産後の女性を支える社会的インフラを

NPO法人マドレボニータ代表 吉岡マコ

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「受けるケア」と「取り組むケア」
 
 マドレボニータの活動のメインである教室事業のヒントとなったのは、出産で弱った体を元気にするために、産後1か月が過ぎた頃から吉岡さんが独自に開発して自宅で行っていたエクササイズだった。
 
「とにかく自分の体を元気にしたいという思いがあったんですが、ジョギングとかの運動は、赤ちゃんがいると難しいですよね。それで、バランスボールを使って、骨盤周りを鍛え直すにはどうしたらいいかとか、出産後に弱っている筋肉はここだから、こういうステップをやったらいいかなとか、自分で考えながら、家で一人寂しくやっていたんです」
 
 妊娠当時、大学院で身体運動科学について研究していた吉岡さんには、基本的な運動生理学や解剖学といった基礎的な知識があったことも幸いした。
 
「学外でも東洋医学や臨床心理学の研修に参加したりして勉強していたので、そうした知識を総動員してプログラムを開発しました。バランスボールは友達にもらったものだったんですが、実は子どもと一緒でも、すごくやりやすいんですよ」
 
 赤ちゃんがいると、目も手も離せない、エクササイズなんてしている暇はない、と考える人もいるかもしれない。しかし吉岡さんは、バランスボールを使ったエクササイズならば、赤ちゃんを抱っこしながらでも可能なことに気が付いた。
 
「赤ちゃんを抱っこしてバランスボールに座って、足を横に出したり、開いたり、閉じたり。やっているうちに息も上がるし、心拍数も上がってきて、これはなかなかの運動になるなって思ったんです。そうやって自分自身のリハビリをしていたんですけど、やっていくうちに、これはほかの人にも効くんじゃないか、ほかの人にも提供したら喜んでもらえるんじゃないか、と考えるようになりました」
 
こうして開発されたマドレボニータのエクササイズの効果が最も得られやすいのは、産後3、4か月頃。教室の利用者のボリュームゾーンもその辺りだという。
 
「産後1か月は寝たきりで過ごして、体を休めないといけないんですよ。産後は赤ちゃんに夢中で自分が疲れていることに気づかないで動き回る人も多くて、『なんだ、動けるじゃん』というようなことを言われることもあるんですが(笑)、ここで無理をすると、本来体が回復してくるはずの2か月目以降に寝込んでしまったり、鬱になってしまったりする。だから最初の1か月はとにかく安静にして、リハビリを始めるのはそれ以降、産後3、4か月経ったくらいが、お母さんにも赤ちゃんにもちょうどいい」
 
 吉岡さんは、産後ケアを産後1か月までの「受けるケア」とそれ以降の「取り組むケア」とに分けて呼んでいる。
 
「いま、『産後ケア』というと、産後1か月はヘルパーを手配するなどして体を休めましょう、という『受けるケア』のことばかり取り上げられていますが、養生の期間が過ぎたら、自分で体を動かしてリハビリを始める必要があります。私たちはこれを『取り組むケア』と呼んでいますが、こちらはまだまだ認識されていない。産後には『受けるケア』と『取り組むケア』の両方が必要なんだということを啓発していかなければならないなと思っています」
 
 教室を始めた当初は参加条件の明確な区切りはなかったが、いまでは産後210日までという区切りが設けられている。養生の1か月が過ぎたら、リハビリを始めるのは早いほうがいい。
 
「ハイハイを始めた赤ちゃんは大人に構ってもらいたいという欲求が強く出てくるので、赤ちゃんを傍らに置いてなにかに集中するということが難しくなってきます。3、4か月くらいの赤ちゃんなら、ハイハイもしないので、床に寝かせておける。退屈してきて泣いてしまったら、抱っこしてバランスボールで弾みながら一緒にエクササイズをする。ご機嫌になったらまた床に寝かせて、の繰り返しです。もちろん体調の回復に時間がかかったりして、産後半年以降、単身で参加される方もいらっしゃいます」
 
 集客は、ほぼ参加者による口コミ。先日吉岡さんが担当した教室では、10人中8人が、参加者の紹介だったという。とは言え、「産後ケア」という概念さえおぼろげな中、教室事業も最初から順風満帆というわけにはいかなかった。
 
(第二回「産後ケアの普及による社会問題の予防と解決を目指して」へ続く)
 
吉岡マコ(よしおか まこ)*1972年、埼玉県生まれ。東京大学文学部美学芸術学卒業後、同大学院生命環境科学科(身体運動科学)で運動生理学を学ぶ。1998年3月に出産し、産後の心身の辛さを体験。産後の女性にケアが必要だという概念さえないことに気づく。同年9月に「産後のボディケア&フィットネス教室」を立ち上げて以来、日本に「産後ケア」の文化をつくるための活動を続けている。
 
【写真:遠藤宏】

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