子育てとキャリア、「どちらか」ではなく「どちらも」選択できる社会に

NPO法人ArrowArrow 代表理事 堀江由香里

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「変える人」No.17では、主に中小企業向けに産休・育休取得に向けたコンサルティングに取り組むNPO法人ArrowArrowの堀江由香里さんをご紹介します。
 
子育てしながら働けない職場
 
「内定をもらったけど、結婚して子育てしながら働くのは難しそうだから、辞退する」。
――大学三年生のとき、就職活動中の親友がもらしたことばだ。堀江さんが就職活動をしていたのは、最後の就職氷河期と言われる年。内定を獲得するだけでも困難な時期に第一志望の企業の内定を蹴るという親友の選択は、堀江さんにはとうてい理解できないものだった。
 
「そのときの私には、彼女本人に対する怒りが湧いていました。どうなるかわからない未来のために自分のキャリアを諦めるなんて、一体どういうことなんだと。そう話をして大喧嘩をしたんですが、彼女と別れて家に帰りながら、ふと、なぜ彼女はそんなことを言ってしまったんだろうと考えたんです」
 
 一体なにが親友をそこまで追い込んだのか。いろいろと調べてみると、女性の働きにくさを示すデータが山のように出てきた。明確な数値として現れる出産後の退職率。「子どもができたらどうか」というOGや現役社員のリアルな証言。
 
「こんなに働きづらい、働きづらいと言われていたら、『この会社で働きます』とは言えないだろうな、と思ったんです。それで、すごく短絡的ですが、いつか独立して働きやすい組織を自らつくって、そういう実例を社会に広げようと決意しました。そのときから、女性が子どもか仕事か、二者択一を迫られる社会に対する問題意識を持つようになり、それがArrowArrowの立ち上げにつながっています」
 
 大学卒業後は、人材業界に就職した。どのような企業で、どのような人が、どのように働いているのか、リアルな現場を見られると考えてのことだった。
 
「ベンチャー企業に入社したんですが、その頃はまだ産休・育休制度が整っているとは言い難く、女性は結婚を機に退職するか、結婚しないで男性と同じようにバリバリ働いて管理職になっていくか、二者択一の働き方の職場でした。3年くらいで独立しようと思っていたし、自分自身のワークライフバランスみたいなものは考えずに、社会の現状と厳しさを知れればいいと思って入社したんですが、自分が目指す社会と現実のギャップに悩む日々が続きました」
 
 人事部の立ち上げを任されるなど、忙しくも充実した日々を送っていたが、始発から終電まで働き詰めの毎日は、体力的には辛いものだった。ハードワークに耐えられず、退職していく女性社員を幾人も見送った。そんなときに出会ったのが、NPO法人フローレンスだった。
 
「『子育てと仕事の両立が当たり前の社会』の実現を目指すNPO。つくりたい未来のビジョンと事業がつながっている仕事。私が目指しているものにぴったりだと感じ、フローレンスへの転職を決意しました」
 
 駒崎弘樹氏が代表を務めるフローレンスは、病児保育や小規模保育の取り組みで有名なNPOだが、その目指すところは、「子育てと仕事、そして自己実現のすべてに、だれもが挑戦できるしなやかで躍動的な社会(フローレンスホームページより)」。それは、まさに堀江さんの目指すものだった。
 新卒で入社した人材会社を3年で退職し、フローレンスに転職した堀江さんは、ワークライフバランスに関するコンサルティングや病児保育事業に取り組む中で、「働く女性」を取り巻く課題の大きさを身に染みて感じることとなる。
 
「たくさんのワーキングマザーと出会う一方で、妊娠を機に退職する女性が7割もいることを知ったんです。フローレンスでの仕事はとてもやりがいがありましたが、私はそうした状況の改善に取り組みたいと思うようになり、フローレンスを卒業して、産育休取得のサポートを行うNPO法人をつくることに決めました」
 
 「子育てや介護を理由に選択肢を狭めるようなことがないようにしたい」というビジョンは共有しつつも、フローレンスとは違う道のりで課題に挑むことにしたのだ。フローレンスの事業のメインは「保育」だが、堀江さんはそのさらに前段階、「育休・産休」取得から復帰までの制度を整備するための取り組みを始めた。それが「ArrowArrow」だ。

logoのコピー
(画像提供:ArrowArrow)

スタートは「彼女にやめられたら困る」
 
 「ArrowArrow」という団体名と矢印をあしらったロゴは、道路標識からきているのだという。「子育てや介護等の理由に左右されず、仕事を当たり前に続けられる社会の創造」をミッションに掲げ、「可能性」や「選択肢」を表せるような名前を考えていた堀江さんの頭に浮かんだイメージが、行先を指し示す矢印だった。
 
「誰もが自分の望む未来を選択できるように、そのための選択肢をたくさん提供できるように、という思いを込めて、Arrowがたくさん、ということで、ArrowArrowという団体名をつけました。ロゴは私がデザインしたんですが、実はいっぱい矢印が隠れているんですよ」
 
 ロゴに隠れたたくさんの矢印のように、ArrowArrowはさまざまな方向から、「働く女性」の問題にアプローチする。
 
「現在のArrowArrowの活動内容は、大きく分けると3つあります。まず、企業向けに実施しているのは、『産休!Thank you!』というコンサルティングプログラムです。産休・育休取得者が発生したときに、彼女がしっかりと休みをとって復帰できるように、また、ただ復帰するだけでなく、短時間勤務でもしっかり活躍できるように、当人を中心に人事部や直属の上司とチームを組んで、働き方をどう変えたらいいのか考えます」
 
 中小企業向けに特化し、これまでに6社ほどの産休・育休制度に関するコンサルティングを手掛けてきたが、クライアントの多くは社員規模が100人以下の中小企業だ。
 
「社員が300人以上になると、大企業の定義に入るので、国からのチェックも厳しくなり、産休・育休取得に関しても、しっかりした制度があるところが多い。逆に、10人くらいの組織だと、社長と社員の距離が近いので、かっちりした制度を整えなくても、柔軟にやれる面があります。実は、いちばん難しいのは、50人から100人くらいの規模の会社。社長からも距離が出てくるし、制度もまだ整っていないところが多いんですよね。なので、そういう企業さんからお声掛けいただくケースが多いです」
 
 また、ArrowArrowが手掛けるのは、その企業の産休・育休取得の第一号の事例である場合が多い。
 
「その会社の中でコアな存在というか、ハイパフォーマーの女性の妊娠がきっかけとなって、お声掛けいただくことが多いんです。これまでは妊娠した女性はみな辞めていったから、会社側もルールやノウハウがない、だけど彼女に抜けられると困るから、働き続けてもらえるような組織になりたい、といったところがスタートになっています」
 
 プロジェクトは、妊娠発覚時から産休に入るまでの4~5か月がメインとなる。妊娠してから産休に入るまでに、どれだけ組織の体制が整えられるか次第で育休取得後の復帰のしやすさが変わるため、この期間が勝負だ。プロジェクトチームには、産休・育休を取得する本人のほか、その直属の上司にも必ず入ってもらうようにしている。
 
「100人くらいまでの会社だと、人材育成に特化した社員がいるケースはあまり多くありません。そういう方がいればもちろんプロジェクトチームに入ってもらうんですが、人事部の社員だけだと、制度については理解していても、自社の現場でなにが起こっているかリアルな実態は把握できていなかったりします。なので、なるべく事業全体を把握して回している人や、直属の上司に入ってもらって、彼女が職場に戻ってくるイメージを持ってもらえるようにしているんです」

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その会社の「働き方」をまるごと変える
 
 産休・育休取得のコンサルティングには、2つの大きな柱がある。ひとつはその企業全体の働き方を見直すこと。もうひとつは、産休・育休を取得する女性自身が、自分のキャリアに自信をもって自らの働き方を提案できるような状態に持って行くことだ。
 
「育休取得後、短時間勤務で復帰することが前提となっている場合、同じ働き方をしているのでは、労働時間が減っているわけですから、以前と同じアウトプットを出せないことになってしまいますよね。だから、短い労働時間の中で、120%のアウトプットを出せるようにするためには、彼女をどの業務に集中させるのがいちばんいいのかを探っていきます」
 
 しかし、多くの場合、全体の業務の流れを把握している人がひとりもいない、どの業務に時間がかかって長時間労働が常態化しているのか誰もわかっていない、といった状況が浮かび上がってくる。
 
「そこでまずは、業務上の課題を徹底的に洗い出します。じっくり話しを聞いたり、制度を見せてもらったりしながら、どういうところが長時間労働の要因となっているのかを探していくんです。業務全体を棚卸したら、どの部分がコア業務かを洗い出し、それをどうやったら短い時間の中で回していけるか、業務の再配分、再構築を提案します
 
 たとえば、営業職の場合、本人でなければできない外回りなどのコア業務と、本人でなくてもできる事務処理とを「見える化」し、本人でなくてもいい部分は事務の人に任せるなどして、コア業務への集中を図る。逆に、外回りの営業に割ける時間が減るのであれば、外回りの仕事をほかの営業マンにわたし、代わりにその営業マンの事務処理を引き受けることも考えられる。
 
「パズルゲームではありませんが、そうやってパフォーマンスが最大になるように業務を組み立ててていきます。そのためには、育休取得者本人の仕事だけでなく、部署全体、会社全体の業務を徹底的に見直し、社員全体の働き方を見直すことが鍵です」
 
 ArrowArrowの立ち上げから3年が経ち、手応えを感じられる場面も増えてきた。きっかけは育休・産休制度の整備だが、業務内容の見直しなど、その会社の「働き方」全般にかかわる提案は、組織基盤そのものを整え、育休取得者とは直接関係のない部門の働き方にも影響を与えるようになっていく。
 
「会社全体の残業時間が減ったとか、それによって女性の離職率が下がったというお話を聞いています。プロジェクトの前後に潜在離職率の調査をするのですが、ほとんどの女性が『出産を機に辞めると思う』と回答していた企業で、『出産してもこの会社で働き続けたい』と回答する女性の割合が増えたとか。ほかにも、小さなプロジェクトチームで進めていた取り組みが、グループ会社に派生していったり、といったことも、成果として見えてくるようになりました」
 
 制度を利用して働き続けられる人が増え、育休取得・復帰の第一号となった女性が二度目の育休を取得することになったという話や、短時間勤務で復帰した女性が新規プロジェクトの責任者を任されるなど活躍のためのポジションを与えられるようになったケースもある。
 
「コンサルティングに入った会社で、『次は僕が育休をとるんだ』と男性社員が意気込んでいらっしゃるところもあります。これまでは、育休をとる女性も大変ですが、男性は男性で、長時間働くのが当たり前だと思われていて、子育てに注力したくても、その時間をつくるのが難しかったと思うんです。だけど、育休から復帰する女性がいて、子育てしながらでも活躍できる職場になれば、男性社員も残業なしで帰っても成果が出せるんじゃないかと思えるし、会社にそう提案できるようになります。そういう文化形成や組織の変化は、とても重要なものだと思っているんです」
 
 入口は産休・育休制度の整備だが、堀江さんが狙うのは、男性社員を含めた会社全体の働き方を変えることだ。
 
「結局、会社全体の働き方が変わらないと、育休取得者の待遇だけを変えようとしても意味がないんです。ですが、これまで成功してきた働き方を変えるのは簡単ではないですし、私たちのように外からやってきた人間にいきなり変われなんて言われても、いい気分はしませんよね。だからこそ、物理的に戦力が抜けてしまう育休取得者の発生は、働き方を見直すチャンスなんです。新しいやり方で成果を出せるという成功体験をプロデュースすることで、自分たちも組織も、もっと変われるのではないかという可能性を感じてもらえたらいいなと思っています」
 
 プロジェクトチームに直接入ることはないが、育休取得者のパートナーとの連携も大切だ。
 
「旦那様と直接お会いして話したことはありませんが、育休取得者の方と、夫婦間でどんな話をしておかなくてはならないかという話はします。実は、『パートナーの方はどう考えていらっしゃいますか』と訊いてみると、『夫のことは考えていませんでした』というような方が多いんです」
 
 しかし、子どもがいる場合はとくに、夫婦で協力し合わなければ、互いのキャリアは成り立たない。子育てと仕事の両立のために夫の存在がいかに大きなものであるか、復帰後のキャリアのために、どのようなことを話し合っておかなければならないかを、堀江さんからアドバイスする。
 
「育休というと、女性がひとりで対処しなければならない課題だと思って抱え込んでしまっている方が多いんですよね。なので、人事部、上司、夫など、できるだけステークホルダーを巻き込んでいきましょう、という話をするようにしています」

(第2回「女性のキャリアに自信を」へ続く)
 
堀江 由香里(ほりえ ゆかり)*大学卒業後、人材業界のベンチャー企業に就職。人事部の立ち上げや新卒採用、内定者研修、新入社員研修のプロジェクトを手掛ける。2008年に病児保育等の事業を行うNPO法人フローレンスに転職。ワークライフバランスコンサルタント事業部長等を経て独立。2010年7月にNPO法人ArrowArrowを設立し、代表理事を務める。2012年1月より日本ワーク・ライフ・バランス研究会事務局長を兼任。
 
【写真:遠藤宏】

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