「戦略的不可欠性」を確保せよ

金子 将史(政策シンクタンクPHP総研代表・研究主幹)

本稿は『Voice』2020年6月号に掲載されたものです。

ハイテク覇権競争時代において、日本が「一流国」であるための条件とは何か

新型コロナ危機と米中関係

危機は戦略上の優先順位を、しばしば塗り替える。発足時には中国やロシアとの大国間競争を重視していたブッシュ政権が、9・11テロ後、対テロ戦争に急旋回し、米国がイラク戦争を経て中東に長く巻き込まれていったことは記憶に新しい。

目下、あらゆる国がパンデミック対応やそれに伴う経済危機の回避に注力している。これからの国際秩序を左右するはずの米中間では、感染拡大の責任の押しつけなどで激しい応酬がみられるものの、両国ともまずは自国の危機対応を優先せざるを得ない。経済が急速に悪化する懸念を前に、米中両国がサプライチェーンの安定化などで妥協をはかる可能性もある。

しかし、パンデミック危機は、むしろ米中間の斥力を強めるのではないか。コロナ禍によるサプライチェーンの寸断は、主要な製造工程を中国だけに依存するリスクを浮かび上がらせた。中国から製造拠点を全面撤退することはないにしても、多くの企業が中国からの部分移転と分散化をはかるだろう。

とはいえ、あらゆる分野で米中の経済関係が分断する全面的なデカップリング(切り離し)が生じるわけではあるまい。コロナ禍による工場稼働の停止や出入国管理強化の影響を受けているのは中国だけではないし、ロボティクス化の進展などを通じて、中国での生産活動の優位性は今後も続きうる。

他方で、米国では中国共産党の権威主義体質がコロナ禍の隠蔽と初動の決定的遅れをもたらしたとの不信感が広がっており、医薬品の相当部分を中国に依存していることも問題視されている。米国の対中政策は、「選択的デカップリング(selective decoupling)」、アーロン・フリードバーグ教授らが言う「部分的不関与(partial disengagement)」へと収斂していくと考えられる。

相互作用する破壊的イノベーションと大国間競争

ハイテク分野でのデカップリングも、コロナ禍の影響で進む可能性が高い。ハイテクに関する投資規制や輸出管理は、超党派の支持を得て、トランプ政権下で劇的に強化された。ハイテク企業は、政治面、安全保障面の考慮からすでに中国との関係の見直しを余儀なくされており、パンデミックによる寸断は、見直しの幅をさらに広げ、加速する要因になる。

そもそもハイテクをめぐる米中の競合は、覇権をめぐる抜き差しならないものになっている。AIやビッグデータ、量子コンピューター、ブロックチェーン、ゲノム編集など勃興中の革新的技術は、巨大な変化を社会や産業に及ぼしつつある。第一次、第二次の産業革命が、それまでユーラシアの周辺プレイヤーにすぎなかった西欧を世界の中心に押し上げ、対照的に中国などを周縁化させたように、現在進行中の「第四次産業革命」の波に乗れるかどうかで国力バランスは激変する。

ハイテク分野での攻防には、世界システムのなかでのポジションどりがかかっており、とくに中国は産業革命に乗り遅れる悲惨な結果は身に染みている。コロナショックで落ち込んだ景気対策でも、中国政府は5Gネットワークなどの新型インフラ整備を重視する姿勢を打ち出しており、ハイテク競争で譲る気配はない。ハイテク覇権競争の射程は、5Gやデジタル通貨など、米国の覇権の柱である情報通信と通貨にまで及んでいるのだ。

加えて、AIやロボティクス、ドローンなどは、軍事面での優位性、戦争のあり方を根底から変えるとみられている。そしてその大半は軍事用、民生用を明確に区別できないデュアルユース(軍民両用技術)であり、むしろ民間が研究開発をリードしている。米国も中国も積極的に軍民融合を進めており、民生分野や学術分野を含めて技術流出防止が戦略的意味合いをもつようになっている。

皮肉なことに、グローバル化の進展によるサプライチェーンの広がりも、かえって米中のハイテク対立を増幅した。貿易は当事国経済を相互に益する一方で、他国に依存している面があり、国家間関係が対抗的になると、とくに重要技術などでは他国依存の脆弱性が問題になりやすい。コロナ禍によるサプライチェーンの混乱を目にした米中がデカップリングを避けるようになると期待する向きもあるが、中長期的には互いに依存を避ける力学が強く働くとみるべきだろう。

価値や体制をめぐる対立

ハイテク覇権競争が、価値や規範、社会体制の次元を含むことで、状況はさらに複雑さを増している。ビッグデータやAIと監視技術の結びつきは、権威主義国政府が市民を効率的に管理統制するかつてない手段を提供した。人権やプライバシーを重視する先進国がイノベーションで遅れをとることも懸念されている。

中国は、巨大な人口を擁するうえ、先進国ほど個人の権利にとらわれずにAI時代の石油とされるデータを収集できる。バイオや自動化技術についても、権威主義国では大胆かつ迅速に実装化を進められるが、自由民主主義国では合意形成に手間がかかる。自由で開かれた社会がイノベーションに有利だと安閑としていられる状況ではない。

今回の新型コロナ危機は、まさに体制間競争のテストケースの様相を呈している。その実態や効果はまだ不明だが、中国では感染拡大防止に監視技術が積極的に利用されている。中国が感染抑制に成功すれば、人権よりも公共の利益を優先して強権的な封じ込め策をとり、監視技術を実装化する中国の社会体制の優位性が感じられるようになるかもしれない。

一方、米国では、武漢における初動対応の決定的遅れを招いたのは中国共産党の隠蔽体質であり、安全保障や市民の安全にかかわる分野で信用できない国に依存すべきではない、との論調が目立つ。パンデミック対応を機に、中国政府が国民の監視統制を格段に強化していくことも懸念される。コロナ危機への対応は、米中の価値観や政治体制の隔たりを際立たせている。

21世紀の一流国の条件

かくして、新型コロナ危機にもかかわらず、あるいはそれゆえに一層、地政学と技術が交差するgeo-technology(技術地政学)競争が本格化し、今後の国際関係の性格を決めていくことになるだろう。

ハイテク覇権競争のなかで、日本が世界システムの中心から滑り落ちることなく、平和と繁栄を維持し、国際的影響力を発揮することは可能だろうか。いいかえれば、日本が21世紀の一流国であるための条件は何か。

政策シンクタンクPHP総研では、多様な専門の研究者から成る「PHP Geo-Technology研究会」を組織して、多面的な検討を行なった。以下では研究会を通じてみえてきた方向性を紹介したい(詳細は「【提言報告書】ハイテク覇権競争時代の日本の針路」参照)。

まず必要なことは、日本がどのような国をめざすかを、守るべき価値や原則の次元にさかのぼって検討し、産業革命やイノベーションによる劇的な社会変化とそれに翻弄されがちな対外関係をしっかりと方向づけることである。

イノベーションの結果、社会が便利で安全になるとしても、人びとの自発的な意思決定や公平性が失われ、人間の尊厳が損なわれるようであっては元も子もない。人権を脇に置いてイノベーションを進められる中国がうらやましい、と無邪気に語る経営者もいるようだが、本当にそういう認識でいいのか。

新型コロナ対応でも、AI画像診断装置を早速開発するなど、中国の社会実装の力強さには見習うべきところがある。それでも日本は、自由で開かれた社会の規範に即したイノベーションをめざすことが肝心である。コロナ禍に際して、マスクの在庫情報をはじめ情報を積極的に公開することで市民の不安や不公平感を抑制することに成功した台湾の例は、それが十分可能であることを示唆している。

政府の役割の問い直しも必要だ。政府が重点産業を決めて計画的に育成するターゲティング政策は評判が悪い。しかし、人材開発投資や研究開発投資、格差是正などでは政府の役割が大きい。新しい技術環境に即した競争環境の整備も必要になる。巨大プラットフォーム企業による事実上の独占や囲い込みに対抗して個人の自由な意思決定を担保するには、複数の主体による競争が必要である。データポータビリティ権を確立し、受益者が自由にプラットフォームを抜け出せるようにすることも望まれよう。安全保障を筆頭に、国益の観点をハイテク産業政策に反映することも政府の重要な役割になる。

求められる新しい戦略コンセプト

技術イノベーション政策や外交・防衛はもちろん、輸出管理、投資規制、政府調達、通商政策、産業政策、情報通信、競争政策、サイバーセキュリティなど、ハイテク覇権競争にかかわる政策領域は多岐にわたる。日本政府は、外為法改正による外資規制強化や政府調達からの事実上のファーウェイ排除など、関連政策を次々に打ち出しているが、政策の全体像や相互関係は明瞭ではない。全体観のある戦略コンセプトによって個々の努力を方向づけ、整合性のある政策体系を創り出すことが肝心だ。

EUでは、外交・軍事とならんでデジタル技術領域でも、過度な対米依存への懸念から「戦略的自律性(strategic autonomy)」が論じられている。日本も、厳しい大国間競争と劇的な技術変化のなかで、自らの運命を自らの手で切り開く力をもつべき点はEUと同様である。だが、(EUも実際にはそうだろうが)日本があらゆる重要技術分野で卓越することやすべてを自前でそろえることは現実的ではない。

日本がめざすべきは、培ってきた技術力を活かして、他国からみて死活的なハイテク領域で代替困難なポジションを獲得すること、すなわち「戦略的不可欠性(strategic indispensability)」の確保である。技術面での戦略的不可欠性は、国際政治やグローバルサプライチェーンにおける日本の立場を強化し、他国が日本に圧力をかける敷居を高くする。それにより日本が価値観や国益に即して行動し、影響力を及ぼす余地は広がるだろう。同盟国である米国にとっての戦略的不可欠性の確立が決定的に重要だが、その他の国々との関係でも、ハイテク分野で不可欠な位置を得るという観点が求められる。

安全保障上脅威となりうる相手への依存を警戒するのは当然だが、行き過ぎれば保護主義への道を開くことになる。日本は、あくまで自由貿易を原則としつつ、「戦略的不可欠性」をテコに他国依存のリスクを管理していくべきである。

重要技術の把握と対外関係の再調整

「戦略的不可欠性」を確保するうえでは、日本の強みとなる技術、サプライチェーンの脆弱性、重要技術での依存度などを体系的に把握することが第一歩になる。戦略的に不可欠なポジションを得たいのは他国も同じであり、たえざる競争のなかで相対的に決まる優位性や脆弱性を見定めて、技術集積の潜在力を発揮していく以外にない。企業も自社技術について、同様の精査を行なわなければならない。

そのうえで、機微技術の流出を防ぐ輸出管理や投資規制の強化、防衛分野での革新的技術の実装化、新しい独占を防ぐ競争環境の整備など、幅広い分野での政策革新が必要になる。

ハイテク覇権競争において、日本の国際的影響力を維持拡大するべく、「戦略的不可欠性」をテコに対外政策を調整することも必要になる。同盟国である米国とのあいだでは、国際秩序構想や軍事はもちろん、情報通信インフラ、重要産業分野、デジタル通貨など、幅広い領域で共通の戦略目標を定め、ハイテク覇権競争時代における戦略的一体性を確立すべきである。

そこで肝心になるのは、日米の技術的な相互補完性を深化するなかで、カギになる技術を提供する能力を日本がもつことだ。日米だけでなく、自由で開かれた価値観を共有する他の国々とのハイテク連携で、集団的に戦略的不可欠性を高めることも考えなければならない。

対中国では、安全保障上の脅威を増し、人権抑圧につながるような分野では技術流出を厳格に管理することが必須である。他方、それ以外の分野については、高齢化や環境、感染症など中国からみて重要な社会課題で技術的な解決を提供し、日本の不可欠性を高めていくべきである。中国の技術大国化リスクについて一律に拒絶反応を示すのではなく、「対応が必要なもの」「対応する必要がないもの」「対応すべきではないもの」を見極めて選択的に対応することが適当である。

デジタル・トランスフォーメーションを進めるインドや東南アジア諸国などの「デジタル新興国(伊藤亜聖・東京大学准教授)」への関与も欠かせない。これらの国々が大国間競争でどちらか一方に与することはなく、人権意識についても先進国とは異なる。デジタル新興国の現状についてしっかり情報収集しながら、相互に益する関係を築く必要がある。

ハイテク覇権競争の長期化は不可避であり、新型コロナ危機と共振しながらこれからの国際秩序を規定することになるだろう。日本は、米国などとともに、破壊的イノベーションが進むなかで自由で開かれた国々にとって有利なバランスオブパワーの維持に努めなければならない。そのうえで、中国とのあいだで、対立のエスカレーションを管理し、協調すべき分野では協調する枠組みづくりを模索していく必要がある。

要は日本の新しい国柄を考えること

以上のように今日の世界において、革新的技術は、産業競争力にとどまらず、安全保障や国際的影響力を決定的に左右する要素になっている。多岐にわたる政策領域を統合した技術・産業戦略を策定し、実行していく政府の体制づくりが欠かせない。

ハイテクと外交・防衛が交わる領域では、国家安全保障会議(NSC)の司令塔機能、政策統合機能を強化せねばならない。事務レベルでは新設の国家安全保障局経済班が要の役割を果たすことが期待される。サイバー空間と実空間の融合が進むなかで、とくにサイバー領域におけるインテリジェンス機能の強化も喫緊の課題である。

イノベーション促進や自由で開かれたデジタル社会の実現は、統合イノベーション戦略推進会議などNSCとは別の司令塔の役割だが、国益や安全保障の観点が適宜反映されるよう、事務方の兼務や協議を恒常化すべきである。プラットフォーマーなどの企業を巻き込み、市民や消費者も参加する、自由民主体制らしいガバナンスのあり方を見出すことも必要だ。

大国間競争と破壊的イノベーションが進展するなかで、日本は、自由で民主的な政治と社会をどのようなかたちで再構成するのか、経済的機会と安全保障上の考慮をいかに調和させるのか、何を交渉力の源泉としていかなる外交的立ち位置をとるのか、国際秩序の再編をいかに方向づけるのか、政策統合やガバナンスをいかに再構築するのか、といった根本課題に直面している。新型コロナ危機は、これらの問いをいよいよ切実なものとする。

問われているのは日本の「国柄」であるといってもよい。新しい技術状況をふまえて、憲法に立ち返って価値や原則について議論することも必要になるだろう。しばらくは過渡的な状況が続くだろうが、重要な局面で選択を誤らないためにも、守るべきものを明確にし、全体観をもって臨機応変に対応する力量が求められる。

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金子将史(政策シンクタンクPHP総研代表・研究主幹)
金子 将史(政策シンクタンクPHP総研代表・研究主幹)
1970年生まれ。東京大学文学部卒。ロンドン大学キングスカレッジ戦争学修士。松下政経塾塾生等を経て現職。専門は外交・安全保障。著書に『パブリック・ディプロマシー戦略』(共編著、PHP研究所)、『日本の大戦略』(共著、PHP研究所)など。「国家安全保障会議の創設に関する有識者会議」議員等を歴任。国際安全保障学会理事。

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