日本の政府部門の財務評価【1】
―accountability の欠如が招いた政府の債務超過の実態―

主 旨

日本の財政は、現在、惨憺たる状況に陥りつつある。1998年度には、国債発行額が過去最高の38兆円に上り、一般歳出に占める国債の比率(国債依存度)は、第2次オイルショック時に記録した34.7%を大きく上回る、38.6%までに上昇した。国と地方合わせた公債発行の累計額は600兆円とGDPの1.2倍に達しており、不良債権処理額の拡大や追加的な景気対策の行方によっては、今後も増加していくことが十分予想される。

国民負担率は約38%、金額にして約200兆円となることから、政府は収入の実に3倍の借金を抱えている計算になる。一般の家計でも、収入の3倍の借金はかなりの負担であり、4倍を超える借金は、家計の屋台骨を揺るがしかねない事態といえる。したがって、日本の財政は、公債の累計額から判断する限り、これ以上の借金を重ねると、破綻に追い込まれる危険水域に達していると考えられるのである。

ところが、現状では、財政に対するこうした危機意識が国民の間に十分浸透しているとは言い難い。また、危機を克服するためにいかなる対策が必要で、その結果どのような事態が起こりうるのかについて、国民にはほとんど知らされていない。つまり、日本では、政策に対する「説明責任(accountability)」が十分に果たされていないのである。政府の財政状況1つを取り上げてみても、それを判断できる十分な情報が開示されていないため、政府の真の財政状況を診断することが容易ではない。

かつて、現在の日本と同じように、財政赤字の膨張に苦しみ、政府活動の非効率化に悩まされてきた欧米先進国では、国民へのaccountabilityを高めることで、痛みを伴う「構造改革」に対する国民的支持を獲得し、国家の危機的状況を克服してきた。その手段として、旧態依然の「公会計制度」に大胆にメスを入れ、政府の財務状況の開示やその活動の妥当性の検証に、多大な労力を払ってきたのである。欧米先進国のかつての状況に酷似している日本にとっても、行政・財政の「構造改革」は不回避な政策課題である。したがって、それへの国民的理解を深めるためには、accountabilityの充実を意図した「公会計制度改革」に着手していく必要があるのである。

日本では、これまでこうした問題意識が希薄であったため、現状の公会計制度の問題点やその改善の方策、欧米先進国の公会計制度の潮流やその目的および改革の進捗状況等について、十分な検討が加えられてこなかった。また、実際に、欧米先進国で広く採用されている発生主義会計に基づいて、日本の財務状況を捉えるという作業が不足していた。そこで、近年、欧米先進国で進行する公会計制度の改革の実態を調査・研究し、新たな公会計制度のもとで日本の財務状況の実態を把握することを目的に、昨年10月、跡田直澄先生(大阪大学教授)が発起人となって研究者5名からなる研究会(「政府会計改革」研究プロジェクト)を発足させた。

日本とドイツを除く欧米先進国のほとんどの国が、80年代後半から90年代にかけて、現金主義から発生主義へと会計処理手続きを転換し、政府の貸借対照表を作成することで、財政のフローとストックの両面から、自らの財務状況を報告することに熱心に取り組んできているのである。

そこで、当プロジェクトが今回、政府の真の財務状況を把握・計測すべく、政府部門の貸借対照表を発生主義ベースで新たに推計し直した結果、資産から負債を差し引いた正味財産額は、マイナスの368兆円に達し、現状で政府は債務超過の状況に陥っていることがわかった。これは、GDPの7割強に上る額であり、仮に今後25年で完済するためには、国民に対し、毎年14.7兆円(消費税で7%)の新たな追加的負担を求めなければならないことになると考えられるのである。

以上のような研究結果は、限られたデータのもとで、いくつかの仮定のもとに推計されたものであり、真の日本の財政状況を100パーセント正確に示すものではない。もとより、会計の専門家以外のものが集まった研究会であり、この結果に対し、専門家から、反論や批判が出てくることは、当然予想されることである。

しかし、敢えて今回、こうした研究結果の公表に踏み切ったのは、これを契機に公会計制度の改革をめぐる各界各層での議論が盛り上がり、日本の改革論議が少しでも前へ進みはじめることを願ったからである。その意味で、この研究が、国民に対するaccountabilityの改善につながる改革の推進に、何らかの形で貢献できれば幸いである。

要 約
1.なぜ、公会計制度改革に取り組まなければならないのか

目下、進行を続ける財政危機は,(A)度重なる景気対策,(B)ムダな財政支出の継続,(c)高齢化の進行,という3つの要因によって引き起こされていると考えられる。しかし,こうした財政危機を招いた真の理由は,日本の政策プロセスにおいて,政府の活動の意図および帰結を国民に説明・報告する責任(accountability)が,きちんと果たされていないことによると考えられる。

欧米先進国でも,かつて財政赤字の膨張に苦しみ,政府活動の非効率化に悩まされてきた。こうした危機を乗り切るため,公的部門の「構造改革」にこぞって取り組んできたが,改革に対する国民の理解を獲得する上で,「accountability」の充実・強化に努めることが不可欠であった。その手段として,現金主義に基づく旧来の「公会計制度」に発生主義を導入,バランスシートの作成を通じて,政府の財務状況をストック面からも把握できるよう,制度を再設計した(中央政府のレベルで,現金主義を採用する国は,日本とドイツのみとなっている)。

そのねらいは,公的部門の財政実態を国民に開示するとともに(狭義のaccountability),政府の活動を経済性(economy),効率性(efficiency),有効性(effectiveness)の「3つのE」の観点から,評価すること(広義のaccountability)であった。すなわち,欧米先進国は,公会計制度の改革に取り組むことで,(A)フロー・ストック両面から財政状況を把握する,(B)政府活動が要した当期のコストを厳密に測定する,という2つの目的を達成し,狭義or広義のaccountabilityがともに十分果たされる制度的環境を整備したと考えられる。

これに対し,現状の日本は、欧米先進国のように,狭義or広義のaccountabilityを十分達成できる制度的状況にはない。Accountabilityの達成を阻んでいるのは,現金主義をベースとする公会計制度である。すなわち、現状の公会計制度のもとでは,(A)ストックとフローとがリンクしていない,(B)政府活動のコストが厳密に把握できないという2つの理由から,公的部門の財務状況の実態や活動の妥当性が評価できなくなっていると考えられる。

日本が,欧米先進国に引けを取らない,accountabilityの充実した国となるためには,かなりの大掛かりな改革が必要となる。発生主義会計を採用するとともに,インフラ資産の時価評価や資本費用の計上等を行うことで,有意義なバランスシートおよび活動報告書(損益計算書)を作成する必要がある。わけても,政府の財務状況を把握するためのバランスシートの整備・改善に早急に取り組む必要がある。

2.発生主義に基づくバランスシートの作成と評価
~「政府会計改革」研究プロジェクト試作~

今回,試作したバランスシートは,経済企画庁の「国民経済計算年報(SNA)」で推計されているバランスシートを,発生主義をベースとする形に改良したものである。新たに,バランスシートを試作した目的は,発生主義会計に基づく形で、政府部門(中央政府,地方政府,社会保障基金の一部)の財務状況を推計・評価してみることが,狭義のaccountabilityの達成を目指す観点から重要であり,また,こうした試作作業を通じて,公会計制度をめぐる改革の論議が,各界各層で進展していくことを願ってのことである。

今回,新たに取り組んだ主な内容は,(A)インフラ資産のうち道路について,減価償却を実施し,インフラ資産の管理・運営に関するコストをバランスシートの中で明示的に取り扱った,(B)公務員共済の将来債務および公務員退職金の将来債務を,バランスシートに計上した,ということである。従来のバランスシートでは,インフラを含めた固定資産が厳密に計上されておらず,バランスシートの構成が,金融資産に著しく偏っていた。また,年金に関しては資産のみが計上され,将来,政府が支払いを確約している支出額(年金の将来債務)が計上されていなかった。

その結果,SNAのバランスシートにおいては,資産(asset)から負債(liability)を差し引いた正味財産が,424兆円のプラス(1996年度)で計上されていた。これをもとに,一般政府(中央政府,地方政府,社会保障基金)の財務状況は,さほど悪くないと考えられていた。

今回,われわれが新たに推計したバランスシートでは,1996年度で正味財産額が212兆円と、SNAの約半分であることが判明した。これは,インフラ資産に減価償却を計上したこと,および公務員共済と公務員退職金の将来債務を計上したことで,正味財産額が圧縮されたことを反映したものである。

さらに,われわれは,政府が保有するインフラ資産等が市場で転売できない点を考慮し,政府が自ら処分できる資産と負債として定義される,「政府可処分正味財産(政府所有正味財産)」(正味財産?売却不可能資産)を推計した。それによると,政府は?368兆円の政府可処分正味財産を有しており,現時点で債務超過に陥っていることが判明した。

この額は,GNPの7割に相当するものであり,仮に高齢化がピークを迎える2025年までの25年間で完済することを目指すとすれば,毎年14.7兆円、消費税率7%の追加的負担を国民に求めなければならない計算となるのである。もちろん,いくつかの仮定のもとでの推計結果であり,政府の財務状況を100%正確に反映するものではないが,現状,得られる限りのデータをもとに推計したものであり,日本の政府部門の財政状況を判断する材料の1つになるものと自負している。

公会計制度改革への流れ

公会計制度改革への流れ

一般政府・部門別バランスシート(発生主義ベース・時価)
一般政府・部門別バランスシート 1996年度

一般政府・部門別バランスシート
  • 注 1) 一般政府のバランスシートは,各部門内の金融取引を相殺するように統合されている。
  • 2) 上の表は,表7の項目の一部を再構成したものである。
    • A.流動資産の「1.現金・預金等」は,表7「1.現金・預金」「2.その他の預金」を集計している。
    • B.固定資産の「3.投資及びその他の資産」には,a.長期債券,b.長期貸出金,c.準備金,d.出資金,e.その他の金融資産の各項目が含まれている(表7を参照)。ここでは出資金のみ記載している。
    • B.固定負債の「1.長期債券」の「b.その他長期借入」は,表7の「b.長期借入金」と「c.その他長期債券」とを集計している。

[B] 政府可処分正味財産勘定

一般政府・部門別バランスシート
  • 注 1) [B]政府可処分正味財産勘定では,純固定資産や特定目的に使用される基金などの売却不可能な資産の価値はゼロとされ,売却可能資産のみを資産と捉えることにより,実際を示す政府所有正味財産(政府可処分正味財産)が計上されている。
  • 2) 売却可能財産は,資産合計-売却不可能資産で定義されている。
  • 3) 売却不可能財産は,[C]売却不可能財産の各項目の集合と定義している。

[C]売却不可能資産

一般政府・部門別バランスシート

本編目次一覧

  • 1.公会計制度改革の潮流と日本の課題
    • 1.1 アカウンタビリティの不在と財政危機
    • 1.2 アカウンタビリティの達成を阻む現状の公会計制度
    • 1.3 先進国における公会計制度改革の潮流
    • 1.4 制度改革の目的
    • 1.5 制度改革の理念タイプ:英国 and 米国
    • [1] 英米両タイプが優先する改革目的の違い
    • [2] 英米両タイプの会計基準の違いと改革目的の違いとの関連性
    • 1.6 日本の課題
    • 1.7 今回の推計作業について
  • 2.バランスシート作成に向けて
    • 2.1 既存の資産・負債統計の問題点とその改良
    • [1] SNAバランスシートとその問題点
    • [2] 問題点の克服 -意味のあるバランスシート作成に向けて
    • 2.2 発生主義に基づくバランスシートの作成と評価
    • [1] バランスシートの配列とその意味について
    • [2] SNAベースのバランスシートと発生主義に基づいたバランスシート
    • [3] バランスシートと日本の政府部門の現状
  • 3.政策提言
    • 参考文献
    • 補論1.発生主義バランスシート作成に向けた具体的な取り組み
    • [1] 発生主義バランスシート作成に向けた取り組み
    • [2] 項目の補足によるバランスシートの改良
    • [3] 流動性配列法に基づくバランスシートの作成
    • 補論2 個別項目の推計方法
    • [1] SNAにおける「純固定資産」の解説とその推計方法について
    • [2] 部門別・純固定資産の推計方法
    • [3] 道路ストックの推計方法
    • [4] 退職金の算定方法について
    • 付表
    • 脚注

 

「政府会計改革」研究プロジェクトメンバー

  • 幹事 跡田 直澄 (大阪大学教授)
  • 幹事 大住 莊四郎 (新潟大学教授)
  • 委員 赤井 伸郎 (神戸商科大学助教授)
  • 委員 鷲見 英司 (法政大学大学院博士課程3年)
  • 委員 田中 宏樹 (PHP総合研究所研究員)
  • <コーディネーター>
    秋山 憲雄 (PHP総合研究所常務取締役)

本編は、上記研究プロジェクトが研究・調査し、1999年6月に公表した「日本の政府部門の財務評価~accountabilityの欠如が招いた政府の債務超過の実態~」の内容を要約したものです。弊所では、より詳細な研究成果をまとめた研究レポートを、別途作成しております。ご関心をお持ちの方は、下記までご連絡ください。

PHP 総合研究所 第二研究本部   担当)秋山

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