日本の国際的存在感を高めるには

加治慶光×藤井宏一郎×金子将史

 近年、パワーバランスが大きく変化する中で国際的な宣伝戦が活発化しており、日本も領土問題や歴史認識をめぐる他国の宣伝攻勢に直面するようになっている。加えて、2020年の東京五輪開催を控え、日本の対外イメージを改めてどう再構築していくかが新たな課題として浮上している。SNSの急激な発達など、メディア環境、情報環境の変容も、日本の国際コミュニケーションにとって新たな挑戦をもたらしている。
 
 こうした状況を受けて、日本においても、対外広報や人的交流、国際放送、オリンピックなどの大型国際イベントなどを通じて海外の世論に働きかけ、人的ネットワークを強化して、自国の考えや理想、制度や文化、展開している政策に対する理解を促進する「パブリック・ディプロマシー」への期待や関心が高まっている。
 
 日本のパブリック・ディプロマシーの課題は何か。そして、今後何をどう変えていけばいいのか。昨年末まで官邸国際広報室・国際広報戦略推進官として日本政府の対外広報を現場で担った加治慶光氏(アクセンチュア株式会社チーフ・マーケティング・イノベーター)、Googleの公共政策部長を務め、情報化を背景に変貌するパブリック・アフェアーズのグローバルな動向に詳しい藤井宏一郎氏(PHP総研コンサルティング・フェロー)、先般刊行された『パブリック・ディプロマシー戦略(PHP研究所)』の編者の一人である金子将史(PHP総研主席研究員)の3人が語り合った。

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■日本は世界でどう見られているか
 
金子 藤井さんはGoogleを退職後、世界をあちこち回って、パブリック・ディプロマシーやパブリック・アフェアーズのプロ、あるいはロビイストといった人々と意見交換をしてきたそうですね。日本の国際的な存在感やイメージについてどのようにお感じになりましたか?
 
藤井 言い尽くされていることですが、やはり中国の存在感が大きく、日本の存在感は落ちています。どこへ行っても中国の話ばかりではあるのですが、ただ、日本のイメージは思ったほど悪くありません。自分が行くと、日本のパブリック・イメージを気にする人がやっとあらわれてくれたか、だって日本いいじゃない、という受け止め方なんです。中国に対するカウンターバランスという意味での期待値も高い。
 
  それから、これはまさに加治さんのおかげだと思うんですが、安倍政権の評判も、国際ニュースをよく読んでいる人たちの間ではいい。国連でのウーマノミクスに関する言及など高く評価されていて、次の構造改革がどうなるかというのはあるんですが、アベノミクスの神通力もまだ落ちていないと思います。
 
加治 今日本に比較的発信力があるのは、安倍総理を中心としたリーダーシップチームの存在が大きいですね。それには3つの要素があって、まず政権が安定していること。幸いにして、安倍政権はすごく支持率が安定していて、1年以上たっても50%以上ある。これくらい支持率が安定していると、海外に目を向ける余裕が出てきます。
 
 2つ目は、長期政権になりそうだという想定が諸外国首脳間にあるということです。G7や国連総会等で交流する各国首脳の立場に立つと、来年もこの人は来るだろうという前提をおけることが決定的に重要です。来年来るかどうかわからない相手と積極的に信頼関係を築こうと思わないでしょう。
 
 それから、最後が一番重要ですが、安倍総理を中心とするチームには、いろいろな国と対峙しなければいけないという意思がある。総理は短期間の間に世界中を回られていて、これはそうした意思のあらわれだと思います。
 
 この3つの要素が揃っていることが重要で、あとはコンテンツの問題ですから、その時その時の各国との外交上の状況を判断しながらいろんなことを言っていくということだと思うんです。
 
藤井 他方であまりよくないブランド・イメージもつきつつあるように思います。クール・ジャパンとか、オタクとか、カワイイとか、そういうものが強く出すぎて、変わった国、weirdな国というパーセプションが出てきている。それから、日本のイスラエル化というか、周囲の国と喧嘩ばかりしている国というイメージ。その両極端の間に、本当の日本のよさが埋もれてしまっている。
 
金子 国内でも、安倍政権は世界からナショナリスト政権、危ない政権と見られているという報道が目立ちますよね。
 
加治 そこは話す相手によって違うのではないでしょうか。ウォールストリートジャーナルとかエコノミストとかを読んでいる知的層にはそうした報道による印象も限定的にはあるかもしれないけど、不特定多数の一般的な層には電化製品とか自動車とか、そういうイメージの方が強いと思われます。
 
金子 そうかもしれませんが、知的な層の影響力は無視できないでしょう。
 
加治 そのあたりを意識して、官邸もTOMODACHIサイトを立ち上げて総理のスピーチや日本の考え方を掲載するといった活動を展開しています。
 
藤井 電化製品や自動車のイメージが強いという点ですが、最新テクノロジーに関心がある人たちと話すと、今日本はスマホだってほとんどつくってない過去の国でしょ、という話になるんです。そういう過去の遺産が今後どこまで使えるのかなというところはとても気になるところです。
 
加治 ブランド・エクイティというくらいですから、だんだんと減少していく可能性があるのも否定できないでしょう。
 
金子 一般にブランドは過去の蓄積の上に成り立っているので、しばらくは既得権者が勝つんだけれども、実態からあまり離れてくると、気づいたらいつか突然ブランド力が失われているかもしれない。
 
藤井 日本が強かったのは、ネット以前の時代の自動車・エレクトロニクスなどのハードウェアです。今は自動車もAV機器もすべてネットでつながり、ソフト化していく時代ですから、そこにどう技術面・ビジネスモデル面で対応するのかが注目すべきところで、そこに乗り遅れつつあることがものすごく怖いと思います。

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藤井宏一郎氏(PHP総研コンサルティング・フェロー)

■巧みに対外発信しているのはどの国か
 
金子 安倍政権の対外発信はある程度うまくいっているかもしれませんが、日本だけでなく世界の国々も対外発信に力を入れています。世界全体でみた場合に日本のパブリック・ディプロマシーはどのくらい頑張っているといえるでしょうか。
 
 
藤井 南カリフォルニア大のパブリック・ディプロマシー・センターが、英語メディアで言及されたパブリック・ディプロマシー関連の記事を集計していて、実は日本は記事で言及された数で何と136ヶ国中9番目なんです。日本のパブリック・ディプロマシーは存在感がないと言われるけれども、実はトップ10に入っている。ちなみに、1位から15位まで言うと、米国、中国、インド、イスラエル、ロシア、パキスタン、イラン、英国、日本、韓国、トルコ、カナダ、北朝鮮、エジプト、ブラジル。
 
 よくみると、上位の国の多くは不安定地域の国々なんです。紛争を抱えている東アジアと中東と、それに関与している英米圏、さらに新たにのし上がろうとするBRICs。そういったところがパブリック・ディプロマシーのアクターとして目立っているわけなんです。
 
金子 言及はされているけど、必ずしもパブリック・ディプロマシーに長けているとはいえないということですよね。
 
藤井 そうです、紛争がある状況への反応として、あるいは紛争を解消する手段としてパブリック・ディプロマシーが注目されているということです。通常、パブリック・ディプロマシーや国家ブランドが強いと思われているフランスやドイツ、北欧諸国は出てこない。
 
  ただし、これをツイッター外交に関する統計と併せて見ると別の面が見えてすごくおもしろい。政府機関、政府首脳、外交官、大使館などがツイッターアカウントをどう運用しているかについて、PR会社のバーソン・マーステラがやっているTwiplomacyという調査ですが、その2013年報告書で見ると、世界で一番相互フォローが多い政治家は、スウェーデンのカール・ビルト外務大臣なんです。その次は、EUの欧州対外行動局で、その次に、ポーランド、イギリス、フランスの外務省と続きます。2012年のツイッター・ディプロマシーで最も相互フォローが多かったのは、EUのファン・ロンパイ議長だそうです。また、最もツイート数が多かったのが、ベネズエラ大統領府、ドミニカ共和国大統領府、クロアチア政府、ウクライナ内閣、と続く。
 
 ツイッターというのは、お互いつながり合って会話したりするわけじゃないですか。だから、相互フォローはジオポリティカルに厳しい状況では難しい。しかし欧州では、もともと外交サロンの文化やEUという地域的枠組みがあって、深刻な紛争がない環境下で外交官同士がつながりを築いている。更に、スウェーデンでは気軽に一般人からのツイートに応えたりしています。逆にそれができる状況にある人たちなんです。一方で、相互フォローではなくて一方的なツイートが多いのは、何とかして世界の注目がほしい立場の小国、といえるでしょうか。ツイッターはメディア弱者の発信ツールでもあります。
 
 ちなみに、日本の首相官邸はフォロワー数では日本語アカウントの@kanteiが世界で43位で、英語アカウント@JPN_PMOはトップ50に入っていない。相互フォロー数も昨年7月時点で3つだけで、トップ50圏外。ツイッター外交になると日本ってガクンと落ちるんです。
 
  おもしろいのはアメリカです。オバマ大統領は、世界で一番フォローされているけれども、彼は、逆にリツイートだとか、自分でフォローはしていない。対話的ではないんです。アメリカはパブリック・ディプロマシーの大きなアクターなんだけれども、やはりコンフリクトの中にある国だからでしょうね。

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加治慶光氏(アクセンチュア株式会社チーフ・マーケティング・イノベーター)

■脚光を浴びるパブリック・ディプロマシー2.0
 
金子 ツイッターの話になりましたが、加治さんと藤井さんはまさにこの分野のプロなので、IT、特にソーシャル・メディアの台頭が、パブリック・ディプロマシーにどのようなインパクトをもたらすのかぜひ議論してみたい。
 
 加治さんには『パブリック・ディプロマシー戦略』の中でも関係する章を書いてもらいましたが、日本がソーシャル・メディアを使いこなして世界の人々にリーチするには何が必要だと思いますか?
 
加治 少しおさらいすると、日本語版の官邸Facebookは安倍政権までなかったんです。英語版は3年程前から我々がやっていた割と公式度の高い情報提供に安倍総理が日本語でやられていたパーソナルなものの英語化が合体している感じです。
 
金子 それは直訳なんですか。
 
加治 基本的に直訳です。
 
金子 それ専用につくるのでなくて、日本語がもとになっているということですね。
 
 加治 しかし、運用も洗練されてきてグローバル向けの内容が増えていますし、最近は新しいアカウントもできるなど、コミュニケーション力は向上していると思います。
 
  ツイッターはアップの情報提供が中心ですが、より積極的に活用する方法もあると思います。リンクトインは国によって利用状況が随分違いますが、それでもリンクトイン・インフルエンサーというプログラムで英語の記事を出したことがありました。ハフィントンポストにも記事を出しました。
 
藤井 日本政府も官邸を中心にデジタル化が進んでいますが、今欧米でパブリック・ディプロマシーの話をすると、みんなパブリック・ディプロマシー2.0の話ばかりなんです。 つまり、ソーシャル・メディアを使った双方向性のあるパブリック・ディプロマシーのこと。
 
加治 意外かもしれませんが、米国や英国の政府も双方向性は高くないように思います、あれ。ソーシャル・メディアをメディアとして主に一方向で使っているだけで、双方向性を持っている政権って意外とないですよね。
 
藤井 それはそうですね。ただ、パブリック・ディプロマシー2.0というのは、政府アカウントが双方向的にやるということだけじゃなくて、マルチステークホルダー型のパブリック・ディプロマシーということなんです。
 
 今までのように、外務省がどこかの財団にお金をつけて、そこで民間交流をやってくださいとか、そういうことではなくて、一般人が発信したビデオメッセージが相手国で大反響をおこしちゃったとか、NGOや市民社会、学会の自発的な発信力が強くなってきたりだとか。あとアジェンダ・セッティング・フォーラムも民間のもののほうが影響力を持ってきたり、そういう動きが強まっています。
 
 例えば、国連総会に連動する形で、クリントン・グローバル・イニシアチブやソーシャル・グッド・サミットとか、ああいう半官半民とすらいえないシビック・セクターが主導するアジェンダ・セッティング・フォーラムが開催されて、そういうものの影響がすごく大きくなっていると思うんです。それってやはりソーシャル・メディアがあったからこそできることです。
 
 金子 アジェンダ・セッティングの話はとても大事なところなので、また後で議論できればと思いますが、まず政府のソーシャル・メディア活用ということでいうと、藤井さんから見て上手いなぁという国はどこですか。
 
藤井 スウェーデンの「Curators of Sweden」というキャンペーンでは、@swedenという政府の公式アカウントがあって、それを市民から推薦された一般国民に貸し出すんです。そして入れ代わり立ち代わり、今週は誰々がここからツイートしています、という感じで、スウェーデンの素晴らしいところや知られざる姿について世界の人たちとやりとりする。
 
金子 くまモンみたい(笑)。でも、変なことを言う人もいるんじゃないんですか。
 
藤井 そのリスクは甘受するということなんでしょうね。実際、かなり炎上スレスレのことを書く人がいたりしましたが、それでも続いています。そもそもの目的が、スウェーデンの多様性を世界に伝えることなので。
 
 イスラエルも面白いです。たとえばイスラエルでは、高校卒業のために、1年間社会奉仕することが義務になっています。そこで政府が一部の学校で、どんなデジタルプラットフォームを使ってもいいから外国人と継続的に1年間交流することもその一つとして認められるという事業を実施したのです。
 
金子 それってかなり広いですよね。
 
藤井 毎日外国人とオンライン・ゲームで交流したりとか、そういうのでもいいんだそうです。
 
金子 徹底してますね。では、そういう革新的な使い方が日本でできるのかどうか。アメリカの国務省だと、それこそツイッターの使い方など、ワークショップをしょっちゅうやって、盛んにベストプラクティスを共有していますが、日本の外務省でそういうことをしているという話はきいたことがありません。きっちり問題なくITやSNSを使うということはやっているのでしょうが、色々試しながら新しいことをやる感じがしないんです。
 
加治 そこは、日本の文化として、完璧になったものを出していくのが美点というところがあるので、それがソーシャルなものに合いにくい面があるかもしれません。
 
 それに特に行政官の皆様は税金を使って活動しているわけですから、完璧な説明責任を要求されますよね。試行錯誤して、失敗しちゃいましたというのは、制度としても傾向としても、やりにくいところがある。それでも随分チャレンジされていると思いますが。
 
金子 でも、さきほどのイスラエルにしてもスウェーデンにしても官僚組織ではあるけれども、フライングも含めてやってるわけですよね。
 
加治 それは小さな国だからできているともいえるのではないでしょうか。我が国って、見過ごされやすいんですが、1億2000万人以上も国民がいるんですよ。しかも中央政府の力が強い。イスラエルの人口が800万人、スウェーデンの人口が950万人、それこそ東京都よりも少ない人口なわけで、ずっと身軽であるのは事実でしょう。
 
藤井 それでいうと、アメリカがあれだけ大きい国でできているというのは、とにかくお金をつけてでもやる、という意思があるということですね。2012年に国務省がfacebookのフォロー数を3か月で80万から400万に上げたのですが、これは世界中の大使館や民間と組んで、国ごとにコンテンツのカスタム化を行い、プロモーションキャンペーンをやったり、とにかくお金と人を付けてやりました。今年からは20か国の大使館にコンサルタントを送ってそれらの国でソーシャルメディアのリーチを2倍にするキャンペーンを行っています。アメリカにはそういう物量作戦をやる意思があるということです。
 
 これに対して、日本はどうか。以前あるところで、日本の全省庁の対外広報のウェブサイトを分析したところ、いくつか共通する問題点がありました。列挙してみると、(1)SEO(検索エンジン最適化)非対応なところが多い(2)サイト間誘導の動線がない(3)運営が不安定(4)単なる発表が多くて対話が欠如している(5)ソーシャル連携の非対応のものが多い(6)スマホ対応のレスポンシブサイトがない(7)省庁間の運営がバラバラ(8)ソーシャルのアカウントがあってもランディングページ連動してない(9)PDFへリンクしているだけのものが多い(10)独自ドメインがない(11)クリエイティブが弱い、といった感じです。こうした技術的なところは、やればできるという話だと思うんですが、予算をつけなければいけないし、時間もかかる。人の問題も大きいですね。

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金子将史(PHP総研主席研究員)

■民間のリソースをどう使う?
 
金子 人の問題が出ましたが、試行錯誤でやるにしても、物量作戦でやるにしても、やはり政府の中に、ITなりソーシャル・メディアなりを使ったコミュニケーションについて、ある程度のリテラシーがないと厳しいのではないでしょうか。もっと言うと、民間にそういう人がどれくらいいるか分からないですけど、特にこの分野は官民協力なり官民交流なりが一番求められていると思います。
 
 加治さんはまさに民間から政府に入られたわけですが、民間のリソースを使うという点について、どう思われますか?
 
加治 外から人をとればいいというほど単純なものでもないと思うんですが、結構民間の人も今政府に入っているので、そういう人たちの知恵を使う。そして、その人たちの知恵や経験をうまく政府の中で生かしていく優秀な官僚がいて、民間人と官僚の協業ができればいいということでしょう。
 
藤井 アメリカでは、フェデラルな調達システム、一般入札調達システムがソーシャルメディアの発展のスピード、あるいはパブリック・ディプロマシーに必要とされるスピードについていかないということが大きな問題とされています。
 何カ月もかけて調達していくうちに、流行りのプラットホームが変わるかもしれないし、話題も変わってしまう。これは必ずしもパブリック・ディプロマシーだけの話ではなくて、今のソーシャル・メディアやウェブサービスを政府が調達する時にどれだけ早くできるかという、より大きな問題です。ガバメント2.0の文脈でも、コード・フォー・アメリカなどで問題にされているんですね。これは日本ではさらに問題で、調達のスピードとか入札の煩雑さとか、アメリカ以上に深刻ではないかと思います。
 
金子 政府の中にいらっしゃった立場として、そこはどうですか、実感として。
 
加治 それはそうかもしれないです。丁寧でち密な作業が要求されます、本当に。透明性だとか公平性だとか担保しながら、かなり慎重に準備するので。
 
藤井 物をつくったり、イベントを開いたりといった、ある程度大量なロジスティックスが必要になる部分というのは、民間から入札してもらわざるを得ないじゃないですか。そういうところはアウトソーシングなんだけれども、まさに加治さんが官邸に入られたように、知見を持った個人が中で戦略的なところまで入ってアドバイスするというのは、インソーシングのほうが柔軟にできると思うんです。   というのは、入札である広告代理店なりPR会社が勝ったからといって、そこの社員が全員キレキレのレベルかというと、そういうわけじゃないんです。キレキレの人というのは、各社に1人か2人ずついるんです。会社に所属してない人だっているわけじゃないですか、大学にいたりとか。これは、政府調達一般にいえるジレンマで、公平性・透明性を追求すればするほど、戦略性・柔軟性・専門性が犠牲になる側面があるんです。
 
 だから、ロジスティックス部分の入札をとった会社に戦略部分まで全部任せるのは非常に危険で、頭脳的な部分というのは、加治さんが入られたような形でインソースしたほうがいいと思います。
 
加治 それは、日本では非常に制度として起こりにくいですね。例えば、ホワイトハウスなんかはチームなわけじゃないですか。選挙キャンペーンで、まず2年間チームを組む。そこに民間の人たちも半分以上入っている。それで、2年間やって、勝てばそのまま4年間だから、最低6年間のチームで、しかも大抵2期あるから、10年間ぐらいのチームになるわけです。それは、ある意味、行政の一番中心の部分が自動的にインソースされているのではないでしょうか。また、ホワイトハウス後のキャリアも多くの選択肢があります。
 
 それに対して、我が国はというと、そこに民間人が入るというのは、なかなか行政の場合には難しい。そういうのを制度的にやっていくのはいいことなんじゃないかなと思いつつも、正直、そんなに民間の人が入っていって簡単にうまくいくとも思えないです。
 
藤井 専門性の高いITの分野では、政府CIO自身もCIO補佐官チームも民間人ですから、パブリック・ディプロマシーももっと開かれるといいですね。もう一つは、官僚の方自身がそういう能力をもっと持つことではないですか。
 
金子 でも、対外広報に特化したキャリアというのは外務省ですらないわけですからね。インテリジェンスの分野などもそうですが、それに特化して、いろいろな部門や省庁を回りながら昇進していけるというシステムになっていないですよね。
 
加治 だから今度の人事局がどうなるのか注目しています。トップは加藤勝信内閣官房副長官ですし。キャリアパスの最後のところが変わるわけですから、ものすごくインセンティブが変わる。
 
藤井 あと、一度辞めて民間に出た官僚の再登用という形のリボルビングドア。私自身、もと官僚ですが。

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■アジェンダ・ガラパゴスになっていないか
 
金子 色々な形で対外コミュニケーションをしていくとして、では日本が対外的にどういうメッセージを発するべきなのか。分野によっても違うと思いますが、どうでしょう。
 
加治 これは現政権が言っている通りで、日米同盟をベースにした民主国家、法治国家であり、積極的平和主義を掲げている国であって、70年間1回も戦争をしていないということをちゃんと言っていくということではないでしょうか。
 
 歴史認識は、そもそもそれぞれの立場があることなので、我々は我々の正しいと思う主張をフェアに言っていく、淡々とした仕事かなと思うんです。
 
藤井 同感です。安定した、世界に貢献している自由民主主義国家であるということはもっときちんと打ち出すべきだし、そのあたりに東南アジア諸国などの期待もあるわけじゃないですか。JICAなどがやってきたことも、認識している人は認識していて、感謝されてもいるわけですから、そこはもっと脚光があたるようにするべきだと思うんです。
 
 もう一つは、多元的なパブリック・ディプロマシーを日本もきちんとやっていくべきで、政府がいろんなツールを使ってパブリック・ディプロマシーをするだけじゃなくて、市民社会がきちんと発信できるような国にしていかなくちゃいけないと思うんです。そのためには対外広報以前に、市民社会の活性化や社会の多様化という国内政策が何よりも重要です。その結果としてNPOの人たち、あるいは民間企業が、グローバル・アジェンダにちゃんとコミットしていくのが重要だと思っています。
 
 その意味で懸念しているのは、日本がアジェンダ・ガラパゴスになっていないかといことです。日本が重要だと思っていることと国際的にみんなが気にしていることがズレてしまっていないか。世界にはグローバルなアジェンダ・セッティングの仕切り屋みたいな人たちがいます。ダボス会議やクリントン・グローバル・イニシアティブに出てくるような人たちとか、典型的にはソロス、ビル&メリンダ・ゲイツ、アル・ゴア、ボノといった人たちです。そういう人たちが気にしていることって、アフリカだったり、女性問題だったり、水問題だったりする。
 
 典型的に、日本ですごく受けるんだけれども、海外で受けないのは、地方都市の疲弊みたいな話です。日本では地域活性とか被災地活性化とか、国内NPOの世界ではブームになってますが、海外で貧困というと、都市部の貧困か途上国の貧困がぱっと頭に浮かぶ。人口が高齢化し、少子化していく中で、地方がシャッター街になっていくという話は、彼らにとってトップ・オブ・マインドじゃないんです。そういうアジェンダ・ガラパゴス化が進む中で、グローバル・アジェンダをつくっているコミュニティーに入り込めていないのではないかと思います。
 
金子 加治さんはまさにダボス会議への橋渡しをおやりになってきたわけですが、グローバルなアジェンダ・セッティングに日本がもっと食い込んでいくにはどういうことをすればいいとお思いですか。
 
加治 まず三菱商事、野村證券、日産自動車、日立、東芝、LIXIL等も最近加入されましたが、世界経済フォーラムのストラテジック・パートナーになっている企業群は世界でちゃんとビジネスをしていこうという気概もスキルもあるし、ダボスにおいてどういう話をしたらいいかわかっていると思います。
 
金子 アジェンダをかたちづくるところまでいってない感じもするんですが。
 
 加治 そこは課題で、より日本のリーダーシップを強めようじゃないかという雰囲気になっています。藤井さんおっしゃるように、グローバルなイシューに対するセンシティビティーはもっと磨かなきゃいけないと思うんですが、それは僕はだんだんそうなっていくと思っているんです。
 
 なぜならば、どんどん海外へ出て行こうという動きに今なってきているじゃないですか。たとえば自分が参与をやっている文部科学省も頑張ってやり始めています。教育の国際化とか、人材の国際交流とか、国際バカロレアをどうするとか、スーパー・グローバル・ハイスクールとか、一生懸命やり始めている。
 
 それで、世界に出始めると、我々の持っている価値がどれぐらい世界で尊いものかということに気づくのではないでしょうか。食べるのに困らない、経済的にも豊か、戦争もない、治安もいい。だから、自然に外に出て行く人が増えていくと、そこでアジェンダ・セッティングしていく能力が向上するのじゃないかなと、割と楽観的に思っています。
 
金子 グローバルなアジェンダの重要性はその通りだと思いますが、グローバルには必ずしも関心を持たれないけれども、日本としてはアジェンダにしてもらわなきゃ困るものってあるわけですよね。例えば、領土問題とか。
 
加治 ただ、それはどこの国だってあるんです。世界的に見たら、珍しいことでは必ずしもない。
 
金子 そもそもそういうことは世界中にいっぱいある。海外で日本が右傾化していると見られているみたいな話があるわけですが、先ほども出たように、日本の積み重ねてきた平和国家のイメージ、これまでやってきたことへの評価というのはやっぱり強固のものがあるので、日本の評価ががたんと落ちるかというと、そうではないと思うんです。実際、中国や韓国の国際的な宣伝攻勢も、まだそれほど効果を上げているとは言えないですよね。
 
 他方で、領土問題に関して一番大事なのは、何かあった時にどっちが悪いとされるかというところだと思うんです。平時は、まあ大丈夫と言っていられるんだけれども、有事の時に、先に手を出したのは日本じゃないかとフレーミングされないか。
 
 尖閣にしても、石原都知事が購入すると言い出したのが最初で、中国はむしろそれにリアクションしているだけだみたいな話が広がりかけていたわけです。実際の行動で見ると、先に船を送り込んできて状況を変えようとしていたのは中国の方であるにもかかわらず。肝心な時にパーセプションで負けちゃう危険性があるのが怖いところです。
 
 そういう懸念はありつつも、普段から国の評判、レピュテーションを高めていくこともやはり大事で、その点について国家ブランド論の第一人者であるサイモン・アンホルトが面白いことを言っています。評判を高める要素は幾つかあるけれども、一番大きいのは結局Moralityなんだと。ある国が世界の人たちにとってどういう存在なのか、どういう役に立っているのかというところをきちんと示せれば、その国への好意や尊敬も高くなり、全般的に評価されるようになると言うんです。
 
加治 アクセンチュアのコーポレート・シティズンシップ(CC活動)のテーマはSkills to Succeed(成功するためのスキル)なんです。世界中でいろいろな人たちにスキルを提供して、その人たちが自分で成功する能力を身につけてもらう。それがアクセンチュアのテーマなんです。
 
 それって非常に日本のODAの考え方に近い。Skills to Succeedではないですが、日本は、アジアやアフリカの国でそれぞれの国の人たちが自立できる仕組みを多分提供できる。
 
 現地に入っている日本人というのは、我々みたいにこっちにいて発信だ、発信だと言っているんじゃなくて、地元の人たちとすごく長い時間を過ごすもんですから、彼らが本当に日本に何を求めているかをよくわかっている。そういう意味で、JICAやODAがやってきたことは世界的にも評価されていると思います。
 
 もちろん、他国による大規模な援助が行われていることで、若干影響力が減少しつつあるという面はあるかもしれませんが、日本がやってきたことの精神は失われてはいけないんじゃないかなと思うんです。
 
金子 文部科学省の担当分野もとても重要だと思います。スポーツもそうですし、科学技術や文化もそうですが、そういう分野のメジャー・プレイヤーは、その社会でパワフルな影響力を持つ人たちなわけです。外交官同士とか政府同士というのとは違うけれども、ステークホルダーになり得るような人たちとのコネクションをつくる意味で、そういう人たちとのネットワークを強めることはとても大事です。どこまで資産として使えているのかというと心もとない感じもするんですが。
 
加治 そうですね。そこは謙譲の美徳もあるので。ただ、そこはちゃんとやっていかないといけないというのが最近の政府の傾向であるように思います。
 
 外務省や官邸が持っている、すごく外交の核になるような価値観の部分がありますよね。ここはなかなか譲れないわけです。白黒はっきりしなきゃいけなくて。
 
  それからその周辺に経産省がやっているクール・ジャパンみたいなものがある。ここはそんなに角突きあわせてということではないんですが、それでも、例えば、アニメの主導権は韓国なの?日本なの?とか、シェアでどっちが勝っているんだ、みたいな話はある。   そしてそのさらに周辺に文部科学省的な世界があって、それがまさに教育、スポーツ、文化、科学技術なんです。ここの部分というのは、比較的外交的な意味合いを持たずに、お互いの国の尊敬を培える価値じゃないかなと思っています。だから、文部科学省のグローバル化はすごく戦略的な意味合いがある。ジョセフ・ナイは『スマート・パワー』の中で三次元のチェスになぞらえていますが。
 
 たまたま今、安倍政権でも、下村大臣というリーダーシップのある大臣がおられて、オリンピック・パラリンピックもとって、文部科学省の中はモチベーションが高いわけです。だから、ここをうまく整頓して、グローバルな教育、グローバルな文化、グローバルなスポーツ、グローバルな科学技術というのを出していくことが我が国と世界の両方のためになるし、我が国の評判を高めるいいチャンスじゃないか、まさにそう思います。

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■ 東京五輪の先を見据えて
 
金子 加治さんは東京五輪の招致に尽力されたわけですが、この東京五輪を対外広報機会としてどう生かしていったらいいでしょうか。
 
加治 自分は2回招致に関わっています。1回目は招致委員会の企画広報のエグゼクティブ・ディレクターだったので、プレゼンテーションをつくったりとか広報とかをずっとやっていて、それで負けた。
 
 でも2016年のオリンピック招致を経て考えたんです。日本が持っているいろいろな価値を、もっと我々が強くなって世界に出すことができれば、それは世界の新しい秩序に貢献できるんじゃないかと。例えば、八百万の神ではないですが、多様な価値観を自然に受け入れられるとか、「和をもって尊しとなす」とか。そういう日本の価値観は、世界の新しい秩序をつくる上で役に立つんじゃないかと。
 
 よくみんなが言っているのは、日本の復興の姿を世界に問いたいとか、日本に世界の人たちを呼び込みたいということですが、むしろ僕は、世界の新しい秩序の在り方というのを宣言し、世界に理解を求める場であるべきじゃないかなと思っています。その時に、アジアに位置しているということがすごく意味合いを持ってくるんじゃないか。アジアにおいて、日本がどれぐらい心を開いたオリンピックを展開できるか、我が国だけのことを考えていないというところを提示できるか、それが、世界の新しい秩序の在り方を、アジア的な秩序の在り方を示すことにつながるんじゃないかなと思っています。持続可能な世界づくりに貢献する新しい秩序が求められているのだと思います。
 
  例えば、競技場をつくるにも、日本のコンストラクターだけじゃなくて、アジアのコンストラクターを取り込むとか、40億人が開会式とかマラソンとかをアジアで見るわけですから、そこは非常にアジア的なものを入れ込んだ開会式にするとか、アジアがともに育ってきて、その中にたまたまみんなを整える役割として日本がいると見せられたらいいんじゃないかなと、これは僕の個人的な意見なんですが。
 
藤井 今の話、僕も完全に同感です。オリンピック招致で有名になったニック・バレーさんが、日本サイドとのコミュニケーションで一番難しかったのは、復興の話をすごくしたがる、日本がこれだけ頑張ったという話を日本サイドはしたがるけれども、グローバルに見たら数万人が犠牲になる自然災害がたくさんあり、日本の震災は特別な悲劇じゃない。それでは招致できないと思った、と言ってましたよね。
 
加治 まさにさっき藤井さんが言っていた、アジェンダのガラパゴス化ですね。
 
金子 世界の人々が関心をもつような文脈の中で、日本にとって大事なものを表現しなければならないということですね。ただ、アジアを強調すると言っても、中国や韓国とうまくやりながらそれをやるのは難しくないですか。
 
加治 だから、とりあえずASEANじゃないですか。ASEANとうまくやって、徐々に周辺国とも折り合いをつける。なかなかそういう風にいかないかもしれないですが。
 
藤井 それから、日本はこのままいくと実態面で2020年にピークアウトしてしまうおそれがあるので、その先を見据えたイノベーション戦略、財政戦略、成長戦略が必要です。2020年の先を見据えて日本をどうしていくのか、国民的議論をすることが実は一番重要なんじゃないかと思います。
 
加治 今文部科学省で、グローバル・ビジョン・ワークショップをやっていて、それは2030年を目指しているんです。2020年大会は手段であって、それを目的化してはいけない。
 
金子 あくまで通過点ということですね。
 
藤井 僕は、パブリック・ディプロマシーという点でも、日本を多様な人たちが暮らす、多様な価値観が存在する国にすることが2020年にかけて大事だと思っています。移民や女性の登用も含めて、多様な価値観、多様な背景の人たちが住める社会にしていかないといけないと思うんです。
 
 ロンドン五輪にしても、結局は民主主義国家というのはメッセージをコントロールすることなんかできないし、ダイバーシティ(多様性)があって、いろんな人たちがいるというところを打ち出せたのがブランディングのサクセスだったということなんです。だから、日本もダイバーシティをメッセージとして出せるために、多様性のある国をこれから10年、20年かけてつくっていかなくちゃいけないと思います。
 
金子 ロンドン五輪では、参加国の人がロンドンに住んでいるというのをアピールしていましたしね。でも、同じことって日本でできないでしょ?だから、ダイバーシティを強調する仕方も、イギリスと同じぐらいダイバーシティがあるかといったら、多分言えないので、そこはちょっとまた考えなきゃいけないところもあるとは思います。ダイバーシティが対外的な発信力強化につながるというのはそうかもしませんが。
 
加治 あと、発信という言葉は若干押しつけがましく感じます。受けとり手の姿が感じられない。
 
金子 どういう言葉がいいんでしょうか。コミュニケーションとか。
 
加治 そこはよくわからないけれども、我々がどれだけいい活動をするのかということが何より重要で、それって受けとり手の立場に立たないとわからないじゃないですか。発信ってちょっと押しつけている感じがするんです。
 
金子 対外発信への関心は高まっているんだけれども、自分たちが言いたいことを言えばいいみたいな感じですよね。私は「言うたった外交」って言ってるんだけれども(笑)。
 
 アジェンダのガラパゴス化という話とも関わりますが、言いたいことを言うこと自体に意味はなく、伝わらないとしょうがないわけです。日本が主張したいことがある場合、常にグローバルなコンテクストの中でどう位置づけるかという視点で見ないと、結局誰も聞いてくれない。相手のことを深く理解することや、相手のことを知ろうとする姿勢も大事です。
 
 そういう点に十分気をつけて、埋もれている潜在力を掘り起こし、お二人のような人材が増えていけば、日本がパブリック・ディプロマシー大国になることは十分可能ではないでしょうか。

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