核兵器新時代に備える日米の戦略(前半部)

アンドリュー・クレピネビッチ(米ハドソン研究所上席研究員)&村野 将(米ハドソン研究所研究員<Japan Chair Fellow>)

本対談は2022年3月30日に収録されました。

『Voice』2022年6月号掲載の「米国のジレンマと『核三極体制』リスク」は本稿より抜粋・編集しています。

対プーチンに「出口」はあるか

村野:まずはロシアによるウクライナ侵攻について伺います。当初ロシアは、短期間でキエフを制圧し、戦略目標を達成しようとする「電撃戦」――あるいは、中国が台湾侵攻の際に企図しているとされる「ショート・シャープ・ウォー」――を試みていましたが、どうやらこれには失敗し、こう着状態に陥っているように見えます。こうした現状を総合的にどのように評価されているでしょうか。またウクライナ情勢をめぐり、どのような点に注目されていますか。

クレピネビッチ:かつてアイゼンハワー大統領が「どんな戦争にもサプライズがある。ひとたび戦争に踏み切れば、何が起こるか予想できることなどない」と述べたことがありますが、ウクライナでも同様のことが起きているように見えます。ご指摘のように、電撃戦ないしショート・シャープ・ウォーによって迅速な勝利を目指したロシアの攻勢作戦はほとんど失敗しています。

そこで問題になるのは、これからロシアはどうするのか、という点です。ロシア軍はキエフ周辺から戦力を東に移しているようですが、これがハリコフ奪取を狙う動きなのか、ドンバスの部隊を強化しようという動きなのかは定かではありません。

我々は2つのことを目にしています。一つは、ロシアが迅速な勝利を成し遂げることに失敗したことで、20年前に(チェチェン共和国の首都である)グロズヌイの奪取に失敗したのと同じような道を辿りつつあります。当時のチェチェン紛争において、ロシアは我々が今目にしているような、火砲を使った作戦を重視し始めました。これがもたらすのは、迅速な勝利を目指す電撃戦とは全く逆の勝利――多くの民間人の犠牲や破壊を伴う破壊型の侵略によって、非常に血生臭い勝利に向かおうとしている。

もう一つは、ロシアの目標が変化してきていることです。つまり、これは本当にウクライナ東部のドンバス地域の安全を確保するものなのか、という疑問が提起されています。ゼレンスキー大統領は、ウクライナはNATOに加盟せず、中立国になることに同意する意思があると述べています。つまり、プーチンは戦争を終結させるにあたり、さらなる領土の獲得とウクライナのNATO加盟を禁止するという形での勝利を主張する機会が出てきているということです。

村野:おっしゃるように、ロシアの戦略は電撃戦の失敗を経て、民間人や都市に損害を与え続けることで、ウクライナ政府や同国民の戦意を挫こうとする戦略(砲)爆撃にシフトしてきているように見えます。そうした中、この戦争にどのような終結の仕方がありうるか、もう少しお伺いできますか。

クレピネビッチ:戦争がどのような行方を辿るかは非常に難しいことです。ある意味では、今がプーチンが勝利を宣言し、侵略を止める機会と言えるかもしれません。もしプーチンとロシア軍が不利な状況に追い込まれた時には、彼らは「エスカレーション抑止(escalate to de-escalate)」という戦略をとる可能性があります。これはロシアが危険に晒されていると感じた際に、紛争を意図的にエスカレートさせることにより相手を萎縮させ、ロシア側が望む条件を無理矢理飲ませようとするもので、その脅しの手段としては、核兵器を実際に使用することも含まれています。こうしたシナリオもありうるでしょう。

他方で、戦争が長期化するというシナリオも考えられます。つまり、ロシア軍が大きく前進することもないが、和平交渉も成立しない状態が続くというものです。そこで制裁の問題が出てきます。制裁は有効な手段ですが、我々にも痛みを伴います。「苦汁を飲む」という言葉がありますが、これはある国が他国よりもどれだけ苦汁を飲むことができるか、という勝負でもあるのです。

例えば、我々が現時点で感じているのはエネルギー価格の上昇くらいで、自分たちに跳ね返ってくる制裁の影響を十分に感じているわけではありません。今後、ロシアやウクライナの穀物や肥料が輸出できなくなることで、食料価格がものすごく高騰することもあるかもしれない。東欧や欧州諸国、そして米国や他の地域の人々が、そのような辛い思いをしたくないと思えば、いずれかの時点でプーチンを受け入れようとするかもしれません。

村野:ロシアのエスカレーション抑止戦略に伴うリスクについては、私も非常に警戒しています。現在、米国や他の欧州諸国がロシアに対して行なっているのは、経済制裁のほか、ウクライナ軍に対する武器支援や情報支援などの間接的な介入にとどまっています。一般論として、こうした対抗手段は直接的な軍事介入に比べて、エスカレーション・リスクが低いと思われています。しかし、歴史を振り返ると、1941年に日本に対して行われた石油の全面禁輸措置は、日本を真珠湾攻撃に走らせる一つのきっかけとなった面もある。こうした領域を跨いだクロスドメイン・エスカレーションのリスクについては、どうお考えでしょうか。

クレピネビッチ:おっしゃるように、石油の対日全面禁輸措置によって日本は非常に厳しい立場に立たされました。石油の供給が制限されたことで、日本は自らの野心を抑え込むか、行動を起こすかという二者択一を迫られたわけです。つまり、その間をとるということは考えられなかった。同様に、対露制裁が本格化すれば、プーチンは政権の存続、あるいは個人の存続さえ危ぶまれる状況になる可能性もあります。そういう状況に追い込まれることがあれば、彼は従来よりもはるかに大きなリスクをとることを厭わないかもしれない。その際に、彼が化学兵器を使うのか、エスカレーション抑止的な行動をとるのか、あるいはNATOの最前線であるバルト諸国やポーランドに対して実際に攻撃を仕掛けるのか、といった様々な可能性が考えられます。これは非常に難しい問題です。プーチンのような人物を追い詰めることには、こうしたリスクを伴うわけですが、かといって我々が何もしない場合にも、彼のような独裁者をより攻撃的にするリスクがあるからです。つまり、我々が弱すぎる場合でも、逆に我々が強硬すぎる場合でも、プーチンに「行動しなければ」とか「政権が危うくなる」と考えさせる可能性はあり、より高い次元の攻撃的な行動に出るリスクがあるということです。

プーチンの世界観は冷戦の終わりにまで遡りますが、その間に彼は、NATOが東欧に拡大し、カラー革命が起こり、ウクライナなどの旧ソ連諸国に民主主義国家が誕生するのを目にしています。そしてプーチンの中では、究極的にはNATOが自分を失脚させ、ロシアに欧米流の民主主義を推進することだと考えている可能性がある。無論、我々はそうした目的を持っているわけではありませんが、プーチンが公の場で述べていることや演説での表現を見る限り、おそらく彼はこうした世界観を持っているのではないかと思います。

村野:2014年のクリミア侵攻以降、欧米の戦略コミュニティでは、核武装した国との間で危機や紛争が生じた際に、相手をどのように終結に導いていくかという「オフランプ(出口)戦略」を議論してきました。我々とは異なる秩序観を持つ指導者の政治目標を変えさせ、出口を見つけるということはそもそも可能なのでしょうか。できるとすれば、我々は何をする必要があるのでしょうか。

クレピネビッチ:ゼレンスキー大統領がウクライナの永世中立化をロシア側に提示していること、つまり同国が将来NATOに加盟しないことを約束するというのは、ある程度オフランプとしての意味合いがあるのではないかと思います。歴史的な事例としては、第二次世界大戦後のオーストリアが挙げられます。ロシア軍も西側の連合軍もオーストリアから撤退し、同国は冷戦中も中立国として扱われていました。プーチンが望むならば、ウクライナからの撤退がある種のオフランプになる可能性はあるわけです。ただそうは言っても、ウクライナや欧米諸国がプーチンに勝利を与えず、かつ彼が敗北感を感じずに紛争から手を引くために、どれだけ有効なことができるかは定かではありません。

ここで重要なのは、ウクライナを単一の事例として捉えないことです。現在に至るまでの米国の行動パターンは、少なくとも2007年にロシアがエストニアに対して行なったサイバー攻撃にまで遡ることができます。米国がエストニアでの事態を放置した結果、ロシアは間も無くジョージアを攻撃しました。その後は、2014年のクリミア侵攻があり、ドンバスへの侵攻が続いた。類似の事態は西太平洋でも起きています。最も有名なのは、2013年に習近平主席が「南シナ海の島々(人工島)を軍事化することはない」と約束したことです。しかし、実際はそうではありませんでした。そして直近では、アフガニスタンからの撤退という大失敗がありました。これはロシアと中国に誤ったメッセージを送ってしまった。このように、米国がほとんど反応しない、もしくは特定の地域から積極的に撤退するという行動パターンは、プーチンや習近平のような人々に自信を与えるだけでなく、米国はどれだけ頼りになるのかと、緊密な同盟国やパートナー国を失望させているように思います。

村野:私も同じことを考えました。ウクライナに対する米国の態度は、その抑止力や防衛コミットメントの信頼性にどのような影響を与えるのか。現時点でのバイデン政権の対応については、日本を含む各国でも2つの見方があると思います。一つは、米国の正式な同盟国であることの重要性を強調する見方です。つまり、NATOや日本のような防衛条約上の義務のある同盟国とウクライナでは、米国の国益認識に大きな違いがあり、ウクライナと日本とで米国の防衛コミットメントの信頼性を単純比較することはできない、というものです。

他方で、バイデン大統領は核武装した敵国との危機に際して、エスカレーションを主体的に管理する自信がないのではないか、という見方もできます。バイデン大統領は、ロシアが実際に侵攻を始める前から、「ロシア軍と米軍が撃ち合えば、それは第三次世界大戦になる」、つまり核エスカレーションのリスクがあるとして、米軍を派遣しないことを繰り返し強調していました。しかし、核エスカレーションのリスクは、中国や北朝鮮との間で危機が発生した際にも生じます。だとすれば、米国がロシアに対してどう対応するかは、習近平主席の今後の判断に当然影響するはずです。ロシアのウクライナ侵攻をめぐって、米国の抑止力は損なわれたのか。もしそうだとすれば、その信頼性を回復するためにはどのような措置が必要なのでしょうか。

クレピネビッチ:確かに、ウクライナ攻撃を抑止するのには失敗しました。ロシアは実際に侵攻してしまいましたからね。経済制裁の脅しが彼らを抑止するとの期待も叶わなかった。つまり、少なくとも現時点では、戦場で決定が下されつつあるということです。抑止力には、最終的に軍事力を行使するという脅しが伴っていなければなりません。ウクライナにせよ、アジアにせよ、抑止が機能するためには、敵に対して目的を達成するにはコストが高すぎることを自覚させる必要があります。いわゆる「懲罰的抑止」のことですね。あるいは、敵が目的を達成するのを阻止する軍事力を持つ、「拒否的抑止」という考え方もあります。先ほど述べたような米国の行動パターンを見ればわかりますが、米国が持つ能力を積極的に活用し、こうした侵略行為に力強く対応しようとしてこなかった姿勢が抑止力を弱めているのです。バイデン政権はこの問題を認識し、「統合的抑止」と呼ばれるアプローチを通じて、米国の抑止態勢を改善しようとしています。しかし問題は、抑止力は言葉だけではなく、行動とリソースによって裏打ちされていなければならないということです。米国と同盟国が現在投じているリソースでは、侵略のリスクを低減するのには不十分だと思います。

村野:私はバイデン政権が言う「統合的抑止」は、実際には抑止というより、抑止が失敗した場合も考慮して、米国や同盟国にとって好ましい戦略環境を形成するための概念なのではないかと捉え始めています。ロシア軍の展開状況などに関する積極的な情報開示や情報共有は、侵攻そのものを抑止することには繋がりませんでした。しかし、それ以前に懸念されていたロシアの情報戦、ハイブリッド戦に対抗することには成功しています。今後、ロシアが化学兵器や核兵器を使うことがあったとしても、彼らの主張に正当性があると考える人はほとんどいないでしょう。その意味で統合的抑止というのは、あらゆる現状変更行動を抑止することはできないというある種の割り切りの上で、現状変更が起きてしまった後でも、いかに適切な情報空間・安全保障環境を形成するかという点を考慮したもののように思います。

バイデン政権はジレンマを解消できるか

村野:さて先日、米国防省は2022年版の「国家防衛戦略(2022NDS)」を議会に提出しました。現時点でその詳細は明らかにされていませんが、キャスリーン・ヒックス国防副長官は会計年度(FY)2023の国防予算要求に関するブリーフィングの中で、いくつか重要な発言をされています。ヒックス国防副長官によれば、FY2023の要求額は前年度比で8%増となるようですが、インフレ率を加味すると、実質的にはほとんど横ばいか、場合によっては減少となるはずです。いずれにせよ、我々が直面している安全保障環境に対して、十分な国防リソースを確保することはますます困難になってきているという現状があります。

長らく米軍の戦力構成は、2つの地域紛争に同時に勝利することを前提として設計されてきました。しかし、トランプ政権の2018NDSでは中国・ロシアという大国と同時に戦うことはできないとの判断から二正面戦略を諦め、一正面戦略に切り替えたという経緯がありました。しかし当然ながら、1つの正面の戦争に集中するということは、別の地域に力の空白を生じさせてしまうリスクを負います。あなたやヒックス国防副長官が委員を務めた2018年の国防戦略委員会の報告書では、まさにリソース不足に起因するこのリスクの重大性が指摘されていました。つまり、リソースが絶対的に不足している中で、欧州とインド太平洋のどちらを重視するかというトレードオフの問題は当時から予想されていたわけで、その意味では、ロシアのウクライナ侵攻は起こるべくして起こった問題と言えます。

このトレードオフから生じる戦略的なジレンマをバイデン政権は解消できるのでしょうか。そもそも、バイデン政権の国防戦略は1つの正面に集中するという米軍の戦力構成基準を見直そうとしているのでしょうか。

クレピネビッチ:いい質問ですね(笑)。少し歴史を遡ってお話ししましょう。冷戦期の米国は、長らくソ連と中国と同時に大規模戦争を戦うことを想定した二正面の戦力態勢を整えていました。しかし、ソ連の力が大きくなり、中国も徐々に強くなってくると、リソースの制約が生じ、1と1/2戦略という形で戦力態勢が変更されました。つまり、大国との大規模戦争と、イランやイラクのような小規模戦争に同時に備えるという態勢です。

冷戦が終わると、この戦略がさらに見直されます。北朝鮮に対する戦争と同時に、イランやイラクとの戦争に同時対処できるような態勢を追求するという意味での二正面戦略です。これは米国の能力の範囲内で実現可能な戦略でした。

しかし現在、二正面戦略を実行する上では、敵の規模が大きくなりすぎています。中国とロシアという2つの大国は、どちらも国際秩序を部分的に覆そうとしています。中国のGDPは米国が20世紀に直面したどの主要な競争相手よりも大きく、第一次世界大戦期のドイツ、第二次世界大戦期の枢軸国、冷戦期のソ連と比べても、中国の経済規模は倍以上ある。それにロシアを加えれば、その規模はさらに大きくなります。

米国には、かつてのように彼らよりも大きな経済規模を持つという優位性は失われてしまっているのです。同盟国もかつてほどには貢献していません。第一次、第二次世界大戦や冷戦期を振り返ると、当時の米国の同盟国は防衛にかなりの予算を費やしていましたが、現在ではGDPに占める防衛予算の割合はかなり少なくなっています。

また、軍事作戦の性格が変わってきているという問題もあります。中国について言えば、彼らが「スピード領域」と言う宇宙と空、そして「形のない領域」と言う電磁波とサイバーと言う領域があります。このうち、宇宙・サイバー・電磁波は比較的新しい戦闘領域です。これは米軍の能力投資の考え方を変えなければならない、ということを意味しています。

さらに歴史的に見ると、ナポレオンが欧州を支配しようとして以来、第一次世界大戦時のドイツ、第二次世界大戦時の枢軸国、そして冷戦期のソ連と、覇権を目指そうとする国は、いずれも特定のある国ではなく、複数国の連合(コアリション)によって敗れています。つまり、リソースの不足、戦争の性格の変化、修正主義的な大国の野心といういずれの要素を取ってみても、コアリションを構築することが重要になるということです。

ご指摘の通り、米国の国防予算はインフレ率の上昇をほとんどカバーできていません。またGDP比にしても3%未満で、この割合は減少し続けると予測されています。冷戦期にソ連一国と対峙していたときは、平均してGDP比の6%以上、つまり現在の2倍以上の国防投資を行なっていました。つまり、脅威の規模が大きくなっているにもかかわらず、国防投資の額は相対的に減少するという奇妙な状態に陥っているのです。これによって、我々が達成しようとしていることと、そのために割り当てられている手段との間に、ますます大きなギャップが生じるようになっています。最近日本では、防衛費をGDP比2%程度まで増額しようという議論がなされているようですが、同盟国がその努力量を増やしていないことも事実です。つい先日、欧州で最も強力な国であるドイツが、防衛力の強化を計画し始めたのは心強い兆候です。しかし、同盟国がそのような努力をしたとしても、特に中国のように核戦力を含む軍事力の強化に膨大なリソースを投資している国に対して、我々が有利な軍事バランスを保ち続けられるかどうかは不透明です。

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アンドリュー・クレピネビッチ(米ハドソン研究所上席研究員)
アンドリュー・クレピネビッチ (米ハドソン研究所上席研究員)
米国防総省においてアンドリュー・マーシャル局長率いる総合評価局(Office of Net Assessments)や3人の国防長官の個人スタッフを務めたほか、戦略予算評価センター初代所長としてさまざまな戦略・作戦構想の立案に携わってきた経験をもつ。
村野 将 (米ハドソン研究所研究員<Japan chair fellow>)
村野 将 (米ハドソン研究所研究員<Japan Chair Fellow>)
拓殖大学国際協力学研究科安全保障専攻博士前期課程修了。岡崎研究所や官公庁で戦略情報分析・政策立案業務に従事したのち、2019年より現職。マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官らとともに、日米防衛協力に関する政策研究プロジェクトを担当。専門は日米の安全保障政策、核・ミサイル防衛政策、抑止論など。