いま求めたい「しくみ」を変える政治改革

政策シンクタンクPHP総研 研究主幹 永久寿夫

 安倍首相は参院選で「ねじれ国会」を解消し、長期政権としうる前提を確立した。これで「決められない」政治も終わるとの期待もあってか、内閣支持率は発足以来50%を下ったことはない。アベノミクスの「矢」を次々と打ち出す姿には、その内容に賛否はあっても、誰もが近年味わったことのないスピードを感じているだろう。
 
 だが、これで「決められない」政治に終止符が打たれたとは言えない。なぜなら、「決められない」政治の最大要因である政治や行政の「しくみ」自体には何も変化がないからだ。例えて言えば、ドライバーが替わって運転が少し速くなっても、車自体は古くて性能が悪いままなので、おのずと限界があるということだ。
 
 「決められない」政治から脱却するには、「しくみ」を変える政治改革が必要なのである。

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ガラパゴス化した日本の政治
 
 現在の「しくみ」を学習院大学の野中尚人教授は「ガラパゴス政治」(『さらばガラパゴス政治』2013年、日本経済新聞社)と呼んでいる。まえがきの一部を引用しよう。「日本の政治や統治のメカニズムは基本的に壊れたままであり、まだその修復ができていないままに坂道を転げている、というのが私の率直な感想です。(中略)それを私は、「ガラパゴス化」と表現しています。簡単にいえば、他の先進国では当然のように進められてきた政治の仕組みにかかわる改革・改良が、戦後の日本ではまったく行われず、その意味で進化発展のプロセスから完全に取り残されているのです」。
 
 同様の問題意識による提言が主に経済界から出されている。例えば、経団連のシンクタンクである21世紀政策研究所は、昨年7月に「政権交代時代の政府と政党のガバナンス―短命政権と決められない政治を打破するために―」、今年6月に「日本政治における民主主義とリーダーシップのあり方」と2年続けて、政治のあり方に対する提言を行っている。また、昨年5月には経済同友会が「政党・政策本位の政治の成熟化と統治機構改革~『決断できる政治』の実現に向けて~」を、同9月には、日本アカデメイアの財界人を中心とした有志が国会改革に関する緊急提言を行っている。
 
 経済界からこうした提言が行われる背景には、政治的決断の遅れが引き起こす企業の機会損失を減らしたいという直接的な思惑もあるだろうが、その内容を読むと、より高い次元において、企業家・経営者の間には政治に対する共通した「思い」があるとも思われる。約半世紀前の1965年、松下幸之助は「政治とは、いうならば国家社会の経営であり、人々の繁栄、平和、幸福をいかにもたらすかという生産活動だと思う。その生産活動をなるべく能率的に、金と時間のかからないようにもっていくところに、政治の一つの責任があるのではないか」(『PHP』昭和40年10月号)と語っているが、それと同様の認識、すなわち政治には「生産性」が必要であるという「思い」である。

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衆議院を強くし、かつ閣僚に時間を与える
 
 提言の主な内容を対象別に要約してみよう。
 
 第一は、国会を対象とするもので、(1)衆議院と参議院の関係、(2)法案審議の方法、(3)閣僚・官僚の拘束時間、の観点から論じられている。
 
 (1)衆議院と参議院の関係では、両院の「対等性」が生産性を阻害しており、衆議院の優越性をさらに強化すべきと主張する。現在、衆参が異なる議決をした場合、衆議院の出席議員3分の2以上の賛成で再可決しなければ法案は成立しないという高いハードルが置かれている。また、予算の議決、条約の承認、内閣総理大臣の指名については、衆議院の議決を優先するように定められているが、特例公債法案など、可決されなければ予算が執行できないといった重要法案については優先権がない。議決の停滞を防ぐためには、すべての議決に関して衆議院に優越性を与えるか、最低でも予算関連法案については予算案とワンセットで衆議院に優越性をもたせる必要がある。
 
 (2)法案の審議については、何をどの順番で審議するか自体が政党間の駆け引きになっており、それが法案の審議を遅らせ、廃案もしくは継続審議となるケースを増やしているという指摘がある。このような停滞を防ぐため、イギリスやフランスのように、政府提出法案については、これまで蚊帳の外にあった内閣に審議日程の責任を負わせる、あるいは内閣にも関与させながら審議の計画化をはかるべきとされている。
 
 (3)閣僚・官僚の拘束時間については、首相や大臣さらには官僚が国会に拘束される時間が長すぎる、という指摘がある。具体的に言えば、日本の首相の1年間(12ヵ月)の国会出席日数は127日(2011年)。これに対して、イギリス首相36日(2008~09)、フランス首相12日(2007~08)、ドイツ首相11日(2009~10)となっている。財務大臣や外務大臣の場合もまた同様である。
 
 世界標準からすると、日本の閣僚は国会に過剰に拘束されており、政府の長としての仕事、さらには対外的な仕事に割ける時間が少ない。そればかりか、閣僚の国会対策のためにはバックヤードで官僚たちが昼夜を問わず働いている。これでは、結果的に政府として本来なすべきことが十分になされなくても不思議ではない。政府の監視は国会の重要な役割の一つだが、政府機能を麻痺させては本末転倒である。欧州諸国のように閣僚の国会出席に上限を設けたり、あるいは副大臣や政務官がローテンションで出席するなどの工夫が求められる。また、そのためには、現在の質疑中心の審議から、与野党間の合意形成を目指した実質的な審議に転換させねばならない。

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首相のリーダーシップを強化する
 
 次に、政府を対象とした提言である。その内容は、(1)首相のリーダーシップの強化、(2)政権移行のルール、に分けられる。
 
 (1)首相のリーダーシップの強化は、すべての提言において中心的なテーマとして取り上げられている。政府にとって最大の課題は、各省庁に分散する多種多様な政策や事業に、いかに戦略性と整合性をもたせるかという点であろう。政府が行っている事業の多くは、省庁間の十分な調整のもとで行われているわけではない。また、政務三役が頻繁に替わることもあり、政治主導で速やかに改廃するのも困難だ。これが無駄と停滞を発生させる原因であり、また改善が進まない理由でもある。
 
 こうした問題を解決するための方法として、首相直結の機関である内閣官房を改組・強化して新たな組織を各省庁の上部組織として創設し、組織横断的な政策・予算の企画立案や総合調整を行うべきとする。また、首相のリーダーシップのもとで各省庁の仕事が継続的に行われるよう政務三役の就任期間を延長すると同時に、官邸スタッフ、顧問、参与、諮問委員などの人選も、政権ごとに政策目標に対応させて行うべきとする。
 
 (2)政権移行のルールについては、具体的な提言というよりも、問題提起がなされている。民主党政権における苦悩の一つは、初めての政権運営ということもあり、そのノウハウに乏しく、また自民党の政権運営を否定しての政権奪取であったため、過去の経験を真似することもできなかったところにあった。今回、自民党が政権を奪還したが、今後また政権交代が起きないというわけではない。政治的空白を生じさせないためには、政権運営や政権移行のルールがづくりが求められる。

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政党のガバナンスを高める
 
 最後は政党を対象とする提言である。政党は、国会の構成メンバーであり、また内閣の構成メンバーともなりうる国会議員という政治家を中心とする集団であり、この組織のあり方によって、国会のあり方も政府のあり方も大いに変わる。したがって、政党の変革が、生産性の高い政治を実現するための要とも言える。
 
 提言の内容は、(1)組織・運営のあり方、(2)政策立案と実行、(3)党内教育のあり方、に分けられる。
 
 (1)組織・運営のあり方でもっとも重要なのが、首相となりうる党首のリーダーシップをいかに強化するかだ。具体策として、党首選と衆議院選挙もしくは内閣総辞職を連動させることが提言されている。政権交代とはかかわりなく、首相が頻繁に替わった原因の一つは、首相在任中に与党の党首選挙があり、党首の任期満了を理由に首相を辞任するケース(小泉首相)やその選挙に総理が敗退するケースがあったところにある。相応しくない人材が首相を続けることは避けねばならないが、首相が頻繁に替わるようでは、政府内における首相のリーダーシップや政府の国会への関与を制度的に強めたとしても、その効果は激減する。党内のリーダーシップを強化することが、政府における首相のリーダーシップ、さらには「強すぎる」国会に対抗するための前提条件なのである。
 
 また、政党の機能・運営に関するルール、すなわち綱領・基本理念、組織運営、意思決定プロセス、政策調査・立案、候補者選定、教育などのあり方が明示されていないことも、政党のガバナンスを弱め、政治の生産性を停滞させている原因であるとの指摘がある。民間企業が会社法などによって、設立、組織、運営及び管理のあり方を定められているように、国の経営を担当することを目的とする政党に対しても、ガバナンスを高めるため、政党法など法的なルールを定めるべきである。
 
 (2)政策立案と実行については、マニフェスト(政権公約)サイクルの確実な展開が求められる。マニフェストは選挙前に示される政党と有権者の間の約束である。したがって、実現可能性や検証可能性を担保したものでなければならないとともに、与党となった暁には政府と一体となって、あるいは少なくとも与党と政府間のルールを明確にし、その内容を政策の中に反映させていく努力を続けなければならない。また、実行のプロセスでは、状況の変化に即して機動的かつ弾力的に変更を加える必要もある。マニフェストの着実な実行、加えて臨機応変な対応が、政治の生産性を高めることにつながる。
 
 (3)党内教育で指摘されているのが、新人議員などを教育する場がなくなってしまったことだ。同じ選挙区で同じ政党の候補者が戦わなければならなかった中選挙区制時代には、各候補者は党内の派閥を頼り、また派閥は候補者や新人政治家の能力を高めるための教育を行ってきた。これが結果的に、党内の取りまとめという極めて重要な政治プロセスのなかでリーダーシップを発揮できる政治家を育ててきた。派閥を復活すべきというのではないが、政治家の指導力や調整力を高めるために、党内(国会内も含め)における教育の制度化が必要であるということだ。 

 各提言の対象範囲は極めて広く、選挙制度、有権者、マスコミ・報道などにも及んでいるが、それらは有権者の声を吸収するプロセスとして別個に取り扱うことにして、ここではその声を実現していくプロセスだけに焦点を当ててきた。「決められない」政治を終わらせるためには、政治家個人の資質もさることながら、政治の「しくみ」の変革が重要ということが分かるはずである。しかしながら、その「しくみ」を変えるには、現状に心地よさを感じる「勢力」に対抗しうる強い意思とリーダーシップをもった政治家が必要なのも事実である。有権者としては、いかにそうした政治家を探し出し、サポートしていくかが課題である。

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