兵庫県・明石「ZAZAZA」

成田收彌(一般社団法人明石青年会議所副理事長)

本稿は『Voice』2021年11月号に掲載されたものです。
兵庫県明石市大蔵海岸のバーベキュー場「ZAZAZA」(写真提供:バーベキューアンドコー)
兵庫県明石市大蔵海岸のバーベキュー場「ZAZAZA」(写真提供:バーベキューアンドコー)

地域の「困りごと」の解決を事業にする

近年、地域コミュニティの希薄化と重要性が叫ばれている。「不要不急」の外出自粛を余儀なくさせるコロナ禍もその流れを加速させているが、人と人のつながりが有形無形の価値を私たちのあいだに連綿と紡いできたのは間違いない。そんな時代において、バーベキューをつうじてパブリックスペースに賑わいを生み出し、地域内でのコミュニケーションを活性化させる事業が、兵庫県明石市で行なわれている。

今回足を運んだのはJR山陽本線の朝霧駅。改札を出てすぐに大蔵海岸が広がり、本州と淡路島をつなぐ明石海峡大橋が目に飛び込んでくる。瀬戸内海の心地よい風が肌を撫でる解放感のあるこの場所に、バーベキュー施設「ZAZAZA」はある。これほどの好立地にバーベキュー場があるとは思っておらず、面食らった。

バーベキュー場といえば、たしかに近年では都市型の施設も増えはじめてはいるが、それでもバーベキューに対して「気軽に楽しむ」というイメージをもっている人は多くないかもしれない。そう伝えると、「日本のバーベキューは、もともと『教育』がきっかけで広まりましたからね」と話してくれたのが、一般社団法人明石青年会議所(JCI明石)副理事長の成田收彌氏だ。成田氏は株式会社キャッスルホテルの専務取締役を務めているが、同社が起ち上げたバーベキュー事業に特化した会社「バーベキューアンドコー」の代表取締役としても活動する。「ZAZAZA」は同社が運営しているバーベキュー場で、成田氏が陣頭指揮をとってきた。

「ここ大蔵海岸には昔からバーベキュー場があったのですが、事業として暗礁に乗り上げているという相談を受けたことがきっかけでした。現在は木造3階建ての建物でバーベキューを楽しめるようにしていますが、当時はそれどころかテントさえないありさまでした。飯盒炊爨のときに使うような網が載せられた台のまわりにテーブルが置いてある状況で、夜になると懐中電灯で肉の焼き加減を確認しないといけないくらい(苦笑)。目線の高さには柵があり、利用者は明石海峡大橋を望むことさえできませんでした」(成田氏)

この話の経緯をみてもわかるように、成田氏はマーケットがあるという理由でバーベキュー事業に参入したわけではない。むしろ地域から寄せられた「困りごと」に対応するかたちで乗り出したのである。

「じつは、当社のルーツにも似たようなところがあるんです。キャッスルホテルが明石地域で事業をはじめたのは、ビジネスパーソンに宿泊してもらうホテルがないという地元の方々の要望を受けてのことでした。最初からホテル業に目をつけていたわけではない。続いて西明石にシティホテルを開業したのも同様で、『結婚式を挙げられるホテルがない』『地域の団体がコンベンションをする場所がない』という理由でした。つまりは、さまざまな『おもてなし』には欠かせないホテルというインフラがないとの地域の困りごとに応えるかたちで事業をはじめて、拡大していったわけです」(成田氏)

もちろん、かといって慈善事業ではない。キャッスルホテルはバーベキュー以外にもさまざまな事業を手掛けており、2016年に明石公園から大手コンビニチェーン店が撤退した際には、「TTT(Take Tasty Table)」という公園に拡散する賑わいの核となるスペースを同地に整備した。わかりやすく採算のとれる事業ではないように思うが、経営的観点から躊躇はしなかったのだろうか。

「たしかに大手コンビニが諦めた場所ですから、立地としては好条件ではないのかもしれません。合理的に考えて『やらない』という選択肢をとっても責められるべきではないでしょう。でも、私たちは明石という地域でビジネスをやらせてもらっている。生かさせてもらっているといってもいい。そう考えたら、街のためにインフラを整えられないかというコール(問いかけ)があれば、全力でレスポンスすることは不思議ではないでしょう。

もう一ついえば、もともとは公共の福祉に資する目的でつくられた公園が、予算の関係や手入れや禁止条例の観点から『つまらない』ものになっていくのを目の当たりにして、私自身忸忸怩る思いを抱えていたんです。公園というパブリックな場は、地域の魅力を発信する拠点になるべきではないか――。かねてよりそんなことを考えていたため、チャレンジしたのです」(成田氏)

オーストラリアで得た気付き

街の「困りごと」を解決したいという思いから乗り出したバーベキュー事業。成田氏は経営者として事業を軌道に乗せるとともに、バーベキューをつうじて料理とは異なる価値を利用者に対して届けたいと考えている。そのきっかけになったのは、バーベキュー先進国・オーストラリアへの視察で出合った驚きだという。

一般社団法人明石青年会議所副理事長で、「バーベキューアンドコー」の代表取締役を務める成田收彌氏
一般社団法人明石青年会議所副理事長で、
「バーベキューアンドコー」の代表取締役を務める成田收彌氏

「オーストラリアの人びとにとって、バーベキューとは料理名ではなく、『コミュニケーション』そのものなんです。だからこそ彼らにとって、バーベキューはときどき行なうイベントではありません。一方で日本ではバーベキューは年に一、二度楽しむ程度という方は少なくないでしょう。オーストラリアの人びとにそんな現状を伝えると、『日本人は大切な人とコミュニケーションをするのに、それだけの回数で足りるのですか?』と不思議がられました。『私たちは家族や友人との絆を確認し、さらに深めるために毎週末バーベキューをしていますよ』とも。それを聞いて、明石でバーベキュー事業を展開することは、市民のコミュニケーションを活性化させて、街を盛り立てることにつながると感じたのです。

日本人がなぜ年に一、二度しかバーベキューをしないかといえば、一つはもともと教育の一環として欧米から輸入された野外活動教育と結びついて広まった歴史があり、『気軽に楽しむ』という文化が希薄だからでしょう。これは一朝一夕に変えられるものではありませんから、とにかく体験してもらいバーベキューの楽しみ方を感じてもらうしかない。もう一つは単純な話でコストでしょう。年間に数回しか開催しないイベントであれば、『せっかくならば』と良い肉、良い酒を用意しようと考えても不思議はない。当然費用はかさむわけですが、それがやがて『バーベキューはお金と労力がかかるから……』と日常には取り入れない流れをつくってしまう。この負のスパイラルの結果、頻繁にやるものではないという固定概念がつくられたのだと思います」(成田氏)

バーベキューがイベント化した結果、なかには「年に一度の機会だから羽目を外してもいい」と考え、近隣に迷惑をかける者も存在する。いまや公園などのパブリックスペースは、そのほとんどでバーベキューが禁止されている。また、海外ではバーベキュー道具はスーパーのキッチンコーナーに行けば買えるが、日本ではホームセンターのアウトドアコーナーなどに行く必要がある。

もちろん、バーベキューの楽しみ方は人それぞれであるから、オーストラリア人が正しくて日本人が間違っているという話ではない。しかし、バーベキューにはいろいろな価値があるのは事実であり、日本人にも新たな気付きを与えられるのではないか。成田氏はそう考え、バーベキューを日常に組み込められる価格で提供することと、バーベキューをつうじてコミュニケーションの場を街に設けることを両立させようと考えた。だからこそ、「ZAZAZA」では飲食物の持ち込みを受け入れており、また利益の一部を公園に資する活動に充てている。

「そうしたチャレンジが奏功して、開業した2019年には年間15万人以上の方々にご利用いただき、翌年には公益社団法人日本青年会議所主催の『価値デザインコンテスト』で経済産業大臣賞も受賞しました。また、公園法改正による公園利用の先行事例として全国でご紹介いただき、これまでにたくさんの方々に視察先として選んでいただきました」(成田氏)

観光地としての新たな魅力とコミュニティの再生

それでは、「ZAZAZA」を訪れている利用者たちは、そうした取り組みに対して実際にどのような反応を示しているのか。成田氏にはバーベキューの新たな価値を届けられているという実感はあるのだろうか。

「バーベキューはコミュニケーションツールだという感覚は受け入れられているように思います。たとえば、皆で火を囲んで大きな塊の肉を焼く過程では、必ず会話が生まれる。火や塊肉の前では人間関係がフラットになるので、いつもとは異なるコミュニケーションをとることだってできる。また、そのなかでも肉を焼く際には年齢や普段の役職とは関係なく上手にリーダーシップを発揮する人が出てきて、コミュニティをより強固にすることもあるでしょう」(成田氏)

さらに成田氏は、海岸や公園などパブリックな場所でバーベキューを行なうことは、もう一つの重要な要素があるという。すなわち、観光地としての明石の価値を高めることにつなげているのだという。

「ZAZAZA」からは明石海峡大橋を望むことができる(写真提供:バーベキューアンドコー)
「ZAZAZA」からは明石海峡大橋を望むことができる(写真提供:バーベキューアンドコー)

「私が営んでいるホテル業でいえば、部屋の稼働率はホテルだけの問題ではなく、その地域全体の問題だと日々感じています。ホテルが独自の魅力を打ち出すことも大切ですが、その地域全体が観光地として魅力的でなければ、どうしても利用者はかぎられてしまう。では、どうすれば明石に多くの方に来ていただけるのか。

私は、観光とは『異文化の日常に触れること』だと考えているんです。以前にスペインに旅行した際、たしかにサグラダファミリアには感動しましたが、何がいちばん印象に残っているかといえば、偶然迷い込んだマドリードの通りにあった集合住宅のすべてのベランダ窓に、住居者それぞれがみずからで花の鉢植えを飾ってあった景色、その習慣があったことでした。タイに旅行したときは、これまた偶然に迷い込んだ村で結婚式をやっていて、よくわからないうちに『お前も一緒に食べろ』とご馳走になった(笑)。でも旅行とは得てして、このようにアクシデント込みで観光地の日常に触れたことのほうが覚えているものでしょう。

日本には数えきれないほどの観光客向けの場所やエンターテインメントがあります。それはもちろん、足を運んでいただくきっかけとして非常に大切なものですが、一方で私たちの『日常』に触れてもらえるようなパブリックスペースは他国に比べて少ないように思う。でも、海岸や公園のようなパブリックスペースでその地域らしいバーベキューをやっていたらどうでしょうか。観光客にとってはその土地の人の日常を体感するうえで、幾分かは敷居が低くなるのではないでしょうか」(成田氏)

たしかに、海外から来た観光客に私たちの日常に触れてもらえれば、いままでと異なる日本の魅力を伝えられるかもしれない。もちろん、そうした「日常」を伝えうる場所や機会はバーベキューにとどまらない。公園なども含めてパブリックスペースを活性化させることが、やがては観光地としての新たな魅力を生むこと、さらには私たちのコミュニティの再生にもつながるはずだ。

地域自慢するマインドを

成田氏は事業をつうじて経済を活性化させることにとどまらず、コミュニティやコミュニケーションの活性化や観光地としての新たな意味づけをめざすなど、量的な側面から明石を盛り上げようとはしていない。その意味において、JCI日本(公益社団法人日本青年会議所)が今年掲げている「質的価値」という考えに重なるように思うが、当の成田氏本人は質的価値の概念をどう捉えているのだろうか。

「まず前提としては、私が危惧しているのは『明石だからいろいろとできたのだろう』といわれることです。たしかに明石には綺麗な海や砂浜があって、明石海峡大橋がみえるという素晴らしい土地です。でも私は、どんな地域にも必ず素敵な場所はあると思う。たとえば、出張先で高速道路を走っていると、しばしば言葉を失うような絶景に出合うことがあります。でも、そこが高速道路の上からしかみられない景色ならば、車は停まれませんからいかにも勿体ない。多くの人に楽しんでもらうにはどんな方法があるのか、考えて然るべきでしょう。

また私は、質的価値をみつけられる人とみつけられない人には違いがあると思うんです。たとえば、和包丁を説明するうえでは、『触ると指が切れる危ないもの』という伝え方もありますし、『日本の繊細な和食の伝統を支えてきたもの』とも紹介できます。あくまで私個人の考えですが、後者の説明ができる方のほうが質的価値を生み出せる人ではないでしょうか。

私たちは親を選ぶことができないのと一緒で、生まれ育つ地域を自分で決めることはできません。そうであるからこそ、都会での生活にただ憧憬するのではなく、いま暮らす地域の良さを再発見して、プレゼンテーションしたほうがいい。よりわかりやすくいえば、地域自慢をするマインドをもつべきではないでしょうか。事実とは後付けで説明することが可能で、過去が未来をつくるのではなく、現在から過去に意味づけをする。そうすることでより良い未来が拓けるのだと考えながら、私はさまざまな事業に取り組んでいます」(成田氏)

*     *     *

今回、成田氏の話を聞いて印象に残ったのが、「『自分を高める』という言葉が嫌いなんです」というものであった。曰く、「私はむしろ、自分を深めていきたいと考えているんです」という。物理的に考えて、地域の人間がそれぞれ違う場所から地面を掘り続けていけば、それぞれが次第に中心へと近づく。それが質的価値にもつながるというのだが、この考え方は本年度のJCI日本の会頭を務める野並晃氏が語る「質的価値とはそれぞれの根っこの力」という表現につながる(『Voice』2021年2月号「若い力が『質的価値』で日本を変える」、亀井善太郎氏との対談)。

本連載では、日本の各地において青年リーダーたちがどのように質的価値に向き合い、現場で実践しているかを届けてきた。しかし、質的価値とは簡単に定義できるものではないし、また模索し続ける営みそのものさえ質的価値といえるだろう。さらにいえば、成長至上主義などの限界も叫ばれているように、日本という国単位でも量的価値からの脱却が求められている。とくに若い世代がこのテーマと向き合い続けることが、日本と各地域の未来を築くことにつながるのは間違いないだろう。

(終わり)

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