なぜ今データ基本権が必要か 情報とプライバシーの未来<2>

山本龍彦(慶應義塾大学法科大学院教授)&宮田裕章(慶應義塾大学医学部教授)&亀井善太郎(政策シンクタンクPHP総研主席研究員)

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3.トラスト形成の新機軸

亀井 日本は海外に向けて、「Data Free Flow with Trust(DFFT:信頼性のある自由なデータ流通)」というコンセプトを打ち出し、その実現に向けて「大阪トラック」という、データ流通や電子商取引を含むデジタル経済に関する国際的なルール作りを進めるプロセスの立ち上げを宣言しました(G20大阪サミット)。しかし、それをどうやって実装していくのか、具体的な道筋が見えないという批判もあります。今秋設置予定のデジタル庁の方針として、ビジョンメイキングは色々なされているようですが、翻って、役所の人たちのデータ運用の現状を見たときに、率直に言うとDFFTの理念には程遠いという印象は否めません。

宮田 もちろん、官によるデータ運用には抜本的な改革が必要でしょう。ただ、役所だけがトラストをつくるという発想も違うと思います。「トラスト」っていうのは双方向性なんですよ。

亀井 一方的に作られるトラストじゃなく、双方向のコミュニケーションによってみんなで構築していくものだということですね。宮田さんは近著『データ立国論』(PHP研究所)で、「多層的民主主義」という概念を示しながら、「データでつながる世界では、社会善的な価値観がより重要になって、『みんなにとってよいあり方とは?』を常に問い、トップダウンだけでなくボトムアップで社会を作り上げる意識が必要になる」といったことを書かれていました。

宮田 はい。我々が、官の情報運用を見守ってプレッシャーをかけるということも民主主義だし、必要な方策が出てきたら、やっぱり声を上げなきゃいけません。あるいは、声を上げることができない人たちに寄り添って「声なき声」を拾い上げるということも、行政だけじゃなくて我々が、シビックテックだったり、クラウドファンディングだったり、民間の力を使いながら見ていく必要があるでしょう。
 
山本 トラスト形成に欠かせないのは、コミュニケーションできる人の存在です。細かく説明すればいいというものでもありません。最近、「プライバシー・テクノロジー・パラドックス」と呼んでいる概念があります。これは例えば、暗号計算をはじめ、プライバシーを守るテクノロジーというものは複雑で、説明されても一般の方々には理解不能だったりします。そうすると、説明すればするほど、かえってトラストが失われるというパラドックスがあるわけです。そうすると、語る内容もさることながら、データの責任者、あるいはトップが顔を出してコミュニケーションをとっていくという姿勢が実はすごく重要になってくる、そういう風に思います。
 
亀井 誠実な「語り部」の存在ですね。
 
山本 はい。単にデータを示すだけじゃなくて、注釈を付けて人々が理解できるような形でそれを提示できる「語り部」が必要だと思います。
 
宮田 そうですね。今後はデータをどう取って、どう示すのかというコミュニケーションの誠実さがより強く求められるでしょう。データを取る上での仮説や、誠実にデータ分析に取り組む信念、あるいは、情報を取る上での中立性を、適切に社会に提示していく姿勢が問われます。
 
山本 結局、情報を扱う上でのビジョンをいかに持っているかだと思うんです。政府は結局、デジタル改革関連法でデータ基本権に関する原則を引っ込めてしまいました。今の政府にトラストが足りないという意見が出てくるのは、多分、デジタル化によって自由と民主主義をどう実現していくか、という語り部としての役割をあきらめてしまったところがあるのでは。そこは、少し批判的に見てもいいかなという感じはしますね。
 
宮田 やはり国であっても、企業であっても、「データ基本権」的な概念が強く必要だと思います。

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