日本の「戦略的不可欠性」を活かせ

村山 裕三(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)

本稿は『Voice』2021年2月号に掲載されたものです。

深まる米中間の技術覇権競争、米バイデン政権の誕生を契機に、有志国間の防衛サプライチェーンを構築せよ

経済安全保障とは何か

経済安全保障への関心が高まり、新聞や雑誌でもこの言葉をよく目にするようになった。しかし、その内容については、わかったようでよくわからない印象をもつ人も多いのではないだろうか。まずは、この捉えにくいコンセプトである経済安全保障を、簡単な図を用いて説明してみよう。

国際環境

図1は、経済と安全保障の関係を概念的に描いたものであるが、左側の経済と右側の安全保障は、独自の部分をもつとともに、互いが重なり合う部分をもつ。この図1で影をつけた重なりの部分が経済安全保障に属する領域である。たとえば、半導体の場合、民生部分としてスマホやゲーム機器などに使われるが、一方で誘導ミサイルやレーダーなどの軍事用途にも幅広く使われている。この軍民両面をもつ半導体は、まさに経済安全保障の領域に属する技術なのである。

この重なった領域には、二つの方向からアプローチがなされてきた。第一は、経済から安全保障を見る方向で、この分野はディフェンス・エコノミクスと呼ばれる。安全保障問題を経済学により分析を行なう領域である。経済安全保障はこれとは逆の方向、すなわち経済を安全保障のレンズを通して見る領域である。この領域には、現在関心を集めているエコノミック・ステートクラフト(経済的な手段により、自国の戦略的な目標を達成する)、サプライチェーンの依存問題(安全保障上の理由から重要物資の他国依存を避けた供給網をつくる)、さらに範囲を広げれば、インフラ防御、食料安全保障などまでも含まれることになる。

経済安全保障は拡大解釈により容易に範囲が広がるうえに、国際環境の変化により、安全保障から見た経済の役割も時代により変化する。このため、経済安全保障はきわめて捉えにくいコンセプトなのである。筆者が経済安全保障の研究を始めた折、経済と安全保障の関係を何とか論理的に関連付けようとして、内外の専門家と意見交換を重ねたが、ある米国の研究者と議論しているとき、両者の関係を理論的に体系化できればノーベル賞がとれるよ、と言われたことがある。これほどに、経済安全保障を体系化する作業は難しく、どうしても曖昧な部分が残ってしまうのである。

しかし、このようななかにあっても、具体的な分析を深めることができるのが技術分野である。半導体の例で見たように、ここでは同じ技術の上に、まさに経済と安全保障がのっており、この技術を通じた経済と安全保障の関係を掘り下げて考察することが可能になる。また、現実社会のなかでも最も見えやすいのが、この技術を通じた経済と安全保障の結びつきであり、このため米中覇権争いのなかでも、最先端技術をめぐる争いに最も大きな注目が集まっている。

重要技術の出現と米中覇権競争

それではどのようにして技術を介して経済と安全保障がつながりをもち始め、これがいかにして米中間の覇権争いにまで展開したのだろうか。このルーツを探ってゆくと、意外にも日本の電子技術の急速な競争力向上に行き着く。日本の電子技術は1970年代に競争力をつけ始め、1980年代半ばには、記憶用半導体のDRAMで90%を超える世界シェアを獲得し、米国製の兵器にまで使用されるようになった。このような事態に対して米国では、国防総省を中心に、外国製の半導体に自国の国防が依存することは安全保障上の脆弱性につながるという、日本の技術競争力と米国の安全保障を結びつける考え方が萌芽した。

これをきっかけにして、軍事における民生技術の役割が認識されるようになった。日米間の技術摩擦が収まった1990年代に入ると、これが民生技術を軍事分野で活用する軍民統合政策へとつながっていった。米国は軍民統合政策により、進展する民生技術の成果をいち早く自国の兵器開発に取り入れ、より性能の高い兵器を迅速に開発しようとしたのである。

一方、中国では1980年代には軍需産業の非効率性と軍事技術の立ち遅れが顕在化しており、1990年代の終わりに大胆な改革が断行された。ここでは、航空宇宙や電子分野への集中投資と海外からの技術導入に加えて、米国と同様の軍民両分野を統合させる戦略が採用された。中国は1990年代の米国で進行していた軍民統合の動きを注視しており、これを模倣するかたちで軍民融合政策を策定したのである。このために、米国政府内で軍民統合を推進した専門家を退職後に中国に招聘するなどして情報収集を行なっていた。筆者も、1990年代に中国で開かれた国際会議で技術に関わる経済安全保障についての発表を行なった際、多くの出席者がトピックに興味を示し、その後に中国での講演を依頼されたことがある。

いずれにしても中国は一貫してこの軍民融合戦略を推進し、「民参軍」政策、軍事四証制度、千人計画などにより、民間企業や大学を軍需開発に引き入れ、2016年にはこの「軍民融合発展戦略」は国家戦略にまで格上げされた。このような経緯で、2010年代の後半には、米中の両国が軍民両用技術を軍事分野で活用する政策をとるに至った。

米中両国でこのような政策が進む一方、技術分野では次世代を担うさまざまな新技術が登場していた。AI、量子技術などの重要基礎技術に加えて、ドローンやロボット、そして5Gのような技術も急速な発展を遂げ、これらが第四次産業革命を引き起こしつつあるという認識が広がった。これらの技術はいずれも高い軍民両用性をもつため、米中両国の技術政策が相まって、先端技術をめぐる激しい競争が繰り広げられるに至ったのである。

じつは重要技術の出現と大国による覇権争いの重なりは、過去にも生じている。米ソ間で繰り広げられた冷戦では、その開始と前後してジェットエンジン(1939年ジェット機初飛行)、コンピュータ(1945年完成)、半導体(1947年発明)という20世紀後半の流れを決定づける技術が出現している。米国はこれらの軍民両用性が高い技術で圧倒的な競争力を獲得することにより、冷戦を有利なかたちで戦うことができた。このように、軍民両用性をもつ最先端技術を手中に収めることが覇権競争を勝ち抜く鍵となるため、米中両国は後戻りのきかない技術競争に突入したのである。

この米中間の技術覇権競争は、日本に二重の難しさをもたらすことになった。第一は、技術を見るにあたって、従来の「経済発展のための技術」に「安全保障にも活用できる技術」という軸を加えないと、この事態には対応できなくなった点である。第二は、日本が歴史上初めて、米国と中国の両国を同じ視野のなかに入れて政策づくりを行なわねばならなくなった点である。米国は経済と安全保障の両面で重要なパートナーである一方、日本と中国経済の相互依存が進み、中国は日本の最大の貿易相手になっているのである。

日本の軸としての「戦略的不可欠性」

米中両国の経済と安全保障の間を生き抜くためには、まずは日本としてのしっかりとした政策の軸を定めなくてはならない。この軸がぶれると、両大国の間で日本が漂流する事態になりかねない。一方、確固たる軸を中心にして首尾一貫した政策を策定できれば、逆に日本の存在感を示すことも可能である。

日本の軸を提供するコンセプトとして筆者が最も重要と考えているのが、「戦略的不可欠性」である。これは、日本が他国から見て決定的に重要な領域において代替困難なポジションを確保すべきとする考え方である。技術面から見ると、日本がこれまで培ってきた技術的な強みを活かすことにより、米中両国が決定的に重要と考える技術分野において国際競争力を保持することを意味する。

「戦略的不可欠性」が必要なのは、技術分野に限らない。企業の存在が米中両国から見て戦略的に不可欠ならば、その企業が成長できる道が開ける。さらに日本が国としての「戦略的不可欠性」を確保できれば、米中両国が日本と協力しようとするインセンティブは高まるし、場合によっては日本が外圧に抗する力を得ることにもなる。したがって、経済と安全保障が重なり合う分野において、いかに「戦略的不可欠性」を確立できるかが、米中覇権競争時代の日本の最重要課題となる。

多国間枠組みの構築を

話を具体的なレベルに戻そう。米中覇権競争のなかで、経済と安全保障の両面から最も日本に影響を与える可能性があるのが、デカップリング(分離)問題である。米国は、輸出管理の手法を駆使して、重要技術分野における中国とのデカップリングを進めてきた。その第一の手法が輸出管理のエンティティリストの活用であり、ZTEやファーウェイなどの米国政府が懸念をもつ中国企業を次々とこのリストに載せることにより、米国企業がこれらの企業と取引することを原則的にできないようにした。この輸出規制の影響は日本企業にも及び、米国の「再輸出規制」により、米国産の品目を一定以上組み込んだ部品や製品は、原則的にリストに載せられた企業にはおさめられない状況になっている。

加えて、米国は2019年米国国防権限法に輸出規制の強化策(ECRA:輸出管理改革法)を盛り込んだ。ECRAは、輸出規制品目を、AIや量子技術のような将来の米国の安全保障上重要となる新興技術と、既存の技術であるが米国の安全保障上重要である基盤的技術にまで拡大しようとする法律である。現在、米国政府はこれらのカテゴリーに属する具体的な品目を検討中であるが、これらが実施に移されると、中国とのデカップリングはさらに進行することになる。

トランプ政権下では、輸出管理によるデカップリング政策にも、自国第一主義の影響が色濃く反映されていた。米国の利害に基づいて管理対象と品目を一方的に決定し、これらを同盟国や友好国に同調するように圧力をかけて、デカップリングの有効性を高めようとしたのである。もちろん、このような圧力に抗して米国に従わない選択肢はあるが、このような行動に出ると、その企業自身が米国の懸念企業のリストに載せられるリスクがあり、逆にその企業の米国との取引は禁止されてしまう結果を招きかねない。このように、米国が進めてきた輸出管理を使ったデカップリング政策は、他国にとってもきわめて強制力が強い手段であった。

この方向でデカップリング政策が進行すると、日本企業にさらなる悪影響が及ぶことは避けられない。とくに、基盤的技術領域にまで輸出管理が拡大されると、日本が「戦略的不可欠性」をもつ技術、たとえば半導体製造装置、工作機械、計測・検査機器などについても、日本企業の中国市場での展開に大きな制限がかけられる可能性がある。

このような事態をいかにして防げばいいのだろうか。ここで筆者が重要と考えるのが、多国間枠組みの構築である。米国と協力して、同盟国や有志国が集まり輸出管理やデカップリング問題を議論できる枠組みをつくる。そのなかで日本の立場を反映できるようにするのである。たとえば、安全保障上の理由から、重要技術や製品の中国への輸出を国際レジームの枠組みを超えて規制する必要が出てきた場合は、一律的で大幅な規制をかけるのは避けることが望ましい。このために各国がもつ中国企業の機微な情報の共有を行ない、取引が安全な中国のエンドユーザーを見極める必要がある。そして輸出品にGPSや衝撃感知センサを付けるなどして軍事転用を防ぐ措置を行ない、輸出が完全に止まらない道を模索することが日本企業を守ることにつながる。

中国でも米国の輸出管理の動きに対抗するかたちで、2020年12月より中国輸出管理法が施行された。この法律では、中国の安全や利益に危害を与える恐れがある場合は、輸出不許可や禁輸リストに載せることが可能となっている。このため、今後は中国向けに過度な輸出制限が実施されると、逆に戦略物資の輸出停止のような報復のかたちをとって跳ね返ってくる可能性がある。このような米中両国による管理強化のかけ合い、いわば輸出管理戦争は、長期的に見ると関わるすべての国の経済を傷つけることになる。日本はこれまでに蓄積してきた輸出管理の専門知識と人脈を駆使し、このような事態を防ぐことに尽力すべきである。

バイデン政権の誕生は日本にとって好機

一方、日本が「戦略的不可欠性」をもつ技術は、防衛技術分野では積極的に活かすべきである。米中覇権競争の下では、米国を中心とする同盟国や有志国の間で防衛関連のサプライチェーンが構築され、そこに最先端技術がいち早く導入されるようにして、軍事力を増強する中国に対抗できる体制を整えることが望ましい。日本はこのようなサプライチェーン構築に、得意とする技術を活かすことで貢献できる。

米中の覇権競争が長期化する場合、国家予算に過度の負担をかけない低コストで高品質な防衛サプライチェーンをいかにして維持するかが課題となるが、日本が国際競争力をもつ材料、部品、工作機械、さらには修理や保守技術などはいずれもが活用できる。この方向に日本の技術を展開することにより、同盟国内における日本の「戦略的不可欠性」を強化し、中国に対する防衛技術面での優位性を高めることができる。

本稿で見てきたように、日本が米国と中国の間に入り、効果的な経済安全保障政策を展開するためには、まずは米国とともに同盟国、有志国の新たな枠組みを構築する必要がある。このなかで経済と安全保障の利害をバランスさせつつ「戦略的不可欠性」を高める政策を展開できれば、これが米中覇権競争下における日本の技術政策の要になる。ここでは高い専門性に裏付けられた交渉力やバランス感覚を備えた的確な判断力が求められる困難さは伴うが、同盟国間の協力を重視するバイデン政権の誕生は、日本がこの方向に舵を取る絶好の機会を提供しているように思える。

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村山 裕三(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)
村山 裕三(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)
1953年、京都府生まれ。同志社大学経済学部卒業。ワシントン大学よりアメリカ経済史で経済学Ph.D取得。その後、野村総合研究所などを経て、現職。内閣府「イノベーション政策強化推進のための有識者会議『安全・安心』」委員、経済産業省「産業構造審議会、安全保障貿易管理小委員会」委員。著書に『経済安全保障を考える』『テクノシステム転換の戦略』(いずれも日本放送出版協会)、『アメリカの経済安全保障戦略』(PHP研究所)など。

掲載号Voiceのご紹介

<2021年2月号総力特集「経済安全保障と日本の活路」>

  • 小林 喜光/「境界線なき時代」に生き残る企業
  • 村山 裕三/日本の「戦略的不可欠性」を活かせ
  • 小谷 賢 /対中防諜と秘密保全体制の強化を
  • 川島 真 / 「まだら状」の米中対立に揺れる世界
  • 南川 明 /ビッグデータに勝る日本の電子部品技術
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  • 御立 尚資&イアン・ブレマー/ポストコロナ時代のジオエコノミクス

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