日本は国際的なルールづくりで先導的な役割を果たせるのか

小田正規(青山学院大学WTO研究センター客員研究員)×熊谷哲(PHP総研主席研究員)

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3. 関税ゼロの影響の真偽
 
熊谷 TPP交渉は、小田さんの言われるところの通商交渉2.0の世界にあるのに、国内の議論は重要5品目の関税率ばかりです。実際のところ、関税撤廃のインパクトやダメージは、どれほどのものになるのでしょう。
 
小田 川下から見ると、例えば牛丼です。通常、外食産業の原価率は3割を超えると経営が成り立たないと言われていますが、仮に5割の原価率だとします。
 
熊谷 だいたい300円くらいですから、原価を150円と見るわけですね。
 
小田 そのうち牛肉のコストは3分の1ぐらいだそうですから、約50円。これは、牛肉を国内で調達してくる卸価格なので、当然そこには仲介業者がいますから、輸入時の原価はその半分の約25円。この25円には38.5%の関税が含まれているので、牛丼1杯当たりの関税は約7円。では、牛丼の価格が7円下がるような関税撤廃が行われたら、和牛業界は壊滅的な影響を受けるのかというと、ほとんど何も変わらないでしょう。
 
熊谷 調達先の選択や消費者の選好には、実際には影響は及ばないだろうということですね。
 
小田 もう一つは、川上の方から。オーストラリア産牛肉を通関統計で見ると、一番高いところでは100グラム当たり100円ぐらいです。一方で、農水省が毎週公表している小売価格統計によると、スーパーの店頭価格は、同じ品質だとして比較してある国産牛が700円で輸入牛が400円。
 
熊谷 輸入時は100円で、消費者が手にするときには4倍の値段になっていると。
 
小田 港に上がってきた100円の牛肉を、冷蔵車で運び、個別に切り分けて包装し、店頭に陳列して販売するという、一連のコストが全部入った時の値段が400円になる。いわば国内流通コストが300円かかっているわけです。
 
熊谷 輸入原価は25%にすぎなくて、75%は国内でつけられた付加価値だということになるんですね。
 
小田 このとき100円に対して38.5%の関税がなくなる。すなわち、700円対400円の勝負が700円対360円になりました。ではこの時に、700円の側は壊滅的な影響を受けるかといったら、やはりそんなことは考えにくい。むしろ、為替変動の影響や天候不順などによる元値変動の方が大きくて、関税38.5%は一見すると大きな存在のようでも国内産業保護の効果はほとんどないと思います。
 
熊谷 痛いのは、税収や特定財源がなくなってしまうということかもしれないですね。
 
小田 もっと言うと、日本が牛肉を輸入しているのは、アメリカとカナダとオーストラリアとニュージーランド、この4カ国で99.9%ですね。これは、農水省が牧草に含まれる農薬や、処理が衛生的かなどを全部チェックして、大丈夫だと認定を受けたところからしか輸入できないからです。それぐらい厳しくやっていますから、TPPで関税が撤廃されたからといって、安全に疑問のある安価なものが大量にやってくるなんていう事態は、およそ考えられません。
 
熊谷 国内でつけられる付加価値というところでは、日本で製粉・加工された小麦粉のニーズが東南アジアで高まっているそうです。技術に優れ、安全さは群を抜き、質も極めて高い。そこが好まれているというんです。
 
小田 乳製品でも、オーストラリアは北海道の業者と組んで、中国にどう売るかを考えています。殺菌やパッケージなどは北海道でいいと思っていて、日本経由で中国に、というところに彼らはビジネスとして興味を持っているんですね。
 
熊谷 関税ゼロになると、新たな市場が開拓され、新しいビジネスチャンスも生まれてくる。ここで新たな価値を創造するのが日本として生きる道のひとつだということを、もっと前向きに捉えなくてはいけないですよね。
 
小田 関税によって国内市場が守られているというのはもはや錯覚であるということを理解した上で、政策を再構築することが重要だと思います。

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