小学校4年生から39歳まで支え続ける

認定NPO法人 育て上げネット 工藤啓 (聞き手:PHP総研 山田花菜)

_MG_2721

工藤さんのインタビュー第1回はこちら:「ビジネスとして若者支援に取り組みたい
 
********************
 
――行政との連携事業である地域若者サポートステーションでも就労訓練などに取り組まれていると思いますが、サポートステーションとジョブトレはどのように違うのですか? また、ハローワークとも違うのでしょうか。
 
工藤:地域若者サポートステーションは15~39歳の若者を対象とした厚生労働省の委託事業で、全国に160か所の施設があります。私たち育て上げネットはそのうちの5か所を運営しているのですが、まずハローワークとの棲み分けでいちばん大きいのは、ハローワークは職業紹介をしているところです。サポートステーションはこれから就職活動をしていこうとしている若者が対象です。すぐに職につきたい、つけるという人はハローワーク、何から始めたらいいのかわからないけれど、働くという方向に進みたいという人たちは、サポートステーション。
 サポートステーションは総合相談窓口という立てつけなので、たとえば病院で、具合が悪いんだけど、どの科に行けばいいのかわからないというときに、「お腹が痛いのですが、どの科に行けばいいですか」と相談できる総合診療科のようなイメージです。そこで状況を聞いて、「それなら内科に行ってください」「消化器科に行ってください」と伝える役割ですね。
 また、サポートステーションは単年度型の委託事業で、ジョブトレは育て上げネットの自主事業です。行政の事業は、対象者は無料で利用できます。一方、国が作成した仕様書に基づく事業ですので、事業内容と予算使途が決まっています。そのため、個々の若者に応じて自由に、柔軟にサービスを作ることはできません。
 たとえば、現在無業状態のA君が仕事に就くために解決すべき課題があるとすれば、その解決のために何でもやりたい。しかし、それが仕様書に書かれていないものであればできません。その場合は、サポートステーションではなく、そのサービスを行っている公的機関などと連携をして支援を行うことになります。
極端な例えですが、遊園地で一日楽しんだら、その間にコミュニケーションをとったり、悩みを聞いたりして翌日には就職活動に迎えそうな若者がいたとしたとしても、仕様書にそれが許されていなければできません。遊園地は極端ですが仕様書に基づくというのはそういうことです。ジョブトレは、そういう仕様書のもとでやるわけではありませんので遊園地に行くことが必須であれば行くことはできます。
 ただ、ひとつのNPOが提供できる範囲や支援できる人数は限られていますので、しっかりと行政と連携することで支援提供範囲を広げていきたいと考え、受託運営しています。

――行政の事業でアプローチできる分はして、そこにはまらない場合は育て上げネットのジョブトレで、というイメージでしょうか。
 
工藤:育て上げネットでもいいし、うち以外でも同じような支援に取り組んでいる団体をご紹介することもあります。
 
――ほかの団体さんだと、たとえばどんなところがありますか?
 
工藤:それぞれが提供するサービスは異なりますが、侍学園スクオーラ・今人(長野県)、スチューデントサポート・フェイス(佐賀県)、青少年自立援助センター(東京)、そのほか、全国に点在しています。もちろん、民間だけではなく、「それだったら法テラスはいかがですか」「この機関のこのサポートなら無料で受けられますよ」というように、公的機関を紹介することも多々あります。

_MG_2678

――ジョブトレとサポートステーションが、無業状態にある若者本人へアプローチする事業ですね。育て上げネットでは、保護者向けの支援にも取り組まれているそうですが。
 
工藤:「母親の会・結(ゆい)」では、お子さんの不登校、ひきこもり、就職活動の不調といった状態に悩みや不安を感じている保護者の方へのサポートに取り組んでいます。基本的には母親向けですが、父親やご家族の方も利用できます。個々の状況によりますが、現在の状況整理、家族関係の改善やお子さんが社会に向けて踏み出せるまでを保護者に寄り添って行っていきます。
 
――「コミュニケーションの取り方はこうしたほうがいいですよ」といったアドバイスをされたりするんですか?
 
工藤:そうですね。必要に応じてさまざまなご助言をさせていただきます。専門の相談員がそうしたアドバイスをしたり、同じような悩みをもつ保護者同士でグループワークをしたり、遠方の方向けにはスカイプで相談を受けたりしています。
 
――本当にひきこもっている人は、外部との接触を一切絶っているので、そもそも捕捉できないとよく言われていますね。また、最近では、ひきこもり状態にある人々の高年齢化と、ひきこもり期間の長期化が指摘され、両親が定年などで収入が維持できなくなったり、亡くなったりした場合にどうするのかといった懸念もよく聞かれます。
 
工藤:自立を促すために自宅外に押し出す/引き出す支援もありますが、それは公的な支援基盤が整備されていなければ、ひとりでいきなり生きてはいけません。むしろ、本来社会的に整備されるべき基盤部分をご家族が背負ってしまっていると認識しています。私たちが相談を受けるケースの多くは、家で両親と同居しています。ひとは本当に困ってしまうと手や声をあげることができません。そのため、両親をはじめとする家族や親族、ケースワーカーの方など、ご本人の居場所を知っているひとの存在が大変重要になります。
 本人が「相談に行きたい」とアプローチしてくれたらそれがいちばんいいんですが、それができる人はすでに行動しているので、いかに本人と出会うかが私たちのような活動の肝です。ですから、この事業は「保護者支援」と言っていますが、ひきこもり状態にある人が社会とつながるために、保護者を経由してアプローチをかけています。
 必要な場合はご家族とご本人の同意を得たうえでご家庭に訪問にも行きます。ご本人が「家に来てくれるなら会ってもいい」とか、「家の近くのファミレスでなら会ってもいい」と言ってくださるようであれば、何度でも会いに行って、「よかったらこういう場所があるよ」「家から通うのが嫌だったら、宿泊設備のある場所もありますよ」といった話をしながら、社会との接点作りを進めていきます。ご両親が年金生活に入ったり、精神的にも限界にきているという話もお聞きします。高齢化したひとたちのサポートについての議論はもっと進めていかなければならない社会的な課題であるという認識です。ただ、現状知り得る限りでは具体的な公的サービスは多くないですし、民間での取り組み情報もあまり聞きません。法人のミッションとしてはなるべく早い段階でアプローチできるための取り組みを加速させていきたいです。

_MG_2769

――いまご紹介いただいた3つの事業は、現在無業状態であったり、ひきこもっていたりする当事者やその家族の方々を対象にしたものですが、教育支援事業だけは予防的というか、少し違いそうですね。
 
工藤:教育支援事業を立ち上げたのは2006年なんですが、ジョブトレを中心に若者支援をやっていると、やはり低所得家庭で育っていたり、相関して低学歴である若者が少なくないということがわかります。私たちの仕事は、なんらかの理由があって仕事に就けていなくて、困っている状態の人をサポートすることなんですが、これは困ったから支援するという対処型支援にあたります。でも、そもそも困らないほうがいいわけですよね。
 育て上げネットのサポートを必要とされる方々のお話を聞いていると、分岐点のひとつは高校でした。現在の日本では中学を卒業するとほぼ100%の子どもたちが高校へ進学するんですが、そこから中退したり、卒業後の進路が決まらない子どもたちがいます。それがその後の人生に大きく影響するんですね。そこで、基本的には中退率が高いなど、学校の先生だけでは十分な対応が難しい高校で先生方とともに子どもたちの支援を行っています。毎年、100校ほどの学校と連携しています。
 
――具体的にはどのような支援をされているのですか?
 
工藤:いちばんやりやすいのは、授業を一コマもらう講座型ですね。育て上げネットで開発した、お金やキャリアをテーマにした講座をやらせていただいております。そういった連携しやすいところから関係をつくっていく中で、私たちの活動についても理解していただき、「困っている生徒がいるんですが」とか「一緒に生徒指導をやりませんか」とお声掛けいただく高校が出てきます。そのようにして少しずつ学校の中に入らせていただいています。強く連携が進んでいる学校では、職員室に育て上げネットの机があって、先生方と一緒に進路指導をしたり、空き教室で進路相談を行ったりしています。
 
――入口となる講座として、お金と仕事をテーマにした新生銀行との連携プログラム「MoneyConnection®」や、困ったときの相談先を理解するプログラム「Life Connection」を提供されているんですね。
 
工藤:そうですね。こうした講座については、北海道から沖縄まで、全国で展開しています。ご依頼いただいた高校にはなるべくうかがえるよう努力しています。
 そうした取り組みの中で、高校で困った状態になりやすい子どもたちの背景がわかってきたので、高校入学前の早い段階から支えようということで始めたのが、小学校4年生から中学3年生までの子どもたちを対象とした学習支援事業「まなびタス」です。生活保護受給家庭や生活困窮家庭の子どもたちを中心に、行政との連携事業を含めて120名ほどの学習と生活をサポートしています。もちろん、経済的な課題はなくても、不登校とか、学校でいじめられている子とか、ルーツが外国にあったり、勉強が苦手だったりする子どもたちもいます。
 就労支援から逆算して支援を始めた事業なので、教育の部分だけやって「後はどうなるかわかりません」ではなく、小4から中学卒業まではもちろん、高校に行ってからも何か困難が発生するようであれば支えて、高校を中退したり進路未決定であれば就労まで支えて、就労してからも支え続ける。早い年齢から家族を含めて支えていき、就労支援まで一貫して支えられるのが育て上げネットの特徴のひとつです。
 
――子どもはなぜ対象が小4からなのですか?
 
工藤:週5日以上オープンして、夏休みもオープンできる余力がないと、学童保育など保護者のニーズを満たすことができません。特に家庭や社会に居場所がないと、僕らがオープンしていないとき独りになってしまうことになります。
 私たちの学習支援はまだ経営上週3日くらいが限界で、夏休み中は合宿やお祭りなど通常に開所とイベント開催といった活動しかできていません。そのため、いまはまだ小学校4年生からということにしています。
 
――学童と組むというのは、活動趣旨とずれてしまったりするんですか?
 
工藤:そんなことは全然ありません。まだ学習支援事業は始めたばかりで、事業化への道を歩んでいる段階です。外部との連携がスムーズに回るまでの体力が不足している状態です。今後の課題として社会リソースとの協働の在り方も考えていきたいと思います。

_MG_2649

――学習支援事業は、学習塾のようなかたちで?
 
工藤:基本的な運営スタイルはそうですね。でも、勉強を教えるだけではありません。いま通っている子どもたちは、いろいろな経験の機会が本当に少ないんです。たとえば、夏休みの旅行。夏休みは家族で旅行に行くという子どもたちが多いと思うんですが、ここに来る子どもたちのほとんどはどこにも行かない。習い事などもしていない。ご家庭それぞれにご事情はありますが、僕らとして少しでも多様な経験の機会を提供したいと思っています。
 例えば、企業さまからご支援いただき、サマーキャンプ予算を作ります。それを子どもたちに提示して、行く場所や手段、宿泊中は何をするのかを決めてもらいます。なんでも自由というわけにはいきませんが、多様な選択肢があり、希望を出したり、選択したりする経験や環境を提供しますだから、新幹線に乗ってみたいという子もいれば、地下鉄に乗ってみたい子もいるし、飛行機に乗ってみたい子もいる。行ってみたい場所、やってみたいことを、たくさんの選択肢の中から、みんなで話し合って自分たちで決めるという経験の機会を作っています。
 できるだけいろんな経験をしてほしいので、この前はFC東京さんにご協力いただいて、Jリーグの舞台裏を見せていただきました。試合観戦をするだけではなくて、試合の前に一般の観客は入れない場所を見せていただいたり、スタジアムの清掃をしたり。
 職場見学に行って社食でごはんを食べさせていただいたりすることもあります。最近では、ビジネス特化型SNS「LinkedIn」が提供している社会貢献プログラム「LinkedIn for Good」を活用して、日本オフィスに訪問しました。海外に出張されている社員さんとつないで、作成した自己紹介シートをスクリーンを通じてプレゼンしたりしました。最近は外国にルーツをもつ子どもたちもいますので、いろんな国の人が当たり前に一緒に働いているという環境を持つ職場見学にも力をいれています。自分とルーツの近い方がかっこいいオフィスで働いているところを見るだけで将来に希望が生まれる子どもたちもいるんです。
 この子たちも、本人が「いま困っています」と言ってくれればいいんですが、やっぱりなかなかそんなことはないですし、小中学生が対象だと、保護者の同意がなければ十分に支えることもできません。こうした子どもたちとつながる入口も、保護者支援や行政との協働からです。個別相談とスカイプを通したオンライン相談を行っていますが、海外在住の方からの相談も出てきています。転勤で海外に行っても、みんながかっこいい帰国子女になるわけじゃなくて、現地に適応できない子もいて。国内外問わず、保護者の方へのご相談ニーズを感じています。
 
――こうした事業を通して、子どもたちの中退率や進路になにか変化は見られますか?
 
工藤:うーん…教育というものは、私たちが入っただけで劇的に変わるというものではないんですよね。
 
――やっぱりそんなに単純なものではないんですね。
 
工藤:外部の民間団体が、学校内に常駐して生徒に働きかけるということそのものが、まだまだ事例として少ないです。いくつかの高校では中退率がかなり減っているのですが、それは私たちの存在がどの程度効いているのかはわかりませんし、私たちがいなくても先生方の継続的なご努力で減っていたかもしれません。 個別には中退という選択をしなかったという事例や、私たちはもともと就労支援をしている団体ですから、「高校を辞めたらうちにおいで」というかたちで子どもたちを支えているという事例もありますが、そもそも学校内のデータというものはそんなに緻密に出るものではないので、私たちが入ったことによる変化というものは、証明することが正直難しいと思っています。
 
――対象は公立高校が多いんですか?
 
工藤:私立からもご依頼はありますが、公立高校が多いです。私立高校に比べると公立高校は予算が厳しいようでして、例えば、MoneyConnectionRはパートナーである新生銀行さまなどと連携して、予算がなくても学校にうかがえる枠を作っていただいています。教育行政との連携で対象校にて講座を行うパターンもありますが、どちらにしても学校に予算がない場合には第二顧客の存在がないといまのように多くの学校に行き続けられるわけではありませんので、講座希望の校数が増える中で応え切れていない課題を解決していかなければなりません。
(第三回「小さな変化が大きな影響を与える事業」へ続く)
 
工藤 啓(くどう けい)*認定NPO法人育て上げネット 理事長
1977年、東京生まれ。米ベルビュー・コミュニティー・カレッジ卒業。2001年に任意団体「育て上げネット」を設立し、若者の就労支援に携わる。2004年にNPO法人化し、理事長に就任。現在に至る。著書に『NPOで働く- 社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる――“はたらく”につまずく若者たち』(エンターブレイン)、『無業社会 働くことができない若者たちの未来』(共著・朝日新書)など。
金沢工業大学客員教授、東洋大学非常勤講師。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員、「一億総活躍国民会議」委員等歴任。
ブログ http://ameblo.jp/sodateage-kudo

関連記事