小さな変化が大きな影響を与える事業
――それはたしかにしんどいですね。だけど、状況を正確に把握して、未来のためにがんばるのは、すごく大事なことだと思います。
逆に、活動をされていて「やっていてよかった」と思うのは、どんな瞬間ですか?
工藤:ジョブトレを卒業していった人からはじめて結婚の報告を聞いたときは、びっくりしましたね。「はじめて来たときには、あんなに困っていたこの人が、うちを出て仕事について立派になったな」なんて思っていたら、「結婚します」という報告があって。はじめてのケースのときは、驚いたというか、感動しました。
仕事に就くことで、彼が幸せをつかむベースをつくるところまではサポートできたかもしれないけれど、家族を形成するかどうかというのは、私たちが何かできることではないですし、中でも特に人間関係が苦手だと異性と話すことも極度に緊張するなんていう若者もいますので。仕事に就くのも簡単ではないんですが、恋愛のほうが決まったパターンがなくて、ハードルが高いとその彼もいってました。
「仕事に就いて、本人が幸せだったらいいな。いいかたちで社会生活を送ってくれたらいいな」と思って立ち上げて、いまも活動していますが、「結婚した」とか「子どもが生まれた」っていうのは、私たちの手を離れた後にその人がつくった幸せというか。一例目は、特にグッとくるものがありました。
――すごく素敵なお話ですね。
工藤:幸せになってほしいなと思いますね。あとは親御さんが涙とともに御礼を言ってくださるときも感動します。
結構前の話なんですが、ジョブトレの一環で農業体験に行った日に、お母様からお電話をいただいたんですね。「うちの息子が日焼けしているんです!」って。「もう何年も息子の肌が黒いところなんて見たことがない」って言って泣かれるんですよ。少年時代に不登校になって以来、家にひきこもっていて、強い日差しにあたるような生活をしていなかったんですね。だから、子どもの肌が健康的に黒いということが、お母様にとっては衝撃だったんだと思います。泣きながら「子どもが日焼けしてるんです!」と言われて、最初は水膨れでもできていたって、怒られるのかと思いました(笑)。
当時、私は結婚もしておらず、子どももいなかったので、わが子がずっと辛い状況にあるのを見ている親の辛さというものがわからなかったんですが、日焼けが感動のスイッチになるくらい、変化のない生活を何年も続けてこられていたんだなあ、親御さんもしんどかったんだなあ、と思いましたね。
「笑顔になったからって何なの」「日焼けがどうしたの」みたいな話かもしれませんが、しんどい時間を何年も過ごされていると、小さな、本当に小さなわが子の変化が相対的にとても大きなものなんですね。
人の変化というものは非常に周りにも影響を与えるので、本人がネガティブになれば周りもネガティブになるし、本人がポジティブになれば周りもポジティブになる。そういう、レバレッジの非常に高い事業をやっているような感じがしています。
(第四回「柔軟な選択肢が提供される社会をめざして」へ続く)
工藤 啓(くどう けい)*認定NPO法人育て上げネット 理事長
1977年、東京生まれ。米ベルビュー・コミュニティー・カレッジ卒業。2001年に任意団体「育て上げネット」を設立し、若者の就労支援に携わる。2004年にNPO法人化し、理事長に就任。現在に至る。著書に『NPOで働く- 社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる――“はたらく”につまずく若者たち』(エンターブレイン)、『無業社会 働くことができない若者たちの未来』(共著・朝日新書)など。
金沢工業大学客員教授、東洋大学非常勤講師。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員、「一億総活躍国民会議」委員等歴任。
ブログ http://ameblo.jp/sodateage-kudo