追い詰められる前に手を差し伸べられる仕組みを

NPO法人 OVA 代表理事 伊藤次郎 (聞き手:PHP総研 山田花菜)

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――何もかもが筒抜けになってしまう。本人はそこまで深刻じゃなかったのに、急に支援の手が差し伸べられて戸惑ってしまうようなことも起こり得るかもしれませんね。
 
伊藤:そういう可能性もありますよね。本人はそんなつもりじゃなかったのに勝手に通報されてしまったり。そういう“過ぎたお節介”を「パターナリズム」というのですが、その辺りの倫理についても考えながらやっていかないと、テクノロジーがどんどん発達していくと、リスクが割り出されすぎることの弊害が、きっと出てきてしまうと思います。
 
――一方で、リスクを早い段階で割り出すことができれば、その分立ち直りも早くなりますよね。
 
伊藤:そうですね。「カフカの階段」というモデルがあります。
 路上生活をする人々が社会復帰することの難しさを表現したモデルなのですが、仕事と収入があって、家があって、家族がいるという状態を平時とすると、たとえば、病気になって→仕事を辞めて→離婚をして→頼る人もいない中、失業保険が切れて→家を失ってといったように、階段を一段ずつ降りるように路上生活へと転落していきます。
 しかし、そこから抜け出そうと思ったら、収入のためには仕事に就く必要がある、仕事に就くには住所が要る、しかしお金もないし保証人になってくれる人もいなければ家を借りることもできない、というわけで、すべての課題を一気に解決しなければならなくなります。一段ずつ降りてきた階段が全部積み重なった高さの壁を、一気に上る必要があるんですね。ひとりの力じゃ到底登れない。それが「カフカの階段」です。
 だけど、最初の一段目を降りた段階で誰かが支援できれば、階段を一段上るだけで元の状態に戻ることができるわけですよね。自殺も同じです。一つひとつの問題は死にたくなるほどではなくても、3つも4つも重なると、問題に圧倒されて、絶望し、死ぬしかないと思うようになる。私は、そうした人に、「こんな階段もあるよ。一段ずつ登る方法を一緒に考えようよ」ということをやっているんですね。
 「もっと早い段階で誰かに相談できたら、ここまで追い詰められなかっただろうな」と思うことはやっぱり多くて、それぞれの課題に取り組んでいるいろんな団体が早い段階でアウトリーチすることができれば、私たちのところまで来る人も少なくなってくるんじゃないかと思います。
 
――なるほど。さらに路上生活など一旦困難な状態に陥ってしまうと抜け出すことが非常に難しいという環境自体にも、課題がありますね。
 
伊藤:そうですね。ここで言う階段や壁のような段差は、果たして本人の問題なのか、社会の問題なのかということですよね。たとえば、トランスジェンダーの方が働きにくい、そもそも働けないと辛い思いをするというのは、偏見を持っている社会の側に問題があると思うんですね。そもそもそこに段差がなければ、誰も落ちることはないわけですから、社会や政治に対して、この段差自体をなくすように働きかけていく必要がある。我々はこれをソーシャル・アクションと言っています。
 リスティング広告を用いた自殺ハイリスク者への相談事業と、マーケティング手法を用いたハイリスク者へのアウトリーチという考え方の拡大と、社会の側から段差をなくすためのソーシャル・アクションと、この3つが我々の事業の軸となっています。
 

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