発達障害を理由に可能性を狭めたくない

株式会社Kaien 代表取締役 鈴木慶太

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「変える人」No.12では、発達障害の方々が長所・特性を活かせる仕事に就き、活躍できるよう応援する株式会社Kaienの鈴木慶太さんをご紹介します。
 
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発達障害との出会いとMBA留学
 
 鈴木さんが「発達障害」とはじめて真正面から向き合ったのは、3歳になった息子が発達障害と診断されたことがきっかけだった。
 
「当時はものすごくショックを受けました。発達障害というものについて無知だったので、発達障害=可能性が低くなる、と思っていたんです」
 
 東大卒業後、NHKに入社。6年間で退社し、MBA取得のためケロッグ経営大学院に留学。そんな華々しい経歴を持つ鈴木さんは「自分の子どもは自分より先に行く」という漠然とした期待を、無意識に持っていたという。
 
「勝手に思い描いていた子どもの人生みたいなものがあったんですよね。発達障害に無知だったからショックを受けたという面もあったと思いますが、無知じゃなくても、自分の頭の中で勝手につくっていた道の通りにはいかなくなったということに変わりはないので、たぶんショックを受けたと思います」
 
 それはMBA留学でアメリカに出発する2日前のことだった。困惑のあまり、留学を取りやめることも考えた。だが、慌てて再就職先を探すよりも、2年間きっちりと勉強してからのほうが子どものためにもいいだろうという結論に至り、MBA留学を決行する。そこでの出会いや発見は、鈴木さんが現在につながる一歩を踏み出す力強い一助となった。
 
「アメリカでは、発達障害に対する理解や支援の取り組みが、日本よりずっと進んでいました。そうした中で発達障害について僕自身もいろいろと勉強し、ビジネスの視点から発達障害の問題にアプローチできないかと考えているときに、僕のイメージにぴったりの企業があることを知ったんです」
 
 それは、「スペシャリステルネ」というデンマークの企業だった。アスペルガー症候群の人々を雇い、ソフトウェアの検証を行うテスターを育成している会社だ。顧客には世界的な超一流企業が名を連ねる。
 
「発達障害者の個性を活かして雇用につなげるビジネスモデル。なにより、スペシャリステルネが営利企業であることに感動したんです。僕がやりたいのはこれだと思った。早速、このビジネスモデルを参考にしたビジネスプランを考えて、授業でプレゼンしました」
 
 すると、クラスの学生たちは非常に関心を示し、何人かでチームをつくってプランをブラッシュアップし、「発達障害の力を活用したビジネスモデル」として、ビジネスコンテストに応募することなる。結果は優勝。このときつくられたビジネスプランは、Kaien立ち上げへの実質的な第一歩となった。
 
「僕は起業とか全然考えていないタイプだったんですが、ケロッグでは、起業はメジャーな夢のひとつでした。そこで出会った学生たちの高いモチベーションはすごく刺激になったし、ビジネスプランを考える上でも、アドバイスをもらったり、ものすごくサポートしてもらった。英語で勉強する環境の中で、日本語にまだ訳されていない資料を読めるようになり、その結果スペシャリステルネの存在を発見することもできた。MBA留学では、ほんとうにたくさんのものを得ました」
 
 こうして大きな収穫を得て日本に帰国した鈴木さんは、2009年9月、株式会社「Kaien」を立ち上げた。

概念図
出典:国立障害者リハビリテーションセンター 発達障害情報・支援センター

発達障害とはなにか
 
 日本でも認知が着実に広がり始めている発達障害だが、一体どのようなものだろうか。
 
「簡単に言うと、いわゆる空気が読めない、注意・関心が偏ってしまう、自分を上手に制御できない、ミスが多い、といったいくつかの特徴がある、先天的な脳機能の障害です。脳機能の“障害”と言うべきなのかわからないんですが、脳の機能に偏りがあって、ほかの人には容易にできることがなかなかできなかったりする。だから、先天的な発達の“偏り”と言ったほうがいいかもしれません」
 
 発達に偏りがあるため、できることとできないことの差が出やすく、IQの数値が項目によって極端に凸凹しているのが特徴だ。
 
「勉強はふつうにできるんだけど、人の気持ちを読み取るのが苦手とか。仕事もある程度まではできるんだけど、抜けや漏れやミスが多くて、全面的に任せることはできないとか。そういう人たちが多いですね」
 
 日本では人口の5%前後が該当すると考えられているが、発達障害を持つ人々の数が近年増えていると感じている人もいるかもしれない。それは、日本の社会で、より高度で複雑な能力が求められる場面が多くなったことが関係しているという。
 
「空気を読むとか、同時並行で作業を行うとか、既存のもの同士を組み合わせて新しいものを創り出すとか、そういった技能がここ数十年の間に先進国で求められるようになったものだと思うんです。その結果、そうしたことが苦手な人が目立ち始めたんだと思います」
 
 発達障害の一種である自閉症は、40年前には2,500人にひとりと言われていたが、現在では88人にひとりと言われるようになった。だがこれは、自閉症の人が増加したのではなく、診断基準の変化や、自閉症という概念が広まったことによって、診断される人が増えてきているためだと考えられている。
 
「たとえば、発達障害の一種であるADHD(注意欠陥多動性障害)に関しては、アメリカだと11%の子どもが診断を受けているような、もはや非常にメジャーなものなんです。日本でもADHDの行動の特徴を持つ子どもは6~7%と言われています。ですが、日本でADHDと診断される人が、アメリカだと診断されない場合もあると思います。日本のほうが“空気を読む”ということの基準が高いから」
 
 本人か周囲が適応できていないと感じなければ、そもそも発達障害の診察を受けることもないが、適応・不適応は所属する社会や組織といった環境に大きく左右される。たとえば、決められた作業を淡々とこなしていく工場労働ならば、空気が読めなくても仕事に直接問題はない。定められた通りにきっちりと行うことが要求される作業ならば、むしろ得意な場合もある。だが、周囲との調和を重んじる日本は、他国と比べて発達障害を持つ人が不適応になりやすい環境であると言われている。

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いつ、どうして発達障害に気づくのか
 
 最近では3歳児検診でのスクリーニングが普及し、早い段階でケアを受けられることが増えてきたが、発達障害に気がつく時期やきっかけは、人によってさまざまだ。
 
「たとえば言語の発達が全体的に低かったりすると、3、4歳のときに明らかに発語が遅いとか、言葉の組み立てが悪いということで気がつきます。あるいは相手の気持ちを読むことが苦手な場合、幼稚園や小学校で集団生活を送るようになった段階で難しさが出てきたり、中学や高校に進んで、周りがどんどん大人になっていく中で、その変化に追いつけなくなったり。いわゆるガールズトークができない、みたいなことですね」
 
 子どもの頃は問題がなくても、大人になってから生きづらさに気がつく人も決して少なくない。たとえば、大学生になって、それまでの与えられる時間割から自分で選んで組み立てる時間割になると、対応できずに不登校になってしまう。あるいは大学では与えられた課題に「書いて」応えることで成果を出してこられたが、就職活動で面接という動きのあるコミュニケーションになると、目が合わない、言葉がうまく出ない、表情がない、といった違和感で落とされる。もちろん、社会に出て相当な年月が経ってから気がつく場合もある。
 
「一部上場のグローバル企業に就職して、35歳でマネージャーになるまでは問題なかったけれど、管理職になって部下のスケジュールやタスクの管理を求められるようになると途端にできなくなったことで気がついたという人もいました。発達障害は、内容も程度も、気づくきっかけやタイミングも、人によってほんとうにさまざまなんです。だから、自閉症スペクトラムといわれる」
 
 自閉症スペクトラムとは、カナータイプと言われる重度の自閉症からアスペルガー症候群までの広汎性発達障害を、自閉症状や知的障害の程度によって、明確な境界線のないグラデーション状の障害としてとらえる概念のことだ。
 
「だから、僕も発達障害の傾向が0とは言えないと思っています。僕だけじゃない、みんなスペクトラムのどこかに存在していて、どこかにカットオフポイントがある。そして、そのポイントは、そのときその人が属している社会が決めるんです」
 
 発達障害の特徴を持ちつつ、適応できる人もいる。たとえば、知的能力が高ければ、苦手な部分をカバーしやすい。
 
「多くの人が勘でとらえているものを、ターミネーターのように情報として分析する感じなんです。こういう表情をするときは、人はこうだ、とか。こういうタイプの動きをする人は安全だ、とか。自分の引き出しに情報をいっぱい詰め込んで対応することで、空気を読んでいるようにふるまうことができる。だけど、ふつうは空気を読んだり、人の気持ちを感じ取ったりするのにまったくエネルギーを使いませんよね。それを意識的にやるので、疲れるというか、大変みたいです」
 
 診察を受ければ発達障害と診断されるレベルでも、適職やその人に合った会社を選び、適応している人も多い。そうした人は、Kaienの支援を必要としていない。Kaienにやってくるのは、残念ながら仕事や生活に適応できなくなった人々だ。
 
(第二回「アプローチ次第で能力は伸ばせる」へ続く)
 
鈴木 慶太(すずき けいた)*2000年、東京大学経済学部卒。NHKに入社し、アナウンサーとして報道・制作を担当。NHK退職後、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院に留学しMBAを取得。長男の診断を機に発達障害の能力を活かしたビジネスモデルを模索し、帰国後Kaienを 創業、現在に至る。
 
【写真:shu tokonami】

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