先に発展した隣国として、中国を誘導せよ

丹羽宇一郎(前中国全権大使)×前田宏子(PHP総研主任研究員)

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丹羽宇一郎氏(前中国全権大使)

2、覇権的な大国か、未成熟な大国か
 
前田 PHP総研から2007年に「日本の対中総合戦略」という提言を出した時に、中国が2020年にどうなっているかというシナリオを五つ作りました。
 
 一つは、成熟した大国。二つ目は、覇権的な大国。三つ目が、未成熟な大国。民主主義はそんなに進んでないけれども、経済発展もして、民主化まで行かなくても、民意がもう少し反映されるシステムになっている。四つ目が、不安定な大国。五つ目が、非常に混乱している秩序崩壊のシナリオ。その時の予想では、2020年の中国は未成熟な大国になっている可能性が一番高いだろうと。経済成長率は落ちるにしても、経済成長は続く。民主化はまだしておらず、国内に問題を抱えているだろうけれど、それなりに発展していくのではないかと考えましたが、最近、特に2008年、09年ごろからの中国は、どちらかというと覇権国シナリオに近づいている気がします。その趨勢が永遠に決定づけられたものだとは申しませんが、中国のそれまでの外交とは変わってきた。
 
 例えば、オバマ大統領は中国に関して、最初から、米中関係は非常に大事であるという政策を打ち出していたにもかかわらず、中国のほうは強硬な態度を示したり、あるいは、尖閣もですが、南シナ海でも強硬な主張や行動を取るようになっている。現状としては、警戒心を持たれるのは仕方がないのではないでしょうか。
 
 あるいは、中国は、自国が大国になったと、ある部分では自信を持っているんですけれども、周りがどう自分たちを見ているのかということに対しては無頓着な部分があるように思います。
 
 
丹羽 日本の昭和の歴史を考えれば、同じことを日本はしてきました。だから戦争になった。同じことが、中国もやはり、放っておけばあり得る。覇権国というのは、覇権国に挑戦する国が新興国から出てくるわけだから、当然中国がそういうふうに見られる。世界の歴史はその繰り返しです。強い国から見ると、今まで無視してもよかったような国が力をつけてきて、自分に挑戦してくるわけだから、「覇権的な振る舞いをするようになった。生意気に」という気持ちがある。
 
 同じようなことが、第一次大戦の終わりごろの日本にもありました。アジアの中で、言ってみれば中国以上に拡張主義を取って、覇権的な動きをしていた。そういう意味ではアメリカもやはり、欧州の覇権に対して挑戦をしたわけですし、あるいは、ドイツもイギリスに対して挑戦した。まさに「ツキジデスの罠」というか、今の時代においてもそういうような動きが出てきているということだと思います。
 
 歴史的に見れば、今の中国の拡張発展主義というのは、いや応なくそうなってきたもの。それをいかにうまくなだめていくかが課題であって、それをそのまま放っておくと戦争です。
 
 だけど、たとえば南シナ海の問題を考えるとき、アメリカは国連海洋法を批准していない。早くアメリカも参加して、国際的な海洋法に基づいて、EEZなども議論してもらわないと困る。中国に法の遵守を要求しようとしても、「米国がサインしてないではないか」ということになりますから。アメリカがまずサインしなさい。その上で中国にプレッシャーをかけていくことを考えないと。国際情勢というものをもう少し見て、我々はアメリカに対してもそういう要求をしていく必要があるし、それに基づいて中国にもそういう行動を取らせていかないといけない。
 
 海洋で中国と係争を抱えるベトナムやフィリピンなども、二国間では問題が片づけられない。押し込められてしまう。だから、お互いが国際的なルールに参加して、協調していかなければいけません。
 
 中国には、覇権主義というほどの力はない。偉そうなことを言って、体は大きくなっても、政策や行動のほとんどがまだまだ新興国の状況です。体は大きい。大きいが、実際のソフトパワーが全然ついていってない。
 
 軍事力も騒がれているほど大したものではない。だから、アメリカなどは、「おまえたち、自分の力を自覚しろ」といって、軍事演習に参加させている。それに中国は、海洋においてほとんど戦争なんかしたことがない。だから、覇権だとか、「中国が出てきている」と言いますが、全然話にならないのではないでしょうか。軍事費もアメリカに比べれば圧倒的な差がある。そんな状況で中国に軍事費を減らせと言っても減らすわけはありません。
 
 
前田 確かに、中国の軍事費については、国防予算が財政支出に占める割合を見ても、取り立てて大きいわけではないですし、単に減らせというのは無理な話だと思います。しかし、よく言われるのが、透明性、意思決定がもう少しわかるようにとか、あるいは、お互いの意思疎通の問題です。
 
 やはり戦闘機が急に近づいてきたり、レーダー照射をされたりすると「何をするつもりなんだ」となる。こちらもそれに応えた結果、お互い意図しないような衝突が発生するかもしれない。そういう点、まだ中国の人民解放軍は国際基準に達していない部分があって、そこは非常に危険だなというふうに思います。
 
 
丹羽 兵隊の訓練ができてない。だから、できるだけ、そういう問題が起きた時の、危機管理のルールを決めておくべきです。首脳同士がいざという時は電話で話ができるようにしておくことは必須です。
 
 日本の新聞は、日本だけが立派で、相手がけしからんという報道をする。中国のほうでは全く違う報道をする。衝突が起こったとき、どっちが正しいなんて、分からない。だから、何か問題が起きた時には、お互いにすぐボタンを押して、「ちょっとあなたのところおかしいのではないの?」と言えるようにしておかないと。危機的な問題が起きた時に、絶えず話し合いのツールというか、ルートを持っているということが、一番大事なことです。
 

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