自由な社会とデジタルの未来

川邊 健太郎(Zホールディングス社長/ヤフー社長) 聞き手:金子将史(政策シンクタンクPHP総研代表・研究主幹)

本稿は『Voice』2020年8月号に掲載されたものです。

新型コロナで浮き彫りになったデジタル化の遅れ。
プラットフォーマーがいま果たすべき役割から、
行政といかに関わっていくべきかについて、
ヤフーを傘下に置くZHD社長CEOの川邊氏に聞いた

露呈された5分野でのデジタル化の遅れ

――(金子)新型コロナウイルス禍は日本社会のデジタル化の遅れを浮き彫りにしました。川邊さんがCEOを務めるZホールディングス(ZHD)はヤフーを傘下におき、まさにわが国のデジタル分野における中心的存在です。現在の日本をどうご覧になりますか。

川邊:デジタル化の遅れは疑いようのない事実といわざるを得ません。ご指摘のとおり、コロナ禍という危機的な状況は、わが国のデジタル化の不十分な分野を露わにしました。私はいま、そうした現実を目の当たりにして「なぜわれわれがもっとデジタル化を推進できてこなかったのか」と忸怩たる思いを抱いています。

感染拡大防止自体については、ZHDは厚生労働省と協力態勢を築き、ユーザー情報を統計的に分析した結果を提供してきました。しかし真に求められるのは人の生活と行政が直接関わる分野、今回ならば給付金申請などのデジタル化でしょう。ところが給付金申請にかぎらず、いまの日本社会では契約や申請にも判子が必要です。

――デジタル化が遅れているのは、具体的に挙げるとどの領域でしょうか。

川邊:それについては、じつは約10年前に総務省が5つの分野を挙げています。すなわち(1)教育・人材、(2)行政サービス、(3)企業経営、(4)雇用・労働、(5)医療・福祉です。コロナ禍でも、まさにこの5分野で問題が生じました。行政サービスで象徴的なのがマイナンバーカードとマイナポータル(政府運営のオンラインサービス)が厳密にいうと連動していない点で、パスワードの期限が切れていたり、誤ったパスワードを複数回入力してパスワードがロックされたりしても、マイナポータル上ではパスワードの再発行ができず役所へ出向かなければいけない。雇用・労働では一部上場企業しかリモートワークを導入できておらず、医療・福祉はオンライン医療がようやく進みましたが、あくまで時限的な措置です。

――一つひとつみていくと、結局のところ10年前からほとんど前進していないわけですね。

川邊:ただその責任を誰かのせいにする気はありません。むしろわれわれが、それを推進してこなかった過去を真摯に反省する必要があります。これまでウェブ事業者は基本的にBtoC(企業から一般消費者へ)のサービスの向上に努めてきました。そこにDX(デジタルトランスフォーメーション)により事業者がマーケティングしやすいようなプラットフォームを構築したり、eコマースで小売業がモノを売りやすくしたりするなどのBtoB(企業から企業へ)ビジネスも展開してきた。しかしここにおいて明らかになったのが、BtoG(企業から行政〈government〉へ)の分野に効果的なアプローチをしてこなかった点です。コロナ禍はその事実を強烈に気付かせてくれました。今後、われわれに求められるのは、BtoGで提供できるユーザー体験を主体的に追求することです。ZHDは昨秋にLINEとの経営統合を発表しましたが、そんなサービスを提供できる国産プラットフォーマーをめざします。

これから意識すべきは「BtoG」

――日本のデジタル化の遅れはZHDを含めてウェブ事業者に責任があるとのお話ですが、思うように進まなかった要因をどうお考えでしょうか。

川邊:各事業者が、先ほどの5分野には採算性がないなどの先入観を抱いたことでしょう。加えて、各現場の「主義」の問題もあります。たとえば行政や教育では、何にせよ対面を是とする風潮が強かった。その価値観自体は否定できませんが、効率性や今回のような感染防止の観点では、「対面主義は本当にユーザーファーストか」と疑問を抱かざるを得ません。また、医療に関してはさまざまな規制や各団体の考え方の違いも背景にあるかもしれません。

――5分野のうち、とくにZHDの強みを活かせる分野はどれでしょうか。

川邊:想像以上にユーザーと行政サービスの距離が近いことが明らかになったいま、行政サービスのフロント部分、たとえば給付金申請に際して情報を入力するシステムであれば、行政よりもわれわれのほうが良質なユーザー体験を提供できるのは間違いない。医療については、ZHD自身はサービスを提供できないものの、オンライン医療にヤフーのUI(ユーザーインターフェース)を用いればユーザーはより気軽に診察を受けられます。

新型コロナは第2波、第3波がくるともいわれています。今後、別の感染症が流行する可能性もゼロではない。ならば、まさにいま5分野を中心にDX化を進め、次の危機では「前回の流行期よりも暮らしやすいね」と感じていただけるようにしなくてはなりません。

――BtoGについてさらにお聞きすると、コロナ禍においてヤフーは、協力に同意したユーザーの位置情報などの顧客データを自社で分析し、統計データとして厚生労働省に提供しました。成果をどう捉えますか。

川邊:データドリブン(データをもとに経営やマーケティングに必要な意志決定を判断・実行すること)による付加価値の増大はZHDの成長の軸です。これまでプライバシーの保護やサイバーセキュリティの強化を担保し、なおかつユーザーの同意を得たうえでデータを利活用させていただきました。ところがコロナ禍のように、感染症の拡大防止のためにデータを活用することは、想定していたプライバシーポリシーの範囲外でした。

一方で、ヤフーのユーザーの位置情報や検索情報を掛け合わせれば、日本独特のクラスター対策にも貢献できる。厚生労働省とのディスカッションを重ね、そんな予見をもちました。感染症が蔓延する社会で事業を行なう前提にしていなかったため、その前提を整えるためにできることをやらねばなりません。

――ただし、いみじくもお話しされたように、ユーザーのデータを目的外利用する側面もあります。

川邊:だからこそわれわれは、ユーザーの同意を得たうえで厚生労働省にデータ分析の結果を提供しました。とくに今回は病気という非常にセンシティブな情報を扱うわけですから、データを匿名化・統計化して個人を特定できないようなかたちにする必要があった。さらにいえば、非常時とはいえ、なし崩し的に国家に情報を提供するのではなく、第三者のアドバイザリーボードからの意見もふまえて議論を重ねました。あくまでも目的はクラスター対策への活用であり、厚生労働省のデータの利用意図が不明瞭だと感じたときには、即座かつ一方的に提供を停止できる協定も結んでいます。成果については厚生労働省が適切な時期に公表すると取り決めています。

――自由主義社会では、データを用いたサーベイランス(調査監視)をいかに行なうかは大きな論点です。今回のZHDと政府のあいだでの匿名データの取り扱いにおける考え方の相違は、メディアでも報道されました。

川邊:政府はパーソナルデータを含めた利活用をされたいのでしょうが、われわれとしてはユーザーの生の感覚を大事にしたい。そう考えると、匿名化された統計データの利活用が上限だと理解していました。いくら国にさまざまな面で協力するにせよ、民間企業であるわれわれはユーザーの視点を忘れるわけにはいきません。

――ならば、ユーザーのコンセンサスが「もっと政府にいろいろなデータを渡してもいい」となれば、ZHDの方針も変わりうる、ということでしょうか。

川邊:そのとおりです。コロナ禍がより深刻さを増し、皆さんの安全とパーソナルデータのトレードオフの感覚に変化が生じれば、その感覚に寄り添います。

米中を相手に「第三極」をめざす意味

――世界に目を向ければアメリカと中国が強力なプラットフォーマーを擁しますが、川邊さんはLINEとの統合を経て第三極をめざすとお話しされています。なぜ第三極が必要だとお考えなのでしょうか、

川邊:ユーザー的視点と、ある種の国家的視点の二つがあります。前者でいえば、ネット社会の健全かつ安全な発展には、ユーザーに豊富な選択肢がある環境が必要です。いま多くの方にとって、ネットを使うインターフェースはスマホのアプリでしょう。どんなアプリが使われているかといえば、日本においても世界においてもトップ10は寡占化していて、GAFAのサービスがほとんどです。つまりはネット世界から多様性が失われている。「あんな使い方をしたい」「こんな利用法もいいな」という選択肢が多様であればあるほど、ネット世界は健全で魅力的だと私は考えています。

日本のユーザーにとっては、せめて米国系ないしは中国系だけではなく、自分が住む日本系があって然るべきでしょう。たしかにGAFAは素晴らしいサービスを提供していますが、彼らは比較的、世界的なプライオリティのなかで機能開発をしている。しかし、われわれは当然、日本の課題に対してプライオリティをあげてサービス開発をしています。使い勝手の面でも、日本のユーザーには米中以外の選択肢があったほうがいいでしょう。

――国家的視点についてはいかがでしょうか。

川邊:論点になるのがまさしくデータです。国家はたとえば食糧自給率を何パーセント以上にするとか、エネルギーの自給率をあげよう、という観点で動きます。しかし21世紀の人類社会を発展させるドライバーがデータだとすれば、データサイエンスが米中系の企業だけで行なわれるのは安全保障上も問題がある。われわれは国産プラットフォーマーとしての使命感を抱いていますし、それが存在価値だと自覚しています。

――ZHDが第三極をめざして巨大化するほど、GAFAや中国のBATのようにデータの囲い込みやアルゴリズムによる誘導への批判が強まるのではありませんか。

川邊:提供する国や地域のユーザーに著しい嫌悪感を抱かせるような事業・サービスは、結果として営利企業として成立しなくなります。ZHDが過剰と捉えられかねないデータの利用法をとることはあり得ません。

われわれの企業理念は、テクノロジーを用いて世の中の生活を便利にすることです。あるいは、社会をアップデートすることが生きがいといってもいい。そのなかでAIやブロックチェーンのような最新テクノロジーの長所短所を理解しながら用いる所存です。ですから、AIであろうとブロックチェーンであろうと、何か一つの技術を思想的シンパシーのもとに広める、という考えはありません。

プラットフォーマーと国のあるべき関係とは

――本誌2020年6月号において、山本龍彦・慶應義塾大学教授は、プラットフォーマーはある種、中世の荘園や教会のような存在だと述べています(「プラットフォームと戦略的関係を結べ」)。川邊さんは、プラットフォーマーは社会でいかなる存在だと捉えていますか。

川邊:本誌の山本さんの論稿はじつに興味深く読みました。非常に明快で面白い。しかしその一方で、率直にいえば、私はやや意見が異なります。

山本さんはプラットフォーマーに立憲的封建制を適用すべきと論じていますが、われわれは一民間企業として資本主義というルールのなかで活動しています。ならば、動きを牽制するのならばZHDの株を購入して影響力をもっていただきたい。叶うならば国に動きを制約されるのではなく、一般の方々に株主になっていただき「Zホールディングスはもっとユーザーファーストにやるべきだ」などの声をあげてほしいのです。ZHDの株主はいま十数万人程度ですが、約8000万のユーザー数を考えれば少ないかもしれない。提供者とユーザーというと、硬直的で後者が支配されているようにみえますが、株主になれば支配者となるわけです。

――さらに山本教授の考えを引くと、中国は政府がプラットフォームを強力に管理する「政情一致型」である一方、欧州はプラットフォームを統治にとって他者とみなす「政情分離型」であり、政治はプライバシーを守る代わりに情報を利用しない。そこで山本教授は政治とプラットフォームがコンコルダート(協約)を結ぶ「政情協約型」に可能性を見出しています。川邊さんはどうお考えでしょう。

川邊:じつに難しい問題ですが、私も協約型がいいと考えています。コロナ禍がなければEU型でもいいと考える向きがあるかもしれませんが、今回の騒ぎをみれば、どう考えても民間と行政のデータを連動させて感染症対策をしたほうが効用が高い。大切なのは、われわれが今回意識したように「然るべき手続き」を経ることです。

民主主義とは、権力者の権限をいかに牽制したり制限したりするか、その積み重ねです。政府から協力要請がきたとき、手順を踏んで情報を提供することは国益に鑑みても必要です。一方で、唯々諾々と政府に情報を渡してはユーザーの感覚を無視することになる。だからこそ、プラットフォーマーと国が互いを理解しながら歩み寄ることが求められるのです。結果、他国が「日本モデル」に価値を見出す流れが生まれれば理想的でしょう。

リーダーシップの質も変わる

――コロナ禍が象徴的ですが、いまやいかなる変化がいつ訪れるか不透明な時代です。ポストコロナに求められる経営者像についてはどうお考えでしょうか。

川邊:あらためて感じているのは、変化に弱い経営者や組織は生き残れないということです。この数カ月、コロナ以前では信じられないような毎日でしたが、だからといって茫然と佇んでいては未来はない。変化を前提にどう動くべきか、思考を切り替える必要があります。たとえば、ベンチャーは有能な人材を採用するためにオフィス環境に力をいれてきましたが、リモートワークへとダイナミックに潮流が変わったとき、「せっかくいいオフィスを構えているのに」と考える経営者と、「これからは毎日リモートワークで構わない、オフィスももう要らない」と即座に発想を転換できる経営者では、いうまでもなく大きな差が開きます。

リーダーシップの質も変わるでしょう。重要なのは変化を前に自分が変わるだけでなく、人を変えることができるか否か。リモートワークになってもAIが導入されても、人が人を率いて社会に変革を起こしたり好影響を与えたりするという企業の本質は変わりません。また、DXが遅れている企業や組織は、変化についていけず付加価値を生み出せない可能性が十分にあります。

――最後に、ZHDとして今後どのようなインパクトを社会に与えたいとお考えでしょうか。

川邊:ZHDの社員に通底するのは「Power to the People」という意識です。国家ではなくPeopleを意識している人が集まっている。ですからわれわれは、新たな経営理念に「UPDATE THE WORLD」を掲げています。人類がより自由自在になるための価値を、われわれはサービスをつうじて提供していきたいのです。

もちろん、GAFAだって同じ考えのもとビジネスを展開しているでしょう。ZHDはそのなかでも、この日本、あるいはアジアに住む人びとに寄り添っていきたい。その姿勢を追求していけば、われわれはあくまでも法人という単位で日本に所属しているわけですから、最終的には国のためにもなると確信しています。

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川邊 健太郎(Zホールディングス社長/ヤフー社長)
川邊 健太郎(Zホールディングス社長/ヤフー社長)
1974年生まれ。青山学院大学法学部在学中に電脳隊を設立。合弁会社ピー・アイ・エム(PIM)の設立を経て、2000年にヤフー入社。Yahoo!モバイル担当プロデューサー、副社長・最高執行責任者(COO)兼メディアサービスカンパニー長、代表取締役社長・最高経営責任者(CEO)を歴任。19年10月より現職。

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