シルバー民主主義「論争」を越えて<1>

島澤諭(中部圏社会経済研究所主席研究員)×小黒一正(法政大学教授)×亀井善太郎(PHP総研主席研究員)

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2、現役世代と高齢世代の暗黙の結託は本当に存在するのか
 
亀井 世代会計という手法、そして、そこから見えてくる本当の課題がよく見えてきました。小黒さんのお考えはいかがでしょうか。
 
財政破綻がない前提に立てるかどうかがポイント
小黒 標準的な世代会計を考える時に重要なのは、先ほど島澤さんも指摘していましたが、財政が持続可能であるということを前提にしているということです。
 生涯の受益と負担で、島澤さんの推計によれば、0歳児は、生涯所得に対して超過負担が20.3%であり、まだ生まれていない将来世代は47.5%になっています。
 いずれも負担超過で、ここに27%もの大きなギャップがあり、このギャップこそが世代間の格差だと言えるわけですが、このギャップには計算過程の前提で、現存する約1,000兆円の政府債務のほか、今後の財政赤字で増えていく債務の分も入っているわけです。
 それだけではなく、世代会計の重要な点は、財政収支では事実上均衡していても、負担を将来世代に先送りできるという、そういう負担も明らかにできる特徴を持っています。
 例えば、世代が三つしか存在せず、また、各世代も1人しかいないケースを考えてみましょう。引退世代が1人、現役世代が1人、それから将来世代が1人いるケースですね。
 最初のある時点では、現役世代と引退世代しかいなくて、現役世代は引退世代に50の移転をします。そうすると、引退世代はプラス50、現役世代はマイナス50になります。
 次の時点で、引退世代が亡くなって、将来世代と現役世代だけになった場合に、同じような仕組みで、年金や医療とかでもよいですが、今度は現役世代の人たちが30もらって、将来世代は30の負担をすると、将来世代はマイナス30となります。
 それを世代ごとに通算してみると、引退世代はプラス50、現役世代は50のマイナスと30のプラスなのでマイナス20となり、将来世代はマイナス30となります。
 これは、各時点時点では、単に上の世代にお金をあげているだけなので、財政収支はトントンで赤字になっていませんが、実は世代ごとに見ると損得が発生していることを見ることができるのです。
 もう一つは、現役世代と将来世代が損している分(マイナス20とマイナス30)は、実は、引退世代の人たちがプラスになった部分(プラス50)と同じになっていて、一言で言えば、世代間の所得移転として財政をみると、財政はゼロ・サム・ゲーム的な性質をもっているというのがポイントです。こうしたことを明らかにするのが世代会計なのです。
 ただ、私の冒頭の話に戻ると、いま別に100という債務があった場合に、世代会計ではどういうふうに整理しているかというと、これを全て将来世代に押し込んでいるわけです。
 だから将来世代はマイナス30という負担超過ではなくて、マイナス130にしているというのがポイントで、それは財政が持続可能であればという前提があるのです。
 例えば、あと20年後に財政が破たんし、そこで政府がドラスティックな改革をする。例えば、大規模な増税をして、年金や医療の給付を削減するということになれば、いまの20代、30代、40代の人たちの負担がもっと増えますし、今すぐ破綻すれば、いまの中高年世代とか、そういうところに債務100の負担が行くわけで、それは、いまの世代会計の推計とは異なる負担になります。
 一番重要なポイントは、むしろ財政が本当にどれぐらい持続可能なのかというところではないかと思うのです。持続可能ではないとすると、世代会計の前提は変わってきてしまうのです。
 一つだけ確かなことは、もし財政があと10年間持続可能だとする場合、それでも確実に財政破綻という被害から逃れられる人がいるわけです。それは、例えば、現在80歳とか90歳の人たちかもしれませんが、この人たちは負担しないまま、一生を終えるわけですから、逃げ切ることができます。また、財政破綻の前に海外に資産を逃がすことができる一部の裕福層等もそうかもしれないですが、それ以外の人たちは逃げ切れないということです。
 世代会計は、世代の負担と給付の関係を見るための優れた手法です。しかし、そうした構造になっていることは忘れてはいけません。そうした前提を踏まえれば、島澤さんのご指摘のような「結託」を現役世代が果たしてしようとしているのかは疑問があります。現役の人たちがそういう財政の赤字を先送りするゲームを本当に続けられると思って合理的に行動しているとは思えないんですよね。シルバー民主主義の実態としては、引退世代が現役世代や将来世代から「搾取」しているというよりも、財政赤字というマグマが溜まる中、「負担の押し付け合い」ゲームをしているということではないかと思います。世代間移転はゼロ・サム・ゲーム的な性質をもつので、「引退世代 vs 現役世代 vs 将来世代」という対立で、投票ボリュームの大きい世代や選挙権をもつ世代が「利己的」に行動し、立場の弱い世代に負担を押し付け合っているというものです。
 
このままゲームは続くと考えているから、現役世代は動かない
島澤 先ほど、小黒さんからもありましたように、世代会計の計算方法というのはもう決まっていますので、それに従ってやると、確かに示したような結果になります。
 もうひとつ、先ほど、財政破綻があれば結果は変わってくるというのは、確かにそのとおりなのですが、ただ、いつ財政破綻があるかは、誰にもわからないですし、各世代が財政破綻すると思っているかどうかも、私はわからないと思っていて、どちらかというと破綻しないと思っているのではないかなと考えています。いまの例えで言えば、ゲームは続くと考えているということです。
 なぜかといえば、そもそも、財政破綻すると、みんなで穴埋めをしようということになりますが、実際に負担能力があるのは誰かというと、高齢者は多くが年金に依存していて、それが生活資金ですから、きっとそれは取り上げられないことになると思うんです。
 そうなれば、誰が負担すべきかということになると、やはり若い世代に回ってきます。となれば、若い世代が合理的であれば(ここが多分ポイントだと思いますが)結局、必要な改革を先送りした挙句結局破綻することになれば自分たちの負担が重くなるのはわかっているので、そうなれば、高齢者世代に余力がある、いまのうちに増税を、あるいは、社会保障の制度改革を声高に主張するはずなのですが、実際はそうはなっていません。
ということは、これは状況証拠でしかないのですが、もしかしたら顕示選好かもしれないですが、若い世代、あるいは、現役世代は、財政破綻がやってくるのではなく、いまのゲームがこのまま続くと思っていると考えてよいのではないでしょうか。
 日銀の金融抑圧もそうですし、いろんな政策が当面は功を奏しているところから判断して、いまのゲームが続くと思っているのかもしれません。
 
世代会計は政策を評価、検討のための重要なツール
亀井 お二人の視点の違いがよくわかりました。
 世代会計は、ある時点を見るだけでなく、継続的に公表し、その変化から、政策の評価や検討に使う手法ですね。政策の変更が、世代ごとの負担や給付にどのような影響をもたらすか、その変化から見られますからね。もちろん、所得の状況等、他の要素もあって、他の尺度も必要になる場合もありますが、そういう理解でよろしいでしょうか。
 
島澤 その点は重要です。政策が変更された時、あるいは、新しい政策が追加になった時、どの世代の負担によってその政策が行われているかというのも世代会計のもう一つのポイントですね。
 
亀井 例えば、所得税の税率が上がればこの年代の負担が増える、消費税ならば影響が幅広い世代になる、あるいは、資産課税になれば、それが現実的に捕捉可能かどうかは別にして、資産を比較的持っていると言われている高齢者世代の負担になるから、ここの負担率が随分変わってくるだろう、こういう議論ですよね。
 
小黒 そうですね。例えば、10年後とか20年後に、財政が危機的な状況になったと仮定して、財政を持続可能にするために大規模な消費増税を行ったときにどうなるか、あるいは、代わりに大規模な所得増税を行ったときはどうなるか、というように、政策オプションの違いが世代の負担の構造に及ぼす影響について、シミュレーションすることはできますね。また、歳出のカットでも同じことができます。年金の3割カットと医療費の自己負担を引き上げる場合、どう違うのか、世代ごとの負担と受益の構造がどう変わるのか、推計できるのです。
 そういう場合、島澤さんが今回推計した世代会計とはちょっと違って、財政の持続可能性を確保するために、大規模な増税や社会保障費の削減を早急に行うので、将来世代の負担は大幅に軽くなり、もっと20代から40代のところに集中して負担が増えるという形に世代会計の推計結果が出てくるはずだと思います。
 いずれにせよ、これは政治や社会がこれからのことを考えるための貴重な材料であり、内閣府が世代会計を出さなくなってしまったのは無責任ですし、アカデミアから出て来るものがごく僅かなのも残念なことだと思います。


 

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