5年の歳月が生んだ新しい課題【1】

永久寿夫(政策シンクタンクPHP総研代表)×熊谷哲(政策シンクタンクPHP総研主席研究員)

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津波で破壊された防潮堤(大槌町:2013年10月24日撮影)

3.ハード面の復興とソフト面の不整合
 
永久:津波被害に遭った地域で、高さ10メートルにも及ぶ防潮堤をつくっていますよね。岩手から福島まで、総延長は約400キロ、建設予算は1兆円とも言われています。しかし、震災前に立派な防潮堤があった田老地区なんかでも、結局は津波で壊滅的な被害を受けましたよね。巨額の予算をかけるにもかかわらず、防潮堤の合理性に関しては疑いをもっている人が多くて、一体なんのためにつくるんだろうと疑問に思っているんですが、その点はどうお考えですか?
 
熊谷:私の故郷である大船渡だと、3メートルから6メートルの防潮堤はふつうにあったので、違和感がないというのもおかしいかもしれませんが、そんなものだよな、という感覚です。ただし、どの地区に関しても無条件につくるという話になっているので、そうなると費用と効果の関係からも、本当に合理的なのかという疑問はあります。
 私は基本的にその地区の住民が希望するのであればつくっていいのではないかと思っているのですが、地元の合意形成は、やはり難しいですよね。行政はその間に入って合理的な判断をしているというよりは、むしろ巻き込まれるのを嫌がって、防潮堤の建設を要望する住民がある程度いればつくるしかない、という姿勢で、結果的に全地区でつくるという話になっている。
 私の故郷の感覚だと、津波が来るのは当たり前なんです。50年に1回は、平地に10メートル規模の津波が来るものと思って生活している。じゃあ、わかっているのになんで住むんだと。いくら立派な防潮堤をつくっても、もしまた津波が来て壊されたらどうするのか。だから津波が来るところには基本的には生活の拠点を置かないという前提で再建を進めるはずなのに、いつの間にか防潮堤をつくるから生活の拠点をつくってもいいとか、かさ上げをするから生活の拠点をつくってもいいというように、話がすり替わってしまった。
 この数年間はいいんでしょうけど、また数十年後に大きな津波が来て、同じような被害が出るようなことがあったら、どんな検証をして、どんな責任の取り方をするのかなというのは、私にとっても素朴な疑問です。
 
永久:いまのお話のように、政府はとりあえず環境設定はしましょうと。たとえば、高台に移転するための用地を買収して、住宅をつくって、防潮堤もつくりました。だけど、どうやってまちのにぎわいを取り戻すのかとか、どうやってまちの機能を復興させていくのかというソフト面が十分に議論されないまま、とりあえずハード面をつくってしまったということですよね。
 ここからどうやってまちづくりをするのかはなかなか議論されずに、立派な防潮堤と高台だけができてしまって、人がいないというようなことにもなりかねないように思います。
 
熊谷:陸前高田では、高さ10メートルの防潮堤をつくって、1,800億円かけて7メートルから11メートル土地を全体的にかさ上げして、ようやくこれからまちづくりが始まります。しかし、戻ることを希望する住民がどのくらいいるのか測りかねていて、多くて7割だろうという見方もあります。
 陸前高田はもともとは山のそばに古い商店街があったんですが、この20~30年の間に海側に国道のバイパスができて、そこに郊外型の店舗が立ち並んで、そこに人が集積していきました。震災後、そうした店舗はどこに行ったかというと、かさ上げが終わるまで待っているわけもなく、津波被害が軽かったところに移って、とっくに営業を再開しているんですね。
 という中で、かさ上げした土地で、地元の商店を中心にまちを再建するといっていますが、震災前の市街地は違うロジックで人が集積してきたもの。震災前に人を集めてきた店舗は全部よそに移ってしまっていますから、「地元商店を中心としたまち」がどんな姿になるかは甚だ疑問です。住宅を建てる能力のある人は、とっくによそに家を建てて移り住んでいる。いまからかさ上げした土地に家を建てて戻ってくる余力のあるような人というのが、果たしているのかどうか。
 

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