女性のキャリアに自信を

NPO法人ArrowArrow 代表理事 堀江由香里

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堀江さんのインタビュー第1回はこちら:「子育てとキャリア、『どちらか』ではなく『どちらも』選択できる社会に
 
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大切なのは、さまざまな可能性を考えておくこと
 
 子育てと仕事の両立は個人の努力の問題だと思われている節も根強いが、いまの日本の社会の中では、組織全体で解決に向けて取り組んでいかなければならない課題だ。
 
「とくに、上層部が専業主婦の妻をもつ男性ばかりという会社の場合、待機児童の問題や最近の保活の状況など、噂程度にしか知らず、どれだけ切羽詰まったものかわかっていなかったりします。ですから、その事実を知ってもらい、働きながら子育てをするということにどういうリスクがあって、どういうことが起こりうるのかを認識してもらうだけでも、制度整備に対する心構えがまったく違うんです」
 
 もちろん、組織に頼りっぱなしではない。法で定められた期間を超えて育休を長くとれるほうが女性に優しい企業と言えるかもしれないが、女性自身のキャリアや復職後の仕事を考えると、長期間育児休暇をとるよりも、あまり間を空けずに復帰したほうがよいということは、誰もが認めることだろう。
 
「働くということに対する考え方や、子どもとどう向き合っていきたいかという価値観は、人によってさまざまですから、そうした個人の人生観を踏まえながら、しっかり話をします。保育所の現実的な状況や、いまのITの進化のスピードを考えるとあまり長く育児休暇をとることはリスクになるということも伝えながら、その間組織がどうやってバックアップ体制を整えるか、本人のブランクを復帰後どうやって取り戻すのか、復帰後どんなキャリアを望むのかということを考えて、どのくらい休暇をとるかということを話し合います」
 
 「保活」をしたことのある人ならばよく知っていることだろうが、1歳児の枠がいちばん競争が激しいため、0歳児のクラスに入れるということがスムーズな復帰のためのひとつのポイントとなる。
 
「ですが、実は2歳児、3歳児になると、枠が一気に広がるんですよ。だから、2~3年、ゆっくり育児休暇をとって、いろいろなことが変化しているというリスクを承知した上で復帰するという選択肢もあると思います。何月に出産するかによっても、何か月で入園・復帰するか変わってきますし、対象者の住んでいる自治体の話なども聞きながら、復帰のタイミングをアドバイスしています」
 
 2歳児、3歳児になると、子どもひとり当たりに対する保育士の配置数の基準が大きく変わるため、受け入れ枠は一気に広がる。法律で定められた育休期間は最大1年半だが、会社が2年待ってくれるのであれば、受け入れの枠が広がる2歳まで待つこともひとつの選択肢なのかもしれない。だが、自身が昨年11月の出産から、産休を経て少しずつ復帰に向けて動き出している堀江さんは言う。
 
「自分が1~2か月現場を離れただけでも仕事への焦燥感はかなり感じているので、個人的には早めに復帰したほうが、子どもにとっても自分にとっても、その後順応しやすいかな、と感じています。いまもシッターさんにサポートしてもらっていますが、たくさんの人に会って触れてもらえる機会があることも、娘にとってよかったなと思っているんです」
 
 いずれにせよ、大切なことは復帰後のキャリアを見据えて育休期間を考えるほか、認可保育所に入れなかった場合の選択肢やそれにかかる費用などを、個人も会社も把握しておくことだと、堀江さんは言う。

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ワーキングマザーの「漠然とした不安」を解消するプログラム
 
 「子育てしながら当たり前に働ける職場」をつくるために重要なのは、ステークホルダーを巻き込みながら働き方を見直していくことと同時に、産休・育休取得者本人にキャリアに対する自信をつけさせることだ。
 
「子どもをもった途端にキャリアのコースから外されたり、本人がキャリアに対する自信や意欲をなくしたりすることをマミートラックと呼んだりしますが、そうなってしまうことは個人にとっても組織にとっても望ましくありません」
 
 どうすれば、子どもをもつ女性がマミートラックに陥ることなく、キャリアを築いていけるか。会社からの提案を待つのではなく、自ら会社に「こういう働き方をしたい」「こういう仕事なら最大のパフォーマンスができる」といった提案ができる状態にもっていくため、「あなたが評価されているのはこの仕事の部分です」「あなたのこの部分が会社にとって価値があると言われています」と、会社からの評価ポイントを丁寧に伝えていくことが重要なのだという。
 
「また、彼女自身に数年先を見据えたキャリアプランを立ててもらう取り組みを行っています。産休・育休取得者第一号となるケースが多いので、本人も誰に相談したらいいかわからないし、育児でなにが起きるかわからないこともあって、半年とか1年とか、短いスパンでしかキャリアを考えられなかったりするんですが、3年とか5年のフェーズでキャリアがどういうふうに変化していく可能性があるのか、どういうところが重要になっていくのかといったことを伝えながら、長期的なキャリアプランを話し合っていきます」
 
 こうして3年間ArrowArrowの事業を行ってきた中で堀江さんが感じているのは、「彼女がいないと困る」「彼女の復帰のためなら、働き方を見直さなければいけないね」と言われる女性を増やしていかなければならないということだと言う。
 
「現在は、能力がないというより、能力がないと“思い込んでしまっている”女性社員があまりにも多いように感じています。いわゆる権利主張型の社員では困りますが、正当な権利として会社の制度を利用しながら、どうやって会社に貢献できるかを理路整然と伝えられる女性社員が増えていけば、会社のやる気をもっと促せると思っているんです」
 
 そのために行っているのが、ArrowArrowの2つめの事業である、「社員!Shine!」。女性の継続就労をサポートする研修プログラムだ。
 
「女性の管理職を増やしたいけれど、女性社員のモチベーションが高くないといった課題を感じている企業さんと、女性のモチベーションが上がる働き方を考えるセミナーを企画したりしています。働き続けたい女性を増やすために、会社としてはその女性に対してどんな働き方が提案できるか、といったことを一緒に考えるんです」
 
 結婚・出産といったライフイベントと仕事の両立に不安を感じている女性社員に向け、産休・育休の取得から復帰までの流れをイメージしてアクションプランを立てたり、子育てをしながら働いている女性をゲストに迎えた座談会を開いたりして、「漠然とした不安」の正体を探り、その不安を解消するための具体策を一緒に考えていく。ワーキングマザーのロールモデルを見せることで、子育てと仕事を両立できるという自信とイメージを膨らませていくことが狙いだ。

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管理職へのモチベーションアップを目指して
 
 「社員!Shine!」プログラムでは、女性管理職の育成を目指し、管理職という仕事の魅力をアピールし、モチベーションアップを図る取り組みも行っている。
 
「基本的には、いまの管理職のあり方を見て、私はそうならなくてもいいや、と思っている人が多いから、管理職へのモチベーションが上がらないわけですよね。なので、なぜ自分はその組織の中でキャリアを積まなくていいと思っているのかを、まずは掘り下げて考えてみるところから始めます」
 
 キャリアを積むには、管理職を目指すだけでなく、専門性を高める、深めるという方法もある。自らのキャリアにどういう可能性があるのか。その中で管理職を選ぶと、どんなことができるようになり、どんなことが難しくなるのか。そうしたことを掘り下げて考え、漠然と持っている「管理職」へのイメージを一度払拭し、再構築する。
 
「最終的には管理職へのモチベーションを高めることがクライアントの希望なので、管理職へのイメージを組み立て直しながら、どうやったら管理職という仕事に魅力を感じてもらえるかが大事だと思っています」
 
 いまの女性の管理職は育児も仕事も完璧にこなすスーパーウーマンのようなケースが多い。それを見て、あんなふうにはなれない、と諦めてしまう女性も多いが、そうしたロールモデルを研修に招き、どんなことに苦労したか、大変だったかを語ってもらう。
 
「そうした方がどんな葛藤を経てなにを得たのかを語ってもらうことで、あの人にもそんなことがあったんだな、葛藤の経験があっていまのあの人があるのなら、私もそうなりたいなと思ってもらえるようなプログラムを提供できるように努めています」
 
 最近は逆に「出世したくない」「役職につきたくない」という若者が男女問わず増えていると言われているが、それについて堀江さんはどのように考えているのだろうか。
 
「就職する前からそう思っていたのか、働くということを経験してそう思ったのかは、全然違うものだと思うんです。後者の場合は、そうならないように組織が努力しなければならないですよね。管理職を目指す人材を増やしたいと考えているのであれば、そうした働き方に魅力を感じてもらえるように、組織が変わらなければいけないと思います」
 
 前者のような「緩い働き方」を求める人材を採用することも、ひとつの戦略だが、その場合は、そうした働き方で成り立つ組織をつくっていかなければならない。
 
「とは言え仕事をばりばり意欲的にこなす人材が何割かいないと回らないというのであれば、そうした人材を増やしていけるような組織設計にしていかないと、『最近の若者は』なんて嘆いていてもしかたないですよね。どちらの価値観がいいかというよりは、それぞれの価値観にとって魅力的な働き方を構築して、それで成り立つ組織をつくらなければいけないと思います。A社とB社では『優秀な社員』の定義はぜったい違うんですから、それをちゃんと会社ごとに整理・理解して、制度に落とし込んでいくことが大切です。そこがうまくかみ合っていない組織の場合、産休・育休は変わるチャンスだと思います」
 
 そうした組織設計の大切さを理解している経営者は多いが、組織がうまく回っている状態では、組織や制度の見直しは後回しになってしまいやすい。だからこそ、産休育休のような、働き方を見直す必要性が顕在化するタイミングを逃さないことが大切だ。

(第3回「娘が同じ葛藤を抱えることのない社会に」へ続く)
 
堀江 由香里(ほりえ ゆかり)*大学卒業後、人材業界のベンチャー企業に就職。人事部の立ち上げや新卒採用、内定者研修、新入社員研修のプロジェクトを手掛ける。2008年に病児育児等の事業を行うNPO法人フローレンスに転職。ワークライフバランスコンサルタント事業部長等を経て独立。2010年7月にNPO法人ArrowArrowを設立し、代表理事を務める。2012年1月より日本ワーク・ライフ・バランス研究会事務局長を兼任。
 
【写真:遠藤宏】

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