社会的投資の日本型モデルづくりを目指して

日本ファンドレイジング協会 代表理事 鵜尾雅隆

IMG_8219

鵜尾雅隆さんのインタビュー第1回はこちら:「『共感×解決策』の掛け算で社会を変える
 
*********************
 
――現在、日本ファンドレイジング協会で実施されているファンドレイザー必修研修の受講者は2,000名を超え、認定ファンドレイザーの資格を取得されている方が全国で50名(准認定ファンドレイザーは約570人)ほどいらっしゃるということですが、ファンドレイザー研修ではどのような素養を身につけることを目指すのですか?
 
鵜尾:ひとつは、スキルがあることです。ファンドレイジングに対する正しい理解と、本当にファンドレイジングを成功させるスキルがあること。それから、倫理を守ること。実践力があること。そうした素養を見て、プロフェッショナルと認定された方に、認定ファンドレイザーの資格が与えられています。
 
――どんな方が認定ファンドレイザーを目指すのですか? 取得した資格はどのように活かされるのでしょうか。
 
鵜尾:圧倒的に民間非営利団体の方が多いですね。事務局長や代表が自ら受講していることもあります。助成財団などで、助成金の交付の審査のために、団体にファンドレイザーの有資格者がいるかどうかを書かせるケースも増えて来ています。助成金をもらったら、「使って終わり」ということも多いんですが、ファンドレイザーがいれば、助成金をてこにして、自己財源を広げることができる。そうした意識がある団体かどうかの判断基準のひとつとして、ファンドレイザーの存在の有無が問われるようになってきているんですね。
 
――その団体のお金の使い方に関する品質保証のようなものなんですね。
 
鵜尾:そうですね。そうした自分の団体のファンドレイジングのためという軸がひとつ。
 もうひとつ、私はファンドレイザーは社会のお金の流れのデザイナーだと思っています。所属団体の枠を超えて、いろんなファンドレイザーが集まって、地域に新しいお金の流れをつくろうという動きがいま活発になっているんです。
 そうした流れの中で、日本ファンドレイジング協会の中でも、チャプター化を進めています。九州チャプター、関西チャプター、東海チャプター、北海道チャプターの4つがあり、中国地方でもチャプター化の準備が進んでいるんですが、各チャプターではなにをしているかというと、ファンドレイザーの資格をもった人々が集まって、ファンドレイジングのノウハウを共有したり、ソーシャルなお金の流れを生み出すための仕掛けを考えたりしているんです。

IMG_8191

――アメリカではファンドレイザーの資格の有無が年収にも影響することが、積極的な資格取得のモチベーションのひとつになっているそうですね。
 
鵜尾:資格を持っているファンドレイザーと持っていないファンドレイザーでは、年収にして平均2万ドルくらいの差があると言われています。ファンドレイザーの資格を持っていることで、人材としての市場評価が上がるんですね。
 また、ファンドレイジングはフレンドレイジング(仲間づくり)だという言葉もあるくらい、ファンドレイジングを行う上ではネットワーク力が欠かせないんです。新しい情報や知見、きっかけといったものの中には、人とのつながりの中でしか得られないものがたくさんありますよね。
 実際、ファンドレイザーの求人の様子などを見ていると、有資格者が採用される傾向があると思います。ファンドレイジングに関する共通言語があるし、勉強会などで顔を合わせたことがある可能性も高いでしょうから、安心感があるんでしょうね。
 
――ファンドレイザーの認定試験では、知識や知見、ノウハウについては筆記試験や面接で測ることができると思いますが、実際のスキルや倫理観については、どうやって評価されるんですか?
 
鵜尾:倫理については、「ファンドレイジング行動基準」という倫理基準に署名してもらうんです。署名・宣誓していただいて、それに反した行動が報告されたら資格をはく奪します、ということにしています。
 実行力に関しては、日本ファンドレイジング協会では認定ファンドレイザーと准認定ファンドレイザーの2階層の資格を設けているんですが、准認定に関しては、ファンドレイジングに関して学んでくださいねという入り口の資格なので、必修研修に参加して勉強して全体像を把握することで取得できます。
 認定ファンドレイザーには、それに合わせて有償実務経験3年以上という基準を設けているんです。つまり、対価をもらいながら、プロフェッショナルとしてファンドレイジングに関連した仕事に3年以上携わった経験を、それはどんな内容の仕事でどんなパフォーマンスだったのかということも含めて、自己申告してもらうんです。
 「有償」実務経験3年以上というのは、実はけっこうハードルが高くて、ボランティアでやったものに関しては認められない。ボランティアが悪いということはないんですが、対価をもらっていると逃げも隠れもできなくなりますから、その緊張感の中で仕事をしながら、かつ成果を出してきた人というのを評価するようにしています。
 あとはプレゼンテーションテストをやったりもしています。人とのコミュニケーションができないと、ファンドレイザーは務まりませんから。認定ファンドレイザー試験の受験には2日間の研修への参加が必須なのですが、その中で行われるグループワークやプレゼンの様子を見ながら、明らかに協調性がないとか、まったくプレゼンができないという人だと、認定取得は難しいですね。しゃべるのが得意でなくても立派なファンドレイザーはもちろんいますから、プレゼンがすべてではないんですが。

IMG_8320

――NPO団体の方が認定ファンドレイザーを取得して実務に活かすという流れはとてもわかりやすいと思いますが、受講者の中にはNPO職員ではなく、本業を別に持たれている方もいらっしゃいますよね。彼らはどのようなモチベーションで受講するのでしょうか。
 
鵜尾:准認定ファンドレイザーに関しては、企業で働いている方や税理士さん、弁護士さんなど、いろんな方が受講されていますね。
 受講される方々が皆さんおっしゃるのは、営利企業とは違うソーシャルな事業をどうやったら成長させられるのか、体系的に学ぶ機会や場がほかにないということです。「広報に関してはこう」「事業プランのつくり方はこう」といった部分的なものはあるんですが、どうマネジメントするとうまくいくのかという全体像を勉強するものがないんですよね。
 それで企業のCSR部門の方とか、財団の方が准認定ファンドレイザーの必修研修を受講されるんですが、そうした方々の受講モチベーションやその後の活かし方には、いくつかのパターンがあるようです。
 ひとつは、NPOの理事になったり、プロボノとしてNPO支援に携わる上で、支援のクオリティを上げたい方。これは本業の仕事とNPOと二足のわらじを履くタイプです。
 ふたつめは本業で活かすタイプで、NPOをクライアントに持つ弁護士さんや税理士さん、あるいは企業のCSR部門や財団に勤めていて、NPOを支援する上で、会計処理や資金提供といったサポートを通じて、団体の成長につながるアドバイスをしたいと思っていらっしゃる方。
 3つめは将来ソーシャルセクターでの起業を考えている方ですね。現在の仕事やそれを通じて培ったスキルを、将来起業する、あるいはNPOへ転職する場合に、どのように使えるか、准認定ファンドレイザー研修を受講すれば、NPOのマネジメントの全体像が学べますから、自分が得意な支援領域と全体との関係性もわかる。そう考えて、将来的な起業やNPOへの転職を視野に入れて受講されているタイプです。
 認定ファンドレイザーは、ファンドレイジングを実務でやっている方ばかりですから、また全然違った雰囲気になります。このファンドレイザー認定制度は、アメリカやヨーロッパの制度や仕組みを参考にしつつ、日本に合うようにつくったのですが、アメリカには准認定ファンドレイザーの資格はないんですよ。
 それは、准認定ファンドレイザー研修に該当するような、ファンドレイジングに関する学習の機会が、アメリカにはほかにもたくさんあるからなんです。大学院でNPOマネジメントについて専門的に学べる修士コースもたくさんある。日本には、いまのところひとつもありません。社会イノベーション論とか、社会学としてNPOについて研究できるところはあっても、NPO経営やソーシャルビジネスのマネジメントについて体系的に教えてくれるところは、日本にはなかなかない。その差は大きいと思います。
 
――逆に、なぜアメリカではNPOマネジメントやファンドレイジングというジャンルがそんなに発達しているのですか?
 
鵜尾:アメリカの場合は、行政よりも早くNPOがあった社会だからと言えるかもしれません。たとえば、ハーバード大学は、アメリカに移住した人々がお金を出し合って1600年代に創設された私立大学です。もともと当時のイギリスの抑圧的な政府を嫌い、信仰の自由を求めてアメリカにやって来た人々ですから、行政に権限を持たせることを嫌い、社会的サービスも自分たちの手でやりたいという伝統があるのかもしれないですね。
 そういう意味では、世界のほかの国々と比べても成り立ちからして極端な国ではあるんですが、だからこそ、さまざまな社会的システムで、おもしろいものが早く生まれています。そしてその中には、日本が参考にできるものもかなりあるんです。私たちは「タイムマシン効果」と言っていますが、アメリカやイギリスに行くと、「この話は数年後に日本に来るな」と思うものによく出会うんですよね。実際そうなっていることも多いですし、タイムマシンに乗って少し先の未来に来ているような感じです。

IMG_8172

――ソーシャル・インパクト・ボンドなど、社会的投資に関してはイギリスが一歩先を行っている印象があります。
 
鵜尾:社会的投資の議論に関しては、イギリスは相当進んでいますよね。国によって違うものの、ヨーロッパ各国は行政の力が比較的強いと言えますが、その中でもバランサーとしてのNPOやソーシャルビジネスの役割が確立されている。そういう意味では、日本が参考にできるモデルがアメリカ、イギリスそれぞれにあるように思います。
 ソーシャル・インパクト・ボンドや社会的投資市場の形成については、イギリスのモデルのほうが取り入れやすいし、民間非営利セクターと寄付や助成金で起こすイノベーションの可能性については、アメリカで行われているさまざまな先行実験が参考になる。その2つの中でいいとこ取りをしていくと、おもしろいお金の流れができるかなと考えています。
 たとえば、アジア、アフリカでは、行政や国際機関が強くてお金も持っていて、企業とNPOが弱かったんですが、いまは経済発展とともに企業が成長してきているので、行政と企業が強くてNPOが弱いという日本と似た構造になってきているんです。そうした中でアメリカのようなモデルを、アジアやアフリカにインプラント(移植)しようとしても、それは不可能です。寄付する人がたくさんいるわけではないし、国や社会の成り立ちも違う。ではイギリスモデルはどうかといったら、それもそのままいけるわけではない。
 たとえば、いま休眠預金の社会的活用の議論が活発に進められていますが、アメリカでは休眠預金は全部国庫に入れてしまうので、社会的活用なんてまったくやっていないんです。寄付が年間25兆円もある国だから、500億円くらい無理して回さなくたって別にいいということなんでしょうが、日本やアジアのソーシャルセクターにとっての500億円はとても大きな額です。
 だから、日本で休眠預金のようなものをうまく活用して後押しの財源にして、行政と企業とNPOの三者間でおもしろいお金の流れをつくることができたら、アジアに広がるモデルになるんじゃないかと思うんです。そうしてアメリカでもヨーロッパでもない、第三軸のモデルをつくることは、日本国内の課題を解決するばかりでなく、世界に対する貢献にもなると思っています。
 
――各国の文化や情勢には、その国の成り立ちや歴史が大きく影響するでしょうし、価値観やメンタリティにも大きな差がありそうです。日本には昔から忍耐や謙遜が美徳とされる文化があるので、苦しい立場に置かれている人が自分の苦しみを訴えにくかったり、それを支援する人が取り組みの成果をアピールしてお金を集めたり、また寄付者が自らの行動を喧伝したりといったことがなじみにくい部分があるのかなと感じる面もあります。
 
鵜尾:そういうところはたしかにあるんですが、陰徳の美のルーツを考えると、儒教なんですよね。儒教には、いいことをしても人には言わないみたいな価値観がある。ただ、その儒教的発想というのは、日本だけではなく、中国や韓国、台湾も共有しているんです。むしろ韓国には日本よりも儒教思想が強く根付いていますが、韓国の寄付額は、GDP比で言うと日本の3倍なんですよ。ですから、アメリカのような顕示的な寄付行動まではいかなくても、陰徳の美を大切にする社会なら、それに合った寄付の伸ばし方があるんだろうなという気がしています。
 私はJICAで国際協力に携わっていたこともあって、これまでに50カ国を訪れたことがあるんですが、実は世界200カ国の中で、日本ほど変わりやすい社会はないんじゃないかと思っているんです。日本はとても保守的で物事が変わりにくい社会だと感じている人のほうが多いと思うんですが、私は逆だと思っています。
 どういうことかと言うと、アメリカやヨーロッパは理念型社会です。みんなで議論を重ねて出された結論に、リーダーを立ててついていく。一方で日本は、議論して結論が出ても、「本当にそれが正しいの?」と懐疑的な目を向けるようなところがあります。だからよくリーダーをやっている人なんかは「日本人はついてきてくれない」と嘆いていますが、実は日本は世界でも類を見ない実体験型社会なんですよ。どんな説教や哲学を聞いても動かなかった社会が、ひとつの体験を共有することでがらっと変わるところがあるんです。「空気社会」とでもいう感じです。
 象徴的だったのが、飲酒運転に対する反応です。飲酒運転って、もちろんずっと以前から禁止されていたんですが、ちょっとくらいいいよね、みたいな空気が正直あったと思うんです。それが、2006年に福岡で起きた痛ましい事故をきっかけにがらっと変わった。日本中が飲酒運転は絶対に許さないという空気になった。劇的な変化だったと思います。
 厳罰化の流れもそうだし、居酒屋でもドライバーにはジュースをサービスするとか、社会全体で飲酒運転撲滅に取り組んでいる。ドイツにいる友人が驚いていました。「たしかにひどい出来事ではあったけど、飲酒運転による事故は以前からあったし、ここまで一気に変わるものか?」と。
 阪神淡路大震災が起きたときにも、ボランティアとかNPOに対する見方はやっぱり変わったと思いますし、なにかの実体験が人口の51%を超えて共有されると、日本社会はがらっと変わると感じています。ソーシャルセクターの活動や寄付や社会的投資も例外ではないと思っていて、実体験、成功体験が積み上がっていって51%を超えると、それが当たり前のものになっていくんじゃないかと考えています。
 だからこそ、ファンドレイジング協会を立ち上げたときに、お金の流れを動かすとか、寄付者に働きかけをする前に、NPO自身が寄付者や支援者をがっかりさせているような状態をなんとかしなければと思ったんですよ。せっかく寄付してくれて、会員になってくれて、支援やボランティアをしてくれているのに、その人たちがやってもやっても砂漠に水を撒いているような気持ちになっているとすれば、だめなんです。「やってよかった」「こんなに喜んでくれるんだ」「自分の寄付でこんなに子どもが笑顔になっているんだ」といった実体験が積み上がらないことには、税制を変えようが、国会決議しようが、だめなんですよ。それでは社会全体の空気が変わりませんから。
 それで、真っ先に取り組むべきはファンドレイザーの育成だと考えたのが、日本ファンドレイジング協会を立ち上げるときの思いで、受講者も2,000人を超えたいま、仕組化もされてきたし、口コミで広がるところもあるだろうし、日本はここからおもしろく変わっていくと思いますよ。
 
(第三回「『人の役に立ちたい』という気持ちをかたちにする寄付教育」へ続く)

関連記事