日本は国際的なルールづくりで先導的な役割を果たせるのか

小田正規(青山学院大学WTO研究センター客員研究員)×熊谷哲(PHP総研主席研究員)

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出典:首相官邸ホームページ

4. 公務員の人事制度の弊害
 
熊谷 関税率云々よりも重要なポイントがあるのに、日本では農業が壊滅するという話になってしまう。あるいは、公的医療保険のように、政府が実施している非営利で競争相手のいないサービスはWTOで除外されているからTPPでも対象外なのに、日本の医療制度が崩壊するといったところに議論が飛躍する。なんでこんなことになってしまうのでしょうか。
 
小田 その想像力のたくましさはすごいなと思いますね。政府は「そうじゃない」とわかっているんだったら、そこの部分をもっとしっかりと説明すればいいのに、説明をすること自体が火に油を注ぐと思ってしり込みしているのか、積極的に「大丈夫なんだよ」という鎮火作業をしないんですね。
 
熊谷 冷静に話せば十分理解してもらえることだと思うのですが。
 
小田 ここが、日本の公務員制度の限界が来ている部分だと思います。彼らにとってみれば、世の中にはびこっている誤解を解きましたということが、役所の中でどれだけ評価されるのかという基準がない。
 
熊谷 得てして、新しい法律づくりや新しい予算を取ったというのが評価に直結すると言われますよね。
 
小田 もう一つは、もっと根本的なところで、やはり2年の人事ローテーションでは、得られる情報は限られるんですよ。2010年に菅総理が協議開始を表明して、あれから4年しか経っていないのに交渉担当者は何人も変わっている。交渉の現場での経緯を引き継いだだけの人間では、やはり限界があるわけです。
 
熊谷 局長・審議官級だと、関係各省で並べてみたらコロコロ変わりますからね。
 
小田 先日、EUの外交官と食事をして自由化交渉の話をしたのですが、彼いわく、例えばニュージーランドのようにTPPで非常に先進的なことを言っている国でも、貿易自由化交渉の担当者というのは5人しかいないと言うんです。
 
熊谷 5人ですか。
 
小田 彼は半分冗談で言っているんですが、要はキーパーソンは5人しかいない。その人たちが、TPPをやっているのか、他の交渉をやっているのか、ジュネーブで大使やっているのかという違いだけで、本当に重要な人物の立場は入れ替わっても、変わらず貿易問題をやっているというんです。日本の場合は、平気で局をまたいで異分野に異動しますよね。
 
熊谷 ニュージーランドのようなことは、ほとんど聞いたことがありません。
 
小田 昔に比べて、官僚には専門性がより求められてきていると思います。それを2年で身につけて、なおかつ専門的な相手と十分に渡り合うのは難しいことです。
 
熊谷 日本の国益にもかなわないということですね。
 
小田 私は、TPPそのものは、日本に何か大きな制度的変更を求めるものではないと思っています。ですが、そこから日本の行政機構に様々な課題が見えてきたというのは間違いありません。今回もそうですが、別の重要な課題に直面したときにでも、官僚の人たちが本当に力を発揮できるような制度にはなっていないと思います。
 
熊谷 だから、変な誤解が生まれて、なかなか十分な火消しがされないから誤解が誤解を呼んで大きな妄想を招いたりする。日本以外のそれぞれ国同士の関係を過少評価したり、アメリカ陰謀説みたいな奇妙な話になったり。建設的な議論をしていくためにも、よりよい結果を求めていくためにも、公務員の人事制度や運用のあり方は早急に見直すべきだと思いますね。

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