就学義務制度のほころびをこれ以上放置すべきでない

政策シンクタンクPHP総研 主席研究員 亀田徹

 憲法および教育基本法は義務教育を定めるが、学校での教育に限定しているわけではない。子どもを学校に通わせる保護者の就学義務を定めるのは学校教育法である。現状をみると、不登校の子どもやインターナショナルスクールに通う子どもがいるにもかかわらず、こうした実態に学校教育法は追いついていない。
 
 そこで、学校教育法に並ぶものとして、「多様な学び保障法」の制定を求める動きが広がっている。教育の多様化は、日本社会が変わるひとつのきっかけとなるのではないだろうか。
 
 
 
▼ここが論点▼
1.子どもの学習権を保障すべき
2.不登校とインターナショナルスクールで異なる問題点
3.多様な学びの実現に向けた動きがスタートした
4.議論はまだ続いている
5.どれだけ賛同者を増やせるかが鍵

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子どもの学習権を保障すべき
 
 学制に関する議論が教育再生実行会議で行われている。子どもの発達の変化や少子高齢化・グローバル化が進むなか、現状に見合った教育の仕組みを考えるという。
 
 学制すなわち6334制の検討を行うのであれば、まず学制の前提ともいえる就学義務の見直しを進めるべきだ。就学義務制度は、現状との乖離が学制以上に明らかだからである。
 
 現行制度では、学齢期の子どもを学校に通わせる就学義務が保護者に課されている。
 
 憲法および教育基本法は普通教育を子どもに受けさせる保護者の義務を定め、これを受けて学校教育法は、6歳から15歳までの子どもを小学校、中学校または特別支援学校等に通わせる保護者の義務を規定する。法律上は、病気などで就学義務の猶予・免除の対象となる子どもを除き、すべての子どもが学校に通うこととなっている。
 
 だが、現実には学校に通っていない子どもたちが存在する。
 
 その実態はさまざまであり、不登校となり学校に通えない・通わない子ども、不登校になってからフリースクールで学んでいる子ども、ホームエデュケーションとして自宅で学んでいる子ども、インターナショナルスクール、シュタイナースクール、サドベリースクールといった小中学校以外の教育施設を選択している子どもなどがいる。不登校の子どもは、文科省の調査では小中学生あわせて約11万人いるとされる。
 
 こうした子どもたちの存在は、制度上は明示的に認められているものではない。学校に通っていない子どもたちがいるにもかかわらず、これらの子どもたちは制度の枠外の存在となっているのだ。子どもたちの学習権を保障する仕組みも十分とはいえない。
 
 学校以外の学習機会を認めることは諸外国にも例があり、米国やイギリス、フランスでもホームエデュケーションが認められている。
 
 学習の場を学校に限定するという日本の制度は、子どもたちが学校以外の場で学んでいるという実態に追いついていない。実態に合わない制度が改正されることなく放置されている。
 
 就学義務の見直しを早急に開始すべきだ。就学義務を拡充してそれぞれの特質に応じた学習機会を選択できるようにする。多様性を認め、ひとりひとりに応じた支援を行うことで、子どもたちの力を伸ばすことができるはずだ。

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不登校とインターナショナルスクールで異なる問題点
 
 現行制度は実態に合っていない。この点をもうすこし詳しくみてみよう。
 不登校に関し、学校制度の弾力化が推進されてきたのはたしかである。
 
 たとえば、不登校の子どものための教育支援センター(適応指導教室)やフリースクールに子どもが通った場合、その日数を学校の出席扱いとする措置が講じられている。平成17年度からは、ITを活用して自宅で学習した場合、学校に戻ることを前提とするなど一定の条件のもとで出席扱いもできるようになった。
 
 学習指導要領の弾力化もはかられている。不登校の子どもが通うための学校では学習指導要領によらずに教育課程を編成できるとされており、授業時間数を削減した特別の教育課程を設けている東京シューレ葛飾中学校などの例がある。
 
 だが、これらはあくまでも学校制度の枠内の措置に過ぎない。出席扱いや学習指導要領の例外措置が講じられたとしても、教育は学校で行うという建前は頑なに維持されている。学校に通わないという選択が制度上認められているわけではない。
 
 子どもは学校に通わないことに罪悪感を抱くという。学校以外の場での学びを選択できることを認め、不登校の子どもやその保護者を支援する仕組みをつくらなければ課題の解決には近づかない。
 
 インターナショナルスクールに関しては、不登校のケースとは異なる問題がある。
 
 学校教育法および同法施行令によると、正当な事由なく子どもを学校に通わせていないときは教育委員会は保護者に対し出席の督促をし、これに従わなければ罰金を科すこととなっている。不登校の場合は子どもを通わせないことの「正当な事由」に該当すると解釈されており、就学義務違反の問題は生じない。
 
 他方、インターナショナルスクールに子どもを通わせる場合はやむを得ないものとはみなされず、「正当な事由」には該当しないとされる。その結果、就学義務違反のおそれがあるのだ。
 
 とはいえ、通常、罰金が科されることはない。制度と現状との乖離が顕在化するのを防ぐため、子どもたちの実態に配慮して教育委員会があいまいな運用にとどめているからだ。
 
 明治以降の学校制度においては市町村の許可を得て学校に通わせないことも例外的に認められていたが、昭和16年の国民学校令により例外が廃止され、すべての子どもが国民学校に通うこととされた。
 
 前述のように学校に通わない・通えない子どもがいる現在、70年前から続く就学義務制度を改正すべきとの強い声がある。

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多様な学びの実現に向けた動きがスタートした
 
 以上述べてきた問題の解決に向けた活動のひとつとして、新たな法律の制定を求める動きがある。「多様な学び保障法」の実現に向けた活動である。
 
 フリースクールやインターナショナルスクール、シュタイナースクール、サドベリースクールなどの関係者や大学教授などが集まり、「多様な学び保障法を実現する会」が設立されている(共同代表:汐見稔幸・喜多明人・奥地圭子。以下「実現する会」)。国会のフリースクール環境整備推進議員連盟が法案作成を関係者に示唆したことが設立のきっかけとなった。
 
 「実現する会」は、教育基本法のもとに学校教育体系と並ぶものとして、多様な学びでの学習体系を民間レベルで検討してきた。現段階での検討結果が「子どもの多様な学びの機会を保障する法律骨子案」としてまとめられている。主な内容はつぎのとおりである。
 
 (1)新たな法律の目的は、子どもの学ぶ権利の保障である。
 
 (2)保護者が市町村に届け出ることにより、学校以外の多様な学びの場(家庭も含む)で学習することが認められる。
 
 (3)自治体が設置する学習支援センターが子どもの状況を把握し、子どもや保護者を支援する。
 
 (4)多様な学びの場を選択した保護者に対して経済的な支援を行う。
 
 骨子案の特徴は、不登校の子どもだけでなく、インターナショナルスクールなどさまざまな教育施設で学ぶ子どもも対象にしていることだ。ホームエデュケーションも認めている。
 
 この法案が実現されれば、学校以外の場で学ぶことが正規の教育ルートとして制度的に認められることになる。学校以外での学習に対する社会的な認知度が高まることが期待されよう。さらに、自治体において学習や進路、生活に関する支援相談体制を整えることで、子どもの自立を支えることも可能となる。
 
 ただし、骨子案の内容については、関係者の間でもまだ議論が続いている。行政の関与と活動内容の自由とのバランスをどう調整するか、経済的支援をどのように行うかといった論点がある。
 
そこで、骨子案の論点について考えてみたい。

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議論はまだ続いている
 
 ひとつめの論点は、学習の質をどう保証するかという問題である。
 
 学校教育の質は、学校教育法や学習指導要領、教育職員免許法などさまざまな法令により担保されている。他方、フリースクール等についてはそうした法令や基準は一切ない。子どものペースに合わせて学習を進めることを基本的なスタンスとしているからだ。
 
 そうしたフリースクールで行われるような学習によって、社会生活を送るのに十分な力を育成できるかとの懸念も指摘される。
 
 現実には、学校で学ぶことになじむ子どもがいる一方、自分のペースで学ぶほうが合っている子どももいる。必要に迫られれば、子どもたちはおのずと学習するものとフリースクール関係者はいう。実際、フリースクールで学んだ後、職業生活を営んでいる者も少なくない。それぞれの子どもの状況に応じて学習の質の向上をはかるため個別の支援を行うことを骨子案は定めているが、支援の内容や方法が今後の議論のポイントとなる。
 
 ふたつめの論点は、新たな制度の構造として、教育施設を中心に考えるか、個人を中心に考えるかという問題である。当初の議論では、教育施設を中心に考えるという案もあった。すなわち、教育施設に関する一定の基準を設け、その基準を満たした教育施設で学習した場合には義務教育を受けたものとするという仕組みである。
 
 しかしながら、教育施設の細かい基準を設けてそれをクリアすることを一律に要求することは、第二の学校制度をつくることになりかねない。
 
 このため骨子案では、教育施設を中心に考えるのではなく個人を中心に考え、みずからの判断でそれぞれにふさわしい学習の場を個人が選択できるという構造としている。
 
 経済的支援も個人を対象としている。フリースクールなどに通うには費用がかかるため、経済的支援を行うことを骨子案では規定する。その場合、私立学校に対する助成のように教育施設に対して財政支援を行うことも考えられる。しかし骨子案では、学校以外の学習の場を選択した個人を対象に学習支援金を支給する仕組みをとっている。ただし、高校における就学支援金制度と同様、教育施設が学習支援金を代理受領できることを骨子案は定める。
 
 このような仕組みが妥当か、個人に対する学習支援金の使途を制限すべきかなどの点についてさらに議論を深めなければならないだろう。

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どれだけ賛同者を増やせるかが鍵
 
 中央教育審議会では、数年前、「フリースクールなど学校外の教育施設での学修を就学義務の履行とみなすことのできる仕組み」が議題となり、審議が行われた。当時の意見の整理において積極論と消極論の両論が併記された後、議論はストップしたままとなっている。
 
 昨年成立した「いじめ防止対策推進法」は、いじめによって不登校になった場合の「学習に対する支援の在り方についての検討を行うものとする」と定め、不登校への対応を改めて検討する必要性を示している。いじめ対応という観点からも、中央教育審議会での議論を再開させる時期に来ているといえよう。いつまでも制度と現状との乖離を放置しておくわけにはいかない。
 
 国会においても議論を開始すべきだ。フリースクール環境整備推進議員連盟はすでに解散してしまっている。関係者の意見を集約して制度化の動きを促進するため、新たな検討の場を国会で設けるべきではないか。与野党の積極的な対応を望みたい。
 
 経団連も、多様な教育サービスから自由選択できる教育制度の導入を2002年に提言している。世論調査では、フリースクール等を義務教育として認めることに対し、6割以上の保護者が賛成した。制度化に対する支持が広がる可能性は高い。
 
 これまで「実現する会」では、新たな制度を考えるための集会を開くなどの活動を続けてきた。本年2月にはさまざまな教育施設が集まって実践の紹介や意見交換が行われた。骨子案に関する小規模な学習会も全国各地で開催されている。
 
 こうした活動により多様な学びを認めることの理解を広げることが不可欠だ。学校以外の場で学ぶ子どもの数は、子ども全体からすれば少数である。保護者を含めた当事者の声だけでは制度化を実現することは難しい。当事者以外の賛同者をどれだけ増やせるかが制度化の鍵となるだろう。
 
 ひとりひとりの状況に応じた学習機会を用意し子どもの力を伸ばすことは、社会全体にとっても有益であるはずだ。子どもの多様な育ち方を認めることは、風通しのよい社会の構築にもつながるのではないだろうか。

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