社会の変化と見直される役割
――社会的養護についてお伺いします。現在、社会的養護の対象となる約4万5,000人の子どもたちのうち、約3万人が乳児院や児童養護施設、約5,000人が里親家庭で養育されています。
今年8月2日に、「新たな社会的養育の在り方に関する検討会」から、「新しい社会的養育ビジョン」が出されました。そこでは、里親への委託率を7年以内に75%まで引き上げるという方針が示されています。
Living in Peaceは、子どもたちがより家庭に近い環境で生活できるよう、寮のような大・中舎制の施設を、定員が6名程度の小規模グループホームの施設へと建て替えるための資金調達をされていますが、今回のビジョンで示された方針についてはどのように感じられていますか?
慎: 里親委託の推進は、方針としては正しいと思っているのですが、施設から里親への移行には、さまざまな課題があります。その対策をきちんとしてから移行しないと、いろんな事故が起きてしまうんじゃないかという懸念が、個人的な感想としてはあります。
この方針でやるということをもう決めたのであれば、私たちも動いていかなければいけないと思っているところです。
――平成23年に出された「社会的養護の課題と将来像」では、本体施設(乳児院・児童養護施設)とグループホーム(より家庭に近い小規模ケアのグループホーム型)と里親(ファミリーホーム含む)への委託率を、15年以内に1:1:1にするという方針が示されていました。今回急激に里親への委託に振れたのは、なぜでしょうか。
慎:社会的養護に関わっている方々の中には、「子どもにとっていちばん安定した養育環境は施設だ」と考える施設派と、「施設で育てると子どもがさまざまなハンディキャップを背負うことになるので、家庭で育てるべきだ」考える里親派の対立があります。私はこういった対立は無意味で、一人ひとりの子どもにとって常にベストな選択肢が用意される社会を作るのが最も望ましいと思っています。
平成23年の「社会的養護の課題と将来像」を書いた人々には、比較的保守的というか、少しずつ物事が変わっていくことを願う漸進主義的な方々が多かった。なので、そこで示された方針は、当時施設が9割を占めていた養育の割合を、15年以内におおむね1:1:1というかたちに変えていくという、けっこう緩やかな変化を望むものでした。
対して、今回のビジョンの策定においては、選考委員がほとんど入れ替わっているんですね。私には詳しい事情は分かりませんが。そして、非常に急進的なビジョンが打ち出された。
ただ、「子どもが家庭で育つ環境をつくる」ということ自体には、誰も違和感を持っていないと思うんです。それは素晴らしいことというか、ぜひそうしてほしいと思っているのですが、問題は時間軸です。里親を、いまから5年とか7年というスピードで急激に増やして、本当に大丈夫なのかという問いに対する答えを、誰も持っていないように感じています。
2,000年以降、里親家庭で子どもが亡くなるという出来事が、少なくとも3回はありました。中には里親による虐待死もあります。一人の虐待死が起きるということは、その裏にはもっとたくさんの虐待が隠れているはずなんです。里親家庭というのは閉じた場所なので、きちんと対策を取らずに数を増やすと、虐待も増えてしまう可能性があります。里親家庭において子どもが亡くなる率は、施設の場合に較べて7.7倍高く、不調率も高い。
里親が悪い人だったというわけではありません。日本では里親をしても別にお金儲けにはなりませんから、里親になる理由は、子どものために何かしたいという純粋な人が多いです。しかし、里親への支援体制や訓練体制が整っていない。その結果、里親となった人たちが追い込まれてしまって、虐待が起きてしまう。社会的養護の子どもたちは、一般的な家庭で育った子どもたちよりも、難しい子が多いですから。
里親さんの中には、スーパースターというか、素晴らしい人格者ももちろんいます。しかし、素晴らしい人格者でないと里親になれないのであれば、5万人近い社会的養護の子どもたちのニーズを満たすことは難しいわけです。人の養成はそんなに簡単にできるものではないですから。
たとえば、小学校2年生くらいの子を預かったとします。すると、いつも「家に帰りたい」と言っている。「家に帰りたい。お母さんに会いたい」と泣いていて、ご飯を出しても「まずいから食べない」と言われる。それを毎日ずっとやられて、泣かれて、家の中をしっちゃかめっちゃかにされて、ということが続いても受け止められるかどうか。それはとても大変なことなんですよね。それを里親さんが受け止めることができれば、それは子どもが生きていく上で最も大切な心の土台をつくることに繋がっていきます。
里親を推進するという方向に世の中が本当に向かっていくのであれば、懸念しているような事故が起きないための手立てをいまから全力で整えることが必要で、それは一体なんだろうということを、いまちょうど考えているところです。
私がいまいちばん危惧しているのは、里親委託を急激に推進した結果、いろんなところで事故が起きて、「ほら見たことか。安全性を考えるとやっぱり施設がいいだろう」と、一気に施設養護に揺り戻しがかかることです。
個人的には、「家庭で育つ」というのは子どもの重要な権利だと思っているので、家庭養育を可能な限り拡げる方針を堅持すべきだと確信しています。ですから、里親は増やしていくべきですし、良心的な施設の人々もそう思っている。しかし、急速にやった結果うまくいかないとなると、そこを突いて攻撃する人たちが出てくる。そうならないために何ができるのか。
ただし、Living in Peaceの平均年齢は30歳前後で、難しい子どもを育てた経験がある人が多い団体ではありません。そういうメンバーで、いま自分の家で子どもを養育している里親さんをどうやって支援するのか。それを考えているところです。間接的にできることとしては、児童相談所の機能強化に対するお手伝いなどがありえるのではないかと考えています。