やっている仕事について世の中で需要が高まれば給料も上がります。それに対して、公的なセクターにおいて、たとえば一時保護所は保護所間格差が大きいけれど、どの施設でどんな働きをしようと、給料が基本的に変わらない。それはけっこう大きな問題だと思います。どうやって変えられるのかは分からないですが。
 
 働きと給料がきちんと釣り合うようにする仕組みをつくる。あとは必要な場合はきちんと解雇するという仕組みもつくること。
 
 もちろん、人はお金のためだけで働くわけではありませんし、社会的意義がある仕事に就く人は今後も多いでしょう。しかし社会的意義で給料をディスカウントできる割合は平均すると1、2割程度だと思います。

170818_MG_0094

――これまでのLiving in Peaceの活動は、比較的現場に近いものが多かった印象ですが、児童相談所の第三者監査の仕組みづくりなど、今後は現場で得た知見を活かした政策・制度面へのアプローチもされていくのでしょうか。
 
 
:Living in Peaceは認定NPOなので、アドボカシーの活動をやりにくい部分があります。公益性のあるアドボカシーはもちろんできますが、公益性の基準がとても厳しいので、どこかの政党に肩入れするようなことをしてしまうと、認定が取り消される可能性があります。そうすると寄付してくださる方々にご迷惑をおかけすることになってしまうんですね。
 
 今はアドボカシーを主に個人の活動としてやっています。政治や行政の働きなしには子どもの問題は解決しえないという考えもありますし、社会的養護に関して言うと、私は全体像をちゃんと見られている数少ない外部者だと思っています。誰よりもよく見えているとは言いませんが、全体の制度がどうなっていて、現場が実際どう動いているのか、ある程度の実感を伴って理解している人はそんなに多くない。そういったことを考えると、全体の制度設計を私個人としてお手伝いすることは、自分の限られた時間の使い方として正しいと思っています。
 
 児童相談所も一時保護所もいろんなところへ行きましたし、政治家や官僚の方ともいろんな話をしてきましたし、政策や政治がどうやって動いているか、法律がどうやって決まるのかも見てきました。
 
 制度というものは、全体が見えている人がつくったほうがいい。一部しか見えていない人が、自分が見えているものの中での最適を目指すと、全体の中で適切なものにはなりません。ですから、現場との関わりに加え、制度づくりにもある程度関わっていきたいと思っています。
 
 
――慎さんは、Living in Peaceとして日南市での実態調査などもされていますし、児童養護施設にも定期的に泊まりに行かれていますよね。そうして、現場に近づけば近づくほど、中の人になればなるほど、「世間一般の感覚」が分かりにくくなってしまうと思います。
 
 世間一般での認識と現場の実態にどんなギャップがあるかが見えなくなると、かえって情報発信などの活動が難しくなりそうですが、「世間一般の感覚」はどのようにして確認されていますか?
 
 
:似たような人ばかりとつるまないことです。友人は持ったほうがいいと思いますが、同じような人とばかりつるんでいると、世間と感覚がずれても自覚できなくなってくるので。業界の人たちとばかりご飯に行っていたら、そのコミュニティで共有されている感覚が当たり前のものになってしまって、どんどん外の感覚が分からなくなってしまいます。
 
 ほかにも、ツイッターでタイムライン検索をするのも一手です。ツイッターで呟く人にも若干バイアスがかかっていますし、極端な意見を言う人たちはだいたい声が大きいので、右だとか左だとか極端に分かれがちですが、少なくとも「いろんな人たちがいるんだな」ということは分かる。フェイスブックで友達になっている人やツイッターでフォローしている人だけの意見を見るのではなく、タイムラインでフラットに検索するのがいいと思います。
 
 それでも、私は社会的養護やマイクロファイナンスについては、自分が関わっているが故に、かなりバイアスがかかっているんだろうなと、気をつけてはいます。
 
 
――その意識を持っているかどうかだけでも、全然違いそうですね。Living in Peaceのメンバーは皆さん本業を別に持っているということが、さまざまな分野の視点や感覚を取り入れることに役立っている面もありそうですね。
 
 
:そうですね。越境しているというか、いろんな人たちがいるので、それはとてもいい気がします。私は本業が金融ですが、商社、事業会社、弁護士、会計士、映画を撮っている人、フリーターなど、本当にいろんな人がいました。
 
 
――専業のメンバーを置くことは、これからも考えられていないのですか?
 
 
:平日に問い合わせなどに対応できる人がいたほうがいいという観点から、活動から10年経ってようやく最近その議論を始めました。
 
 
――二足のわらじ、パラレルキャリアといったモデルも定着してきたので、思い切って変えてもいいと。
 
 
:そうですね。こだわる必要がだいぶ減ってきたと思っています。

170818MG_0138

――10年の活動を経て、課題に対する社会の認識や状況も変わり、Living in Peaceも転換期を迎えている様子がよく分かりました。
 
 最後に、社会的養護については、子どもの利益の最大化のためにいろいろ考えていくということになるかと思いますが、慎さんは、幸せのために必要な条件とはなんだと思われますか。なにをもって幸せと感じるかは人それぞれだとは思いますが、最低限これは絶対要るでしょう、というもの。たとえば、安心とか安全とか選択肢があることとか、Living in Peaceで掲げられている機会の平等とか。
 
 
:生きていることですね。死んでしまったら、幸せという認識そのものができませんから。あとは考える力。幸せだなと感じられるくらいの、頭の状態であること。
 
 幸せというのは自分の内的な世界において抱かれる感覚ですよね。外的な状況によって決まるものである限りは、変わったり失われたりする可能性がありますから。
 
 安全や安心、お金や選択肢といったものもそうです。それらがないと幸せになれないのであれば、いつ失ってしまうんだろう、いつ不幸になってしまうんだろうとびくびくしながら生きなければいけなくなります。そんな人が幸せになれるわけがない。
 
 機会の平等に関しては、私自身はそれがあることが幸せなことだと思ってはいますが、機会の平等がないと幸せになれないのであれば、やっぱりこれも違う。私にとって機会の平等は、幸せの絶対条件などではなくて、個人的な好き嫌いに近いもので、機会の平等がある世界のほうが私は好きなんです。
 
 だから、幸せに関して言うと、生きてさえいれば、本当は幸せになれるはずだと個人的には思っていて、ほかには何もないですね。
 
 ただ、そう思えるためにはいろんな紆余曲折を経なければならないと思っています。いろんなことを経験してみて、「ああそうか、前提条件なんて何も要らないんだな」と思えるまでには、けっこう時間がかかるんじゃないかなと。
 
 ゲーテの『ファウスト』という作品がありますが、万能の天才ファウストは、メフィストテレスという悪魔の手によって、世界中のありとあらゆる享楽を経験します。その結果、その人なりの幸せのかたちというか、これが最高であるというものを見つける。その過程は必要だと思うんです。
 
 生まれてすぐに、「何もなくても幸せです」なんて言っている子がいたら、ちょっと変じゃないですか。ある程度いろんなものを見たり聞いたりして、「ああ、そうか」と気づく日が来るはずで、そこに至るまでの経験は必要だと思います。
 
 これって、別に私が考えたことではなくて、お釈迦様が2,000年以上前に言っていることなんですよね。仏陀というのは、本当にすごい人ですね。結局、すべてのものは変わっていってしまうのだから、外的なものによって幸せと不幸せが決まるのであれば、一生恐れを失うことはできないと。人間が人間である限りそうなので、心が落ち着いてハッピーだと思える状態を得るためには、何かに寄りかかっていてはだめなんだと。
 
 ただ、仏陀も王子様として生まれ育って、その環境を捨てて苦行もしてといういろんな経験をしたから、そう思えるようになったんだと思うんです。彼が元王子様じゃなかったら、違うことを言っていたかもしれないという気はします。
 
 話は尽きませんが、そんな感じです。
 
 
――本日はありがとうございました。
 
 

◆11月19日(日)に「Living in Peace こどもフォーラム2017 新しい社会的養育のビジョンと現実 〜私たちはこれから何をすべきか〜」が開催されます◆

プログラム詳細・お申込みはこちら↓↓
https://kodomo-forum2017.living-in-peace.org/
 
 
慎 泰俊(しん てじゅん)*1981年生まれ。朝鮮大学校(政治経済学部法律学科)、早稲田大学大学院(ファイナンス研究科)卒業後、2006年からモルガン・スタンレー・キャピタルなどを経て、2014年に五常・アンド・カンパニーを創業。現在に至る。

関連記事