北海道・函館「てとベジ」

三浦裕太(公益社団法人日本青年会議所北海道地区協議会)

本稿は『Voice』2021年10月号に掲載されたものです。
「てとベジ」は地産地消を創り出す自立型サプライチェーンサービス
「てとベジ」は地産地消を創り出す自立型サプライチェーンサービス

観光だけに頼ってはいけない

自然、歴史、そして食。この三要素をこれほどの高次元で備えている観光地は、日本広しといえどもそう多くはない。五稜郭や函館山などの観光地が人気を博する港町・函館は、2010年から19年の10年では、2年を除き観光入込客数が前年比100%以上を記録し、その数は500万人を超えた。しかし――。

「観光需要は大切ですし、函館の柱の一つであることは間違いありません。ただ、持続的に観光者数を増やし続けられるかといえば、そんな保証はない。現実問題として想定外の新型コロナウイルスの感染拡大は、観光という側面では函館に大きな影を落としています」

そう語るのは、公益社団法人日本青年会議所(JCI日本)北海道地区協議会の三浦裕太氏だ。三浦氏は函館に6つ(道内外全26軒)のホテルを構える有限会社ホテルテトラの常務取締役を務めており、その言葉には重みがある。函館への観光客数はコロナ禍前の半分以下に落ち込み、日帰りが多いため宿泊業は30%の売上だという。

2016年には北海道新幹線が開通し、観光地としてのアドバンテージは増していた。民営化された空港では飛行機をみながらサウナを楽しめるなど、各地で新しい試みも行なわれていた。それでも、コロナ禍のようにいつ何が起きるかわからない時代だ。函館が持続的に豊かなまちであるためには、何が必要なのだろうか。

「その命題と向き合うために、僕が今年にJCI日本北海道地区協議会内で担当したのが『ヒトマチ価値デザイン委員会』です。『マチ』に関しては、多様性のある地域から何が生まれるかを深め、『ヒト』に関しては人間の本質を考えたいと思ったのです。今年のJCI日本は『質的価値』という考え方を掲げていますが、ヒトとマチが豊かになれば、それは結果的に『質的価値』へとつながるでしょう」(三浦氏)

「北海道のメルカリ」を生み出したい

三浦氏は、ヒトマチ価値デザイン委員会でイベントなどを開催しても、「来年にはたぶん99%の確率で忘れられる」(三浦氏)と懸念した。ならば自分は函館でどんな価値を生み出すべきか。参考になったのが、サッカーJ1の北海道コンサドーレ札幌だった。

「コンサドーレは東京のサッカーチーム(東芝堀川町サッカー部)が前身で、1996年に北海道へと移りました。当時は子どもだったので移転の詳しい経緯は存じ上げませんが、北海道にきてから25年が経ったいまも子どもから大人までが共有する価値です。それって凄いことですよね。僕も同じように、まちに長く根付く価値を生み出したい。そう考えてヒトマチ価値デザイン委員会で取り組んでいるのが、リープ(REAP)という地域課題を解決する起業家を育成するプログラムです」(三浦氏)

期間は今年6月から9月の3カ月、全11日間22教程のプログラムで、定員は15名でエントリー料は無料。エントリープランの条件は、(1)北海道内の一つまたは複数の地域課題を解決するビジネスであること。または地域の個性を活かすビジネスであること、(2)ICTを活用できるビジネス、の2点を踏まえること。北海道を代表するスタートアップMILE SHAREの森田宣広社長などの起業家の講演や北海道銀行による金融機関講義、G’s ACADEMYによるプログラミング講義も育成プログラムに組み込まれている。

「選抜者には9月11日に開催予定のピッチコンテストに登壇いただき、3カ月間で練り上げたビジネスプランを発表してもらいます。投資家にも出席してもらうのでその場で新規事業が起ちあがる可能性だってある。もともとは『北海道のメルカリ』のようなスタートアップを生み出したいと考えていました」(三浦氏)

三浦氏が重ねて口にするのは、「地域の課題を解決するビジネスじゃないとダメなんです」ということ。『Voice』2021年10月号で孫泰蔵氏(連続起業家/投資家)が指摘するように、たしかにいまや社会課題を解決するスタートアップに投資家がお金を出す時代である。

もちろん、本当にメルカリのような企業が生まれるかはわからない。それでも、「大きなビジネスになるかは別としても、地域の課題は必ず解決できる」プランを考案している受講生もいるという。リープでは運営側と受講生側の誰もが志をもっており、プログラムがないある日の夜には、受講者が自分のプランを講師にぶつけ、ダメだしやアドバイスをもらう「壁打ち」も行なわれるという。厳しい言葉を受けた翌日に見違えるプランをもってくる受講生もいる。「そういう瞬間は、やっぱりやりがいを感じます」と三浦氏も思わず笑顔をみせた。

質的価値とは「土壌づくり」

リープが北海道に与える価値はじつに大きい。育てた若者が課題解決のために事業を起こせば、経済も含めて地域が活性化される。来年以降も続けば、北海道はチャレンジができるまちとしての新たな魅力を生むなど、まさに好循環。それこそが「質的価値」だと三浦氏は考える。

「先ほど話にでた『壁打ち』ではないですが、JCIって一つのテーマを徹底的に考えるんですよ。質的価値の意味とも、とことん向き合いました。他の会員と意見をぶつけあって『その考えは違うよ』といわれ、『いやいや、新しい概念なんだから正解なんてないでしょう』と思ったことも(笑)。でも、僕たちはその積み重ねで思考をクリアにしていくのです。

JCI日本北海道地区協議会の三浦裕太氏。有限会社ホテルテトラの常務取締役も務める
JCI日本北海道地区協議会の三浦裕太氏。
有限会社ホテルテトラの常務取締役も務める

質的価値についていえば、僕が最後にたどり着いた答えが『土壌』でした。ホテルのお客さんが食べる野菜を自分で育てることもあるのですが、土いじりをしているとネズミやモグラからバクテリアなどの微生物まで、じつにいろいろな生き物がいることに気づかされます。土のなかは宇宙より謎が多いという説もあるくらいで、良い菌も悪い菌もいて、それぞれが自分の役割を果たして絶妙なバランスを保っている。そうした土のなかの菌を殺すのが現在の農法で、おかげで食物を量産できているので否定するのは安易ですが、一方で多様性のある土で育てればもっと栄養がある野菜をつくれる。そんなことを考えていて『あっ、土壌さえつくれば自然と質的価値につながるな』と腑に落ちたのです」(三浦氏)

何かの数字など一つの指標を追求するだけでは、多様性は生まれない。経済も含めたさまざまな要素がある程度は自律的に回る仕組み、つまりはエコシステムをつくることが、土壌づくりであり質的価値の追求につながる――。そう考えた三浦氏がいま取り組んでいるサービスが「てとベジ」である。

近年の旅行業界のトレンドといえば、「マイクロツーリズム」である。一泊や日帰りで行ける場所の価値を再認識しようという動きだが、コロナ禍以降に三浦氏が感じたのは、目の前にだって「いいまち」があることにも目を向けてほしいということだ。そう考えて自身も函館にあらためて目を向けると、意外な事実に気づいた。

「函館の野菜など、地産品がなかなか手に入らないんです。なぜだろうと思って調べると、一極集中化構造の物流が理由でした。都会など大きなマーケットにまとめて出荷すれば、安定して捌けるし配送コストを抑えられます。合理的な考えですが、こればかりでは函館の人が地元で獲れた野菜を食べる機会がなくなってしまう。

消費者からすれば、産地がどこかはそこまで意識していないかもしれません。それでも僕はこだわるべきと思ったし、地産地消の流れをつくることで函館を盛り上げたかった。ちょうどコロナ禍で落ち込んだホテルの売上をどう補填するか考えを巡らせていたとき、一緒に解決できるモデルを思いつきました」(三浦氏)

ホテルテトラではコロナ禍以降、スーツを売ったり周辺の会社とノベルティー商品を開発したりとさまざまな事業にチャレンジした。しかし、畑違いの仕事ということもあり、社員が次第に疲労の色が濃くなり始めたという。そこでフロントの横などの空いたスペースに設けたのが、地元の野菜の直売場であった。すると近所の人たちが買いにきてコミュニケーションが生まれ、やがて地元のラーメン屋や居酒屋なども同じように野菜を売りはじめた。販売者からすれば、営業時間外に野菜を売ればその販売手数料で、落ち込んだ売上を補填できる。消費者はもちろん地元の野菜の魅力に気づくきっかけになるし、これこそが三浦氏が函館に築こうとした土壌だった。

「てとベジ」は現在SNSのプロトタイプが作成されており、今年中のローンチを目指している
「てとベジ」は現在SNSのプロトタイプが作成されており、今年中のローンチを目指している

「そうして企画・運営しているのが、生産者(農家)と小売事業者を直接結ぶサプライチェーンサービス『てとベジ』です。昨年後半から準備をはじめ、今年頭に本格的に始動したサービスですが、生産者からすればやはり安定した出荷が必要で、都市部にまとめて出したいと話す方は多い。でも、そうした方に僕からプランを説明すると、皆さん決まって『実現できるといいね』と志には共感してくれたんです。そう考えると、方向性そのものは間違っていない。だからこそ、生産者が抱いている安定供給への懸念を払拭して、『てとベジ』を成長させたいと考えているところです」(三浦氏)

では、消費者側にとってハードルがあるとすれば何だろうか。それは、行動変容であろう。これまで買い物といえばスーパーで済ませていたところを、もう1カ所立ち寄らなければいけなくなるのは大きな変化だ。

「人流を変えることは、物流を変える以上に難しいかもしれません。『てとベジ』では、物流に関しては『挙手制』といって、生産者と販売者がそれぞれみずから『売りたい』と手を挙げるシステムがあります。こうした手法で物流は回っていくのですが、消費行動として広がるにはまだ時間がかかる。そこで現在は、先にコミュニティをつくろうという発想で動いています。

具体的に取り組んでいるのが、『てとベジ』のSNSの開発です。ちょうどいまプロトタイプができたところで、今年中にはローンチしたい。このSNSでは生産者を紹介したり評価したりする『食べログ』のような仕組みをつくるなど、それぞれの『顔』や活動がある程度みえる世界観を構築しています。

三浦氏とJCI日本北海道地区担当常任理事の福西秀幸氏
三浦氏とJCI日本北海道地区担当常任理事の福西秀幸氏

というのも、『てとベジ』の未来を思い描いたとき、僕は函館のまちのなかにマルシェ(市場)が点在しているイメージなんです。マルシェという場を盛り上げるには、それぞれの顔や色がわかるべきで、そのためには生産者と販売者のコミュニケーションだって必要でしょう。だからまずコミュニティをつくろうと考えたのです。やがては生産者にも販売者にも新しいお客さんとの出会いがあり、経済的に函館のなかで循環していくことが理想です」(三浦氏)

「てとベジ」には、それ以外にも多岐にわたる狙いがある。仲介業者を減らすことで生産者にも消費者にもメリットがあるし、地元野菜の「見える化」でとくに新鮮さという価値を付加することで地産地消を進められる。そしてもっとも大きい価値は、各地で失われ始めている地域コミュニティの再構築ではないか。地域内経済を循環させるのはもちろんのこと、ヒトとマチをつなぐサービスが「てとベジ」なのかもしれない。

北海道と日本の未来と可能性

三浦氏は最近、東京にいる同級生と話すたびに「函館に帰ってこいよ」と声をかけているそうだが、それもJCIに入ってから地元への意識が変わったことが大きいという。またJCIでは、リーダーシップの在り方についても多くのことを学んだと語る。

「JCIはいろいろな企業、しかもそれなりの立場で働く人間が集まっているので、さまざまなリーダーの在り方がみえるんです。自分の会社では、どうしても役職が発言力に紐づくので、社員同士が本当に本音でぶつかることは難しい。でも、JCIは違います。役職ではなく人間力がモノをいう。僕も入った最初のうちは周囲を上手くリードできなかった。ロジックで話したり教えたりするだけでは人は付いてこない、たとえば社内教育では『機会』を与えることが大切だとJCIで学びました。

いまの日本で、JCIほど生産性を度外視して一つの事業に向き合う組織はないでしょう。たしかに非効率的かもしれませんが、とことん向き合うことでみえてくるものもあるんです。農業でいえば大規模流通は大事で、量的指標が必要なときもある。でも一方で、地産地消の流れや顔がみえるコミュニティをつくる『てとベジ』のようなサービスは、JCIのような組織で徹底的に考えることを学んだからこそ、取り組めた事業です。僕自身は質的価値を突き詰めた結果が現在の『土壌づくり』という活動に直結しているわけですが、当事者意識をもてるならば中身はなんでもいいと思うんです」(三浦氏)

*     *     *

三浦氏は「もう地図は役に立たない。必要なのはコンパスだ」というある実業家の言葉が印象に残っているという。「地図」が量的価値で、「コンパス」が質的価値に当てはめられるのではないか、というのである。一人ひとりが、各地域がそれぞれのコンパスをもち、自分なりの道を歩めば、それはたしかに多様性も備えた豊かな社会につながるのかもしれない。

広大なエリアにさまざまな文化を備えたまちが存在する北海道だからこそ、一つの指標に縛られない質的価値が大切ではないか。三浦氏の先輩にあたり、今回の取材にも同席いただいたJCI日本北海道地区担当常任理事の福西秀幸氏に、最後にそんな疑問をぶつけてみた。

「北海道は大きく4つのエリアに分かれていますが、それぞれ気候も歴史もかなり違います。その意味で、各地域が自分たちなりに質的価値を追求することができればいちばんいいでしょう。間違っても、北海道を一つの色で染め上げてはいけません。でも、だからといってバラバラでいいのかといえば、それも話が違う。道民のほとんどは、潜在的には大きな意味での北海道への帰属意識があるんです。各地域がそれぞれ質的価値を追求し、それがやがて北海道として大きなうねりとなる――まだ予感にすぎませんが、もしそれが現実になれば、もの凄いエネルギーが生まれると思うんです」(福西氏)

福西氏が語る北海道のいまと未来とは、そのまま日本に置き換えることができる。日本にしても各地域が多様に輝けば、自ずと国全体に活力が生まれる。函館のビュースポットとしてしられる八幡坂から港を見下ろしながら、北海道と日本の可能性が重なった。

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掲載号Voiceのご紹介

<2021年10月号総力特集「日本の違和感」>

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