日本の国際的存在感を高めるには
■アジェンダ・ガラパゴスになっていないか
金子 色々な形で対外コミュニケーションをしていくとして、では日本が対外的にどういうメッセージを発するべきなのか。分野によっても違うと思いますが、どうでしょう。
加治 これは現政権が言っている通りで、日米同盟をベースにした民主国家、法治国家であり、積極的平和主義を掲げている国であって、70年間1回も戦争をしていないということをちゃんと言っていくということではないでしょうか。
歴史認識は、そもそもそれぞれの立場があることなので、我々は我々の正しいと思う主張をフェアに言っていく、淡々とした仕事かなと思うんです。
藤井 同感です。安定した、世界に貢献している自由民主主義国家であるということはもっときちんと打ち出すべきだし、そのあたりに東南アジア諸国などの期待もあるわけじゃないですか。JICAなどがやってきたことも、認識している人は認識していて、感謝されてもいるわけですから、そこはもっと脚光があたるようにするべきだと思うんです。
もう一つは、多元的なパブリック・ディプロマシーを日本もきちんとやっていくべきで、政府がいろんなツールを使ってパブリック・ディプロマシーをするだけじゃなくて、市民社会がきちんと発信できるような国にしていかなくちゃいけないと思うんです。そのためには対外広報以前に、市民社会の活性化や社会の多様化という国内政策が何よりも重要です。その結果としてNPOの人たち、あるいは民間企業が、グローバル・アジェンダにちゃんとコミットしていくのが重要だと思っています。
その意味で懸念しているのは、日本がアジェンダ・ガラパゴスになっていないかといことです。日本が重要だと思っていることと国際的にみんなが気にしていることがズレてしまっていないか。世界にはグローバルなアジェンダ・セッティングの仕切り屋みたいな人たちがいます。ダボス会議やクリントン・グローバル・イニシアティブに出てくるような人たちとか、典型的にはソロス、ビル&メリンダ・ゲイツ、アル・ゴア、ボノといった人たちです。そういう人たちが気にしていることって、アフリカだったり、女性問題だったり、水問題だったりする。
典型的に、日本ですごく受けるんだけれども、海外で受けないのは、地方都市の疲弊みたいな話です。日本では地域活性とか被災地活性化とか、国内NPOの世界ではブームになってますが、海外で貧困というと、都市部の貧困か途上国の貧困がぱっと頭に浮かぶ。人口が高齢化し、少子化していく中で、地方がシャッター街になっていくという話は、彼らにとってトップ・オブ・マインドじゃないんです。そういうアジェンダ・ガラパゴス化が進む中で、グローバル・アジェンダをつくっているコミュニティーに入り込めていないのではないかと思います。
金子 加治さんはまさにダボス会議への橋渡しをおやりになってきたわけですが、グローバルなアジェンダ・セッティングに日本がもっと食い込んでいくにはどういうことをすればいいとお思いですか。
加治 まず三菱商事、野村證券、日産自動車、日立、東芝、LIXIL等も最近加入されましたが、世界経済フォーラムのストラテジック・パートナーになっている企業群は世界でちゃんとビジネスをしていこうという気概もスキルもあるし、ダボスにおいてどういう話をしたらいいかわかっていると思います。
金子 アジェンダをかたちづくるところまでいってない感じもするんですが。
加治 そこは課題で、より日本のリーダーシップを強めようじゃないかという雰囲気になっています。藤井さんおっしゃるように、グローバルなイシューに対するセンシティビティーはもっと磨かなきゃいけないと思うんですが、それは僕はだんだんそうなっていくと思っているんです。
なぜならば、どんどん海外へ出て行こうという動きに今なってきているじゃないですか。たとえば自分が参与をやっている文部科学省も頑張ってやり始めています。教育の国際化とか、人材の国際交流とか、国際バカロレアをどうするとか、スーパー・グローバル・ハイスクールとか、一生懸命やり始めている。
それで、世界に出始めると、我々の持っている価値がどれぐらい世界で尊いものかということに気づくのではないでしょうか。食べるのに困らない、経済的にも豊か、戦争もない、治安もいい。だから、自然に外に出て行く人が増えていくと、そこでアジェンダ・セッティングしていく能力が向上するのじゃないかなと、割と楽観的に思っています。
金子 グローバルなアジェンダの重要性はその通りだと思いますが、グローバルには必ずしも関心を持たれないけれども、日本としてはアジェンダにしてもらわなきゃ困るものってあるわけですよね。例えば、領土問題とか。
加治 ただ、それはどこの国だってあるんです。世界的に見たら、珍しいことでは必ずしもない。
金子 そもそもそういうことは世界中にいっぱいある。海外で日本が右傾化していると見られているみたいな話があるわけですが、先ほども出たように、日本の積み重ねてきた平和国家のイメージ、これまでやってきたことへの評価というのはやっぱり強固のものがあるので、日本の評価ががたんと落ちるかというと、そうではないと思うんです。実際、中国や韓国の国際的な宣伝攻勢も、まだそれほど効果を上げているとは言えないですよね。
他方で、領土問題に関して一番大事なのは、何かあった時にどっちが悪いとされるかというところだと思うんです。平時は、まあ大丈夫と言っていられるんだけれども、有事の時に、先に手を出したのは日本じゃないかとフレーミングされないか。
尖閣にしても、石原都知事が購入すると言い出したのが最初で、中国はむしろそれにリアクションしているだけだみたいな話が広がりかけていたわけです。実際の行動で見ると、先に船を送り込んできて状況を変えようとしていたのは中国の方であるにもかかわらず。肝心な時にパーセプションで負けちゃう危険性があるのが怖いところです。
そういう懸念はありつつも、普段から国の評判、レピュテーションを高めていくこともやはり大事で、その点について国家ブランド論の第一人者であるサイモン・アンホルトが面白いことを言っています。評判を高める要素は幾つかあるけれども、一番大きいのは結局Moralityなんだと。ある国が世界の人たちにとってどういう存在なのか、どういう役に立っているのかというところをきちんと示せれば、その国への好意や尊敬も高くなり、全般的に評価されるようになると言うんです。
加治 アクセンチュアのコーポレート・シティズンシップ(CC活動)のテーマはSkills to Succeed(成功するためのスキル)なんです。世界中でいろいろな人たちにスキルを提供して、その人たちが自分で成功する能力を身につけてもらう。それがアクセンチュアのテーマなんです。
それって非常に日本のODAの考え方に近い。Skills to Succeedではないですが、日本は、アジアやアフリカの国でそれぞれの国の人たちが自立できる仕組みを多分提供できる。
現地に入っている日本人というのは、我々みたいにこっちにいて発信だ、発信だと言っているんじゃなくて、地元の人たちとすごく長い時間を過ごすもんですから、彼らが本当に日本に何を求めているかをよくわかっている。そういう意味で、JICAやODAがやってきたことは世界的にも評価されていると思います。
もちろん、他国による大規模な援助が行われていることで、若干影響力が減少しつつあるという面はあるかもしれませんが、日本がやってきたことの精神は失われてはいけないんじゃないかなと思うんです。
金子 文部科学省の担当分野もとても重要だと思います。スポーツもそうですし、科学技術や文化もそうですが、そういう分野のメジャー・プレイヤーは、その社会でパワフルな影響力を持つ人たちなわけです。外交官同士とか政府同士というのとは違うけれども、ステークホルダーになり得るような人たちとのコネクションをつくる意味で、そういう人たちとのネットワークを強めることはとても大事です。どこまで資産として使えているのかというと心もとない感じもするんですが。
加治 そうですね。そこは謙譲の美徳もあるので。ただ、そこはちゃんとやっていかないといけないというのが最近の政府の傾向であるように思います。
外務省や官邸が持っている、すごく外交の核になるような価値観の部分がありますよね。ここはなかなか譲れないわけです。白黒はっきりしなきゃいけなくて。
それからその周辺に経産省がやっているクール・ジャパンみたいなものがある。ここはそんなに角突きあわせてということではないんですが、それでも、例えば、アニメの主導権は韓国なの?日本なの?とか、シェアでどっちが勝っているんだ、みたいな話はある。 そしてそのさらに周辺に文部科学省的な世界があって、それがまさに教育、スポーツ、文化、科学技術なんです。ここの部分というのは、比較的外交的な意味合いを持たずに、お互いの国の尊敬を培える価値じゃないかなと思っています。だから、文部科学省のグローバル化はすごく戦略的な意味合いがある。ジョセフ・ナイは『スマート・パワー』の中で三次元のチェスになぞらえていますが。
たまたま今、安倍政権でも、下村大臣というリーダーシップのある大臣がおられて、オリンピック・パラリンピックもとって、文部科学省の中はモチベーションが高いわけです。だから、ここをうまく整頓して、グローバルな教育、グローバルな文化、グローバルなスポーツ、グローバルな科学技術というのを出していくことが我が国と世界の両方のためになるし、我が国の評判を高めるいいチャンスじゃないか、まさにそう思います。