NSC創設10年、その成果と課題

折木良一(自衛隊第三代統合幕僚長)&金子将史(政策シンクタンクPHP総研代表)

本稿は『Voice』2024年2月号に掲載されたものです。

国家安全保障会議(NSC)とそれを支える国家安全保障局(NSS)が発足して10年が経った。わが国の外交・安全保障は、はたして何が変わったのか。現状と問題点をどう認識するべきなのか。NSCの制度設計に関わった二人が、NSCとNSSの今後のあるべき姿を考える

NSCとともに乗り切った激動の10年間

金子:日本の外交・安全保障政策の司令塔である国家安全保障会議(NSC)が発足したのは、いまから約10年前の2013年12月のことです。その翌月には常設的な補佐部局としてNSCを支える国家安全保障局(NSS)が内閣官房に新設されました。

折木さんと私は、「国家安全保障会議の創設に関する有識者会議」のメンバーとしてNSCの制度設計に関わり、その時期に行なった英国政府のNSC関連組織の視察でもご一緒しました。今回は発足10年の節目にNSCおよびNSSの活動を振り返り、今後の日本の外交・安全保障に資する議論ができればと思います。自衛隊統合幕僚長経験者としての視点もふまえて、NSCとNSSの成果をどう評価されていますか。

折木:金子さんとは発足から2年を経た2015年11月に、NSCの活動や現状をレビューしたうえで、さらなる発展の方向性を検討した提言報告書『国家安全保障会議―評価と提言』を一緒に取りまとめました。提言は9項目にわたりましたが、1、2項目を除けばおおむね期待したとおりに進んでいると評価できるのではないでしょうか。

従来の日本の安全保障の問題点について、ひと言で言うならば外交戦略と防衛戦略の乖離であり、担当省庁である外務省と防衛省で手元にある情報が異なる状態も続いてきました。その弊害は、NSCの発足で確実に解消されてきています。各省庁の縦割り打破にもつながっていて、日本では弱かった総理のリーダーシップを強めてきました。その結果、日本の安全保障の能力は明らかに向上しています。

それにしても、NSCおよびNSSを設立したのは2013年末から14年にかけてのことですが、いま振り返れば非常に重要なタイミングでした。この10年間で世界情勢あるいは日本が置かれている国際環境は大きく変化しましたし、2020年には新型コロナウイルスの感染拡大もありましたから。

金子:2014年には現在のウクライナ侵略戦争につながるロシアのクリミア併合がありました。中国の存在感が10年前と比較できないほど増している事実も、あらためて説明するまでもないでしょう。

また、2017年には米国でトランプ政権が誕生しました。安倍(晋三)元首相はトランプ前大統領と良好な関係を築いていたことで知られますが、NSCとNSSによる組織的な下支えも重要でした。このように見ていけば、日本は激動の10年間をNSCおよびNSSとともに乗り切ってきたと言えそうです。

折木:同感です。以前の日本には、米国のNSCスタッフ組織のカウンターパートが存在しませんでした。その課題が解消されたことで、安倍・トランプ時代から現在に至るまで、たとえば電話会談の回数が増えるなど、日米首脳が語り合う機会が増えました。日米同盟にとってきわめて重要な進化です。

金子:互いの外務当局が窓口になる仕組みだけでは、両首脳に上がるまでのプロセスが長すぎます。その点、総理直轄のNSSがパートナー国のカウンターパートとコミュニケーションする意味は大きいでしょう。じつのところ、世界でしっかりしたスタッフ組織をもつ国はさほど多くありません。日本は米国に比べればかなり後発ではあるものの、何とか定着させることができました。初代NSS局長を務めた谷内(正太郎)さんは、就任当初は相手国の誰が自分たちの窓口になるか不安だったが、結果的には各国で期待していたカウンターパートと連携することができたと述懐されていました。

いずれにせよ、日本の経済力が相対的に小さくなっているにもかかわらず、それに反比例するかのように外交安全保障の分野で存在感が高まっていることは、NSC設立の賜物でしょう。岸田政権にしても、支持率がこれだけ急落しているものの、外交安全保障の評価は必ずしも低くありません。

折木:繰り返すようですが、やはり外交と防衛の連携を強化できたことが大きいですね。代表的な成果が2022年末の安保関連3文書策定ですが、そのほかの課題にもスピーディかつ具体的に対処できている印象です。

財務省の意識の変化への期待

金子:日本で初めて国家安全保障戦略が策定されたのは、NSC設立と同じ2013年12月のことです。NSCやNSSの創設を見越してつくられていますが、戦略文書の作成手順は未成熟で、内容も十分とは言えませんでした。それと比較したとき、先般の安保関連3文書では防衛費をGDP比2%に引き上げ、2023年度から5年間の総額を43兆円程度とすることを閣議決定し、防衛力整備にとどまらない防衛戦略を文書にしました。岸田政権は非常に大きな決断を下したと言えますが、折木さんはどう評価されていますか。

折木:先ほども申し上げた世界情勢の変化から目を背けず、日本を守るためには何が求められ、何をする必要があるかをふまえた内容ではないでしょうか。1976年に三木内閣が防衛費の国民総生産(GNP)1%枠を決定しましたが、それから40年来の日本の方針を見直したわけですから、その意味はきわめて大きい。これまで事実上回避されてきた所要防衛力(量的側面に注目して脅威に対抗するための防衛力整備)に着眼している点も見逃せないポイントでしょう。

岸田政権がなぜそれほどの大転換に踏み切れたかと言えば、深い議論を行ないにくかった従来の有識者会議方式ではなく、NSSの秋葉(剛男)局長らが50人以上の専門家から意見を聞いたうえで、政権の方針のもとでいかに取りまとめるかを議論・検討したからでしょう。結果、日本の防衛は期待よりも大きく前進したというのが私の率直な感想です。

金子:NSCには、旧来からの9大臣会合と、新設された4大臣会合と緊急事態大臣会合という3種の会議体があります。肝心な議論は4大臣会合(総理大臣、官房長官、外務大臣、防衛大臣)で行なわれ、安倍政権と菅政権では副総理である麻生(太郎)財務大臣も常時参加していました。安保関連3文書策定でも、4大臣会合に鈴木(俊一)財務大臣が加わって論点整理が進められました。

私が注目しているのは、戦略策定過程に参画するなかで、財務省の安全保障に対する意識が徐々に変わってきたように思えることです。防衛費増額という政治決断についても、財源と使い道を議論するプロセスに財務省が入ってきていますよね。

折木:おっしゃるとおりで、NSSの財務省出身審議官が大きな役割を果たしていると推察します。安全保障の問題は防衛省や外務省が進める問題として認識されてきましたが、財務省にも「自分事」として捉えてもらわなければ、予算折衝の場で効率性ばかりが追求されて必要な予算がカットされかねません。43兆円という数字はすでに閣議決定されていますが、そのお金を具体的にどう使い、国家全体の安全保障体制をいかに強化するかについては、これから議論されていくわけです。

金子:財務省でも「国力」という概念を重視するようになっており、これも非常に好ましい変化でしょう。防衛力には経済力の裏付けが必要で、ウクライナ侵略戦争を見れば、現在の戦争では経済制裁なども大きな要素であることは明白です。金融や科学技術も含めた総合国力を念頭に置き、そのうえで防衛費をどう位置付けて、なおかつ財源をいかに安定させるかを考えなければいけません。

折木:その意味で、財務省のさらなる意識の変化はこれからの国防を考えるうえでは必須でしょう。いまお話しいただいたように、安全保障を外交力と防衛力だけで論じられる時代ではないのです。

経済班設立の意義

金子:とくに安倍政権の終わりごろから人口に膾炙しはじめたのが、経済安全保障という言葉です。NSCやNSSでも以前から問題意識はあったようですが、2020年4月に当時の北村(滋)局長のもとでNSSに経済班が新設されました。経済班設置の意義については、どう認識されていますか。

折木:もちろん大きな意味があります。最近では地政学のみならず、地経学という言葉も用いられているくらいですから。NSCを安易に肥大化させるべきとは考えませんが、時代の変化や必要性が生じたならば、それに応じて組織を強化して然るべきでしょう。

金子:NSCやNSSが何でも引き受けてしまうと、最終的に実務を担うのは各省庁ですから、かえって責任の所在が曖昧になって逆効果です。組織を拡大するのであれば、本当に政策の統合や総合調整が求められる領域に限るべきでしょう。私はこの点でもNSCおよびNSSを評価しており、あくまでも外交と防衛の乖離という課題の解決に注力しつつ、経済班など本当に必要な分野に絞って手を広げてきています。

予想外だったのは、経済班の設立と新型コロナウイルス感染拡大の時期が重なったことです。入国管理を仕切ったことで経済班の政府内での存在感は高まったようですが、経済安全保障の取り組みは後回しにならざるを得ませんでした。なお、入国管理は対外的なインパクトも大きく、その重みを反映して、コロナ禍ではNSCの緊急事態大臣会合が初開催されています。ある意味では、NSCが国家の必要要請に応じて柔軟に活用されたケースですが、初めての緊急事態大臣会合開催がパンデミック対応とは思いもよりませんでした。

折木:コロナ禍を振り返ると、やはり依然として各省庁には縦割り文化が残っていると痛感しました。結果的に日本は比較的落ち着いて対応できたと思いますが、もしも安全保障の問題であれば、よりスピーディな動きが求められたはずです。

各省庁は命令を受ければ速やかに動きますが、その指示がタイムリーに出されなければ、後手に回って致命的な事態を招きかねません。経済安全保障の分野については、NSSに経済班を設置したことで、縦割り文化に呑み込まれずに対応できる仕組みをつくった点でも良かったと思います。

NSCで「将来作戦」の議論を

金子:これまでは主にNSCに対するポジティブな評価についてお話ししてきました。他方で、課題についてはどのように認識されていますか。

折木:軍事の世界で作戦を考えるときには、大きく2種類があります。すなわち、直近の問題に対処する当面作戦と、中長期の課題を想定する将来作戦です。NSCはこれまでに300回以上開かれていますが、北朝鮮問題への対処など、どちらかというと当面作戦に軸足を置いてきたような気がします。しかし本来期待されていたのは、日本の安全保障戦略を中長期的に方向づけていく役割ではなかったでしょうか。

平和安全法制制定、経済安全保障推進法制定、安保関連3文書策定は、その時どきの総理とNSS局長のリーダーシップが見事に発揮された事例でした。そのうえで申し上げるならば、こうした法整備や戦略文書策定以外でも、NSCには中長期的な課題の解決をリードしてほしい。平和安全法制制定などの法整備が、本来のNSCやNSSの役割であったかと言えば疑わしいでしょう。無論、その成果自体は評価されるべきですが。

金子:どの組織も眼前の問題に人員などのリソースを投入しがちですが、NSCも例外ではないということですね。先ほどもNSCやNSSが何でも引き受けるべきではないとお話ししましたが、その神格化も避けるべきでしょう。総理の下には補佐官や秘書官、各担当分野のスタッフなどさまざまな人的アセットがあり、誰に何を任せるかは総合的に判断することになります。NSCやNSSだけを対象に議論する研究者もいますが、権力空間には実際のところ、もっと広がりがあることを認識する必要があります。

折木:総理がさまざまな知見や情報を統括したうえで、わが国の安全保障の方向性を審議する場がNSCです。NSCですべてを決めるわけではないものの、主要閣僚による深い議論に基づいて判断を下せるようになったことは重要です。

私が統幕長時代に出た安全保障会議では、関係閣僚がペーパーを読んで終わりというときもありました。時間にして20分ほどです。しかしその後、NSCが設置されると議論が行なわれるようになり、とくに安倍元総理は、ペーパーは1枚でいいから議論しようと呼びかけていたと聞きます。将来作戦についても話し合っていたはずで、いま求められるのもそんな姿勢でしょう。

金子:非常に重要なご指摘です。現在の中東情勢にしても日本は無関係ではなく、エネルギーの問題をはじめさまざまな影響が生じるわけです。もしも安倍元総理であれば、日本の中長期的なエネルギー戦略を含めて、NSCで積極的に議論したのではないでしょうか。

岸田首相は、ロシアのウクライナ侵略に際しては何度もNSCを開いていましたが、中東問題ではワンテンポ遅れたように思えます。いずれにしても、誰が総理であれ、折木さんが言うところの将来作戦にあたる次元の検討をする組織文化を醸成しなければいけません。

折木:私がもう1つ指摘したいのは、2022年末に安保関連3文書を策定しましたが、それで満足して終わりにしてはいけないということです。いま政府与党が防衛装備移転3原則について協議していますが、サイバー安全保障などの分野はさらなる強化が必要です。このような課題の解決については、誰かがしっかりと進捗を管理して評価することが重要になります。

金子:号令をかけるだけでなく、その後のフォローアップや進捗のモニタリングを行なう仕組みが必要ですね。

折木:指揮の要諦は、まずは状況を把握して、そのうえで決心して命令を与え、実行の確認や監督をすることです。安全保障の問題では、やはりNSCが実行を管理・監督しなければ画竜点睛を欠いてしまいます。

有事で果たしうる役割

金子:昨今、台湾有事の可能性について取り沙汰されています。それに限らず、有事のときにNSCはどのような機能を発揮しうるでしょうか。

折木:台湾有事については、いまさまざまなシミュレーションが行なわれていますが、とくに問題視されているのが「武力攻撃予測事態」を認定するタイミングです。まさしく、さまざまな調整を行なったうえで政治が判断しなければいけないケースです。

刻一刻と情勢が変化するなかでは、タイムリーにNSCを開いて、状況認識を共有し、判断する必要があります。同志国との調整メカニズムも重要で、私自身の経験を申し上げるならば、東日本大震災のときに「日米同盟の危機」が叫ばれましたが、その理由は福島第1原子力発電所に関する情報や認識について、日米間に齟齬があったからです。認識を完全に一致させることは難しいけれど、判断要素となる情報は共有していなければ、いざというときに足並みを揃えられません。

金子:情報を統合し、共有するうえで、何が具体的なハードルとなるでしょうか。

折木:日本のNSCはあくまでも各省庁に「お願いベース」で情報を上げてもらっている状況で、そこには強制力がありません。本来であれば、国家情報局のような組織をつくり、情報を集め、統合分析する権限を与えるべきでしょう。情報には受け手と状況によって意味合いが大きく変わる性質があり、あらゆる情報が須らく1つの組織に入るようにしなければ、国家防衛の観点で肝心な情報を見落とし、判断や対処を誤る可能性があります。今後、このあたりの議論は避けて通れないのではないでしょうか。

有事対応についてもう1つ申し上げるならば、冒頭で触れた『国家安全保障会議―評価と提言』では「一般的な事態対処・危機管理機能を別途強化しつつ、ハイエンド事態における国家安全保障会議(NSC)の役割を明確化する」と提言していますが、この点についてあらためて議論すべきではないでしょうか。日本では政策統合と危機管理の線引きが曖昧で、現状ではコロナ禍のような事態に際してもNSCが前にでてきます。しかし本来、NSCは一般的な危機管理対応ではなく、ハイエンド有事における方針を決めることが役割のはずです。

金子:英国ではNSCは危機管理を行なう枠組みとはみなされておらず、一般的な危機対応はCOBR(Cabinet Office Briefing Room)と通称される危機管理会合で行なわれています。日本にも同様の仕組みはありますが、あらためてCOBRなども参考にしながらNSCとの役割分担を見直す必要がありそうです。

とはいえ、英国と日本ではそもそもNSC設立の意図が異なりますね。英国では首相のもとで防衛と外交が連携しているのは当然で、そのうえで経済官庁などを巻き込む目的でNSCがつくられました。さらに申し上げれば、ブレア元首相のように「暴走」するリーダーを止めるという意味合いもあった。日本はその逆で、総理のリーダーシップを強めることや、乖離している外交と防衛の距離を近づけることが主たる目的でした。

折木:NSCやNSSをいかに運用していくかは、最終的には日本に合ったかたちを模索するべきであることは言うまでもありません。いずれにせよ、わが国でもNSCが安全保障分野での総合調整の枠組みとして定着したことは厳然たる事実で、まずはこの10年の成果として認識できるでしょう。たとえ今後政権交代が起きようとも、よほどのことがなければNSCは制度として生き続けます。だからこそ、現時点での役割を真摯に評価しつつ、浮上している課題をいかに解決するべきなのか、問い続けなければいけません。

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折木 良一 (自衛隊第三代統合幕僚長)
折木 良一 (自衛隊第三代統合幕僚長)
1950年生まれ。防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。第九師団長、陸上幕僚副長、陸上幕僚長を歴任。09年3月から12年1月まで統合幕僚長。退官後、防衛省顧問、防衛大臣補佐官を歴任。12年米国政府から4度目のリージョン・オブ・メリット(士官級勲功章)を受賞。
金子 将史 (政策シンクタンクPHP総研代表)
金子 将史 (政策シンクタンクPHP総研代表)
1970年生まれ。東京大学文学部卒。ロンドン大学キングスカレッジ戦争学修士。松下政経塾塾生等を経て現職。株式会社PHP研究所取締役常務執行役員。著書に『パブリック・ディプロマシー戦略』(共編著、PHP研究所)など。「国家安全保障会議の創設に関する有識者会議」議員などを歴任。

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